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83話 「役割分担」
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吹蓮の訪問、偽瑞穂との戦闘、そして李湖の裏切り。とにかく色々ありすぎた日はようやく終わった。
李湖はともかく、エリミナーレのメンバーに重傷者が出なかったのは、運が良かったと思う。いくら強い人でも、男女どちらでも、仲間が傷つくというのは嫌なものだ。
心身共に疲れきっていたからか、私は部屋に戻って布団に入るなり眠りについた。掛け布団を被った瞬間の温もりは覚えているのだが、その先の記憶が一切ない。
そして、気づけば朝になっていた。
窓から差し込む朝日の眩しさに目を細める。太陽の光は、浴びると穏やかな気持ちになれるので、嫌いではない。
しかし、目が覚めるなり全力で照らすのは、できれば止めてほしいものだ。……もっとも、太陽に意見を言うなど無駄の極みだが。
リビングへ向かうと、既に全員集まっていた。どうやら私が最後だったようだ。
エリナはいつもの席で足を組み、普段通り女王の風格を漂わせている。桜色の長い髪が朝日を浴びて輝いていた。時に赤くも見える茶色い瞳には、瑞々しさと華やかさが共存している。
「さて。これで全員揃ったわね」
エリナが話し始めると、全員が彼女の方を向く。日頃の自由な雰囲気とは一変、引き締まった空気になる。それから彼女は、それぞれに今日の仕事を命じていった。
「レイは李湖を任せるわ。様子を見ておいてちょうだい」
「分かりました!」
曇りのない笑み、はっきりした声、それにピンと伸びた背筋。今日もレイは爽やかだ。
「体調を見つつカウンセリングしておきますね」
レイは速やかに移動する。
青く長い髪は後頭部の高い位置で結われていた。今日も変わらず、シャンプーのCMのようにサラリとした毛質だ。
「ありがとう。で、ナギは茜と紫苑に聞き取りだったかしら?」
「そうっすよ! 二人とも無事退院したみたいなんで、退院祝い持って行っとくっす!」
茜と紫苑。
二人の名は凄く懐かしい気がする。
彼女たちと最後に会った日からまだそれほど経っていない。しかし、もう数年も前のことのように感じられる。恐らく短期間に色々なことがありすぎたせいだろう。
「別に構わないけれど、本人に渡してもらえるかは知らないわよ」
「えっ。そうなんすか?」
「一応は新日本警察で保護ということになっているみたいだけど、二人は罪を犯した人間だもの。退院祝いなんて持っていっても、本人へ渡してもらえるとは到底思えないわ」
するとナギは肩を落とし、残念そうに「マジっすか……」と漏らす。
それにしても、敵である二人に対して退院祝いを渡そうだなんて、並の人間に思いつくことではない。
これも女好きゆえなのか、否か……。
「ま、一応持っていっとくっすわ。それじゃ行ってきまっす!」
「気をつけなさいよ」
「もちろん! 無理はしないようにするっすよ!」
ナギは親指をグッと立て、エリナに向ける。
いきなりくだらないことをされたエリナは眉をひそめた。少々苛ついているようにも見える顔つきである。ナギの呑気さにイラッときたのかもしれない。それは若干分かる気もした。
しかしナギはというと、エリナの顔つきはお構い無しに歩み寄っていく。
「気をつけなさい、なんて優しいっすね。いやー、強い母性を感じるっすわ」
そんなことを言いながら、ナギはエリナの手を取った。優しくそっと手を取る様は、ナギとは思えないくらい紳士的である。
対するエリナは、大人びた顔に困惑の色を浮かべていた。警戒したように「何のつもり?」と尋ねる。
すると、ナギは突然、エリナを抱き締めた。
……何この奇行。
「エリナさんが李湖にやられたらどうしよーって、俺、結構心配してたんすよ?」
「意味が分からないわ」
