新日本警察エリミナーレ

四季

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69話 「柔らかく自然な笑み」

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 夕食を終え部屋へ戻ると、モルテリアと二人きりになってしまった。いつもならレイが話しかけてくれるのだが、今夜は彼女はいない。だから盛り上がらないどころか話も始まらない。少々退屈だ。

 モルテリアは部屋に戻っても平常運転で、先ほどカレーライスを食べたにもかかわらず饅頭を頬張っていた。今日モルテリアが食べているのは、手のひらに乗せると可愛い白い小粒の饅頭である。
 せっかく美味しそうに食べているのを邪魔してしまうのは嫌なので、私はそっとしておいた。だが、そのうちに時間はどんどん過ぎていってしまう。そして、結局ほとんど話すことのないまま眠ってしまった。


 そして翌日——護衛任務でレイとエリナがいなくなって二日目。

 正午ごろ、部屋にいるとレイから唐突に電話がかかってきた。なぜか私の携帯電話に、だ。何か事件が起こったのかと思い心して出たのだが、レイは至って普通の声をしていた。

『沙羅ちゃん元気にしてるかなーと思って。貧血なってない? ご飯はちゃんと食べてる?』

 今日のレイはやけに細かいところまで尋ねてくる。余程気になっていたのかもしれない。しかし、仕事中にまで私の心配をしてくれているとは、さすがに予想外だ。そこまでとは考えてもみなかった。

「はい、貧血は大丈夫です。あ、昨日の夕食にはモルさんが作って下さったカレーを食べました。深みのある味で、凄く美味しかったです」

 思いの外すらすら話せる。レイと話すことには慣れているからかもしれない。

『そっか、良かった。それにしても、モルのカレー、あたしも食べたかったな』
「大盛りにはびっくりしました。でも美味しかったので、ぜひまた食べたいですね」
『うん。そうだ、モルは?』
「まだ寝てられるみたいです」

 正午を回ってもモルテリアが起きそうな気配はまったくない。このまま放っておくと夜になりそうな気すらする。しかし、誰も起こしにこないので、彼女は寝ていても良いのだろう。

『そっか。あ、じゃあそろそろ。こっちは今のところ何もなくて順調だから。また連絡するね』
「ありがとうございます」

 そんなたわいない会話をし、私たちは通話を終えた。なんてことのない、至って平凡な会話だった。

 私は携帯電話を閉じた後、一度だけ深呼吸をして、リビングへ向かうべく立ち上がる。すぅすぅと柔らかな寝息をたて、気持ちよさそうに眠っているモルテリアには、声をかけなかった。質の良い眠りを邪魔してしまっては申し訳ないからである。

 リビングには既に武田とナギがいた。正午なので当然といえば当然だ。しかし、つい先ほどまで眠っているモルテリアを見ていたものだから、二人が早起きに感じられた。

 武田は昨日と同じ席に座り、パソコンを操作している。真面目な顔つきで画面を凝視しているところを見ると、恐らく遊びではないだろう。仕事の何かに違いない。こんな昼間から頑張って、とどこか他人事のように感心した。

 一方ナギはというと、安定のだらけっぷりだ。
 ピンク色のTシャツとジーンズというエリミナーレらしさに欠ける服装でソファに横になっている。そして、やはり今日も雑誌を読んでいた。私には詳しくは分からないが、パッと見た感じ、昨日とは異なった雑誌のようだ。色合いが明らかに違っている。

「こんにちは!」

 私はいつもより明るい声で挨拶をした。
 すると、パソコンの画面を凝視していた武田が、こちらを向く。

「沙羅か。急にどうした」

 少々戸惑わせてしまったようだ。いきなり出ていって大きな声で「こんにちは」と言うのは、やはり、少しおかしかったかもしれない。だが、不快にさせるよりかはずっとましだと思う。

「昨日は色々すみませんでした。感情的になってしまって」
「いや、気にするな。沙羅は悪くない。それに、むしろ嬉しかったくらいだ」

 彼の近くまで歩いていく。すると、パソコンの脇にカニのピンバッジが置いてあるのが見えた。傍に置いているということは、気に入ってくれたということだろう。あくまで推測の域を出ない。しかし、嫌いな物を敢えて近くに置いておく人間などいないはずだ。

「私にも幸せになる道はあるのだと……お前が言うから、段々そんな気がしてきた。これからはもう少し前向きに生きるよう努めようと思う」

 そんな風に話す武田の表情はいつもより柔らかい。リラックスしていることが容易に見て取れた。真面目な顔つきでパソコンを凝視していた先ほどまでとは大違いである。

「それなら良かったです。安心しました」

 私は笑って返した。
 相手の表情が柔らかいと、こちらも自然と頬が緩む。人間とはそういうものなのだと、改めて体感した。

「ところで、何かお手伝いすることとかあります?」

 今日は言葉が自然に出てくる。いつもほど緊張しない。

「手伝い? そうだな、では手始めに、怠惰なナギを叱ってもらおうか」
「え」
「……ふっ。冗談だ」

 武田は頬を緩める。いつもの強張った笑みではなく、自然な笑い方だ。こんな風に笑えるのか、と彼を少し見直す。
 そして、彼が言うとどんなことも冗談には聞こえないが、そんな彼でも愛嬌はあることを知った。


 その時、ピーンポーンと呼び出し音が鳴る。武田は「出てくる」と腰を上げ、すたすたと玄関へ歩いていった。

 せっかく良い感じだったのに、と少し残念に思う。贅沢な人間だ、私は。

 それから十秒ほど経った時、私は突如、背筋が凍りつくような寒けを覚えた。肌が粟立つ。なぜか分からないが、武田のことが心配になる。
 私は何者かに突き動かされるかのように、玄関へと足を進めた。

 リビングを出て、廊下を通り玄関へ着き——そこにいた人物に私は驚きを隠せなかった。

「吹蓮……!?」

 深いしわの刻まれた顔、派手な色合いの服装、そして枝のように痩せ細った手。

 間違えるはずもない。

 彼女は確かに、水族館で悪夢をみせたお婆さんだ。
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