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28話 「選考基準が謎」
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結局朝方まで話し込んでいて、十分に眠れず朝を迎えた私は、完全に寝不足だった。気を緩めるとふわっと軽く眠りに落ちそうな気がする。今日一日まともな活動をできるか不安でいっぱいだ。
そんな私に与えられたのは街の見回りという何ともいえない任務だった。果たしてそれはエリミナーレがする仕事なのか……という、もはやお馴染みの疑問を抱きつつ、私は事務所を出た。
「いやー、今日もよく晴れてるっすね!」
特に何の用事もなかったナギと二人である。元気いっぱいのナギを見ていると、既に疲れた気分になってきた。気まずさがないだけまだましではあるが。
「そういえば、沙羅ちゃんとちゃんと話すのは初めてっすよね。改めてよろしく!」
「そうですね」
「えっ。何その適当な反応!?」
「適当とかじゃなく、ただ眠たいだけです……」
ナギが相手だとどうしても適当な反応をしてしまう。どうでもいいがゆえに油断が出てしまうのかもしれない。気をつけなくては。
それにしても、六宮は今日も平和だ。
空から差し込む温かな日光。時折頬を撫で髪を揺らす、まだ少しひんやりした春の風。
犯罪なんて絶対になさそうな穏やかさである。
「おはよっ! よく晴れてるっすね!」
ナギは道行く高齢者たちにいちいち挨拶をする。老人の多いこの地区では特に必要な心がけだとは思う。だが、真面目でない彼がきっちり挨拶をしている光景というのは、どこか違和感を感じるものでもあった。
「にしても、沙羅ちゃんの私服、結構可愛いっすね」
今日はいつもと違って私服だ。エリミナーレに入ってから、私服での活動は初めてな気がする。
母が詰めた荷物の中に入っていた赤いワンピースを着てみたが、どうもしっくりこない。デザイン的には好みなのだが、乙女チックになりすぎていないか、少々不安が残る。
「なんとなく変じゃないですか?」
「似合ってる似合ってる」
女性に対しては褒めるところしか見たことのないナギに、似合っていると言ってもらっても、あまり納得できなかった。私の心にある彼への不信感のせいかもしれない。
「武田さんに見せたらグッと距離が縮まりそうっすね!」
——もしそんなことをしたら、エリナに百発ほど雷を落とされるに違いない。
言い過ぎと思われるかもしれないが、エリナはそういう質の女性だ。タイミング悪くイライラしている時だった日には、百発では済まないだろう。
「そういえば、沙羅ちゃんはもう武田さんに告白したんすか?」
いきなりの問いに、心臓がバクンと音をたてた。心臓に負担をかけるようなことはあまりしてほしくないのだが。
「してませんよ!」
「え、なんでそんな慌てるんすか? 慌ててたら余計に気になるっすよ」
ナギは興味津々な顔で私を見つめてくる。その瞳は、まだ穢れを知らない若い子どものように、一切の曇りがない。
あまり考えず勢いに任せて否定してしまったことが、逆に彼の興味をそそってしまったみたいだ。
「でもま、あまり突っ込むのも良くないっすね。そういうのは個人的なことだし」
ナギは歩きながら空を見上げてそう言った。
彼の歩くスピードは私のそれよりずっと速い。だから私は、だいぶ頑張って早歩きしないと、あっという間に置いていかれてしまいそうだった。
そんな中、一つ驚いたことがある。
私が数分で汗が出るほど速く歩いているにも関わらず、ナギは道を歩く人を決して見逃さないということだった。誰かに出会えば必ず挨拶をし、一言二言話す。しかも大抵名字を覚えていて、名字にさん付けで呼んでいた。
六宮の中でもエリミナーレ事務所の周辺は過疎気味だ。しかし、それでも既に十人くらいには会った。それだけの数の名字を覚えているナギは凄いと思う。
「知り合いが凄く多いですね」
