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60話 「合流へ」
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地面に横たわった状態の私の上に被さっていた武田は、その体をゆっくりと起こす。殴ろうと上から向かってくるバットを片腕で止め、もう片方の腕で私の体を引き起こしてくれた。
その間、彼は何一つ言葉を発さなかった。
いきなりストレートに「好き」などという言葉を言ってしまったのだ、引かれたかもしれない。私はそんな風に思い不安になりながらも、頑張って彼に顔を向ける。すると、視線がばっちりあってしまった。彼も私へ視線を向けていたらしい。
私が思わず視線を逸らしそうになった瞬間、彼は口を開く。
「……そういうものなのか。人の心とは」
不思議なものをみたかのような顔をしていた。自分には理解できない、とでも言いたげだ。
「難しいな、沙羅は」
そう言って僅かに笑みを浮かべる武田はどこか寂しそうにも見える。理解できそうにないから、だろうか。
もしそうだとしたら、それは彼が私を分かろうとしてくれているということで嬉しいのだが、表情の理由を聞く暇などありはしない。なんせ、まだ悪い状況は変わっていないのだから。
数では圧倒的に負けているうえ、敵はバットやフライパンなんかを持っている。しかも取り囲まれていて、一方的に攻撃されるしかないような体勢だ。
それに加え、唯一の頼みである武田は負傷してしまった。今の彼の体では、戦いを挑んだところで、数の不利を覆せるかどうか分からない。上手くいく可能性がゼロだとは思わないが、逆に、確実に覆せると信じることも難しい。
「さっさと降参した方が身のためだと思うんだけどな。その方が苦しまずに済むわけだし」
リーダー格の男性が余裕たっぷりの声で提案してきた。
男性は既に勝った気でいるらしく、気が緩んでか顔がにやけている。あと少しで固まったお金が手に入る、とウキウキしているようにも見えた。
しかし武田は「断る」と言い放つ。それが彼の出した答えだった。
「勘違いしてんじゃねえよ……おりゃあっ!」
男性は武田の反抗的な答えに腹を立てたようだ。終わらせようと、バットを大きく振りかぶる。
だが、武田はそれを予測していた。
バットが振り下ろされるより早く、男性の足を払う。大きく振りかぶっていたリーダー格の男性は、バランスを崩し、そのまま後ろ向けに転倒した。かなり派手な転び方をしたものだから、周囲の仲間たちに動揺の波が押し寄せる。
「沙羅、今のうちに」
武田は私の耳元で小さく囁き、そのまま私を抱き上げた。
そして、一瞬にして男性の輪から抜け出す。僅かな隙を逃さない、見事な脱出だった。
私を地面に下ろした直後、武田はガクンと膝を曲げてしまう。私は慌てて彼を支えた。それによってなんとか転けずに済んだものの、武田は辛そうに顔をしかめている。
「すまない」
「大丈夫です。それより、早く手当てしないと……」
一応目立った外傷はないが、バットで殴られている以上、ダメージがまったくないということはないだろう。武田の辛そうな顔を見るのは嫌だ。すぐに手当てして、少しでも早く楽な状態にしてあげたい。
だが敵はまだ健在である。動揺が去れば、再びこちらへ向かってくることだろう。いつまでもぼんやりしてはいられない。
「取り敢えず人のいるところへ行きましょう……!」
水族館の方へ戻れば、まだ人はいるはずだ。人がいるところでなら男性たちも乱暴なことはできないだろう。それに、人の波に紛れて逃げられるかもしれない。レイらがまだ水族館にいるかどうかは分からないが、もしかしたら合流することだってできるかもしれない。
「レイに連絡してみるのか」
武田は私の狙いをちゃんと汲んでくれているようだ。やはり恋愛感情絡みでなければ心は通じるようである。
