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73話 「躊躇いは要らない」
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私は武田の後ろを歩く。瑞穂が殺害されたという路地へ向かうことになったからだ。
人が殺害された場所へ行くのは気が進まない。しかし、一人だけ別行動をするわけにはいかないので、私は歩いた。恐れるな、と小心者の自分にひたすら命じながら。
「確か、ここだ」
武田が足を止めたのは、一本の路地の前だった。
横幅は目測で五メートルもない。路地だから当然かもしれないが、非常に狭い。何か恐ろしいものが出てきそうな不気味な雰囲気だ。
「うわー、いかにもヤバそうっすね」
若干顔を強張らせながら言うナギ。口調は普段通り軽いが、どこか緊張感のある声だった。ただならぬ空気が漂っているので彼が緊張するのも無理はない。実際、今私も同じ気持ちだ。
真っ暗な路地を暫し凝視していた武田が唐突に振り返る。
「沙羅、大丈夫か?」
彼は私のことを気にかけてくれているようだ。こんなことを思っている暇はないのだろうが、正直嬉しい。
「あ、はい。平気です」
「ならいいが、くれぐれも無理はしないように」
淡々とした声で言う武田。私は一度頷き、「分かりました」とだけ返した。このような時に色々言うのもどうかと思ったからだ。
それにしても、暗い路地はやはり不気味だ。どうも吸い込まれてしまいそうな気がしてならない。自然と不安が込み上げてきてしまう。私は首を左右に動かし、湧いてくる不安を振り払おうと試みる。恐れている場合ではない。
その時だった。
突然、白い霧が地を這うように発生し、辺りの風景が白く染まる。
やがて、闇の向こう側から一人の女性が現れた。
真っ白な髪を揺らしこちらへ近づいてくる彼女が瑞穂だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。歓迎会の準備の時に現れた幽霊のような姿も、写真に写る生前の姿も、私は覚えていたからだ。
「久しぶりですね。こうしてまた会えたこと、嬉しく思います」
瑞穂は、小さく滑らかな曲線を描く唇に穏やかな笑みを湛えながら、余裕を感じさせる静かな声で言う。柔らかな言動は淑やかな女性のようで、けれど自然な表情は少女のようにどこかあどけない。
「……瑞穂さん?」
武田は警戒したように目を細める。
「不思議ですね。久々の再会、もっと喜んでくれるものと思っていたのですが」
「……いや、違うな。瑞穂さんは十年以上前に亡くなった。この世に存在するわけがない」
武田が低い声で返しても、瑞穂は穏やかな微笑みを崩さない。女神のごとき微笑みである。
しかし、彼女も所詮は吹蓮が作り出した幻に過ぎない。それは武田も理解しているようだ。自分で言うのもなんだが、私の体験を伝えておいたのは正解だったと思う。
「寂しいことを言いますね。せっかく再会できたというのに……残念です」
言い終わるや否や、彼女は私に接近してくる。それはもう光のような速さで、彼女が目の前まで来るまで十秒もかからなかった。結構離れていたにもかかわらず、である。
そんな瑞穂の手には鉄扇が持たれていた。金属光沢のある、黒い鉄扇である。見るからに結構な重量がありそう。叩かれると怪我するだろうなと思った。
彼女は鉄扇の開いた面で私を薙ぎ払うように叩こうとする。本格的にまずい、と思ったが、彼女の狙いを察した武田が間に入ってくれた。武田は鉄扇の開いた面を片腕で受け止める。
「恩人の邪魔をするなんて酷いですね。裏切り者」
「何とでも言えばいい」
武田は冷淡に返し、受け止めていた鉄扇を払う。そして瑞穂の腹部へ蹴りを加えた。一撃で大ダメージを与える破壊力のありそうな蹴りだ。
だが瑞穂は武田の足が届く直前に一歩退く。先ほどまでの淑やかな言動とは対照的に俊敏な動きである。
「偽者に何を言われようが、痛くも痒くもない」
