新日本警察エリミナーレ

四季

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24話 「触れてはならないこともある」

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 私はモルテリアに連れられ、レイたちと合流する。
 周囲に散らばっている大量の資材をどうするかという問題は残っているが、敵に狙われる危険はない。それを実感するに連れ、緊張や不安でガチガチになっていた心が徐々に緩んでいくのを感じる。

「まさか、逃げるなんて」

 レイは腕組みをしながら、不満げに漏らしていた。
 茜と紫苑が逃走したことに納得がいかないのだろう。真っ直ぐ性格故に、急に逃げ出すという選択が理解しづらいのかもしれない。

「いやー、上手くやられたっすね! 散々攻めてきておいて逃げるとか、予想外すぎ!」

 拳銃をしまいながら軽いノリで話すのはナギ。
 彼は安定のお気楽ぶりだ。不満げでもなければ、悔しそうでもない。レイとは対照的に朗らかで、あまり深く考えていない感じがする。

 しかし、彼の射撃には色々と助けられた。そこは感謝に尽きる。

「……レイ。大丈夫?」

 モルテリアが静かに確認すると、レイは少し頬を緩め、落ち着いた声色で返す。

「あたしは傷ひとつないよ。茜って子、ずっと逃げ回るばかりだったから。それよりモル、沙羅ちゃんをありがとう」

 コクリと頷くモルテリアを見て、レイはクスッと笑みをこぼす。可愛がっている愛犬や愛猫の微笑ましい寝顔を目にした時みたいな笑みである。

「モル、どうしたの? 何だか嬉しそうだね」

 するとモルテリアは珍しく口角を上げた。

「……うん。クッキー、もらってくれた……」

 モルテリアの顔面に浮かぶ微笑みは、まるで羽根のように柔らかい。それに加えて優しい雰囲気だ。
 丸みのある頬はいつもより赤みを帯びている。顔が派手に動くことはないが、全体から嬉しい気持ちが滲み出ていた。


 その時ふと、武田がなかなかやって来ないことに気がつく。彼は気さくなタイプではないが、周囲との接触を拒むタイプでもない。だから、みんなが合流しているにも関わらず一人でいる、ということはないはずだ。

 疑問に思いながら辺りを見回すと、なにやら座り込んでいるのが見えた。一人で難しい顔をしている。
 どうかしたのだろうか……。

「武田さん?」

 少し気になるので、念のため彼の方へ歩いていってみる。何かあったら大変だし心配だ。

「あぁ、沙羅か」
「はい。みんなのところへ合流しないんですか?」

 躊躇いつつも尋ねてみると、武田は気まずそうに視線を逸らす。しばらく沈黙があり、それから彼は立ち上がった。
 近くで見ると、やはり背が高い。

「……そうだな。行くか」

 歩き出そうとした瞬間、彼は突然ふらけて転けそうになる。慌てて支えるが、予想外に重くて私まで転けそうになった。なんとか持ちこたえたが。

 危なかった危なかった……。

 それにしても、武田が転倒しかけるとは驚きだ。

 私が彼の体を支えていると、違和感を察してか、すぐにレイが駆け寄ってきてくれた。

 走ると青い髪が揺れてとても綺麗だ。もちろん今は感心している場合ではないのだが、そこに自然と目がいく。綺麗な髪は女性のステータスだと思う私は、同じ女としてレイを尊敬していたりもする。
 当然、尊敬する部分はそこだけではないけれど。

「沙羅ちゃん、そんなに重いの支えて大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」

 一応そう答えたものの、私一人で支えるには武田は重すぎた。正直長時間はもたない感じがする。

「武田、どうしたの? 怪我でもした?」

 レイは首を傾げながら尋ねた。
 彼女は武田がこんなことになっている理由が分からないのだろう——そしてそれは私も同じだ。
 特に目立った外傷はない。それに、武田は、紫苑が苦し紛れに放った膝蹴り一発くらいしか浴びていない。今日はがっつり見ていたので見逃していないはずだ。

「……いや、何でもない」

 武田はレイに対して無愛想に返す。
 するとレイは、心当たりがあることに気がついたらしく、少しスッキリした顔で言う。

「あ。もしかして、前に言ってた背中の古傷?」

 瞬間、武田はレイに鋭い視線を向けた。それから低い声で「違う」とだけ述べる。

 辺りの空気が一気に冷えた気がした。春の夜はまだ肌寒い。しかし、それとはまた異なる冷たさに、思わず身震いしそうになる。
 レイは私より背が高いが、武田と並ぶほどではない。上から圧力をかけられたレイは、「悪いことを言ってしまったのか」と後悔したような顔つきになっていた。


 ちょうどそのタイミングで、ナギが叫んでくる。

「レイちゃんたちー! もう引き上げていいらしいっすよー!」

 タイミングを見計らっていたかのようだ。偶然にしてはちょうどよいタイミングすぎる。だが、ナギがそこまで考慮して行動しているとは考え難い。彼は女性に絡み褒めることはしても、場の空気を細やかに読み他者を気遣うなんてことは得意でないはずだ。

 ——それに、そもそもこれだけ離れていて場の空気を読めるはずがない。

 これらを踏まえ、私の脳は最終的に「偶然である」という答えを導き出した。

「行こっか。ね、沙羅ちゃん」

 レイはその整った凛々しい顔に曇りのない笑みを浮かべながら、可愛らしく小さな手招きをする。容姿のかっこよさと動作の可愛らしさが、絶妙な良さだ。

「はい! ……あ、武田さんは大丈夫ですか?」
「問題ない。もう一人で歩ける」

 確認の意味も込めて尋ねてみると、武田は真面目な顔でそう答えてくれた。淡々としているが、どこか優しさも感じられる声色だ。怒ってはいないようで安心した。


 こうして私たちは、六宮にあるエリミナーレの事務所へと戻ることとなった。

 激しい戦闘により乱された資材置き場がどうなったのかは知らない。だが、仮にあのままであったならば、明日の朝に資材置き場へ来た人が愕然とすることだろう。あの状態で放置というのはさすがにまずい。
 しかし、誰かが片付けてくれるのだと思うと、少々申し訳ない気もするのだった。
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