新日本警察エリミナーレ

四季

文字の大きさ
上 下
49 / 161

48話 「息抜きも必要」

しおりを挟む
 武田がこんな些細なことで動揺した顔をするなんて。私のことで彼の心が揺れるなんて。嬉しいことではあるのだが、信じられない。
 私たちはそれほど近い距離ではなかったはずだ。私は彼を好きでも、彼は私を仲間程度にしか思っていないだろう。その仲間程度の相手に、こんな顔を向けるだろうか。

「ごめんなさい、武田さん。あまり気にしないで下さい……」

 色々あったせいで少し疲れているのかもしれない。きっとそうだ、疲れているから涙が止まらないのだ。積み重なったストレスで情緒不安定になっているだけに違いない。

「気にしていただくような理由はありません。大丈夫です」

 無理矢理笑おうと試みるが、逆に涙が込み上げて、上手く笑えない。

「余計に気になる。気になって仕方ない。聞かせてくれ」
「たいしたことじゃないです」
「それでも構わない」

 ——言ってもいいのだろうか。

 お手伝いしたかった、なんて。

 子どものようだと笑われたらどうしよう。……いや。ここで言うことを拒否したら嫌われてしまうかもしれない。それはそれで困る。むしろそちらの方が嫌だ。
 こうなっては仕方ない。意を決して話すことにする。

「私、武田さんのお手伝いをしたかったんです。いつも迷惑かけてばかりだから、たまには力になりたいと思って。でも、私ではお手伝いすることすらできないんだなって。そう思ったら……急に涙が」

 泣くつもりなんて全然なかった。けれど、なぜか急激に涙が込み上げてきて、耐えきれなくて泣いてしまった。
 何も知らない第三者から見れば、いかにも武田が悪いような状況だ。彼はきっと不快な思いをしたことだろう。

「そうか。私が雑に断ったのが悪かったのだな」

 武田は目を細め、どこか寂しげに言う。

「すまない」

 私の手を取り、目を真っ直ぐに見つめて、真剣な声色で謝ってくれた。

 胸が強く締めつけられる。
 彼はただ、「手伝おうか?」という提案を断っただけ。急に涙が流れたのは、私の想像が暴走した結果。言うなれば自業自得というやつだ。
 それなのに私は武田に謝らせてしまった。なんて身勝手なのだろう。

「そんなつもりではなかった。ただゆっくり休んでほしかっただけだ」

 私の胸が申し訳なさで満たされていく。

「だが、私の言葉が足りなかったのも事実。今後同じ過ちを犯すことがないように努める」

 き、気まずい……。
 しばらく流れ続けていた涙が止まるにつれ、場が非常に気まずい空気になっていることに気づいてくる。私と武田以外に誰もいないのが唯一の救いだろうか。

「武田さんは悪くありません。こちらこそ、勝手なこと言ってごめんなさい」

 そして沈黙が訪れた。広いリビングが静寂に包まれる。
 胸の鼓動が彼にも聞こえてしまっているのではないか。そんな風に思うくらい静かな空間だった。


 ちょうどそんなタイミングで、リビングの扉が開く。
 かなり勢いよく開けたものだから、扉は壁にぶつかり、バンと大きな音をたてた。欠けたりへこんだりしていないか心配になるほどの音である。

 そんな調子でリビングへ入ってきたのはエリナだった。

「おはよう。今起きたわ」

 桜色の長い髪は後ろで大雑把にまとめている。服装はいつものパリッとした感じではなく、ゆるりとした大きめのパジャマだ。怪我している右足を半ば引きずるように、ゆっくり歩いてくる。

「あら。武田と沙羅が二人きりだなんて珍しいわね。他は全員お出掛け?」
「はい。レイとモルはお出掛け、ナギは女探しです」

 エリナの問いに対し、武田は先ほどと同じことを答えた。
 それを聞き、呆れ顔になるエリナ。

「レイとモルはともかく、ナギのやつ……」

 彼女が呆れるのも分からないではない。女探し、だなんて。
 爽やかな雰囲気が魅力のレイ、ミステリアスだけど純粋なモルテリア。年はだいぶ上になるが、とにかく根性が凄まじいエリナ。エリミナーレにはこれほど美人が揃っているのに、彼は一体何をしているのやら。
 ちなみに、私は美人に含まれない。

「まぁいいわ。休日だもの」

 エリナは若干歩きにくそうにしながらも自力で歩く。そしてソファに腰を下ろした。

「何をしようが個人の自由というものよね」

 休日の自由行動は結構許されているようだ。ありがたいことである。もっとも、今の私には特別したいことなんてないが。

「それにしても沙羅。貴女は行きたいところ、ないの?」
「あまり考えたことがなかった気がします」
「そう。随分欲がないのね」

 エリナは静かにそう言った。

 私は武田といられるならそれでいい。彼と同じ空気を吸って暮らせるだけで幸せだ。
 遊びに行きたいだとか、何かをしたいだとかは、あまり考えてみたことがなかった。そういう意味では欲のない人間と言えるかもしれない。

 しばらくしてから、ソファに腰かけているエリナが口を開く。

「武田。沙羅をどこかへ連れていってあげなさい」
「どこかへ、とは?」

 いきなりの指示に戸惑いを隠せない様子の武田に、エリナは続けて言い放つ。

「せっかくの休日だもの、遊ばないなんて勿体ないわ。沙羅を楽しませてあげなさい。車は使っていいから」

 私には彼女の意図が理解できなかった。だが、武田も同じ気持ちのようで、おかしなものを見たような怪訝な顔をしている。

「ですがエリナさん、事務所は」
「それは安心して。私がちゃんと見張っておくわよ」
「足を痛めてられるのに、一人にするわけにはいきません。何があるか分からないでしょう」
「不要な心配だわ」

 エリナはハッキリとそう告げた。その声に迷いはない。本心からの言葉だと、容易く察することができる。

「たまには息抜きも必要だと思うわ。いってらっしゃい」

 微笑んで手を振るエリナを見て、なんだか不思議な気分になった。いつも競うような態度を取っていた彼女だけに、私と武田を親しくさせようとしているかのような行動をすると、とても違和感がある。
 ずっと応援してくれていたレイならともかく、エリナがこんなことを提案するはずがない。

 そんな違和感を抱きつつも、私は武田と二人で外出することになるのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

ヒロインモニタリング(一般作)

ヒロイン小説研究所
キャラ文芸
正義のヒロインとして、地球を守っているヒロインにドッキリをかける、そんなテレビ番組を作ることにした。

お犬様のお世話係りになったはずなんだけど………

ブラックベリィ
キャラ文芸
俺、神咲 和輝(かんざき かずき)は不幸のどん底に突き落とされました。 父親を失い、バイトもクビになって、早晩双子の妹、真奈と優奈を抱えてあわや路頭に………。そんな暗い未来陥る寸前に出会った少女の名は桜………。 そして、俺の新しいバイト先は決まったんだが………。

猫になったお嬢様

毒島醜女
キャラ文芸
自由を夢見るお嬢様、美也は偉そうな教師や意地悪な妹とメイドたちにイライラする毎日。 ある日、蔵でうっかり壺を壊してしまうと中から封印された妖が現れた。 「あなたの願いをなんでも叶えます」 彼の言葉に、美也は迷うことなく「猫になりたい!」と告げる。 メンタル最強なお嬢様が、最高で最強な猫になる話。

貧乏育ちの私が転生したらお姫様になっていましたが、貧乏王国だったのでスローライフをしながらお金を稼ぐべく姫が自らキリキリ働きます!

Levi
ファンタジー
前世は日本で超絶貧乏家庭に育った美樹は、ひょんなことから異世界で覚醒。そして姫として生まれ変わっているのを知ったけど、その国は超絶貧乏王国。 美樹は貧乏生活でのノウハウで王国を救おうと心に決めた! ※エブリスタさん版をベースに、一部少し文字を足したり引いたり直したりしています

処理中です...