武田は固い表情で言い放つ。鋭い瞳は瑞穂を捉えていた。
それに対し瑞穂は、ふふっ、と余裕のある笑みをこぼす。
「武田くん、もしかして後ろの娘は彼女さんなのですか?」
瑞穂はどうやら私のことを言っているらしい。なるべく巻き込まないでほしいのだが……。
「それは違う。仲間だ」
「では、なぜそこまで護ろうとしているのですか?」
「彼女は戦えない。だから私が代表として護る。それだけのことだ」
瑞穂は、五十センチほどの長さの開いた鉄扇を、自分を扇ぐように動かしている。余裕があることを主張しているかのような、わざとらしいくらいゆったりとした動かし方だ。
淑女のような瑞穂は、純白の髪を夜風に揺らしながら、静かに口を開く。
「ならこう聞きましょう。エリミナーレに戦えない人間を置いておくのはなぜなのですか?」
「エリミナーレは原則、終身雇用制を採用している」
彼女は武田の答えに呆れた顔をした。
それから、ほんの数秒だけ間を空けて言い放つ。
「無力な者は必要ないはずです。足を引っ張る者など捨てるべきではありませんか?」
「彼女を捨てるなどできるわけがない……!」
瑞穂はまた、ふふっ、と笑う。
「ナイフで刺され、バットで殴られ、痛かったでしょう? その娘を手放せば、もう苦しまなくて済みますよ」
彼女はとうに亡くなった人間だ。武田がナイフで刺されたりバットで殴られたりしたことをなぜ知っているのだろう、と一瞬考えた。
だが、よく考えてみれば、彼女がそれらを知っているのは当たり前のことだ。なぜって、今見ている瑞穂は吹蓮が作り出したものなのだから。
吹蓮はすべての元凶、知らないはずがない。
「安心して下さい、武田くんに殺せなんて残酷なことは言いません。この保科瑞穂が殺してあげます」
今、彼女の殺意は私に向けられている——。
そう考えると背筋が凍りつきそうだった。
「さぁ、彼女を渡しなさい」
穏やかな笑みは変わらない。けれども、彼女は恐ろしい殺気を漂わせている。
「断る。それはできない」
武田は淡々とした調子で、瑞穂の命令を拒んだ。
「そうっすよ!」
直後、鼓膜を貫きそうな乾いた破裂音が数回響く。どうやらナギが発砲したらしい。銃弾は一直線に瑞穂のこめかみへ向かっていく。確実に命中しそうな見事な位置。
しかし、瑞穂は鉄扇ですべての銃弾を防ぐ。
「ひゃー、まさか防がれるとは。さすがっすわ!」
ナギは相変わらずノリが軽い。だが軽い口調とは裏腹に、表情は普段の彼と異なっている。頬の緩みが少ない。
「この程度の不意打ちでさすがなどと言われたくありません」
「意外と冷たいっすねー……」
冗談風に言いながら頭を掻くナギを無視し、瑞穂は視線を再び武田へ戻す。
「さぁ、武田くん。彼女を渡しなさい」
「それはできないと言ったはずだ」
武田が言い終わった瞬間、瑞穂は彼に襲いかかった。瑞穂の強烈なパンチを、武田は咄嗟に腕で防ぐ。
「では二人揃って地獄へ送ってあげますね」
彼女は微笑みを浮かべたまま連続でパンチを繰り出す。奇妙な光景だ。
対する武田は、時に受け流し時に防ぎ、一撃一撃確実に対応していく。瑞穂の速度に負けていないのは凄いと思う。
しかし彼の顔には疲労の色が浮かんでいる。額には汗の粒がいくつもついていた。瑞穂と互角にやり合うのは厳しい部分があるのかもしれない。
少しして、疲労ゆえかほんの僅かに遅れた武田は、開いた鉄扇で右肩を叩かれた。強い衝撃を与えられた彼はよろめくように数歩下がってくる。
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、このくらいならすぐに立て直せる」
左手で右肩を押さえ苦痛に耐えている。だが表情は鋭い。不利な状況ではあるが、心はまだ折れていないようだ。
「現実ではないですけど……くれぐれも無理はしないで下さい」
「分かっている。沙羅は何も案ずるな」
彼は肩で息をしながら宣言する。
「……今のは躊躇ったせいだ。そんなものはもう捨てる」
