26 / 161
25話 「真夜中の質問」
しおりを挟む
今回は怒られずに済んだ。
エリナは敵を逃したことに苛立っているようではあったが、「沙羅は一応役目を果たした」と言ってくれた。犯人らしき者を引き寄せる、という役目は取り敢えず果たせたということだろうか。
今夜の彼女はどちらかというと私以外のメンバーに対して厳しい発言の刃を向けていた気がする。エリミナーレが敵を逃すとは何事か、といったように。
だが私は内心「仕方ない」と思っている。
茜と紫苑の逃げ足は異常なまでに早かった。まるでテレポートしたかのように一瞬で姿を消したのだ、追えるはずもない。エリナは現場におらずそれを見ていないから情けないと呆れるのだろうが、あの場所で実際に見ていれば、彼女も「仕方ない」と思うことだろう。
疲れていたからか、その夜はすぐに眠りにつくことができた。
私のための部屋はまだ整備できていないらしいので、もうしばらくはレイとモルテリアが暮らす部屋に泊まることになっている。三人で過ごすには若干狭く感じる部屋だが、レイがいるしモルテリアもいるので、案外楽しく快適だ。
部屋で一番に眠りについた私だったが、夜中の三時過ぎに目が覚めてしまった。レイとモルテリアは完全に眠っていて、照明が消された室内は暗く何も見えない。
明日に備えて再び寝ようと思ったのだが案外寝れない。暗闇の中、一人で天井を眺めていると、時間が経てば経つほどに目が覚めてくる。目がぱっちり開いてしまい、こんな時に限って意識も冴えわたる。
——そうだ、水でも飲もう。
唐突に閃いた私はベッドから抜け出し、部屋の外へ出て、キッチンへと向かうことにした。水道水ならこの時間でも飲める。一口二口水を飲んでホッと一息ついてリラックスすれば、きっとまたすぐに眠れるに違いない。
キッチンへ向かう途中、リビングの明かりがまだついていることに気がついた。リビングには人影があり、何やら話し声が聞こえてくる。恐らくエリナと武田だ。
こんな真夜中まで何をしているのだろう……明日の打ち合わせかなにかだろうか?
少々気になるので、私は扉越しに二人の会話を聞いてみることにした。扉があるので私がここにいることはばれないはずだ。
しかし聞き始めて数分も経たないうちに、存在がばれてしまった。
「誰? そんなところにいないで、入ってらっしゃい。別にきつく叱りやしないわよ」
エリナは余裕のある声色で私を招き入れようとする。
彼女と少人数で会い話すのは気が進まないが、あらぬ疑いをかけられるのも嫌なので、大人しくリビングに入ることにした。従っていれば少なくとも怪しまれはしないはずだ。
私がリビングに入ると、エリナは「貴女だったの……」と、あまり嬉しくなさそうな顔をした。微妙な気持ちになる反応である。
「沙羅か。夜遅くまでご苦労」
そう言った武田は、珍しくスーツ姿でなかった。
紺色のポロシャツを着ているのだが、それはもう、恐ろしいほどの違和感である。しかし特別感がある。彼の新しい一面を見ることができたような気がする。何だか得した気分だ。
「こんな時間にどうしたの? 珍しいわね」
エリナは桜色の長い髪を時折掻き上げながら尋ねてくる。その表情は、あまり厳しいものではなかった。声色もいつもよりかは柔らかく穏やかである。武田と二人の時間を過ごせてご満悦なのだろう。
「目が覚めて眠れなくなってしまって……、お水でも飲もうかなと思っていたところです。お二人は何を?」
「怪我の手当てよ。と言っても簡単な手当だけだけれど」
よく見ると、テーブルの上には色々な物が乗っていた。彼女の言うことは嘘ではなさそうだ。
「重傷なんですか?」
「いや、たいしたことはない。よくあることだ」
武田はそう言った。だがそれが真実の言葉かどうかははっきりわからない。心配されるのが嫌で平気なふりをしているという可能性もある。
「あら。沙羅の前だと随分強がるのね。もしかして、沙羅のこと恋愛として好きなの?武田もお年頃ねー」
エリナは愉快そうにニヤニヤ笑う。いかにも好きだと認めさせそうな顔である。
それに対して、武田は冷静に返す。
「いえ、それはありません。私は誰にも恋愛感情を抱くことはない。絶対に」
「そうなの?」
「はい。それに彼女はまだ二十歳過ぎですよ。年齢が違いすぎます」
「いいじゃない! 年の差!」
エリナは冗談混じりに言いながら、武田の肩をパシパシ叩いている。随分親しげだ。
しばらくしてから、エリナは視線を私に向けた。照明によって赤く輝く瞳にじっと見つめられると、肉食動物に狙われる草食動物のような気分になる。
「せっかくだし、この際聞いておくわ。正直に答えてちょうだいね」
エリナに嘘は通じない——彼女の瞳を見ればそれは分かる。だから、正直に答える以外の選択肢は存在しない。
「沙羅、貴女は武田のことが好きなの?」
