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13話 「華麗な体術」
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レイは男たちの隙間を縫うように駆け抜け、気がつけば私の目の前まで辿り着いていた。それは本当に一瞬のことで、私は暫し理解できなかった。普段の生活では滅多に見ることのない素早さだ。
私とレイの間にいる眼鏡の男性——三条も、こればかりはさすがに驚いた顔をしていた。
だがすぐに気を取り直し、安そうなスーツの上着の中から、小型の刃物を取り出す。電車で私を脅すのに使っていた小型の刃物だ。この状況で取り出す武器が小型の刃物とは、正直意外である。
「そこを退いてもらえる? 沙羅ちゃんは返してもらうから」
レイはいつもより冷たい声で言い放つ。その表情は研がれた刃のように鋭く、整った凛々しい顔によく似合っている。
それに対し三条は、顔を強張らせつつ返す。
「それはできません! あなた方が約束を破ったからですよ。僕はあなた方に、全員で来るようにと伝えたはずです!」
偉そうにそんなことを言っているが、内心かなり動揺しているのが見てとれる。
額から頬、そして顎へと汗が滝のように流れ落ち、足は小刻みに震えている。それに加え、顔色も悪い。彼が平常心を保てていないことは、一般人の私にでも容易に察することができた。
「何を言ってるの? そんなこと約束してないから」
レイは細い棒を取り出し手に持つ。手のひら二つ分くらいの長さの銀色をした棒は、指がすっと伸びた彼女の手にとても似合っている。
「沙羅ちゃんを怖い目に遭わせたこと、後悔してもらうよ」
そう言う彼女の表情は真剣だった。元から凛とした雰囲気の美しい顔立ちだが、険しい表情をしていることでますます整って見える。
それに、彼女は笑顔でいることが多いので、真剣な険しい表情は新鮮で印象的だ。
「く、くそっ……。おい! 貴方たちは一体何をしているのですかっ! 情けない!」
三条は渋柿を食べたかのように顔をしかめながら、視線を男たちへと移して叫ぶ。しかしまともな返答は返ってこない。というのも、男たちの多くが既に武田に倒されているのだ。
そのことに気がついた三条は、眉間にしわを寄せ、憎しみがこもった目つきでレイを睨む。
「大人しくくたばれば良いものをっ!」
三条は吐き捨てるように叫び、小型の刃物を振り回してレイに接近する。だが、刃物の握り方はぎこちなく、狙いは定まっていない。素人の私でも分かるぐらい素人丸出しの動きだ。
レイは三条がやみくもに振り回す刃物をかわし、銀の棒を素早く彼へ向ける。彼は慌てて避けようとしたが間に合わず、銀の棒は肩に掠った。その瞬間、バチッと小さな電気が走る。
どういう仕組みなのだろう……。
私はレイと三条の動作に気を取られていたが、ふと少年の存在を思い出し、隣にいる彼に目をやる。少年は私のカバンを抱えたまま笑顔で様子を見ていた。
この態度は明らかにおかしい。彼は三条の味方なのだろう。それなのに、一切助力しようとしていない。それどころか焦ってもいない。
どう考えても不自然だ。
「女のくせに生意気なっ!」
軽いものだが電撃を受けた三条は、余裕をなくし、鬼のような形相をレイへ向ける。
「何とでも言っていいよ。いずれにせよ、もうこれでおしまいだから」
レイは冷たい表情のまま三条の手首を掴む。そして、小型の刃物を彼の手から奪い取る。一分もかからなかった。
こうなってしまえば素人の彼はもうなす術がない。それでも抵抗しようと暴れる三条をレイは捩じ伏せた。
私は彼女の華麗で素早い技に見惚れてしまった。目を奪われるどころか心までも奪われる。
彼女のしなやかな体から繰り出される技。それは、無駄のない効率的な動きでありながら、見る者を魅了する美しさも兼ね備えている。だから、体術の知識がほとんど皆無に近い私でも目を離せなくなったのだろう。
腕を捻られた三条はしばらくの間「痛い」と騒いでいたが、痛みのあまりかやがて気を失った。
