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67話 「的当ての行方」
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おもちゃの拳銃は簡単な仕組みだった。数センチ程度の長さの安っぽい弾丸をセットし、引き金を引く。ただこれだけで撃つことができる。ややこしい準備も手順も必要ない。普通の子どもでも苦労なく遊べそうな、分かりやすいおもちゃだ。
それからナギは、早速、的当ての準備を始める。直径一メートルくらいの円形の的を壁に貼ったりしていた。
ルールは単純明快。まず、順番に、壁に貼った的へおもちゃの拳銃を撃つ。そして、円の中心に一番近いところを撃てた者が勝利。ただそれだけである。
「トップバッター武田さんでいいっすよ。俺は後からいくんで」
「私か。分かった」
ナギの言った通り、武田が一番目になった。
武田は的に向かっておもちゃの拳銃を構える。大きな体に小さな拳銃。思わず笑いそうになるくらい似合わない。いや、それ以前に、武田が武器を持っているということだけで非常に違和感がある。
「康晃くん、ガンバ!」
おもちゃの拳銃を構える武田の背後から、ナギが掛け声で応援する。テンションが妙に高い。これは確実にふざけている。
挑発とも受け取れるようなふざけた掛け声を聞き、武田は不快そうに顔を歪める。そして呆れの混じった声で「それは勘弁してくれ」と言い放った。もはや怒る気にもならなかったようだ。
武田は気を取り直しておもちゃの拳銃を構え、数秒後してから引き金を引く。
銃口から飛び出した安っぽい弾丸は、的から大きく外れたところに当たり、一瞬にして床へ落下した。ある意味見事とも言えそうな外れ方である。
「ちょ……武田さんっ……」
その様子を目にしたナギはぷるぷる震え出す。
「何がおかしい」
武田が言った瞬間、ナギの笑いが爆発した。腹を携帯電話のように二つに折り曲げ、ゲラゲラ笑う。
笑いのスイッチがしっかり入ってしまったようだ。こうなってしまうと、彼はしばらく笑いを止められないことだろう。
「いやいや! だって、的に当たってすらないじゃないっすか! これは笑うっしょ!」
笑いが頂点にまで達したナギは、肩を上下させながらヒィヒィ言っている。こんな些細なことで呼吸が荒れるほど大笑いできるなんて、ある意味幸せな人だと思った。
「お前はいちいち笑いすぎだ。仕方ないだろう、私は扱い慣れていないのだから」
「でもここまで外れるとかレアっすよ!」
「そうかもしれないな。若い頃から素手での戦闘しかしてこなかったから……だろうか」
武田はどこか寂しげに言った。
もしかしたら、笑われたことを少し気にしているのかもしれない。彼は容姿に似合わず繊細な部分を持っているので、その可能性も十分にある。
その頃になりようやく笑いが収まってきたナギは、にぱっと明るい笑みを浮かべた。そして、軽い調子で「野蛮っすね!」などと言い放つ。
相変わらず言葉に棘があるな、と内心思った。もう少しまろやかに言えないものか。
「じゃ、次は俺っすね!」
やたらと話が続くせいで忘れかけていたが、次はナギの番だ。的当てはまだ終わっていない。
「俺はど真ん中余裕っすよ!」
ナギはヘラヘラしながらおもちゃの拳銃を撃つ。
安っぽい弾丸は、彼の予言通り、壁に貼り付けられた的の中心に命中した。ろくに構えもせずこの確実さ。圧巻である。
「凄い……!」
私は思わずぽかんと口を空けてしまった。
ナギの射撃の腕を疑っていたわけではないが、ここまでの精度だとは思わなかったのだ。
「どーよ」
自慢げに胸を張るナギ。
日頃は大抵空回りしている残念な彼だが、これは感心に値すると思った。純粋に凄い。
さすがエリミナーレの一員だけはある。
「次、沙羅ちゃんっすよ」
おもちゃの拳銃を渡され、それを握ると、得体の知れない高揚感に襲われた。目が覚めるような感覚。実に不思議だ。
私はおもちゃの拳銃の銃口を、壁に貼られた的へと向ける。そして、引き金を引いた。
銃口から放たれた安っぽい弾丸は、吸い込まれるように的へ向かって飛ぶ。
——そして、円の中心へ当たった。
「……信じられない」
様子を見守ってくれていた武田が、目を見開き、驚いたように漏らした。表情も声色も強張っている。どうやらかなり動揺しているようだ。
だが驚いているのは彼だけではない。一番驚いたのは、当人である私だ。こんな奇跡のようなことが起こるなど想像していなかった。
これが実戦だったなら役に立てたのにな、と贅沢なことを思う心があることは秘密にしておこう。
「ちょ、沙羅ちゃん……マジっすか……」
ナギは珍しい生き物を見るかのような目で私を見つめてくる。未確認生物になった気分だ。
「これはナギか沙羅か、どちらの勝ちだ? 位置的には微妙なところだが……」
「そりゃ沙羅ちゃんっしょ!」
武田の問いに、ナギは勢いよく答える。
ナギの声は相変わらず大きく騒がしい。近くで聞くと耳に悪い気がしてならなかった。
「おもちゃとはいえ、未経験でこれは凄いっすよ!」
「そうなのか」
なぜか嬉しそうな表情になる武田。他者の成功を喜べる彼は、案外綺麗な心の持ち主なのかもしれない。
「さすがだ、沙羅」
彼はこちらを向く。