その問いに、私はすぐには答えられなかった。
私は武田のことが好き。それは決して揺るがぬ事実である。
助けてもらったあの日から、私の心は彼だけのものだった。再び彼に出会うこと、その手に触れること。それだけで良いと思っていた。気持ちを伝えはできなくとも、両思いにはなれなくとも構わない。ただ、傍にいたかった。だから気持ちは伝えなくても構わないはずなのだ。
しかし、今私は伝えたいと思っている。
「……私は」
エリナの視線が私へ注がれているのを感じた。
「好き……な気がしなくもないです」
私は武田もエリナも見れなかった。二人がどんな顔をしているか確認するのが怖かったのだ。
ここで偽ってもばれるだろうからこの際、と思いきって言ってみたわけだが、やはり恥ずかしさは拭いきれない。顔が赤くなっていないか心配だ。
そして、暫しの沈黙が訪れた。
エリナは敵を逃したことに苛立っているようではあったが、「沙羅は一応役目を果たした」と言ってくれた。犯人らしき者を引き寄せる、という役目は取り敢えず果たせたということだろうか。
今夜の彼女はどちらかというと私以外のメンバーに対して厳しい発言の刃を向けていた気がする。エリミナーレが敵を逃すとは何事か、といったように。
だが私は内心「仕方ない」と思っている。
茜と紫苑の逃げ足は異常なまでに早かった。まるでテレポートしたかのように一瞬で姿を消したのだ、追えるはずもない。エリナは現場におらずそれを見ていないから情けないと呆れるのだろうが、あの場所で実際に見ていれば、彼女も「仕方ない」と思うことだろう。
疲れていたからか、その夜はすぐに眠りにつくことができた。
私のための部屋はまだ整備できていないらしいので、もうしばらくはレイとモルテリアが暮らす部屋に泊まることになっている。三人で過ごすには若干狭く感じる部屋だが、レイがいるしモルテリアもいるので、案外楽しく快適だ。
部屋で一番に眠りについた私だったが、夜中の三時過ぎに目が覚めてしまった。レイとモルテリアは完全に眠っていて、照明が消された室内は暗く何も見えない。
明日に備えて再び寝ようと思ったのだが案外寝れない。暗闇の中、一人で天井を眺めていると、時間が経てば経つほどに目が覚めてくる。目がぱっちり開いてしまい、こんな時に限って意識も冴えわたる。
——そうだ、水でも飲もう。
唐突に閃いた私はベッドから抜け出し、部屋の外へ出て、キッチンへと向かうことにした。水道水ならこの時間でも飲める。一口二口水を飲んでホッと一息ついてリラックスすれば、きっとまたすぐに眠れるに違いない。
キッチンへ向かう途中、リビングの明かりがまだついていることに気がついた。リビングには人影があり、何やら話し声が聞こえてくる。恐らくエリナと武田だ。
こんな真夜中まで何をしているのだろう……明日の打ち合わせかなにかだろうか?
少々気になるので、私は扉越しに二人の会話を聞いてみることにした。扉があるので私がここにいることはばれないはずだ。
しかし聞き始めて数分も経たないうちに、存在がばれてしまった。
「誰? そんなところにいないで、入ってらっしゃい。別にきつく叱りやしないわよ」
エリナは余裕のある声色で私を招き入れようとする。
彼女と少人数で会い話すのは気が進まないが、あらぬ疑いをかけられるのも嫌なので、大人しくリビングに入ることにした。従っていれば少なくとも怪しまれはしないはずだ。
私がリビングに入ると、エリナは「貴女だったの……」と、あまり嬉しくなさそうな顔をした。微妙な気持ちになる反応である。
「沙羅か。夜遅くまでご苦労」
そう言った武田は、珍しくスーツ姿でなかった。
紺色のポロシャツを着ているのだが、それはもう、恐ろしいほどの違和感である。しかし特別感がある。彼の新しい一面を見ることができたような気がする。何だか得した気分だ。
「こんな時間にどうしたの? 珍しいわね」
エリナは桜色の長い髪を時折掻き上げながら尋ねてくる。その表情は、あまり厳しいものではなかった。声色もいつもよりかは柔らかく穏やかである。武田と二人の時間を過ごせてご満悦なのだろう。
「目が覚めて眠れなくなってしまって……、お水でも飲もうかなと思っていたところです。お二人は何を?」
「怪我の手当てよ。と言っても簡単な手当だけだけれど」
よく見ると、テーブルの上には色々な物が乗っていた。彼女の言うことは嘘ではなさそうだ。
「重傷なんですか?」
「いや、たいしたことはない。よくあることだ」
武田はそう言った。だがそれが真実の言葉かどうかははっきりわからない。心配されるのが嫌で平気なふりをしているという可能性もある。
「あら。沙羅の前だと随分強がるのね。もしかして、沙羅のこと恋愛として好きなの?武田もお年頃ねー」
エリナは愉快そうにニヤニヤ笑う。いかにも好きだと認めさせそうな顔である。
