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『婚約者は私を捨てて妹を選びました。とてもショックでした、でも……両親が味方でいてくれたので、ただ生きて、やがて幸せを掴むことができました。』
「お前なんて要らねぇ! 俺にはエリナだけいればいい! 婚約は破棄だ!」
婚約者アザルトは私を愛さなかった。
そして私の妹であるエリナを愛し選んだのだ。
婚約者に捨てられしかも彼は妹に惚れていた。そして実際妹と共に生きることを選ばれて。私は要らない人間だと、そこまで言われて。妹を取るために捨てられた。
そんな私がどんなに惨めな思いをしているかなんて……きっと誰にも分からないだろう。
婚約破棄されるだけなら。
愛されないだけなら。
まだしも救いはあったかもしれない。
それが運命だったのだ。
そう思えたなら、少しはましだった。
でも私はそう思うことすら叶わない。
だって妹のせいで捨てられたことは明らかなのだから。
◆
実家へ帰ってからは泣いてばかりだった。
でも良いことも少しはあって。
それは両親が私の味方でいてくれたということだ。
「泣かないで。貴女は最も愛おしい娘よ。エリナも娘ではあるけれど、でも、今はもう娘だとは思えない。姉の婚約者を奪うような娘はもう娘ではないわ」
「そうだぞ。お前は悪いことはしていない、それは確かだ。だからその生き方を誇っていい。お前には非は一切ないのだから。きっと未来で良いことがある、そう信じて生きるんだ。そうしていればきっと幸せになれる」
母も、父も、私の味方でいてくれた。
また、エリナに怒りを持っていた両親は、彼女を家に入れないようにもしてくれた。おかげで実家で彼女と顔を合わせなくてはならないという悲劇は避けられた。また、エリナが帰る場所を失ったという事実も、小さなことながら私に勇気をもたらしてくれた。酷いことをしたら何かを失うのだ、と、そう思えたから。
「ありがとう、父さん母さん。私、少しずつでも前を向くわ。頑張ってみる」
良い両親のもとに生まれることができて良かった。
エリナの味方をするような親でなくて、本当に、本当に……助かった。
◆
アザルトとエリナは婚約していた。だが結婚直前にアザルトの父が多額の借金をしていたことが判明、それによって二人の関係は悪化してしまう。些細なことから喧嘩が多発するようになってしまったようだ。で、そんな中、アザルトは借金返済の代わりとしてエリナを借金取りへ差し出すという暴挙に。
エリナは闇社会の金貸し業者に身を渡されることとなってしまい、その後行方不明になった。
彼女の身に何が起きたのか、それは分からない。けれども相手が相手だ、真っ当な環境で生かしてもらえるということにはなっていないだろう。おもちゃになったか、殺められたか、そこは知らないが。何にせよ彼女は良い人生を歩むことはできなかったに違いない。
そうして借金返済からは逃れたアザルトだったが、彼はそれから少しして突如謎の腹痛に襲われ倒れた。そしてそのまま気を失い。病院に運び込まれたが、時既に遅し。彼はそのままこの世を去ることとなってしまったのであった。
アザルトとエリナに明るい未来はなかった。
空は晴れて澄んでいても。
二人がその空を見上げる日は永遠に訪れないのだ。
◆
「おっはよー! 今日は久々の休み! だからさ、のーんびりしよう!」
「そうね」
「やっほーい!」
「ちょ……落ち着いて落ち着いて。さすがにテンション上がりすぎよ……」
「あ、ごめん」
アザルトとの件ではたくさん傷ついたけれど、私は今とても幸せだ。
なぜって、良き人と巡り会えたから。そして、その人と結婚することができたから。愛する人、大切な人、そんな彼と夫婦になり歩めている。こんなに幸せなことはない。
「取り敢えず朝食とりましょ」
「うん! そうだね」
「ちょっと手伝ってくれる? テーブルの準備とか」
「あ、うん! もちろん! 行く行く!」
「ありがとう」
◆終わり◆
『突然婚約破棄されました。しかし家への帰り道に溺れていた一人の男性を助け、そこから人生は大きく変わってゆくこととなったのでした。』
「お前なんてなぁ! いいとこねぇんだよ! てことで、婚約は破棄だ! ……二度と俺の前に現れるな、その顔を見せるなよ」
共に未来へと歩めると信じていた婚約者オーディアスからある日突然そんなことを言われて婚約破棄されてしまった。
言いたいことはたくさんあった。言い返してやりたいことは山盛りで。けれども彼からの圧は凄まじいものだったので、どうしても、その場で言い返すことはできなかった。
こちらに非があるわけではないので本当は言い返してやったって良かったのだろう。
でもその時の私にはそこまでの勇気はなくて。
「そうですか、分かりました」
反撃はせずに去る――ただそれだけしかできなかった。
だがその帰り道に事件は起きた。
実家へ戻る道を歩いていたところ、池にはまって溺れそうになっている男性を発見したのだ。
「大丈夫ですか!?」
「た、たたた、助けてぇぇぇぇぇ!」
この辺では見かけない顔だ。
でもどこかで見たことがあるような……?