全身から喜びが溢れていた。
彼がここまで喜んでいる光景を見るのは初めてな気がする。何が嬉しいのかは、まったくと言っても過言ではないほど理解できない。
しかし、それでも、彼が喜んでいるという事実は嬉しかった。
それからナギは、早速、的当ての準備を始める。直径一メートルくらいの円形の的を壁に貼ったりしていた。
ルールは単純明快。まず、順番に、壁に貼った的へおもちゃの拳銃を撃つ。そして、円の中心に一番近いところを撃てた者が勝利。ただそれだけである。
「トップバッター武田さんでいいっすよ。俺は後からいくんで」
「私か。分かった」
ナギの言った通り、武田が一番目になった。
武田は的に向かっておもちゃの拳銃を構える。大きな体に小さな拳銃。思わず笑いそうになるくらい似合わない。いや、それ以前に、武田が武器を持っているということだけで非常に違和感がある。
「康晃くん、ガンバ!」
おもちゃの拳銃を構える武田の背後から、ナギが掛け声で応援する。テンションが妙に高い。これは確実にふざけている。
挑発とも受け取れるようなふざけた掛け声を聞き、武田は不快そうに顔を歪める。そして呆れの混じった声で「それは勘弁してくれ」と言い放った。もはや怒る気にもならなかったようだ。
武田は気を取り直しておもちゃの拳銃を構え、数秒後してから引き金を引く。
銃口から飛び出した安っぽい弾丸は、的から大きく外れたところに当たり、一瞬にして床へ落下した。ある意味見事とも言えそうな外れ方である。
「ちょ……武田さんっ……」
その様子を目にしたナギはぷるぷる震え出す。
「何がおかしい」
武田が言った瞬間、ナギの笑いが爆発した。腹を携帯電話のように二つに折り曲げ、ゲラゲラ笑う。
笑いのスイッチがしっかり入ってしまったようだ。こうなってしまうと、彼はしばらく笑いを止められないことだろう。
「いやいや! だって、的に当たってすらないじゃないっすか! これは笑うっしょ!」
笑いが頂点にまで達したナギは、肩を上下させながらヒィヒィ言っている。こんな些細なことで呼吸が荒れるほど大笑いできるなんて、ある意味幸せな人だと思った。
「お前はいちいち笑いすぎだ。仕方ないだろう、私は扱い慣れていないのだから」
「でもここまで外れるとかレアっすよ!」
「そうかもしれないな。若い頃から素手での戦闘しかしてこなかったから……だろうか」
武田はどこか寂しげに言った。
もしかしたら、笑われたことを少し気にしているのかもしれない。彼は容姿に似合わず繊細な部分を持っているので、その可能性も十分にある。
その頃になりようやく笑いが収まってきたナギは、にぱっと明るい笑みを浮かべた。そして、軽い調子で「野蛮っすね!」などと言い放つ。
相変わらず言葉に棘があるな、と内心思った。もう少しまろやかに言えないものか。
「じゃ、次は俺っすね!」
やたらと話が続くせいで忘れかけていたが、次はナギの番だ。的当てはまだ終わっていない。
「俺はど真ん中余裕っすよ!」
ナギはヘラヘラしながらおもちゃの拳銃を撃つ。
安っぽい弾丸は、彼の予言通り、壁に貼り付けられた的の中心に命中した。ろくに構えもせずこの確実さ。圧巻である。
「凄い……!」
私は思わずぽかんと口を空けてしまった。
ナギの射撃の腕を疑っていたわけではないが、ここまでの精度だとは思わなかったのだ。
「どーよ」
自慢げに胸を張るナギ。
日頃は大抵空回りしている残念な彼だが、これは感心に値すると思った。純粋に凄い。
さすがエリミナーレの一員だけはある。
「次、沙羅ちゃんっすよ」
おもちゃの拳銃を渡され、それを握ると、得体の知れない高揚感に襲われた。目が覚めるような感覚。実に不思議だ。
私はおもちゃの拳銃の銃口を、壁に貼られた的へと向ける。そして、引き金を引いた。
銃口から放たれた安っぽい弾丸は、吸い込まれるように的へ向かって飛ぶ。
——そして、円の中心へ当たった。
「……信じられない」
様子を見守ってくれていた武田が、目を見開き、驚いたように漏らした。表情も声色も強張っている。どうやらかなり動揺しているようだ。
だが驚いているのは彼だけではない。一番驚いたのは、当人である私だ。こんな奇跡のようなことが起こるなど想像していなかった。
これが実戦だったなら役に立てたのにな、と贅沢なことを思う心があることは秘密にしておこう。
「ちょ、沙羅ちゃん……マジっすか……」
ナギは珍しい生き物を見るかのような目で私を見つめてくる。未確認生物になった気分だ。
「これはナギか沙羅か、どちらの勝ちだ? 位置的には微妙なところだが……」
「そりゃ沙羅ちゃんっしょ!」
武田の問いに、ナギは勢いよく答える。
ナギの声は相変わらず大きく騒がしい。近くで聞くと耳に悪い気がしてならなかった。
「おもちゃとはいえ、未経験でこれは凄いっすよ!」
「そうなのか」
なぜか嬉しそうな表情になる武田。他者の成功を喜べる彼は、案外綺麗な心の持ち主なのかもしれない。
「さすがだ、沙羅」
彼はこちらを向く。
全身から喜びが溢れていた。
彼がここまで喜んでいる光景を見るのは初めてな気がする。何が嬉しいのかは、まったくと言っても過言ではないほど理解できない。
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