戸惑いと呆れの混じった表情を浮かべるエリナ。急に抱き締められ、状況が理解できていないようだ。彼女は「離しなさいよ」と身を揺するが、ナギは強く抱き締めたままで、決して離さない。
「離せって言ってるでしょ!!」
ドスッ、と低く痛々しい音が響く。
「ぐ、ぐはっ……ちょっ、な、何すんすか! いきなり!」
涙目になりエリナから離れるナギ。
エリナはしばらく堪えていたが、ナギがあまりにしつこいので堪えきれなくなったらしい。ついにナギの腹へ膝蹴りを入れた。強烈な一撃である。
さすがに本気ではないだろうが、彼女の膝蹴りは安定の破壊力だ。
「ひ、酷いっすわ……。さすがにこれは痛いって」
ナギは泣き出しそうな表情になっていた。どうやらかなり痛かったらしい。
音からだけでも察することができたが、彼の表情を目にすることで、改めて確信を持てた。エリナの膝蹴りは凄まじい、ということに関して。
「ね、モルちゃんも酷いと思うっすよね?」
「思わない……」
モルテリアに話を振るも冷たくあしらわれたナギは、真顔で「味方してくれないんすね」とぼやく。
モルテリアが彼に冷たいのはいつものことだ。しかし、もう少し構ってあげてもいいのでは、という気もする。もちろんモルテリアの気持ちも分からないではないが。
「それじゃ、気を取り直して、行ってくるっす!」
——こうして、嵐が去るようにナギが出ていった後、エリナが口を開く。
「さて、あまりは……モルと沙羅と武田ね」
あまりは、ということは、することがまだ決まっていないのかもしれない。
「どうしようかしら……」
「提案があります」
軽く手を挙げ、口を挟んだのは武田。
「少しばかり調べものをさせていただきたい」
「あら。何を調べるつもり?」
「吹蓮にエリミナーレ殲滅を依頼した者について、です」
暫し言葉を失うエリナだったが、やがて答える。
「分かったわ」
そして問う。
「沙羅も連れていく?」
武田は真剣な顔で頷き、「はい。それとモルも」とエリナの問いに答える。
するとエリナは意外にも快諾した。
私と武田とモルテリア——これはまた、ある意味心配な組み合わせである。
李湖はともかく、エリミナーレのメンバーに重傷者が出なかったのは、運が良かったと思う。いくら強い人でも、男女どちらでも、仲間が傷つくというのは嫌なものだ。
心身共に疲れきっていたからか、私は部屋に戻って布団に入るなり眠りについた。掛け布団を被った瞬間の温もりは覚えているのだが、その先の記憶が一切ない。
そして、気づけば朝になっていた。
窓から差し込む朝日の眩しさに目を細める。太陽の光は、浴びると穏やかな気持ちになれるので、嫌いではない。
しかし、目が覚めるなり全力で照らすのは、できれば止めてほしいものだ。……もっとも、太陽に意見を言うなど無駄の極みだが。
リビングへ向かうと、既に全員集まっていた。どうやら私が最後だったようだ。
エリナはいつもの席で足を組み、普段通り女王の風格を漂わせている。桜色の長い髪が朝日を浴びて輝いていた。時に赤くも見える茶色い瞳には、瑞々しさと華やかさが共存している。
「さて。これで全員揃ったわね」
エリナが話し始めると、全員が彼女の方を向く。日頃の自由な雰囲気とは一変、引き締まった空気になる。それから彼女は、それぞれに今日の仕事を命じていった。
「レイは李湖を任せるわ。様子を見ておいてちょうだい」
「分かりました!」
曇りのない笑み、はっきりした声、それにピンと伸びた背筋。今日もレイは爽やかだ。
「体調を見つつカウンセリングしておきますね」
レイは速やかに移動する。
青く長い髪は後頭部の高い位置で結われていた。今日も変わらず、シャンプーのCMのようにサラリとした毛質だ。
「ありがとう。で、ナギは茜と紫苑に聞き取りだったかしら?」
「そうっすよ! 二人とも無事退院したみたいなんで、退院祝い持って行っとくっす!」
茜と紫苑。