「え? まぁそうっすね。ここへ来てもう三年くらいになるから、だからかな?」
「もう三年ですか! ナギさんはどうしてエリミナーレに?」
恋愛という面ではまったく興味が湧かないが、エリミナーレへ入った理由は気になる。彼が敢えてこの道を選んだ理由は何だったのか。もしかしたらナギにも、何かきっかけとなる出来事があったのかもしれない。
「エリミナーレに入った理由? それはただ、担任を見返したかったからっすよ!」
ナギは明るく笑いながら答えた。様子を見た感じだと、深刻な理由があるわけではなさそうだ。
だが、わざわざエリミナーレに入ってまで見返したい担任とは、一体どのような担任だったのだろう。それは少し気になる。
「見返すため……ですか?」
「その通りっす!」
ナギはグッと親指を立て、曇りなくニカッと笑う。
「俺の通ってた高校はレベル低めだったんすけど、高三の時の担任がそれはそれは滅茶苦茶嫌なやつで」
語り出す彼の顔はとても楽しげだ。「そんなに楽しい話なのか?」という疑問はあるが、取り敢えず大人しく聞いておくことにする。
「俺らのことを毎日、バカだのクソだのって罵ってたんすよ。それでね、ある日その担任が、『お前らはまともに生きていけない』なんてことを言い出した」
「それはちょっと……微妙に失礼ですね」
「だから俺は言ってやったんすよ。もし俺がまともな就職をできたらクラス全員に謝れ、ってね」
正直意外だ。
私はナギをただの女好きだと考えていたが、そうでもないのだと知ったから。彼は理不尽に抗う強い心を持っているのだと初めて気づいた。
「で、俺はダメもとでエリミナーレを受けてみた。するとまさかの合格だったってわけで」
「いきなり合格だなんて凄いですね」
「いやー、完全に奇跡っす! まさか通るとはね」
まさに奇跡である。
エリミナーレは相変わらず選考基準が謎だ。
「それで?」
「結局その担任は謝ることになったっすよ! クラス中爆笑で、あれはもう最高!」
ナギは思い出し笑いを始める。数年経っている今でも思い出し笑いをできるくらいだから、よほど面白いことだったに違いない。
それから数分間、彼はゲラゲラ笑い続けていた。
そんな私に与えられたのは街の見回りという何ともいえない任務だった。果たしてそれはエリミナーレがする仕事なのか……という、もはやお馴染みの疑問を抱きつつ、私は事務所を出た。
「いやー、今日もよく晴れてるっすね!」
特に何の用事もなかったナギと二人である。元気いっぱいのナギを見ていると、既に疲れた気分になってきた。気まずさがないだけまだましではあるが。
「そういえば、沙羅ちゃんとちゃんと話すのは初めてっすよね。改めてよろしく!」
「そうですね」
「えっ。何その適当な反応!?」
「適当とかじゃなく、ただ眠たいだけです……」
ナギが相手だとどうしても適当な反応をしてしまう。どうでもいいがゆえに油断が出てしまうのかもしれない。気をつけなくては。
それにしても、六宮は今日も平和だ。
空から差し込む温かな日光。時折頬を撫で髪を揺らす、まだ少しひんやりした春の風。
犯罪なんて絶対になさそうな穏やかさである。
「おはよっ! よく晴れてるっすね!」
ナギは道行く高齢者たちにいちいち挨拶をする。老人の多いこの地区では特に必要な心がけだとは思う。だが、真面目でない彼がきっちり挨拶をしている光景というのは、どこか違和感を感じるものでもあった。
「にしても、沙羅ちゃんの私服、結構可愛いっすね」
今日はいつもと違って私服だ。エリミナーレに入ってから、私服での活動は初めてな気がする。
母が詰めた荷物の中に入っていた赤いワンピースを着てみたが、どうもしっくりこない。デザイン的には好みなのだが、乙女チックになりすぎていないか、少々不安が残る。
「なんとなく変じゃないですか?」
「似合ってる似合ってる」
女性に対しては褒めるところしか見たことのないナギに、似合っていると言ってもらっても、あまり納得できなかった。私の心にある彼への不信感のせいかもしれない。