それに対して、武田は冷静に返す。
「いえ、それはありません。私は誰にも恋愛感情を抱くことはない。絶対に」
「そうなの?」
「はい。それに彼女はまだ二十歳過ぎですよ。年齢が違いすぎます」
「いいじゃない! 年の差!」
エリナは冗談混じりに言いながら、武田の肩をパシパシ叩いている。随分親しげだ。
しばらくしてから、エリナは視線を私に向けた。照明によって赤く輝く瞳にじっと見つめられると、肉食動物に狙われる草食動物のような気分になる。
「せっかくだし、この際聞いておくわ。正直に答えてちょうだいね」
エリナに嘘は通じない——彼女の瞳を見ればそれは分かる。だから、正直に答える以外の選択肢は存在しない。
「沙羅、貴女は武田のことが好きなの?」
その問いに、私はすぐには答えられなかった。
私は武田のことが好き。それは決して揺るがぬ事実である。
助けてもらったあの日から、私の心は彼だけのものだった。再び彼に出会うこと、その手に触れること。それだけで良いと思っていた。気持ちを伝えはできなくとも、両思いにはなれなくとも構わない。ただ、傍にいたかった。だから気持ちは伝えなくても構わないはずなのだ。
しかし、今私は伝えたいと思っている。
「……私は」
エリナの視線が私へ注がれているのを感じた。
「好き……な気がしなくもないです」
私は武田もエリナも見れなかった。二人がどんな顔をしているか確認するのが怖かったのだ。
ここで偽ってもばれるだろうからこの際、と思いきって言ってみたわけだが、やはり恥ずかしさは拭いきれない。顔が赤くなっていないか心配だ。
そして、暫しの沈黙が訪れた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
霊聴探偵一ノ瀬さんの怪傑推理綺譚(かいけつすいりきたん)
小花衣いろは
キャラ文芸
「やぁやぁ、理くん。ご機嫌いかがかな?」
「ふむ、どうやら彼は殺されたらしいね」
「この世に未練を残したままあの世には逝けないだろう?」
「お嬢さん、そんなところで何をしているんだい?」
マイペースで面倒くさがり。人当たりがよく紳士的で無意識に人を誑かす天才。
警察関係者からは影で“変人”と噂されている美形の名探偵。一ノ瀬玲衣夜。
そんな探偵の周囲に集うは、個性的な面々ばかり。
「玲衣さん、たまにはちゃんとベッドで寝なよ。身体痛めちゃうよ」
「千晴は母親のようなことを言うねぇ」
「悠叶は案外寂しがり屋なんだねぇ。可愛いところもあるじゃないか」
「……何の話してんだ。頭湧いてんのか」
「ふふ、照れなくてもいいさ」
「……おい、いつまでもふざけたこと言ってると、その口塞ぐぞ」
「ふふん、できるものならやってごらんよ」
「えぇ、教えてくれたっていいじゃないか。私と君たちの仲だろう?」
「お前と名前を付けられるような関係になった覚えはない」
「あはは、理くんは今日もツンデレ絶好調だねぇ」
「っ、誰がツンデレだ!」
どんな難事件(?)だって個性派ぞろいの仲間と“○○”の助言でゆるっと解決しちゃいます。
「Shed light on the incident.――さぁ、楽しい謎解きの時間だよ」
(※別サイトにも掲載している作品になります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
猫になったお嬢様
毒島醜女
キャラ文芸
自由を夢見るお嬢様、美也は偉そうな教師や意地悪な妹とメイドたちにイライラする毎日。
ある日、蔵でうっかり壺を壊してしまうと中から封印された妖が現れた。
「あなたの願いをなんでも叶えます」
彼の言葉に、美也は迷うことなく「猫になりたい!」と告げる。
メンタル最強なお嬢様が、最高で最強な猫になる話。
【完結】貴方の子供を産ませてください♡〜妖の王の継承者は正妻志望で学園1の銀髪美少女と共に最強スキル「異能狩り」で成り上がり復讐する〜
ひらたけなめこ
キャラ文芸
【完結しました】【キャラ文芸大賞応援ありがとうございましたm(_ _)m】
妖の王の血を引く坂田琥太郎は、高校入学時に一人の美少女と出会う。彼女もまた、人ならざる者だった。一家惨殺された過去を持つ琥太郎は、妖刀童子切安綱を手に、怨敵の土御門翠流とその式神、七鬼衆に復讐を誓う。数奇な運命を辿る琥太郎のもとに集ったのは、学園で出会う陰陽師や妖達だった。
現代あやかし陰陽譚、開幕!
キャラ文芸大賞参加します!皆様、何卒応援宜しくお願いいたしますm(_ _)m投票、お気に入りが励みになります。
著者Twitter
https://twitter.com/@hiratakenameko7
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる