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12話 「願いはやがて現実となる」
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エリミナーレを叩き潰すため——それが、男性が私をさらった理由だったようだ。大体予想通りの答えである。
眼鏡の男性は「少し聞いてくれますかね?」と尋ね、私の返答を待たずに語り始める。
「僕はね、数年前まで人材派遣会社を営んでいたんです。職を探している人に職を与えるという仕事をしていました。失職してしまい絶望しかかっている多くの人に、仕事という希望を与えてきましたよ。こう見えても僕は善良な人間なんです」
まったくバカげた話だ。
いきなり刃物で脅し誘拐する人間のどこが善良な人間なのか。私は突っ込むのも嫌になるぐらい呆れてしまった。
「それなのにエリミナーレの彼らときたら、酷いんですよ。なんせ、人身売買に等しいだなんて無茶苦茶な言いがかりをつけて、僕の会社を潰したのです。それも半ば強制的に。社員の中から犠牲者も出たんですよ」
眼鏡の効果もあってか真面目で平凡に見える男性だが、自分のことについて語り出すと、意外と演技じみた口調だった。声の調子は一定でなく緩急があり、手の動作もついている。政治家の演説に近いものを感じる話し方だ。
「午前六時から三時までの週七日、こんなに良い仕事はないじゃないですか! 一日中働けるんですから!」
いやいや。常識を超えた明らかに異常な長時間労働だ。
午前六時から三時だなんて、ほぼ一日中である。仕事中に眠らない限り絶対まともに生きていけない。完全にブラックな仕事である。
そんな仕事を提供する会社があれば、問題になるのも仕方がないだろう。
「一日二十時間以上の労働はさすがにまずいと思いますよ」
こんなことは中学生でも知っているだろうが一応言ってみる。すると眼鏡の男性は、凄まじい殺気を漂わせながら睨んできた。
だが意外にも言い返してくることはなかった。何事もなかったかのように自身の話を続ける。
「仕事に就きたいと言ってきたから一日中働ける仕事を与えてあげたというのに、僕を悪者みたく言うなんて酷すぎるでしょう!? こんな心優しい人間を悪者に仕立て上げるとはとんだ悪人ですよ! エリミナーレの人たちは!」
語っているうちに感情が昂ってきたのか、眼鏡の男性はやや興奮気味だ。恐らくエリミナーレへの憤りの感情が蘇ってきたのだろう。
「でも、復讐できる機会がやってきました。きっと神様がチャンスを与えてくれたのでしょうね。ある夜、道を歩いていると不気味な占い師に話しかけられました。その占い師は『エリミナーレの奴らに復讐させてやる』と言って、僕にチャンスと色々な情報を教えてくれたのです」
「そしてこの作戦を決行することに決めた……ということですか」
「その通り!」
男性はニヤリと笑い、大袈裟に手を叩く。わざとらしさが嫌な感じである。
「安心して下さい。貴女はまだ新入りさんのようなので見逃してあげます」
まぁ、それはありがたい。
それにしても——彼はエリミナーレ全員を倒せると本気で思っているのだろうか。
エリミナーレは裏社会の悪を掃除する組織。そのメンバーが弱いはずがないのに。
私も入ったばかりで詳しく知っているわけではない。だが、この前実際に、レイは不審者を一瞬で気絶させた。運動神経や精神力が常人の域を遥かに越えていることは明らかである。
「それでは——」
「三条さん! 突然失礼致します!」
眼鏡の男性の声を遮り、一人の格闘家風の男が駆け込んできた。岩のような厳つい顔は強張り、緊迫した雰囲気を漂わせている。
……それにしても、彼は三条という名前だったのか。
「エリミナーレのメンバーと思われる者が現れました!」
レイらが来たのだ。私は自然と嬉しくなる。
