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15話 「人の心は分からない」
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それから私は、車で家まで送ってもらうことになった。レイやナギも一緒だ。
武田が運転してくれるのだが、彼が車を運転できるというのは意外である。運転手はレイなものだと、なんとなく思っていた。
それにしても、この席順は一体何なのか……。
レイとナギが後部座席で、私が助手席。レイに促され何の気なしに助手席へ座ったが、よくよく考えてみれば明らかに不自然な席順ではないか。普通なら私とレイが後部座席だろう。
よりによって武田と隣とは。
嬉しいことは嬉しいが、共通の話題がないうえ非常に気まずい。助けを求めるように後部座席のレイへチラリと視線を向ける。すると彼女は、目が合うなりクスッと笑みをこぼした。やはり彼女は意図してこの状況を作り出しているようだ。
もしかして、レイは私の気持ちに気づいて——いや、断じてそれはない。私は誰にも言っていないのだ、と私は内心否定する。黙っているのだからレイに勘づかれるはずもない。
「そうだ。親御さんにはもう連絡したのか?」
運転していた武田が唐突に尋ねてきた。
いきなりすぎて胸の鼓動が速まる。しかしせっかく話しかけてもらったのだ。この機会を逃すわけにはいかない。
「はい。電車に乗っている時にメールしました」
「だいぶ時間が経っている。念のためもう一度連絡しておいた方が良いと思うが」
少し心配そうな顔で提案してくれた。武田は一見クールで愛想ないように見えるが、案外世話好きなところがあるようだ。エリミナーレに入ったばかりの私のことも気にかけてくれる。
それに、レイの話によれば、私を推薦してくれたのも彼だとか。面接の時話したのは彼ではない。だから、彼と会ったのは私が高校二年の冬——あの立て籠もり事件の時。あの一度だけで、それもほんの僅かな時間だけだった。
私はあれ以来、一度も武田のことを忘れなかった。しかし、それは彼に心を奪われたからである。もしあの時助けてくれたのが武田でなかったとしたら、今頃すっかり忘れていたことだろう。事件のことは覚えていても、誰が助けてくれたかは記憶していなかったに違いない。
それを考えると、武田が私のことを憶えているというのは不自然な話だ。いくら記憶力が良くとも、助けた者の存在をそこまではっきりと憶え、しかもエリミナーレに加入させようと思うはずはないと、私はそう思う。
「あっ! 沙羅ちゃんのカバン、まだ俺が持ってるっすよ!」
後部座席のナギが私のカバンを返してくれた。カバンをナギに預けたままだったことに今さら気がつく。すっかり忘れてしまっていた。
私が後ろのナギからカバンを受け取ろうとした——その時。
一枚の紙切れがひらりと舞い落ちる。それは、白髪の女性の写真だった。
「何か落ちたぞ」
そう言って写真を拾い上げた武田は、その写真を目にした瞬間、凍りついたように顔を硬直させた。
自分が持っていたはずの写真が他人のカバンから出てきたのだから驚くのも無理はない。しかし、それが普通の写真なのならば、ここまで動揺したような表情にはならないはずである。
「なぜこれを……」
そう尋ねる武田の瞳は微かに震えていた。
何かしら事情があるのだろうなとは予想していたが、これほど動揺する物だとは思わなかった。
「沙羅、これをどこで手に入れた?」
落としたのを拾って持っていた、なんて変に思われそうで言えない。だがこのまま黙っているというのも、別の意味怪しまれそうである。本当のことを真っ当な感じで話す。こうなってしまった以上、それしかない。
「この前、事務所で落ちているのを見つけたので、時間がある時に誰の物か確認しようと思って……それで、持っていました」
若干無理矢理な気もするがこれなら完璧な嘘ではない。それどころか、半分以上事実だ。
「そうか。それなら構わん、気にするな」
大雑把な説明だったが、武田は納得したらしく、前に向き直る。
話は無事終わった。おかしいと思われることも、厳しく怒られることも、どちらもなく済んだ。文句のつけようがない百点満点の結果。
だが、私は尋ねてしまった。
「その女の人は、武田さんにとってどんな存在の方なんですか?」
尋ねるまでもないことだ。
男性が女性の写真を持ち歩いている。それがどういう意味か分からないほど私はバカではない。答えを聞けば傷つくだけ。
それでも、真実を知りたかった。
「なぜそんなことを聞く?」
「その写真を見た時……武田さんの様子が少しおかしかったからです。仮に友達や同僚の写真だとしたら、見ただけでそんな顔はしないかな、と思って」
彼の口から真実を聞けば、私の心も少しは楽になるに違いない。そう思ったから勇気を出して尋ねたのだ。
「私の様子がおかしい、と?」
武田はあまり自覚がなかったのか怪訝な顔をしている。
「はい。それともう一つあるんです。昨日停電になった時のことですけど、明かりが戻った後、武田さんは少し様子がおかしくなっている気がしました。もしかして、白い女性の幻みたいなものが見えませんでしたか?」
レイやモルテリアはただの停電と思っているようだったが、私は確かに見たのだ。
写真に写っている彼女とそっくりな、透き通って真っ白な女性の姿を。
「なぜそんなことが分かる?」
「私には見えました。その写真の女性にそっくりな人が」
それからしばらくの間、武田は何か考え込んでいるようだった。数分が経過した頃、やがて彼は言った。
「そうだな。隠す理由もない」
彼の表情は、どこか覚悟したようなものだった。
「彼女の名は保科 瑞穂。エリミナーレが設立されるより前、エリナさんの友人で私の先輩だった人だ」
