新日本警察エリミナーレ

四季

文字の大きさ
上 下
63 / 161

62話 「帰還」

しおりを挟む
「怪我した、ですって!?」

 事務所へ帰り今日起きた一連のことを説明する。
 それから、武田が負傷したことを伝えると、エリナは驚いて大きな声を出した。彼女らしからぬ派手な反応である。

 だが、彼女が愕然とするのも、当然といえば当然だ。任務中ならまだしも、休日のお出掛けで負傷して帰ってきたのだから。

「あぁ、もう! どうしてこうなるのよっ!」
「すみません」

 エリナは呆れと怒りの混ざった声で武田を叱る。武田は真剣な表情で謝った。するとエリナの視線がこちらへ移ってくる。

「沙羅、貴女もよ! どうなっているの!?」

 怒りの矛先が向いたのはやはり私だった。
 だが今回は何も言い返せない。私がぼんやりしていたのが、武田が負傷した原因だからだ。怒られて当然である。

「ごめんなさい。私がぼんやりしていたせいで……」
「そんなことはどうでもいいわ」

 凍りつきそうなほど冷たい視線を向けられる。ここしばらくわりと親切にしてもらえていたので、この雰囲気は忘れていた。

「ごめんなさい……」
「貴女のうっかりで怪我させられたら困るのよ! 武田はエリミナーレの主戦力なの、そのくらい分かっているでしょ!」

 今日のエリナの厳しさは、今までの中でもかなりトップクラスだ。非常に攻撃的な口調である。しかし、言っていることは真っ当なことなので、反論はできなかった。

 庇ってくれそうなレイはリビングにはいない。ナギやモルテリアも部屋の外なので、場を和ませることができるような者は誰もいない。

「貴女は自分がしたことの重大さを——」
「エリナさん、あまり沙羅を責めないで下さい。彼女を庇ったのも、それで負傷したのも、私が勝手にしたことです」

 武田は、エリナの言葉を遮り、すらすらと話し出した。
 私と二人きりの時のぎこちない話し方とは大違いだ。やはり付き合いの長さによるものだろうか。

「このくらいの傷なら数日で治ります。仕事に支障はありません」
「よろよろしてたじゃない!」

 ヒステリックに叫ぶエリナ。
 だが彼女の言うこともあながち間違ってはいない。実際武田は、歩いている途中で何度かよろけたりしていた。重傷とまではいかずとも、普段通り動ける状態ではないと思われる。

「まったく、困るのよ……次の仕事もう受けちゃったのに」

 どうやら既に次の仕事が決まっているようだ。だとしたら、エリナがいつも以上に怒っているのはそのせいかもしれない。

「次の仕事、とは?」
「護衛任務よ。珍しくて新鮮でしょ」
「確かに。誰が担当するのですか」
「明日依頼主である女性がここへ来るわ。本人に二人選んでもらうことになっているの」

 どうか選ばれませんように。
 当たり前だが、護衛など私には無理だ。何かの間違いで私が選ばれてしまったら、エリミナーレの名に傷をつけることとなってしまう。それだけは避けたい。

「武田。この件、レイとモルにも伝えておいてちょうだい」
「分かりました」

 エリナの命令に武田が頷くと、それをもって解散となった。

 これは常々思うことだが、エリナは突如解散にすることが多い。集合して深刻な話をしていた時ですら、話が終わった瞬間解散にする。
 速やかに終わるのはありがたいことなのだが、どうもしっくりこない。いきなり「解散!」と言われることにはなかなか慣れないのである。


 リビングを出て扉を閉めた直後、武田が自ら話しかけてくる。
 レイが車を回してきてくれるのを待っていた時も、彼は自分から話しかけてきた。今日の彼は妙に積極的だ。もしかしたら少しは打ち解けることができたのかもしれない。

「そういえば。あの時言っていた、ショップで買ったという物のことだが」
「え?何でしたっけ」
「あの男たちに攻撃される直前、渡そうとしてくれていただろう。あれはどうなったんだ」

 ——カニのピンバッジ。
 武田に言われ、その存在を思い出した。彼にサプライズ的にプレゼントしようと、私が密かに購入しておいたものである。

 水族館から帰る時に渡そうとしたのだが、男性たちに襲われたことで渡し損なったのだった。それからはレイらと合流したりバタバタしていたので、存在をすっかり忘れ去ってしまっていた。
 恐らく鞄の中に入っていることだろう。