「……よし。これで終わり!」
レイは彼が気絶したことを確認すると立ち上がる。彼女の表情はいつの間にか、青空のように晴れやかになっていた。
一連の華麗な動きに魅了された私が言葉を失っていると、横に立っていた金髪の少年が口を開く。
「いやー、やっぱ強いわ! 俺の出る幕、全然なかったっすもん!」
「ふふっ。まぁね」
金髪の少年に褒められ笑みをこぼすレイ。彼女の顔に溢れるのは、いつも私に向けてくれるものと同じような、爽やかで明るい笑みだ。金髪の少年も知り合いのようにニコニコしている。
これは一体……。
私が混乱してキョロキョロしていると、レイは青い髪を軽やかに揺らしながら寄ってくる。
「これでもう大丈夫だよ。沙羅ちゃん、怪我はない?」
「は、はい」
「そっか、セーフだね。何とか間に合って良かった。突然だったから驚いたよ」
安堵したようなレイは、そう言いながら、華やかな笑みを私に向けてくれる。ついドキッとしてしまった。
……落ち着け、落ち着け。
その時、生え際が黒いせいで染めているのが分かる少し残念な金髪の少年が、レイに対して言う。
「彼女、全然動じてなかったっすよ」
彼女、というのはどうやら私のことらしい。少年の視線は、時折こちらへ注がれる。
それにしても、この少年は何者なのだろう?
最初からここにいたので、少しの迷いもなく三条の仲間だと思っていた。しかし、レイとの会話を見ていると、そうではない気がしてくる。たとえ相手に敵意がないとしても、初対面でこんな親しげに話すはずがない。
まぁ何でもいいか、と思おうともしてみたが、やはり気になるので尋ねてみることにした。
「レイさんはその人と知り合いなんですか?」
すると彼女は「あ、そっか!」と何かに気づいたように反応する。意外な反応に何だろうと思っていると、彼女は金髪の少年を手で示す。
「沙羅ちゃんはまだ知らなかったんだね。名前だけはエリナさんから紹介があったと思うけど、一応改めて紹介しておくよ。彼はエリミナーレの一人、瀧川ナギ」
レイに紹介された金髪の少年——瀧川ナギは、軽い会釈をし、子どものように笑う。
「瀧川でっす! よろしく!」
エリナからは射撃の名手だと聞いたが、そんな風には見えない。エリミナーレに入っているくらいだからそれなりに実力者なのだろうが——彼はどこからどう見ても普通の少年だ。
私とレイの間にいる眼鏡の男性——三条も、こればかりはさすがに驚いた顔をしていた。
だがすぐに気を取り直し、安そうなスーツの上着の中から、小型の刃物を取り出す。電車で私を脅すのに使っていた小型の刃物だ。この状況で取り出す武器が小型の刃物とは、正直意外である。
「そこを退いてもらえる? 沙羅ちゃんは返してもらうから」
レイはいつもより冷たい声で言い放つ。その表情は研がれた刃のように鋭く、整った凛々しい顔によく似合っている。
それに対し三条は、顔を強張らせつつ返す。
「それはできません! あなた方が約束を破ったからですよ。僕はあなた方に、全員で来るようにと伝えたはずです!」
偉そうにそんなことを言っているが、内心かなり動揺しているのが見てとれる。
額から頬、そして顎へと汗が滝のように流れ落ち、足は小刻みに震えている。それに加え、顔色も悪い。彼が平常心を保てていないことは、一般人の私にでも容易に察することができた。
「何を言ってるの? そんなこと約束してないから」
レイは細い棒を取り出し手に持つ。手のひら二つ分くらいの長さの銀色をした棒は、指がすっと伸びた彼女の手にとても似合っている。
「沙羅ちゃんを怖い目に遭わせたこと、後悔してもらうよ」
そう言う彼女の表情は真剣だった。元から凛とした雰囲気の美しい顔立ちだが、険しい表情をしていることでますます整って見える。
それに、彼女は笑顔でいることが多いので、真剣な険しい表情は新鮮で印象的だ。
「く、くそっ……。おい! 貴方たちは一体何をしているのですかっ! 情けない!」