「はい。移動しながら電話をかけてみます」
幸い今は鞄を持っている。そして、その中には携帯電話が入っているのだ。私の唯一の武器がここにあるということである。
「武田さん、歩けますか?」
「それはもちろんだ。問題ない」
「じゃあ行きましょう」
顔を見合い、お互いに強く頷く。そして私たちは、その場から離れるべく歩き出す。
背後から「待て!」と叫ぶ男性の声が聞こえた。だがそんなものに構っていられる状況ではない。待てと言われて待つのならそもそも逃げたりしない、と内心嫌みを言ってやった。
レイに電話をかけながらひたすら歩く。慌ただしくて振り返る余裕もなかった。
『はいっ』
電話をかけ続けていると、何度目かにようやくレイが出てきた。彼女の短い一言を耳にすると思わず気が緩み、安堵の溜め息を漏らしそうになる。
「あの、レイさん。今どこに……」
『あたし? どこって、あたしはまだ水族館の敷地内にいるけど』
「どこですかっ? できれば合流したくて……」
『えっ。どうして急に?』
「事情は後で説明します。とにかく合流したいんです」
しかしレイは呑気に「どうしたの?」などと尋ねてくる。私がまともな説明をできないせいで話がまったく進まない。
「沙羅、代わろう。私が説明する方が早いかもしれない」
武田は提案してくれた。
若干前屈みの体勢になっているが、表情は落ち着いている。体は取り敢えず大丈夫そうだ。
なので私は携帯電話を彼に渡すことにした。
彼は携帯電話を受け取ると、のんびりしてはいられない現在の状況について簡潔に説明する。武田の真剣な声を聞き、レイはすぐに異常を察したようだ。
通話はほんの一分足らずで終わった。
「合流できそうですか?」
少し不安を抱きつつ尋ねてみる。すると武田は、落ち着いた声色で言う。
「あぁ。カメショップ前だ」
カメショップってどこなの……。
「もう追ってきてはいないようだが、念のため急ごう」
振り返っても男性たちの姿は見当たらない。この感じだと今すぐ襲われることはなさそうだ。だが、諦めたという証拠はない。私たちを必死に探している可能性も十分にある。
だから、まだ油断はできない。
その間、彼は何一つ言葉を発さなかった。
いきなりストレートに「好き」などという言葉を言ってしまったのだ、引かれたかもしれない。私はそんな風に思い不安になりながらも、頑張って彼に顔を向ける。すると、視線がばっちりあってしまった。彼も私へ視線を向けていたらしい。
私が思わず視線を逸らしそうになった瞬間、彼は口を開く。
「……そういうものなのか。人の心とは」
不思議なものをみたかのような顔をしていた。自分には理解できない、とでも言いたげだ。
「難しいな、沙羅は」
そう言って僅かに笑みを浮かべる武田はどこか寂しそうにも見える。理解できそうにないから、だろうか。
もしそうだとしたら、それは彼が私を分かろうとしてくれているということで嬉しいのだが、表情の理由を聞く暇などありはしない。なんせ、まだ悪い状況は変わっていないのだから。
数では圧倒的に負けているうえ、敵はバットやフライパンなんかを持っている。しかも取り囲まれていて、一方的に攻撃されるしかないような体勢だ。
それに加え、唯一の頼みである武田は負傷してしまった。今の彼の体では、戦いを挑んだところで、数の不利を覆せるかどうか分からない。上手くいく可能性がゼロだとは思わないが、逆に、確実に覆せると信じることも難しい。
「さっさと降参した方が身のためだと思うんだけどな。その方が苦しまずに済むわけだし」
リーダー格の男性が余裕たっぷりの声で提案してきた。
男性は既に勝った気でいるらしく、気が緩んでか顔がにやけている。あと少しで固まったお金が手に入る、とウキウキしているようにも見えた。
しかし武田は「断る」と言い放つ。それが彼の出した答えだった。
「勘違いしてんじゃねえよ……おりゃあっ!」