二人の名は凄く懐かしい気がする。
彼女たちと最後に会った日からまだそれほど経っていない。しかし、もう数年も前のことのように感じられる。恐らく短期間に色々なことがありすぎたせいだろう。
「別に構わないけれど、本人に渡してもらえるかは知らないわよ」
「えっ。そうなんすか?」
「一応は新日本警察で保護ということになっているみたいだけど、二人は罪を犯した人間だもの。退院祝いなんて持っていっても、本人へ渡してもらえるとは到底思えないわ」
するとナギは肩を落とし、残念そうに「マジっすか……」と漏らす。
それにしても、敵である二人に対して退院祝いを渡そうだなんて、並の人間に思いつくことではない。
これも女好きゆえなのか、否か……。
「ま、一応持っていっとくっすわ。それじゃ行ってきまっす!」
「気をつけなさいよ」
「もちろん! 無理はしないようにするっすよ!」
ナギは親指をグッと立て、エリナに向ける。
いきなりくだらないことをされたエリナは眉をひそめた。少々苛ついているようにも見える顔つきである。ナギの呑気さにイラッときたのかもしれない。それは若干分かる気もした。
しかしナギはというと、エリナの顔つきはお構い無しに歩み寄っていく。
「気をつけなさい、なんて優しいっすね。いやー、強い母性を感じるっすわ」
そんなことを言いながら、ナギはエリナの手を取った。優しくそっと手を取る様は、ナギとは思えないくらい紳士的である。
対するエリナは、大人びた顔に困惑の色を浮かべていた。警戒したように「何のつもり?」と尋ねる。
すると、ナギは突然、エリナを抱き締めた。
……何この奇行。
「エリナさんが李湖にやられたらどうしよーって、俺、結構心配してたんすよ?」
「意味が分からないわ」
戸惑いと呆れの混じった表情を浮かべるエリナ。急に抱き締められ、状況が理解できていないようだ。彼女は「離しなさいよ」と身を揺するが、ナギは強く抱き締めたままで、決して離さない。
「離せって言ってるでしょ!!」
ドスッ、と低く痛々しい音が響く。
「ぐ、ぐはっ……ちょっ、な、何すんすか! いきなり!」
涙目になりエリナから離れるナギ。
エリナはしばらく堪えていたが、ナギがあまりにしつこいので堪えきれなくなったらしい。ついにナギの腹へ膝蹴りを入れた。強烈な一撃である。
さすがに本気ではないだろうが、彼女の膝蹴りは安定の破壊力だ。
「ひ、酷いっすわ……。さすがにこれは痛いって」
ナギは泣き出しそうな表情になっていた。どうやらかなり痛かったらしい。
音からだけでも察することができたが、彼の表情を目にすることで、改めて確信を持てた。エリナの膝蹴りは凄まじい、ということに関して。
「ね、モルちゃんも酷いと思うっすよね?」
「思わない……」
モルテリアに話を振るも冷たくあしらわれたナギは、真顔で「味方してくれないんすね」とぼやく。
モルテリアが彼に冷たいのはいつものことだ。しかし、もう少し構ってあげてもいいのでは、という気もする。もちろんモルテリアの気持ちも分からないではないが。
「それじゃ、気を取り直して、行ってくるっす!」
——こうして、嵐が去るようにナギが出ていった後、エリナが口を開く。
「さて、あまりは……モルと沙羅と武田ね」
あまりは、ということは、することがまだ決まっていないのかもしれない。
「どうしようかしら……」
「提案があります」
軽く手を挙げ、口を挟んだのは武田。
「少しばかり調べものをさせていただきたい」
「あら。何を調べるつもり?」
「吹蓮にエリミナーレ殲滅を依頼した者について、です」
暫し言葉を失うエリナだったが、やがて答える。
「分かったわ」
そして問う。
「沙羅も連れていく?」
武田は真剣な顔で頷き、「はい。それとモルも」とエリナの問いに答える。
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