ただ愚痴を聞かされているだけで、特に酷いことはされていない。それでもこの窮屈さは気が疲れるので、一刻も早くここから出たい。そんな思いが込み上げてきた。
「狼狽えず予定通り待機して下さい。大勢でかかれば負けることはまずないでしょう」
ずっと私のカバンを抱えていた生え際だけ黒い金髪の少年は、驚いたように目を開きながらキョロキョロする。先ほどまではニコニコしていた顔に、戸惑いの色が浮かんでいる。
「え、ちょっ、これ何すか? 一体何があったんっすか?」
しかし彼は構ってもらえなかった。今更感が面倒臭いからだろうか、完全に無視されている。ここまで露骨に無視されていると可哀想な気がしないこともない。レイらが来たことを知り余裕が生まれたのか、「少しは構ってやればいいのに」などと思う。
数十秒後、男が部屋へ雪崩れ込んできた。部屋が急激に狭くなったような気がする。酸素が減りそうだ。
ちょうどその時。
「沙羅ちゃーんっ! 迎えに来たよー!」
床を踏み締める音と同時に、大きな声が響いた。芯がありよく通るしっかりとした声。間違いない、レイのものだ。まさかこんなに早く来てくれるとは思わなかった。
だが彼女一人ではないようだ。耳をすますと聞こえる足音は一人分ではない。推測だが、二人くらいだろう。
もう一人は武田だったら良いのにな、と何げなく思う。まったく。私はこんな時に一体何を考えているのやら。
しかし、私の願いはすぐに現実となった。
「武田さんっ!?」
現れたのはレイと武田だったのだ。さすがに驚きを隠せない。レイは分かるが、まさか本当に彼が来てくれているなんて、信じられない思いだ。
「沙羅ちゃん、来たよ」
「レイさんも! ありがとうございます」
眼鏡の男性こと三条は、レイと武田を見るなり命じる。
「仕留めなさい!」
三条が命じたのを皮切りに、格闘家風の暑苦しい男たちがレイらに向かっていく。
「武田はそっちをよろしく!」
「……人使いが荒いな」
武田は呆れ顔で溜め息をつきつつも、一歩前へ出た。
「まぁいいか。久々に暴れさせてもらうこととしよう」
獲物を狙う獣のような鋭い目つきで、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。その歪な表情に、私は圧倒されるばかりだった。
眼鏡の男性は「少し聞いてくれますかね?」と尋ね、私の返答を待たずに語り始める。
「僕はね、数年前まで人材派遣会社を営んでいたんです。職を探している人に職を与えるという仕事をしていました。失職してしまい絶望しかかっている多くの人に、仕事という希望を与えてきましたよ。こう見えても僕は善良な人間なんです」
まったくバカげた話だ。
いきなり刃物で脅し誘拐する人間のどこが善良な人間なのか。私は突っ込むのも嫌になるぐらい呆れてしまった。
「それなのにエリミナーレの彼らときたら、酷いんですよ。なんせ、人身売買に等しいだなんて無茶苦茶な言いがかりをつけて、僕の会社を潰したのです。それも半ば強制的に。社員の中から犠牲者も出たんですよ」
眼鏡の効果もあってか真面目で平凡に見える男性だが、自分のことについて語り出すと、意外と演技じみた口調だった。声の調子は一定でなく緩急があり、手の動作もついている。政治家の演説に近いものを感じる話し方だ。
「午前六時から三時までの週七日、こんなに良い仕事はないじゃないですか! 一日中働けるんですから!」
いやいや。常識を超えた明らかに異常な長時間労働だ。
午前六時から三時だなんて、ほぼ一日中である。仕事中に眠らない限り絶対まともに生きていけない。完全にブラックな仕事である。
そんな仕事を提供する会社があれば、問題になるのも仕方がないだろう。
「一日二十時間以上の労働はさすがにまずいと思いますよ」
こんなことは中学生でも知っているだろうが一応言ってみる。すると眼鏡の男性は、凄まじい殺気を漂わせながら睨んできた。
だが意外にも言い返してくることはなかった。何事もなかったかのように自身の話を続ける。