「あっ、少し待って下さい」

 鞄を開け、中に手を突っ込む。それから手の感覚を頼りに探す。すると、わりとすぐに見つかった。
 手のひらに乗るような小さな紙袋を、彼へ差し出す。

「これですよね。遅くなりました。どうぞ!」
「ありがとう。感謝する」

 武田は会釈して受け取ってくれた。彼の大きな手に小さな紙袋は似合わない。

 それにしても、まさかこんな形で渡すことになるとは思わなかった。本当はもっと驚かせるような形にしたかったのだ。
 だが、そんなことを言うのは贅沢というもの。受け取ってもらえただけ御の字なのである。

「中を見てみても構わないだろうか」
「もちろんです」
「よし。では開けてみる」

 武田は小さな紙袋に興味津々。少々意外だ。
 貰うなり中身を見たいだなんて、なんだか可愛らしい。まるで一年に一度のクリスマスプレゼントを貰った子どものようである。

 彼は贈り物などには関心がないものと予想していた。しかしそうではないらしい。瞳がいつになく輝いているところを見ると、私の予想は良い方向に外れたようだ。


 ちょうどその時、男性部屋からナギが出てきた。
 もう寝るところだったのか、白いTシャツに短パンというだらしない格好をしている。書道風文字で『乾布摩擦』と描かれた短パンが非常にかっこ悪い。

「うわわっ! 二人きりっすか!?」

 私と武田が二人で話しているところを目にしたナギは、やや興奮気味の声を出した。ナギは勝手に盛り上がっている。

「武田さんついに覚醒っすか! あ、やっとモテ期が来たんすねっ!?」
「違……」
「いやーっ、いつか来ると思ってたっすよ。武田さんにもモテ期が来るって信じてたっす! けど遅かったっすね!」

 最初ナギは笑いを堪えているようだったが、ついに耐えきれなくなり、腹を抱えて笑い出す。彼の笑いは一度始まるとしばらく止まらない。

「待て、そうではな……」
「照れなくていいっすよ! 沙羅ちゃんが可愛いのは事実っすから!」

 ナギは酔っ払いかのように笑い続ける。私がナギだったら、翌日腹が筋肉痛になるに違いない。

「……ひゃー、おかしかったっすわー。でも武田さん、手を出しちゃダメっすよ。男女の仲はゆっくり深めていくものなんで、いきなり乱暴なことしちゃ——」
「いい加減にしろ!」

 不快そうな顔をしていた武田がついに爆発した。

「私と沙羅はそのような関係ではない! 勝手に話を進めるな!」
「否定するってことは、やっぱ沙羅ちゃんのこと意識してるんすね」

 一切躊躇いなく火に油を注ぐナギ。

「なんだと。そんなことは……」

 対する武田は怪訝な顔をする。

「いいや、そういうことっすよ。武田さんは相変わらず疎いっすね」

 初めはいつもの感じで武田をからかっているのだと思った。だが、ナギの表情を見ると、単なるからかいではないと分かった。武田を弄りたいだけなら、こんなに真剣な表情はしないだろう。

「アンタは沙羅ちゃんのこと、とっくに好きになってるんじゃないんすか」

 ナギはキッパリと言い放つ。

「ま。でも、自分で気づかないとどうしようもないっすね」

 そんな曖昧なことを言い、リビングの方へと歩いていってしまった。私と武田は静かな廊下に残される。

「なんだあいつは」

 武田は、はぁ、と疲れたように溜め息を漏らしていた。恐らく、ナギの言動がまったく理解できなかったからだろう。
 しかしすぐに気分を切り替えて述べる。

「今日は色々と迷惑かけてすまなかったな」
「いえ。楽しかったです」

 確かにかなり色々なことがあった。苦難の連続である。
 だが、彼と一緒に過ごせたことは、私にとって何よりの幸せだった。

「贈り物、感謝する」

 そして、彼が私に向けてくれる笑みは、私にとって最上級のご褒美である。
 それはもう、何にも変え難いほどの。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

6年3組わたしのゆうしゃさま

はれはる
キャラ文芸
小学六年の夏 夏休みが終わり登校すると クオラスメイトの少女が1人 この世から消えていた ある事故をきっかけに彼女が亡くなる 一年前に時を遡った主人公 なぜ彼女は死んだのか そして彼女を救うことは出来るのか? これは小さな勇者と彼女の物語

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

処理中です...