三条は渋柿を食べたかのように顔をしかめながら、視線を男たちへと移して叫ぶ。しかしまともな返答は返ってこない。というのも、男たちの多くが既に武田に倒されているのだ。
そのことに気がついた三条は、眉間にしわを寄せ、憎しみがこもった目つきでレイを睨む。
「大人しくくたばれば良いものをっ!」
三条は吐き捨てるように叫び、小型の刃物を振り回してレイに接近する。だが、刃物の握り方はぎこちなく、狙いは定まっていない。素人の私でも分かるぐらい素人丸出しの動きだ。
レイは三条がやみくもに振り回す刃物をかわし、銀の棒を素早く彼へ向ける。彼は慌てて避けようとしたが間に合わず、銀の棒は肩に掠った。その瞬間、バチッと小さな電気が走る。
どういう仕組みなのだろう……。
私はレイと三条の動作に気を取られていたが、ふと少年の存在を思い出し、隣にいる彼に目をやる。少年は私のカバンを抱えたまま笑顔で様子を見ていた。
この態度は明らかにおかしい。彼は三条の味方なのだろう。それなのに、一切助力しようとしていない。それどころか焦ってもいない。
どう考えても不自然だ。
「女のくせに生意気なっ!」
軽いものだが電撃を受けた三条は、余裕をなくし、鬼のような形相をレイへ向ける。
「何とでも言っていいよ。いずれにせよ、もうこれでおしまいだから」
レイは冷たい表情のまま三条の手首を掴む。そして、小型の刃物を彼の手から奪い取る。一分もかからなかった。
こうなってしまえば素人の彼はもうなす術がない。それでも抵抗しようと暴れる三条をレイは捩じ伏せた。
私は彼女の華麗で素早い技に見惚れてしまった。目を奪われるどころか心までも奪われる。
彼女のしなやかな体から繰り出される技。それは、無駄のない効率的な動きでありながら、見る者を魅了する美しさも兼ね備えている。だから、体術の知識がほとんど皆無に近い私でも目を離せなくなったのだろう。
腕を捻られた三条はしばらくの間「痛い」と騒いでいたが、痛みのあまりかやがて気を失った。
「……よし。これで終わり!」
レイは彼が気絶したことを確認すると立ち上がる。彼女の表情はいつの間にか、青空のように晴れやかになっていた。
一連の華麗な動きに魅了された私が言葉を失っていると、横に立っていた金髪の少年が口を開く。
「いやー、やっぱ強いわ! 俺の出る幕、全然なかったっすもん!」
「ふふっ。まぁね」
金髪の少年に褒められ笑みをこぼすレイ。彼女の顔に溢れるのは、いつも私に向けてくれるものと同じような、爽やかで明るい笑みだ。金髪の少年も知り合いのようにニコニコしている。
これは一体……。
私が混乱してキョロキョロしていると、レイは青い髪を軽やかに揺らしながら寄ってくる。
「これでもう大丈夫だよ。沙羅ちゃん、怪我はない?」
「は、はい」
「そっか、セーフだね。何とか間に合って良かった。突然だったから驚いたよ」
安堵したようなレイは、そう言いながら、華やかな笑みを私に向けてくれる。ついドキッとしてしまった。
……落ち着け、落ち着け。
その時、生え際が黒いせいで染めているのが分かる少し残念な金髪の少年が、レイに対して言う。
「彼女、全然動じてなかったっすよ」
彼女、というのはどうやら私のことらしい。少年の視線は、時折こちらへ注がれる。
それにしても、この少年は何者なのだろう?
最初からここにいたので、少しの迷いもなく三条の仲間だと思っていた。しかし、レイとの会話を見ていると、そうではない気がしてくる。たとえ相手に敵意がないとしても、初対面でこんな親しげに話すはずがない。
まぁ何でもいいか、と思おうともしてみたが、やはり気になるので尋ねてみることにした。
「レイさんはその人と知り合いなんですか?」
すると彼女は「あ、そっか!」と何かに気づいたように反応する。意外な反応に何だろうと思っていると、彼女は金髪の少年を手で示す。
「沙羅ちゃんはまだ知らなかったんだね。名前だけはエリナさんから紹介があったと思うけど、一応改めて紹介しておくよ。彼はエリミナーレの一人、瀧川ナギ」
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