晴れていたはずの空は、いつの間にかどんよりと曇っていた。
武田が運転してくれるのだが、彼が車を運転できるというのは意外である。運転手はレイなものだと、なんとなく思っていた。
それにしても、この席順は一体何なのか……。
レイとナギが後部座席で、私が助手席。レイに促され何の気なしに助手席へ座ったが、よくよく考えてみれば明らかに不自然な席順ではないか。普通なら私とレイが後部座席だろう。
よりによって武田と隣とは。
嬉しいことは嬉しいが、共通の話題がないうえ非常に気まずい。助けを求めるように後部座席のレイへチラリと視線を向ける。すると彼女は、目が合うなりクスッと笑みをこぼした。やはり彼女は意図してこの状況を作り出しているようだ。
もしかして、レイは私の気持ちに気づいて——いや、断じてそれはない。私は誰にも言っていないのだ、と私は内心否定する。黙っているのだからレイに勘づかれるはずもない。
「そうだ。親御さんにはもう連絡したのか?」
運転していた武田が唐突に尋ねてきた。
いきなりすぎて胸の鼓動が速まる。しかしせっかく話しかけてもらったのだ。この機会を逃すわけにはいかない。
「はい。電車に乗っている時にメールしました」
「だいぶ時間が経っている。念のためもう一度連絡しておいた方が良いと思うが」
少し心配そうな顔で提案してくれた。武田は一見クールで愛想ないように見えるが、案外世話好きなところがあるようだ。エリミナーレに入ったばかりの私のことも気にかけてくれる。
それに、レイの話によれば、私を推薦してくれたのも彼だとか。面接の時話したのは彼ではない。だから、彼と会ったのは私が高校二年の冬——あの立て籠もり事件の時。あの一度だけで、それもほんの僅かな時間だけだった。
私はあれ以来、一度も武田のことを忘れなかった。しかし、それは彼に心を奪われたからである。もしあの時助けてくれたのが武田でなかったとしたら、今頃すっかり忘れていたことだろう。事件のことは覚えていても、誰が助けてくれたかは記憶していなかったに違いない。
それを考えると、武田が私のことを憶えているというのは不自然な話だ。いくら記憶力が良くとも、助けた者の存在をそこまではっきりと憶え、しかもエリミナーレに加入させようと思うはずはないと、私はそう思う。
「あっ! 沙羅ちゃんのカバン、まだ俺が持ってるっすよ!」
後部座席のナギが私のカバンを返してくれた。カバンをナギに預けたままだったことに今さら気がつく。すっかり忘れてしまっていた。
私が後ろのナギからカバンを受け取ろうとした——その時。
一枚の紙切れがひらりと舞い落ちる。それは、白髪の女性の写真だった。
「何か落ちたぞ」
そう言って写真を拾い上げた武田は、その写真を目にした瞬間、凍りついたように顔を硬直させた。
自分が持っていたはずの写真が他人のカバンから出てきたのだから驚くのも無理はない。しかし、それが普通の写真なのならば、ここまで動揺したような表情にはならないはずである。
「なぜこれを……」
そう尋ねる武田の瞳は微かに震えていた。
何かしら事情があるのだろうなとは予想していたが、これほど動揺する物だとは思わなかった。
「沙羅、これをどこで手に入れた?」
落としたのを拾って持っていた、なんて変に思われそうで言えない。だがこのまま黙っているというのも、別の意味怪しまれそうである。本当のことを真っ当な感じで話す。こうなってしまった以上、それしかない。
「この前、事務所で落ちているのを見つけたので、時間がある時に誰の物か確認しようと思って……それで、持っていました」
若干無理矢理な気もするがこれなら完璧な嘘ではない。それどころか、半分以上事実だ。
「そうか。それなら構わん、気にするな」
大雑把な説明だったが、武田は納得したらしく、前に向き直る。
話は無事終わった。おかしいと思われることも、厳しく怒られることも、どちらもなく済んだ。文句のつけようがない百点満点の結果。
だが、私は尋ねてしまった。
「その女の人は、武田さんにとってどんな存在の方なんですか?」
尋ねるまでもないことだ。
男性が女性の写真を持ち歩いている。それがどういう意味か分からないほど私はバカではない。答えを聞けば傷つくだけ。
それでも、真実を知りたかった。
「なぜそんなことを聞く?」
「その写真を見た時……武田さんの様子が少しおかしかったからです。仮に友達や同僚の写真だとしたら、見ただけでそんな顔はしないかな、と思って」
彼の口から真実を聞けば、私の心も少しは楽になるに違いない。そう思ったから勇気を出して尋ねたのだ。
「私の様子がおかしい、と?」
武田はあまり自覚がなかったのか怪訝な顔をしている。
「はい。それともう一つあるんです。昨日停電になった時のことですけど、明かりが戻った後、武田さんは少し様子がおかしくなっている気がしました。もしかして、白い女性の幻みたいなものが見えませんでしたか?」
レイやモルテリアはただの停電と思っているようだったが、私は確かに見たのだ。
写真に写っている彼女とそっくりな、透き通って真っ白な女性の姿を。
「なぜそんなことが分かる?」
「私には見えました。その写真の女性にそっくりな人が」
それからしばらくの間、武田は何か考え込んでいるようだった。数分が経過した頃、やがて彼は言った。
「そうだな。隠す理由もない」
彼の表情は、どこか覚悟したようなものだった。
「彼女の名は保科 瑞穂。エリミナーレが設立されるより前、エリナさんの友人で私の先輩だった人だ」
晴れていたはずの空は、いつの間にかどんよりと曇っていた。
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