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4話 「見透かすような瞳」
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エリナは桜色の長い髪を片手で掻き上げつつ足を組み、柔らかい調子で尋ねてくる。
「レイとモルのことは、紹介しなくてももう知っているわね」
彼女の、たまに赤くも見える茶色い瞳が、私をじっと見つめてくる。嘘をついたりごまかすようなことを言っても即座に見抜かれそうだ。もっとも、今のエリナの問いに対して嘘の答えを言う気はないが。
私は緊張しつつも「はい」と返事する。それから、隣に立っているレイをさりげなく一瞥する。そして驚いた。レイが今まで見たことがないくらい真剣な顔だったからだ。仕事中はこうなのだろうか。
「うちのメンバーはあと二人。貴女より年下になるのかしら、瀧川ナギという男がいるわ。彼は高卒なの。でも優秀よ」
「射撃が得意なんですよね」
レイが少しだけ表情を緩めて口を挟む。するとエリナは満足そうに頷いていた。
「射撃ですか? でもそんなこと何に……」
言いかけてふと思い出す。
社会の裏で活動する悪の掃除——それがエリミナーレの本当の仕事だと。
「もしかして、悪の掃除に役立つのですか?」
するとエリナはふふっと控えめに笑い、それから小さく「正解」と言った。まるで独り言かのように。
大人の女性と呼ぶに似合った妖艶な笑みに、私は内心ドキッとする。同性であっても魅了されそうだ。エリナには、見ているだけで吸い込まれそうになる、不思議な魔力のようなものがあった。
「それともう一人は」
エリナが言いかけたちょうどその時、後ろの扉がキィと音をたてて開く。
誰かが帰ってきたのだろうか。そう思い振り返ると、そこには背の高い男性が立っていた。しわ一つないピシッとしたスーツを着こなした、冷たい雰囲気の男性だ。
その姿を目にした時、彼が武田であるとすぐに分かった。
あの日彼に出会ったから、私は今ここにいる。そう言っても過言ではない。武田は私の人生に多大な影響を与えた人物である。
「戻りました。スープ春雨五十個、カップ焼きそば五十個、冷凍ビーフン五十袋。間違いなく買えました」
記憶の中の彼とは異なり髪が茶色だ。数年前に助けてもらった時は黒髪だったと思う。あれから染めたのだろうか。
「あら、お帰りなさい。買い物お疲れ様」
エリナは彼に礼を述べ、それから私の方へ向き直って紹介してくれる。
「彼は武田、うちの一番の古株なの。でも紹介するまでもないわよね」
そこで一呼吸空けて、彼女は続ける。
「貴女は彼をよく知っているはずだもの」
一瞬だけ、エリナの瞳が赤く輝いて見えた。その美しさゆえに、ニヤリと笑っている顔でさえ魅力を放っている。足を組み換えたり、桜色の長い髪を触ったりしている彼女だが、瞳だけは私を捉えて離さない。
彼女にじっと見つめられていると、すべてを見透かされているかのように感じる。言葉では言い表すことのできない不思議な感覚だ。
「……武田さん!」
私は無意識のうちに彼の名を口にしていた。
見事に彼と目が合う。
「天月沙羅。そうか、今日からだったのだな。よろしく頼む」
何事もなかったかのように挨拶をする武田。
彼の様子を見ているあたり、私のことを覚えているのかどうかはハッキリと分からない。
「髪の毛、染めました?」
私はうっかりそんなことを質問してしまった。今はどうでもいいことなのに。意識下で気になっていたのかもしれない。
エリナもレイも、今にも笑い出しそうだったが、武田は冷静に答える。
「あぁ。最近は染めている」
よく見ると、彼の両腕は白いビニールだらけになっている。重そうだ。恐らく私なら持てない重さだろう。
そこへエリナが口を挟んでくる。
「私が染めるように言ったのよ」
口調が妙に自慢げだ。
もしかして、彼女は武田のことが好きなのかな?あるいは付き合っているとか?……いや、その可能性は考えないようにしよう。
「ね、武田?」
「はい。その通りです」