不利な状況、緊迫した空気。小心者の私は逃げ出したくなるものと思っていた。それが当然だと。でも違った。理由は分からないが逃げ出したいと思っていないことは確かだ。
それよりも、ときめきがとまらない——彼の黒い背中を見つめていると。
人が殺害された場所へ行くのは気が進まない。しかし、一人だけ別行動をするわけにはいかないので、私は歩いた。恐れるな、と小心者の自分にひたすら命じながら。
「確か、ここだ」
武田が足を止めたのは、一本の路地の前だった。
横幅は目測で五メートルもない。路地だから当然かもしれないが、非常に狭い。何か恐ろしいものが出てきそうな不気味な雰囲気だ。
「うわー、いかにもヤバそうっすね」
若干顔を強張らせながら言うナギ。口調は普段通り軽いが、どこか緊張感のある声だった。ただならぬ空気が漂っているので彼が緊張するのも無理はない。実際、今私も同じ気持ちだ。
真っ暗な路地を暫し凝視していた武田が唐突に振り返る。
「沙羅、大丈夫か?」
彼は私のことを気にかけてくれているようだ。こんなことを思っている暇はないのだろうが、正直嬉しい。
「あ、はい。平気です」
「ならいいが、くれぐれも無理はしないように」
淡々とした声で言う武田。私は一度頷き、「分かりました」とだけ返した。このような時に色々言うのもどうかと思ったからだ。
それにしても、暗い路地はやはり不気味だ。どうも吸い込まれてしまいそうな気がしてならない。自然と不安が込み上げてきてしまう。私は首を左右に動かし、湧いてくる不安を振り払おうと試みる。恐れている場合ではない。
その時だった。
突然、白い霧が地を這うように発生し、辺りの風景が白く染まる。
やがて、闇の向こう側から一人の女性が現れた。
真っ白な髪を揺らしこちらへ近づいてくる彼女が瑞穂だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。歓迎会の準備の時に現れた幽霊のような姿も、写真に写る生前の姿も、私は覚えていたからだ。
「久しぶりですね。こうしてまた会えたこと、嬉しく思います」
瑞穂は、小さく滑らかな曲線を描く唇に穏やかな笑みを湛えながら、余裕を感じさせる静かな声で言う。柔らかな言動は淑やかな女性のようで、けれど自然な表情は少女のようにどこかあどけない。
「……瑞穂さん?」
武田は警戒したように目を細める。
「不思議ですね。久々の再会、もっと喜んでくれるものと思っていたのですが」
「……いや、違うな。瑞穂さんは十年以上前に亡くなった。この世に存在するわけがない」
武田が低い声で返しても、瑞穂は穏やかな微笑みを崩さない。女神のごとき微笑みである。
しかし、彼女も所詮は吹蓮が作り出した幻に過ぎない。それは武田も理解しているようだ。自分で言うのもなんだが、私の体験を伝えておいたのは正解だったと思う。
「寂しいことを言いますね。せっかく再会できたというのに……残念です」
言い終わるや否や、彼女は私に接近してくる。それはもう光のような速さで、彼女が目の前まで来るまで十秒もかからなかった。結構離れていたにもかかわらず、である。
そんな瑞穂の手には鉄扇が持たれていた。金属光沢のある、黒い鉄扇である。見るからに結構な重量がありそう。叩かれると怪我するだろうなと思った。
彼女は鉄扇の開いた面で私を薙ぎ払うように叩こうとする。本格的にまずい、と思ったが、彼女の狙いを察した武田が間に入ってくれた。武田は鉄扇の開いた面を片腕で受け止める。
「恩人の邪魔をするなんて酷いですね。裏切り者」
「何とでも言えばいい」
武田は冷淡に返し、受け止めていた鉄扇を払う。そして瑞穂の腹部へ蹴りを加えた。一撃で大ダメージを与える破壊力のありそうな蹴りだ。
だが瑞穂は武田の足が届く直前に一歩退く。先ほどまでの淑やかな言動とは対照的に俊敏な動きである。
「偽者に何を言われようが、痛くも痒くもない」
武田は固い表情で言い放つ。鋭い瞳は瑞穂を捉えていた。
それに対し瑞穂は、ふふっ、と余裕のある笑みをこぼす。
「武田くん、もしかして後ろの娘は彼女さんなのですか?」
瑞穂はどうやら私のことを言っているらしい。なるべく巻き込まないでほしいのだが……。
「それは違う。仲間だ」
「では、なぜそこまで護ろうとしているのですか?」
「彼女は戦えない。だから私が代表として護る。それだけのことだ」
瑞穂は、五十センチほどの長さの開いた鉄扇を、自分を扇ぐように動かしている。余裕があることを主張しているかのような、わざとらしいくらいゆったりとした動かし方だ。
淑女のような瑞穂は、純白の髪を夜風に揺らしながら、静かに口を開く。
「ならこう聞きましょう。エリミナーレに戦えない人間を置いておくのはなぜなのですか?」
「エリミナーレは原則、終身雇用制を採用している」
彼女は武田の答えに呆れた顔をした。
それから、ほんの数秒だけ間を空けて言い放つ。
「無力な者は必要ないはずです。足を引っ張る者など捨てるべきではありませんか?」
「彼女を捨てるなどできるわけがない……!」
瑞穂はまた、ふふっ、と笑う。
「ナイフで刺され、バットで殴られ、痛かったでしょう? その娘を手放せば、もう苦しまなくて済みますよ」
彼女はとうに亡くなった人間だ。武田がナイフで刺されたりバットで殴られたりしたことをなぜ知っているのだろう、と一瞬考えた。
だが、よく考えてみれば、彼女がそれらを知っているのは当たり前のことだ。なぜって、今見ている瑞穂は吹蓮が作り出したものなのだから。
吹蓮はすべての元凶、知らないはずがない。
「安心して下さい、武田くんに殺せなんて残酷なことは言いません。この保科瑞穂が殺してあげます」
今、彼女の殺意は私に向けられている——。
そう考えると背筋が凍りつきそうだった。
「さぁ、彼女を渡しなさい」
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「断る。それはできない」
武田は淡々とした調子で、瑞穂の命令を拒んだ。
「そうっすよ!」
直後、鼓膜を貫きそうな乾いた破裂音が数回響く。どうやらナギが発砲したらしい。銃弾は一直線に瑞穂のこめかみへ向かっていく。確実に命中しそうな見事な位置。
しかし、瑞穂は鉄扇ですべての銃弾を防ぐ。
「ひゃー、まさか防がれるとは。さすがっすわ!」
ナギは相変わらずノリが軽い。だが軽い口調とは裏腹に、表情は普段の彼と異なっている。頬の緩みが少ない。
「この程度の不意打ちでさすがなどと言われたくありません」
「意外と冷たいっすねー……」
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「さぁ、武田くん。彼女を渡しなさい」
「それはできないと言ったはずだ」
武田が言い終わった瞬間、瑞穂は彼に襲いかかった。瑞穂の強烈なパンチを、武田は咄嗟に腕で防ぐ。
「では二人揃って地獄へ送ってあげますね」
彼女は微笑みを浮かべたまま連続でパンチを繰り出す。奇妙な光景だ。
対する武田は、時に受け流し時に防ぎ、一撃一撃確実に対応していく。瑞穂の速度に負けていないのは凄いと思う。
しかし彼の顔には疲労の色が浮かんでいる。額には汗の粒がいくつもついていた。瑞穂と互角にやり合うのは厳しい部分があるのかもしれない。
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「大丈夫ですか!?」
「あぁ、このくらいならすぐに立て直せる」
左手で右肩を押さえ苦痛に耐えている。だが表情は鋭い。不利な状況ではあるが、心はまだ折れていないようだ。
「現実ではないですけど……くれぐれも無理はしないで下さい」
「分かっている。沙羅は何も案ずるな」
彼は肩で息をしながら宣言する。
「……今のは躊躇ったせいだ。そんなものはもう捨てる」
不利な状況、緊迫した空気。小心者の私は逃げ出したくなるものと思っていた。それが当然だと。でも違った。理由は分からないが逃げ出したいと思っていないことは確かだ。
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