新日本警察エリミナーレ

四季

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21話 「海風と資材置き場」

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 私は知らなかったのだが、芦途市の最南端に位置する資材置き場は、新日本で有数の資材置き場らしい。そういう分野に詳しい人なら絶対に知っているとか。昼間は結構な数の人間が仕事のためにうろついているらしいが、私たちがそこへ向かったのは夜だったので、完全に無人だった。
 見た感じ、まるで廃墟のようである。

 南側は海に面していて、海の香りがする風が吹いていた。

 ——最後に海へ来たのはいつだったか。
 少なくとも五年は来ていない。過去の私は、こんな形で来ることになるとは想像しなかっただろう。

 強い風が頬を撫で、髪を激しく揺らす。このまましばらく風を浴びていると、顔やら肌やら色々とベタベタになりそうだ。

 普段は早く乾いて便利なのだが、ショートカットはこういう時だけ不便だと思った。レイのように長い髪を束ねているなら乱れがましだろう。しかし、私の髪は耳の下くらいまでしか長さがなく、くくろうと思ってもなかなかくくれない。
 おかげで乱れ放題だ。

「沙羅ちゃん、本当に一人で行ける? 嫌なら嫌って言ってもいいんだよ。何なら別の方法でも……」

 レイが不安げに確認してくる。彼女はかなり心配性だ。

「大丈夫です。私にできることは全部します」

 私は躊躇うことなくすぐに答えた。ハッキリと返事しなくては、心配させてしまうからだ。

 今から私は、闇の中を一人で歩かねばならない。連続放火の犯人をおびき出すためである。もっとも、私が一人でいたところでおびき出せるのかどうか分からないが……作戦の一部なので断るという選択肢はない。
 しばらく一人になる。しかし、近くにみんなが控えているから大丈夫だ。それに、犯人が現れればその時点で私の役割はおしまい。だからリスクはそれほど高くないはずである。

 そんなことを自分に言い聞かせる。情けない話だが、そう言い聞かせておかないと不安で足が動かなくなりそうだから。生憎夜の闇を一人で堂々と歩けるほどの度胸は持ち合わせていない。

「そっか。ならいいけど、なるべく無理はしないでね。犯人らしき人を発見したら、連絡だけしてすぐに逃げてよ」

 レイの瞳はまだ少し心配そうな色を湛えていた。

 その時ふと、彼女の耳元に揺れる青いイヤリングに気がついた。今までレイがイヤリングをつけていた記憶はない。

「あ、レイさん」
「沙羅ちゃん、どうかした?」
「そのイヤリング、凄く綺麗ですね。青くって、髪の色ととても合っています」

 するとレイは嬉しそうな表情になった。

「本当? そう言ってもらえると嬉しいよ」

 しかし嬉しそうな表情になったのはほんの数秒で、すぐに寂しそうな顔つきになる。伏せられた目からは哀愁が漂う。

「アンモライトっていう石。青は珍しいらしくって、昔、妹が選んでくれたの。お守りに、って」

 彼女は改めて私の顔に視線を移し、ふふっと微笑む。

「あたしこれ結構気に入ってるんだ」

 微笑んではいるのだけれど、いつもの笑みとは雰囲気が違った。光に満ちた爽やかな笑みとは少し異なる種の笑みである。

 かつてレイの妹に何があったのか、私は何一つ知らない。そもそも、知りたいと思っても尋ねる勇気がない。
 もし彼女がこんな顔をする理由が分かれば——私にもできることが見つかるかもしれない。手を差し伸べて、ほんの少しは救いとなれるかもしれない。だが、そのためには彼女のことを聞かねばならない。しかし迂闊に尋ねれば彼女を傷つける結果になる可能性が高い。

 一歩踏み出す勇気があれば私もきっと変われるのだろうが……いや、それはまだ無理だ。さすがに大きな課題すぎる。

「……時間になった」

 静かな声で言ったのはモルテリアだった。彼女は饅頭を食べながら腕時計を凝視していたようである。

「それでは行きます。犯人に遭遇したら連絡しますね」

 携帯電話だけを持ち、落ち着いたように装う。
 本当は足が震えるくらい怖いけれど仕方ない。私にできるのはこれしかないのだから。

「気をつけることっすね!」

 今までうろうろしていたナギが突然参加してくる。グッと親指を立てている。このタイミングでも元気そうなのが凄いと思った。いつもは苦手なナギの笑顔も、緊張で息苦しい場面では頼もしいような気がする……いや、さすがに気のせいか。

 私は一度深呼吸をして、暗闇へと歩き出した。


 砂利の地面は意外と歩きにくい。自然といつもよりゆっくりな足取りになってしまう。整備された道ばかり歩いているからだろう。

 資材置き場と言うだけあり、木材や鉄塊などがたくさん積んであった。日常生活の中では見慣れないものばかりで、気になってついつい見回してしまう。とはいえ、ほとんど明かりがなく暗いのであまり見えないのだが。

 真っ暗な空はどこまでも続いている。まるで大きなホールのような空間に、ジャリジャリという私の足音だけが響く。私が歩みを止めれば、そこはもう無音の世界。誰の話し声もしなければ、人の気配もない。今の時代でもこんな場所があるのだな、と新鮮に感じた。


 ——その時。


「あれぇ? こんなところで何してるのかなぁ」

 突然聞こえた少女のような声に、私は慌てて辺りを見回す。しかし人の姿は見当たらない。

「こっちだよぉ」

 声は上からだった。急いで見上げると、高く積まれた木材の上に少女が座っているのが見えた。彼女が声の主である。
 クリーム色の髪はベリーショート、迷彩柄の作業服を着ていた。背は低く華奢な体つきをしており、子どものような可愛い系の顔つきだ。燃えるような真っ赤な瞳が特徴的である。

「……誰?」

 私は体の後ろに隠しながら携帯電話を操作する。
 彼女が放火犯かどうかは分からないが、少なくとも一般人ではないと思う。一般人があんな高い場所で足をパタパタさせられるわけがない。

「会えて嬉しいな。今行くからねぇ」

 少女は高く積まれた木材の上から軽く飛び降りる。鳥のように、天使のように、宙を舞う。そしてタッと地面に降り立った。

「会えて嬉しいよ。保育所ではちゃんと話せなかったからねぇ」
「……保育所?」

 すると彼女はその可愛らしい顔に屈託のない笑みを浮かべる。

「保育所で木材を落下させたのはわたしだよぉ。えへへっ、今度はちゃんと話せそうで嬉しいなぁ」

 ——彼女は敵。
 そう判断した私は、身を翻し、エリミナーレのみんながいる方向へ走り出す。

「逃がさないよっ!」

 気がつくと目の前に、少女と同じ姿をした人間が立っていた。髪も背格好も、すべてが同じ。ただ一つ——瞳の色を除いては。
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