エリナはまた足を組み換え、楽しそうにふふっと笑う。勝ち誇ったような笑顔だ。なんとなく不穏な空気である。
怪しい雲行きに気づいているのかレイはそわそわしている。視線を動かしたり、数歩歩いたり、落ち着かない様子だ。
レイに心配をかけるのも悪い気がする。そこで、私は明るく振る舞うことにした。
「へぇ! 京極さんと武田さんはとても仲良しなんですね!」
こちらが無邪気に振る舞っていれば、向こうも争う気をなくすはず。そういう試みである。何でも試してみなくては始まらない。
そして、試みは成功した。
「えぇ、そうよ。私と武田は長い付き合いなの」
エリナは自慢げに言う。
ついさっきまでの、雨が降る直前の空みたいな重苦しい空気は、すっかり消え去った。最初にこの部屋へ入った時と大差ない雰囲気に戻っている。
快適だとは言えないが、それでも、先ほどの不穏な空気よりかはずっとましである。
「それと一つ。私はこれから沙羅と呼ぶ。だから貴女は、エリナと呼んでくれる?」
京極さん、という呼び方はあまり気に入っていないようだ。
失礼のないようにと思ってそう呼んだのだが、本人が望むのならエリナでも良いだろう。とはいえ、いきなり呼び捨ては怖すぎるので、エリナさんと呼ぶことに決めた。
「はい。ではエリナさんと呼ばせていただいても構いませんか?」
「そうね。それがいいわ」
言いながら立ち上がった彼女は、桜色の長い髪をフワリと掻き上げる。ただ立ち上がっただけなのに空気が変わった。
「では沙羅に最初の任務を命じるわ」
「えっ。いきなりですか?」
驚いて声を出してしまう。だがエリナは気にしていないようだ。
「今夜の歓迎会で使う物を買ってきなさい」
「は、はい……」
歓迎会で使う物とは何? 買いにいくとはどこへ? 脳内に大量の疑問符が湧いてくる。
しかし、まだ付け加えがあった。
「もちろん一人で行けとは言わないわ。レイ、同行して」
「分かりました!」
レイは素早く返事をした。そして私に手を差し伸べてくれる。
「一緒に行こうか」
私はレイの優しさに感謝した。優しくしてくれてありがとう、と。
こうして私とレイは、今夜行われる歓迎会に必要な物を買うために、事務所の外へと出掛けるのであった。
「レイとモルのことは、紹介しなくてももう知っているわね」
彼女の、たまに赤くも見える茶色い瞳が、私をじっと見つめてくる。嘘をついたりごまかすようなことを言っても即座に見抜かれそうだ。もっとも、今のエリナの問いに対して嘘の答えを言う気はないが。
私は緊張しつつも「はい」と返事する。それから、隣に立っているレイをさりげなく一瞥する。そして驚いた。レイが今まで見たことがないくらい真剣な顔だったからだ。仕事中はこうなのだろうか。
「うちのメンバーはあと二人。貴女より年下になるのかしら、瀧川ナギという男がいるわ。彼は高卒なの。でも優秀よ」
「射撃が得意なんですよね」
レイが少しだけ表情を緩めて口を挟む。するとエリナは満足そうに頷いていた。
「射撃ですか? でもそんなこと何に……」
言いかけてふと思い出す。
社会の裏で活動する悪の掃除——それがエリミナーレの本当の仕事だと。
「もしかして、悪の掃除に役立つのですか?」
するとエリナはふふっと控えめに笑い、それから小さく「正解」と言った。まるで独り言かのように。
大人の女性と呼ぶに似合った妖艶な笑みに、私は内心ドキッとする。同性であっても魅了されそうだ。エリナには、見ているだけで吸い込まれそうになる、不思議な魔力のようなものがあった。
「それともう一人は」
エリナが言いかけたちょうどその時、後ろの扉がキィと音をたてて開く。
誰かが帰ってきたのだろうか。そう思い振り返ると、そこには背の高い男性が立っていた。しわ一つないピシッとしたスーツを着こなした、冷たい雰囲気の男性だ。
その姿を目にした時、彼が武田であるとすぐに分かった。
あの日彼に出会ったから、私は今ここにいる。そう言っても過言ではない。武田は私の人生に多大な影響を与えた人物である。
「戻りました。スープ春雨五十個、カップ焼きそば五十個、冷凍ビーフン五十袋。間違いなく買えました」
記憶の中の彼とは異なり髪が茶色だ。数年前に助けてもらった時は黒髪だったと思う。あれから染めたのだろうか。
「あら、お帰りなさい。買い物お疲れ様」
エリナは彼に礼を述べ、それから私の方へ向き直って紹介してくれる。
「彼は武田、うちの一番の古株なの。でも紹介するまでもないわよね」
そこで一呼吸空けて、彼女は続ける。
「貴女は彼をよく知っているはずだもの」
一瞬だけ、エリナの瞳が赤く輝いて見えた。その美しさゆえに、ニヤリと笑っている顔でさえ魅力を放っている。足を組み換えたり、桜色の長い髪を触ったりしている彼女だが、瞳だけは私を捉えて離さない。
彼女にじっと見つめられていると、すべてを見透かされているかのように感じる。言葉では言い表すことのできない不思議な感覚だ。
「……武田さん!」
私は無意識のうちに彼の名を口にしていた。
見事に彼と目が合う。
「天月沙羅。そうか、今日からだったのだな。よろしく頼む」
何事もなかったかのように挨拶をする武田。
彼の様子を見ているあたり、私のことを覚えているのかどうかはハッキリと分からない。
「髪の毛、染めました?」
私はうっかりそんなことを質問してしまった。今はどうでもいいことなのに。意識下で気になっていたのかもしれない。
エリナもレイも、今にも笑い出しそうだったが、武田は冷静に答える。
「あぁ。最近は染めている」
よく見ると、彼の両腕は白いビニールだらけになっている。重そうだ。恐らく私なら持てない重さだろう。
そこへエリナが口を挟んでくる。
「私が染めるように言ったのよ」
口調が妙に自慢げだ。
もしかして、彼女は武田のことが好きなのかな?あるいは付き合っているとか?……いや、その可能性は考えないようにしよう。
「ね、武田?」
「はい。その通りです」
エリナはまた足を組み換え、楽しそうにふふっと笑う。勝ち誇ったような笑顔だ。なんとなく不穏な空気である。
怪しい雲行きに気づいているのかレイはそわそわしている。視線を動かしたり、数歩歩いたり、落ち着かない様子だ。
レイに心配をかけるのも悪い気がする。そこで、私は明るく振る舞うことにした。
「へぇ! 京極さんと武田さんはとても仲良しなんですね!」
こちらが無邪気に振る舞っていれば、向こうも争う気をなくすはず。そういう試みである。何でも試してみなくては始まらない。
そして、試みは成功した。
「えぇ、そうよ。私と武田は長い付き合いなの」
エリナは自慢げに言う。
ついさっきまでの、雨が降る直前の空みたいな重苦しい空気は、すっかり消え去った。最初にこの部屋へ入った時と大差ない雰囲気に戻っている。
快適だとは言えないが、それでも、先ほどの不穏な空気よりかはずっとましである。
「それと一つ。私はこれから沙羅と呼ぶ。だから貴女は、エリナと呼んでくれる?」
京極さん、という呼び方はあまり気に入っていないようだ。
失礼のないようにと思ってそう呼んだのだが、本人が望むのならエリナでも良いだろう。とはいえ、いきなり呼び捨ては怖すぎるので、エリナさんと呼ぶことに決めた。
「はい。ではエリナさんと呼ばせていただいても構いませんか?」
「そうね。それがいいわ」
言いながら立ち上がった彼女は、桜色の長い髪をフワリと掻き上げる。ただ立ち上がっただけなのに空気が変わった。
「では沙羅に最初の任務を命じるわ」
「えっ。いきなりですか?」
驚いて声を出してしまう。だがエリナは気にしていないようだ。
「今夜の歓迎会で使う物を買ってきなさい」
「は、はい……」
歓迎会で使う物とは何? 買いにいくとはどこへ? 脳内に大量の疑問符が湧いてくる。
しかし、まだ付け加えがあった。
「もちろん一人で行けとは言わないわ。レイ、同行して」
「分かりました!」
レイは素早く返事をした。そして私に手を差し伸べてくれる。
「一緒に行こうか」
私はレイの優しさに感謝した。優しくしてくれてありがとう、と。
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