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40話 「占い師という言葉」
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すき焼き屋を出た頃には、既に日が沈み、辺りは暗くなっていた。
徒歩の場合だと、暗くなると不気味で道を歩くのも怖い。しかし今日は車なので平気だ。みんなで車に乗り、六宮の事務所へ速やかに戻る。
そういえば、帰りの車内でもモルテリアはクッキーを食べていた。全力ですき焼きを食べた後だというのに、速度はまったく落ちていない。サクサクと軽い音を響かせながら、彼女は手持ちのクッキーを食べ続けていた。
私たちが帰った時、ナギと紫苑はリビングにいた。敵同士の二人が一緒にソファに座っている光景を目にすると、不思議な気分になる。
「あ、帰ったんっすね! お帰りなさい!」
みんなが帰ったことに気づくと、ナギは明るい声で迎えてくれた。
「ただいま、ナギ。お留守番ご苦労様」
エリナはすき焼きに参加できなかった可哀想なナギに労いの言葉をかける。
その時、両手を背中側でくくられたままソファに座っていた紫苑が、その紫色の瞳をエリナに向けた。さすがにこの状況で戦うつもりはないだろう。しかし、紫の瞳から放たれる眼光は、明らかに敵に対するものであった。
そんな鋭い眼差しに気づかないエリナではない。彼女は紫苑を睨み、圧力をかけつつ言う。
「何か言いたいことがあるのかしら。特別に聞いてあげてもいいわよ」
エリナは桜色の滑らかな長髪を揺らしながら、いつもの席へ座った。そして、すらりと伸びた足を組み、テーブルに右肘をつく。その体勢のまま、しばらく紫苑を見つめていた。
だが、紫苑が何か言うことはなかった。一分くらいが経過しても、人形のようにじっと黙ったままだ。
「何なのよ。言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」
それでも紫苑は口を開こうとはしない。
エリナはやがて不機嫌な顔つきになり、「もういいわ」と吐き捨てるように言った。無表情なうえ無言な紫苑の意図が掴めず苛立ったのだと思われる。
今回ばかりは苛立つのも仕方ない気がした。凝視してくるにもかかわらず、いざ話を聞こうと尋ねると黙る。
これでは、何を言いたいのか何をしたいのか、さっぱり分からない。
「レイ。紫苑をしばらく、貴女の部屋へ連れていってちょうだい」
エリナが落ち着いた口調で指示を出すと、レイはきびきびした声で「はい!」と返事をする。体育系の部活みたいだと少し思った。
ナギから紫苑を渡されたレイは、紫苑と共に自室へと歩いていった。その後を追うように、モルテリアもリビングを出ていく。
広いリビングには、私を含めて四人が残った。私以外は、エリナと武田、そしてナギである。
私がここに残る意味があるのか、という多少の疑問は残る。だが、完全に出遅れたので、今さらレイらの方へ行くことはできそうにない。だから私はこの場所へ残ることにした。もし私が残っていてはならないなら、誰かがそう言うことだろう。
それからというもの、誰も声を発さない時間がしばらく続いた。
お互いの様子を窺うような沈黙——だいぶしてからそれを破ったのはエリナだった。
「ナギ、紫苑からは何か聞き出せたのかしら? 成果を聞かせてもらいたいわ」
するとナギはソファから勢いよく立ち上がり、片手の親指をグッと立てて「もちろん!」と言う。表情は晴れやかだ。すき焼きに参加できず落ち込んでいたのが嘘のようである。
これはあくまで推測の域を出ないが、恐らくナギは切り替えが早いタイプなのだろう。
「紫苑ちゃんの好きな色は、やっぱり紫らしいっす!」
いきなり凄まじくどうでもいい情報が公開された。
エリナは呆れ果てた顔をするが何も言わない。ただただ溜め息を漏らすばかりだ。エリナを呆れるところまで行かせるとは、さすがナギ。
「ナギ、ふざけるのは良くない」
しかし武田は流さない。彼は真顔で注意した。
淡々とした声と表情が硬派な雰囲気を漂わせている。例えるなら、決して敵を寄せ付けることのない要塞のような、重厚な雰囲気。
「武田さんはホントに面白くないっすね」
ナギはわざとらしく大きな溜め息をつく。不快感をここまで露骨に出す人も珍しい。
「そんなだから友達増えないんっすよ」
「一言余計だ」
「あ、自覚はあるんすね!」
気まずい空気になる武田とナギを、エリナが「止めなさい」と言い落ち着かせる。彼女が落ち着かせる立場というのはどうもしっくりこない部分が大きい。
「ナギ、さっさと本題に入ってちょうだい。冗談はいいから、紫苑から得た情報を話して」
「あっ。そうっすね」
途端にナギの表情が真面目になる。一瞬にしてモードが切り替わった。
「取り敢えず紫苑と茜について分かったことからでいいっすか?」
「えぇ」
なんだか私だけ場違いな気がする。
「赤ちゃんの頃に親が亡くなって、でも引き取ってくれる身寄りがいなかったんで、占い師のお婆さんに引き取られたらしいっす」
夜特有の冷たい空気がカーテンの下から床を這うように流れてくるのを感じる。春でも日が沈むとまだ肌寒い。
「なんでも、そのお婆さんにエリミナーレを殲滅するように命令されたとかで」
「子どもを使うとは卑怯ね」
エリナが真っ当な発言をしていると違和感がある。
「だから二人は芦途で放火しまくってたらしいっす。俺らを誘き出すのが狙いだったってわけっすね!」
「そう……、それにしても意味が分からないわ。その占い師のお婆さんとやらは、なぜエリミナーレを狙うのかしら」
「一つ考えられるのは、エリミナーレを潰すよう何者かが依頼したということです」
「武田、それは変よ。占い師に頼むことじゃないわ」
それからもしばらく話し合いが続いた。
私が口を挟むタイミングはほとんどなかったが、話を聞いていて密かに一つ気になったことがある。
占い師、という言葉だ。
前に電車で私を誘拐した三条という男性が話した中にも出てきた言葉だった。確か、彼にエリミナーレへの復讐をそそのかしたのが、占い師だった気がする。
もちろん世の中に占い師は星の数いる。だから、本当に偶々の可能性も十分にあるのだ。あり得ないことではない。
しかし、私は、どうしても関係があるような気がしてならなかった。
徒歩の場合だと、暗くなると不気味で道を歩くのも怖い。しかし今日は車なので平気だ。みんなで車に乗り、六宮の事務所へ速やかに戻る。
そういえば、帰りの車内でもモルテリアはクッキーを食べていた。全力ですき焼きを食べた後だというのに、速度はまったく落ちていない。サクサクと軽い音を響かせながら、彼女は手持ちのクッキーを食べ続けていた。
私たちが帰った時、ナギと紫苑はリビングにいた。敵同士の二人が一緒にソファに座っている光景を目にすると、不思議な気分になる。
「あ、帰ったんっすね! お帰りなさい!」
みんなが帰ったことに気づくと、ナギは明るい声で迎えてくれた。
「ただいま、ナギ。お留守番ご苦労様」
エリナはすき焼きに参加できなかった可哀想なナギに労いの言葉をかける。
その時、両手を背中側でくくられたままソファに座っていた紫苑が、その紫色の瞳をエリナに向けた。さすがにこの状況で戦うつもりはないだろう。しかし、紫の瞳から放たれる眼光は、明らかに敵に対するものであった。
そんな鋭い眼差しに気づかないエリナではない。彼女は紫苑を睨み、圧力をかけつつ言う。
「何か言いたいことがあるのかしら。特別に聞いてあげてもいいわよ」
エリナは桜色の滑らかな長髪を揺らしながら、いつもの席へ座った。そして、すらりと伸びた足を組み、テーブルに右肘をつく。その体勢のまま、しばらく紫苑を見つめていた。
だが、紫苑が何か言うことはなかった。一分くらいが経過しても、人形のようにじっと黙ったままだ。
「何なのよ。言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」
それでも紫苑は口を開こうとはしない。
エリナはやがて不機嫌な顔つきになり、「もういいわ」と吐き捨てるように言った。無表情なうえ無言な紫苑の意図が掴めず苛立ったのだと思われる。
今回ばかりは苛立つのも仕方ない気がした。凝視してくるにもかかわらず、いざ話を聞こうと尋ねると黙る。
これでは、何を言いたいのか何をしたいのか、さっぱり分からない。
「レイ。紫苑をしばらく、貴女の部屋へ連れていってちょうだい」
エリナが落ち着いた口調で指示を出すと、レイはきびきびした声で「はい!」と返事をする。体育系の部活みたいだと少し思った。
ナギから紫苑を渡されたレイは、紫苑と共に自室へと歩いていった。その後を追うように、モルテリアもリビングを出ていく。
広いリビングには、私を含めて四人が残った。私以外は、エリナと武田、そしてナギである。
私がここに残る意味があるのか、という多少の疑問は残る。だが、完全に出遅れたので、今さらレイらの方へ行くことはできそうにない。だから私はこの場所へ残ることにした。もし私が残っていてはならないなら、誰かがそう言うことだろう。
それからというもの、誰も声を発さない時間がしばらく続いた。
お互いの様子を窺うような沈黙——だいぶしてからそれを破ったのはエリナだった。
「ナギ、紫苑からは何か聞き出せたのかしら? 成果を聞かせてもらいたいわ」
するとナギはソファから勢いよく立ち上がり、片手の親指をグッと立てて「もちろん!」と言う。表情は晴れやかだ。すき焼きに参加できず落ち込んでいたのが嘘のようである。
これはあくまで推測の域を出ないが、恐らくナギは切り替えが早いタイプなのだろう。
「紫苑ちゃんの好きな色は、やっぱり紫らしいっす!」
いきなり凄まじくどうでもいい情報が公開された。
エリナは呆れ果てた顔をするが何も言わない。ただただ溜め息を漏らすばかりだ。エリナを呆れるところまで行かせるとは、さすがナギ。
「ナギ、ふざけるのは良くない」
しかし武田は流さない。彼は真顔で注意した。
淡々とした声と表情が硬派な雰囲気を漂わせている。例えるなら、決して敵を寄せ付けることのない要塞のような、重厚な雰囲気。
「武田さんはホントに面白くないっすね」
ナギはわざとらしく大きな溜め息をつく。不快感をここまで露骨に出す人も珍しい。
「そんなだから友達増えないんっすよ」
「一言余計だ」
「あ、自覚はあるんすね!」
気まずい空気になる武田とナギを、エリナが「止めなさい」と言い落ち着かせる。彼女が落ち着かせる立場というのはどうもしっくりこない部分が大きい。
「ナギ、さっさと本題に入ってちょうだい。冗談はいいから、紫苑から得た情報を話して」
「あっ。そうっすね」
途端にナギの表情が真面目になる。一瞬にしてモードが切り替わった。
「取り敢えず紫苑と茜について分かったことからでいいっすか?」
「えぇ」
なんだか私だけ場違いな気がする。
「赤ちゃんの頃に親が亡くなって、でも引き取ってくれる身寄りがいなかったんで、占い師のお婆さんに引き取られたらしいっす」
夜特有の冷たい空気がカーテンの下から床を這うように流れてくるのを感じる。春でも日が沈むとまだ肌寒い。
「なんでも、そのお婆さんにエリミナーレを殲滅するように命令されたとかで」
「子どもを使うとは卑怯ね」
エリナが真っ当な発言をしていると違和感がある。
「だから二人は芦途で放火しまくってたらしいっす。俺らを誘き出すのが狙いだったってわけっすね!」
「そう……、それにしても意味が分からないわ。その占い師のお婆さんとやらは、なぜエリミナーレを狙うのかしら」
「一つ考えられるのは、エリミナーレを潰すよう何者かが依頼したということです」
「武田、それは変よ。占い師に頼むことじゃないわ」
それからもしばらく話し合いが続いた。
私が口を挟むタイミングはほとんどなかったが、話を聞いていて密かに一つ気になったことがある。
占い師、という言葉だ。
前に電車で私を誘拐した三条という男性が話した中にも出てきた言葉だった。確か、彼にエリミナーレへの復讐をそそのかしたのが、占い師だった気がする。
もちろん世の中に占い師は星の数いる。だから、本当に偶々の可能性も十分にあるのだ。あり得ないことではない。
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