「武田さんに見せたらグッと距離が縮まりそうっすね!」
——もしそんなことをしたら、エリナに百発ほど雷を落とされるに違いない。
言い過ぎと思われるかもしれないが、エリナはそういう質の女性だ。タイミング悪くイライラしている時だった日には、百発では済まないだろう。
「そういえば、沙羅ちゃんはもう武田さんに告白したんすか?」
いきなりの問いに、心臓がバクンと音をたてた。心臓に負担をかけるようなことはあまりしてほしくないのだが。
「してませんよ!」
「え、なんでそんな慌てるんすか? 慌ててたら余計に気になるっすよ」
ナギは興味津々な顔で私を見つめてくる。その瞳は、まだ穢れを知らない若い子どものように、一切の曇りがない。
あまり考えず勢いに任せて否定してしまったことが、逆に彼の興味をそそってしまったみたいだ。
「でもま、あまり突っ込むのも良くないっすね。そういうのは個人的なことだし」
ナギは歩きながら空を見上げてそう言った。
彼の歩くスピードは私のそれよりずっと速い。だから私は、だいぶ頑張って早歩きしないと、あっという間に置いていかれてしまいそうだった。
そんな中、一つ驚いたことがある。
私が数分で汗が出るほど速く歩いているにも関わらず、ナギは道を歩く人を決して見逃さないということだった。誰かに出会えば必ず挨拶をし、一言二言話す。しかも大抵名字を覚えていて、名字にさん付けで呼んでいた。
六宮の中でもエリミナーレ事務所の周辺は過疎気味だ。しかし、それでも既に十人くらいには会った。それだけの数の名字を覚えているナギは凄いと思う。
「知り合いが凄く多いですね」
「え? まぁそうっすね。ここへ来てもう三年くらいになるから、だからかな?」
「もう三年ですか! ナギさんはどうしてエリミナーレに?」
恋愛という面ではまったく興味が湧かないが、エリミナーレへ入った理由は気になる。彼が敢えてこの道を選んだ理由は何だったのか。もしかしたらナギにも、何かきっかけとなる出来事があったのかもしれない。
「エリミナーレに入った理由? それはただ、担任を見返したかったからっすよ!」
ナギは明るく笑いながら答えた。様子を見た感じだと、深刻な理由があるわけではなさそうだ。
だが、わざわざエリミナーレに入ってまで見返したい担任とは、一体どのような担任だったのだろう。それは少し気になる。
「見返すため……ですか?」
「その通りっす!」
ナギはグッと親指を立て、曇りなくニカッと笑う。
「俺の通ってた高校はレベル低めだったんすけど、高三の時の担任がそれはそれは滅茶苦茶嫌なやつで」
語り出す彼の顔はとても楽しげだ。「そんなに楽しい話なのか?」という疑問はあるが、取り敢えず大人しく聞いておくことにする。
「俺らのことを毎日、バカだのクソだのって罵ってたんすよ。それでね、ある日その担任が、『お前らはまともに生きていけない』なんてことを言い出した」
「それはちょっと……微妙に失礼ですね」
「だから俺は言ってやったんすよ。もし俺がまともな就職をできたらクラス全員に謝れ、ってね」
正直意外だ。
私はナギをただの女好きだと考えていたが、そうでもないのだと知ったから。彼は理不尽に抗う強い心を持っているのだと初めて気づいた。
「で、俺はダメもとでエリミナーレを受けてみた。するとまさかの合格だったってわけで」
「いきなり合格だなんて凄いですね」
「いやー、完全に奇跡っす! まさか通るとはね」
まさに奇跡である。
エリミナーレは相変わらず選考基準が謎だ。
「それで?」
「結局その担任は謝ることになったっすよ! クラス中爆笑で、あれはもう最高!」
ナギは思い出し笑いを始める。数年経っている今でも思い出し笑いをできるくらいだから、よほど面白いことだったに違いない。
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