男性は武田の反抗的な答えに腹を立てたようだ。終わらせようと、バットを大きく振りかぶる。
だが、武田はそれを予測していた。
バットが振り下ろされるより早く、男性の足を払う。大きく振りかぶっていたリーダー格の男性は、バランスを崩し、そのまま後ろ向けに転倒した。かなり派手な転び方をしたものだから、周囲の仲間たちに動揺の波が押し寄せる。
「沙羅、今のうちに」
武田は私の耳元で小さく囁き、そのまま私を抱き上げた。
そして、一瞬にして男性の輪から抜け出す。僅かな隙を逃さない、見事な脱出だった。
私を地面に下ろした直後、武田はガクンと膝を曲げてしまう。私は慌てて彼を支えた。それによってなんとか転けずに済んだものの、武田は辛そうに顔をしかめている。
「すまない」
「大丈夫です。それより、早く手当てしないと……」
一応目立った外傷はないが、バットで殴られている以上、ダメージがまったくないということはないだろう。武田の辛そうな顔を見るのは嫌だ。すぐに手当てして、少しでも早く楽な状態にしてあげたい。
だが敵はまだ健在である。動揺が去れば、再びこちらへ向かってくることだろう。いつまでもぼんやりしてはいられない。
「取り敢えず人のいるところへ行きましょう……!」
水族館の方へ戻れば、まだ人はいるはずだ。人がいるところでなら男性たちも乱暴なことはできないだろう。それに、人の波に紛れて逃げられるかもしれない。レイらがまだ水族館にいるかどうかは分からないが、もしかしたら合流することだってできるかもしれない。
「レイに連絡してみるのか」
武田は私の狙いをちゃんと汲んでくれているようだ。やはり恋愛感情絡みでなければ心は通じるようである。
「はい。移動しながら電話をかけてみます」
幸い今は鞄を持っている。そして、その中には携帯電話が入っているのだ。私の唯一の武器がここにあるということである。
「武田さん、歩けますか?」
「それはもちろんだ。問題ない」
「じゃあ行きましょう」
顔を見合い、お互いに強く頷く。そして私たちは、その場から離れるべく歩き出す。
背後から「待て!」と叫ぶ男性の声が聞こえた。だがそんなものに構っていられる状況ではない。待てと言われて待つのならそもそも逃げたりしない、と内心嫌みを言ってやった。
レイに電話をかけながらひたすら歩く。慌ただしくて振り返る余裕もなかった。
『はいっ』
電話をかけ続けていると、何度目かにようやくレイが出てきた。彼女の短い一言を耳にすると思わず気が緩み、安堵の溜め息を漏らしそうになる。
「あの、レイさん。今どこに……」
『あたし? どこって、あたしはまだ水族館の敷地内にいるけど』
「どこですかっ? できれば合流したくて……」
『えっ。どうして急に?』
「事情は後で説明します。とにかく合流したいんです」
しかしレイは呑気に「どうしたの?」などと尋ねてくる。私がまともな説明をできないせいで話がまったく進まない。
「沙羅、代わろう。私が説明する方が早いかもしれない」
武田は提案してくれた。
若干前屈みの体勢になっているが、表情は落ち着いている。体は取り敢えず大丈夫そうだ。
なので私は携帯電話を彼に渡すことにした。
彼は携帯電話を受け取ると、のんびりしてはいられない現在の状況について簡潔に説明する。武田の真剣な声を聞き、レイはすぐに異常を察したようだ。
通話はほんの一分足らずで終わった。
「合流できそうですか?」
少し不安を抱きつつ尋ねてみる。すると武田は、落ち着いた声色で言う。
「あぁ。カメショップ前だ」
カメショップってどこなの……。
「もう追ってきてはいないようだが、念のため急ごう」
振り返っても男性たちの姿は見当たらない。この感じだと今すぐ襲われることはなさそうだ。だが、諦めたという証拠はない。私たちを必死に探している可能性も十分にある。
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