「仕事に就きたいと言ってきたから一日中働ける仕事を与えてあげたというのに、僕を悪者みたく言うなんて酷すぎるでしょう!? こんな心優しい人間を悪者に仕立て上げるとはとんだ悪人ですよ! エリミナーレの人たちは!」
語っているうちに感情が昂ってきたのか、眼鏡の男性はやや興奮気味だ。恐らくエリミナーレへの憤りの感情が蘇ってきたのだろう。
「でも、復讐できる機会がやってきました。きっと神様がチャンスを与えてくれたのでしょうね。ある夜、道を歩いていると不気味な占い師に話しかけられました。その占い師は『エリミナーレの奴らに復讐させてやる』と言って、僕にチャンスと色々な情報を教えてくれたのです」
「そしてこの作戦を決行することに決めた……ということですか」
「その通り!」
男性はニヤリと笑い、大袈裟に手を叩く。わざとらしさが嫌な感じである。
「安心して下さい。貴女はまだ新入りさんのようなので見逃してあげます」
まぁ、それはありがたい。
それにしても——彼はエリミナーレ全員を倒せると本気で思っているのだろうか。
エリミナーレは裏社会の悪を掃除する組織。そのメンバーが弱いはずがないのに。
私も入ったばかりで詳しく知っているわけではない。だが、この前実際に、レイは不審者を一瞬で気絶させた。運動神経や精神力が常人の域を遥かに越えていることは明らかである。
「それでは——」
「三条さん! 突然失礼致します!」
眼鏡の男性の声を遮り、一人の格闘家風の男が駆け込んできた。岩のような厳つい顔は強張り、緊迫した雰囲気を漂わせている。
……それにしても、彼は三条という名前だったのか。
「エリミナーレのメンバーと思われる者が現れました!」
レイらが来たのだ。私は自然と嬉しくなる。
ただ愚痴を聞かされているだけで、特に酷いことはされていない。それでもこの窮屈さは気が疲れるので、一刻も早くここから出たい。そんな思いが込み上げてきた。
「狼狽えず予定通り待機して下さい。大勢でかかれば負けることはまずないでしょう」
ずっと私のカバンを抱えていた生え際だけ黒い金髪の少年は、驚いたように目を開きながらキョロキョロする。先ほどまではニコニコしていた顔に、戸惑いの色が浮かんでいる。
「え、ちょっ、これ何すか? 一体何があったんっすか?」
しかし彼は構ってもらえなかった。今更感が面倒臭いからだろうか、完全に無視されている。ここまで露骨に無視されていると可哀想な気がしないこともない。レイらが来たことを知り余裕が生まれたのか、「少しは構ってやればいいのに」などと思う。
数十秒後、男が部屋へ雪崩れ込んできた。部屋が急激に狭くなったような気がする。酸素が減りそうだ。
ちょうどその時。
「沙羅ちゃーんっ! 迎えに来たよー!」
床を踏み締める音と同時に、大きな声が響いた。芯がありよく通るしっかりとした声。間違いない、レイのものだ。まさかこんなに早く来てくれるとは思わなかった。
だが彼女一人ではないようだ。耳をすますと聞こえる足音は一人分ではない。推測だが、二人くらいだろう。
もう一人は武田だったら良いのにな、と何げなく思う。まったく。私はこんな時に一体何を考えているのやら。
しかし、私の願いはすぐに現実となった。
「武田さんっ!?」
現れたのはレイと武田だったのだ。さすがに驚きを隠せない。レイは分かるが、まさか本当に彼が来てくれているなんて、信じられない思いだ。
「沙羅ちゃん、来たよ」
「レイさんも! ありがとうございます」
眼鏡の男性こと三条は、レイと武田を見るなり命じる。
「仕留めなさい!」
三条が命じたのを皮切りに、格闘家風の暑苦しい男たちがレイらに向かっていく。
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武田は呆れ顔で溜め息をつきつつも、一歩前へ出た。
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