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7話 「凛々しくて儚い人」
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コンビニの一件を終え、私とレイは歓迎会の買い物を始める。
最初は駅のすぐ近くにある百貨店へ行き、私が希望した焼きそばの材料を買うことになった。レイは野菜を慣れた手つきで選び、買い物カゴヘどんどん入れていく。私は半ば付き添っているだけのような状態だった。
レイはその凛々しく美しい容姿とは似合わず主婦のような行動をする。彼女の後ろをついて歩きながら、何度か笑ってしまいそうになった。
「レイさんがこんなに買い物上手だなんて、なんだか意外です」
お菓子のコーナーへ入った時、私はようやく彼女に話しかけられた。さっきまでは真剣な顔だったレイが普段の表情に戻っていたからだ。
買いカゴを持ったまましゃがみこみ、お菓子の棚の一番下段を物色し始めていたレイは、私の声に気づいて顔を上げる。
「あたしが買い物上手だと意外なんだね」
そう言ったレイの笑みはどこか曇っていた。
悪いことを言ってしまったのだろうか、と不安になる。私はただ単に感心して言っただけなのだが、レイにとってはあまり嬉しくないことだったのかもしれない。もう少し考えて発言するべきだった。
「あの、レイさん、ごめんなさい……」
すると彼女は「ううん」と首を左右に動かし、それから私にしゃがむよう促す。気まずさに何も返せぬまま、レイの隣にしゃがむ。
「謝らないでいいよ。沙羅ちゃんは何も悪くないからね」
彼女はお菓子の棚の一番下段を見ながら何げなく言った。小さな声だが、確かにレイの声である。
「あたしね、妹がいたの」
レイが手にしていたのは、ボタンを押すと上についたキャラクターからラムネが出てくる仕様の、おもちゃ菓子だった。どこのスーパーや店にでも売っている平凡な商品。それをレイは凄く懐かしそうに見つめている。まるで、過去の記憶に思いを馳せるかのように。
「妹さんが……?」
「うん。年が離れてたから喧嘩することもなく仲良しだった。妹が小さい頃、よくこうやってお菓子売り場を見たな」
そう語るレイは、今にも消えてしまいそうなくらい脆く思えた。
凛々しくてかっこよくて、それでいて明るくて。しかも度胸がある。人と話すだけでも緊張している私とは大違い。羨ましいと思う気もなくすくらい完璧な女性。私は彼女のことをそう思っていた。
でも、もしそれが表面だけのものだったとしたら……。
私はこの時初めてそんなことを考えた。
「その妹さんは今はどこにいらっしゃるんですか?」
こんなことを尋ねるべきではないと分かっている。
今、妹はレイの近くにはいない。どんな形でかは分からないが、会えない状況なのだろう。それはレイの表情を見れば簡単に察することができる。
それなのに私は尋ねてしまった。
目の前のあまりに儚い女性——レイを、知りたいと思ったから。
「妹はもう、この世界にはいない」
彼女は少し躊躇いつつ答えてくれた。
なんとなく予想していた通りの答え。だからこそ、私は言い返す言葉を見つけ出せなかった。今日知り合ったばかりの私が彼女にかけてあげられる、そんな都合のよい言葉などありはしない。
「でもきっと、どこかからあたしのことを見てくれていると思う。そう思うから、私はあの子に恥じることのない生き方をしたい」
それからレイは私の顔を見て、「妹は沙羅ちゃんと同じ年だと思う」と笑う。失った大切な人の話をするのは辛いに決まっているのに。
彼女は想いのすべてを笑みに包んで隠してしまう。だから、こんなに近くにいるのに触れられる気がしない。
「それより、ほら! 買い物の続きをしよう。沙羅ちゃんはどんなお菓子が好き? 好きなのカゴに入れて良いよ」
「あ、じゃあこれでお願いします」
「えっ。それ好きなの!?」
「はい。いつも買ってました」
レイが話題を切り替えたので私もそれに合わせることにした。
これから歓迎会だというのに暗い雰囲気になってしまってはいけない。ここからは明るい空気を保たなくては、となるべく笑顔でいるように努める。
しかし、数年間笑う機会が少なかったのもあってか、笑顔でいると顔面の筋肉が疲れてくる。笑顔というのは簡単なように思えるが、慣れていないと案外難しいもののようだ。始めは疲労するだけだったが、終いにはレイに「変な顔してる」と笑われてしまった。
彼女を笑顔にできたのはまぁ嬉しいが、私はそんなにおかしい顔をしていたのだろうか……。
買い物を無事済ませた私とレイはエリミナーレの事務所へと帰った。「行きより帰りの方が早い」と言うが、それは事実で、帰りは十五分もかからなかった気がする。もしかしたら、ただ風景に慣れたからというだけかもしれないが。
「帰りました! 歓迎会の食べ物、たくさん買ってきました!」
元気な声を出しながらエリナがいる部屋へ入っていくレイ。私は緊張して「帰りました」と小さく言うしかできなかった。
桜色の髪をしたエリナは、足を組んで、先ほどと同じ椅子に座っていた。余裕を感じさせる大人びた笑みを浮かべている。
「レイ、沙羅、お帰りなさい。買い物はちゃんとできたかしら?」
「もちろんですっ!」
エリナの問いに迷いなく答えるレイ。
自信に満ちた顔をしているレイを見ると、エリナはゆっくり立ち上がった。
「それは良かったわ。じゃ、準備に取りかかろうかしらね」
最初は駅のすぐ近くにある百貨店へ行き、私が希望した焼きそばの材料を買うことになった。レイは野菜を慣れた手つきで選び、買い物カゴヘどんどん入れていく。私は半ば付き添っているだけのような状態だった。
レイはその凛々しく美しい容姿とは似合わず主婦のような行動をする。彼女の後ろをついて歩きながら、何度か笑ってしまいそうになった。
「レイさんがこんなに買い物上手だなんて、なんだか意外です」
お菓子のコーナーへ入った時、私はようやく彼女に話しかけられた。さっきまでは真剣な顔だったレイが普段の表情に戻っていたからだ。
買いカゴを持ったまましゃがみこみ、お菓子の棚の一番下段を物色し始めていたレイは、私の声に気づいて顔を上げる。
「あたしが買い物上手だと意外なんだね」
そう言ったレイの笑みはどこか曇っていた。
悪いことを言ってしまったのだろうか、と不安になる。私はただ単に感心して言っただけなのだが、レイにとってはあまり嬉しくないことだったのかもしれない。もう少し考えて発言するべきだった。
「あの、レイさん、ごめんなさい……」
すると彼女は「ううん」と首を左右に動かし、それから私にしゃがむよう促す。気まずさに何も返せぬまま、レイの隣にしゃがむ。
「謝らないでいいよ。沙羅ちゃんは何も悪くないからね」
彼女はお菓子の棚の一番下段を見ながら何げなく言った。小さな声だが、確かにレイの声である。
「あたしね、妹がいたの」
レイが手にしていたのは、ボタンを押すと上についたキャラクターからラムネが出てくる仕様の、おもちゃ菓子だった。どこのスーパーや店にでも売っている平凡な商品。それをレイは凄く懐かしそうに見つめている。まるで、過去の記憶に思いを馳せるかのように。
「妹さんが……?」
「うん。年が離れてたから喧嘩することもなく仲良しだった。妹が小さい頃、よくこうやってお菓子売り場を見たな」
そう語るレイは、今にも消えてしまいそうなくらい脆く思えた。
凛々しくてかっこよくて、それでいて明るくて。しかも度胸がある。人と話すだけでも緊張している私とは大違い。羨ましいと思う気もなくすくらい完璧な女性。私は彼女のことをそう思っていた。
でも、もしそれが表面だけのものだったとしたら……。
私はこの時初めてそんなことを考えた。
「その妹さんは今はどこにいらっしゃるんですか?」
こんなことを尋ねるべきではないと分かっている。
今、妹はレイの近くにはいない。どんな形でかは分からないが、会えない状況なのだろう。それはレイの表情を見れば簡単に察することができる。
それなのに私は尋ねてしまった。
目の前のあまりに儚い女性——レイを、知りたいと思ったから。
「妹はもう、この世界にはいない」
彼女は少し躊躇いつつ答えてくれた。
なんとなく予想していた通りの答え。だからこそ、私は言い返す言葉を見つけ出せなかった。今日知り合ったばかりの私が彼女にかけてあげられる、そんな都合のよい言葉などありはしない。
「でもきっと、どこかからあたしのことを見てくれていると思う。そう思うから、私はあの子に恥じることのない生き方をしたい」
それからレイは私の顔を見て、「妹は沙羅ちゃんと同じ年だと思う」と笑う。失った大切な人の話をするのは辛いに決まっているのに。
彼女は想いのすべてを笑みに包んで隠してしまう。だから、こんなに近くにいるのに触れられる気がしない。
「それより、ほら! 買い物の続きをしよう。沙羅ちゃんはどんなお菓子が好き? 好きなのカゴに入れて良いよ」
「あ、じゃあこれでお願いします」
「えっ。それ好きなの!?」
「はい。いつも買ってました」
レイが話題を切り替えたので私もそれに合わせることにした。
これから歓迎会だというのに暗い雰囲気になってしまってはいけない。ここからは明るい空気を保たなくては、となるべく笑顔でいるように努める。
しかし、数年間笑う機会が少なかったのもあってか、笑顔でいると顔面の筋肉が疲れてくる。笑顔というのは簡単なように思えるが、慣れていないと案外難しいもののようだ。始めは疲労するだけだったが、終いにはレイに「変な顔してる」と笑われてしまった。
彼女を笑顔にできたのはまぁ嬉しいが、私はそんなにおかしい顔をしていたのだろうか……。
買い物を無事済ませた私とレイはエリミナーレの事務所へと帰った。「行きより帰りの方が早い」と言うが、それは事実で、帰りは十五分もかからなかった気がする。もしかしたら、ただ風景に慣れたからというだけかもしれないが。
「帰りました! 歓迎会の食べ物、たくさん買ってきました!」
元気な声を出しながらエリナがいる部屋へ入っていくレイ。私は緊張して「帰りました」と小さく言うしかできなかった。
桜色の髪をしたエリナは、足を組んで、先ほどと同じ椅子に座っていた。余裕を感じさせる大人びた笑みを浮かべている。
「レイ、沙羅、お帰りなさい。買い物はちゃんとできたかしら?」
「もちろんですっ!」
エリナの問いに迷いなく答えるレイ。
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