だが今は呑気にそんなことを考えている場合ではない。
それよりも早く彼を救助しなくては。
「待っていてください! 今浮き輪に使えそうなものを投げますから! それにつかまってください!」
――何とか救助には成功。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「う、ううっ……死ぬかと思った……。ありがとう、助けてくれて」
やはりどこかで見たことがある気がする。
……でも、どこで?
「助けてくださってありがとうございました。ラッセルと申します。お忍びで街をうろうろするのが趣味なのですが、うっかり池に落ちてしまいまして。いろんないみで危ないところでした」
ラッセル、って……まさか。
「王家のラッセルさんですか!?」
「あ、ああはい。そうです。こんな情けない人間ではありますが、これでも一応、王子という位にある人間です」
「やっぱり!」
だとしたら、見たことがある気がするのも間違いではないだろう。
王子という人はたびたび民に顔を晒すものだ。
仕事とか新聞でとか形式は色々だけれど。
国の頂点に近い人、特別な存在、だからこそ民らに顔を知られているというのはいたって普通のことである。
「それで見たことがある気がしたのですね」
納得して、思わず口から出してしまう。
「あ、そうでしたか」
ラッセルは濡れた服の裾を絞りながら穏やかな表情を見せる。
きっとこれが彼の本来の表情であり姿なのだろう。
どこまでも穏やかなある種の神のような雰囲気をまとった人だ。
「はい。実は少し気になっていたのです。どこかでお見かけしたことがあるような、と」
そう言えば。
「はは、それはそれは。覚えていてくださってありがとうございます」
彼は軽やかに笑った。
それから少しして、彼は真剣な表情になる。
「この恩、近く、必ず返させてください」
その声は真っ直ぐで堂々としたものであった。
「え、いいですよそんなの。困っている方がいれば助ける、それは当たり前のことですし」
ラッセルはどこまでも真っ直ぐさを感じさせてくれる人だ。
きっと彼は誠実なのだろう。
だからこそここまで真っ直ぐな生き方を見せられるのだろう。
「ですが……何もお返し無しというのは、少々気になってしまいます」
「殿下にお返しさせるなんて申し訳ないです」
「いえ! 僕とて一人の人間ですから! 申し訳ない、なんて仰らないでください」
「でも……」
「分かりました。では、お返しではなく自身からの想いとして、お礼をさせていただくこととします。それならば少しは気にならないのではないですか? あくまで普通のやり取りですし」
こうして私とラッセルの関わりは始まったのだった。
◆
あれから数年、驚きかもしれないが私はラッセルと結婚した。
かつては平民と王子。
しかし今では国からも正式に認められた夫婦である。
王城での暮らしにもすっかり慣れた。
私は既にここで国のために生きると心を決めている。
だから何があっても迷わない。
良いことも悪いこともすべてひっくるめて人生と思って生きてゆく覚悟だ。
ちなみにオーディアスはというと、あの後良家の令嬢と結婚したそうだがその令嬢は非常に扱いにくい性格の持ち主だったようで今は当たり散らされこき使われる毎日だそうだ。
今やオーディアスに人権はない。
奴隷のように扱われても。
人として見てもらえなくても。
心など無視で罵倒されても。
それでも彼は彼女の言うことを聞いて生きるしかないというような状況なのだとか。
◆終わり◆
『幼馴染みの嘘を信じ私を責めたうえ切り捨てるのですね? 分かりました。でもそんなことをして後でどうなっても知りませんよ?』
始祖たる女神を宿しているとされる私エリーゼは生まれ育った国の王子アリフレッドと婚約することとなった。
「エリーゼ、お前は我が家の誇りだ」
「元気でね」
「ずっと愛しているわエリーゼ」
家を出る時は寂しかったし少々辛さもあった。
でもそれが家族皆のためになるのだと思えば苦しみだって乗り越えられた。
私が皆の力になるのだ、と。
そう思えること、そう信じられること、それが何よりもの救いであったのだ。
知らない場所へ行くのは怖い。そこには知り合いはほぼいないわけだし。王城へ行ってしまえば私は一人ぼっちだ。家族はもちろんのこと、知人も友人もいない。
でもそれでも前を向こうと思って頑張っていた、のだけど――。
「エリーゼ、きみ、ネッタを陰で虐めているそうじゃないか」
「え……」
ネッタというのは確か……アリフレッドの異性の幼馴染み、だったような気がする。
前に挨拶をするためとか何とか言って一度だけ会ったことがある。もっとも、その時は凄まじい睨み方をされてしまったのだけれど。それゆえ仲良くなれそうにはなかったのだが。
ただ、虐めた、なんて言われるのは納得できない。
「私、虐めてなどいません」
だから落ち着いて本当のことを言った。
「嘘つけ!」
でもアリフレッドは聞いてくれそうにない。
「待ってください。嘘ではありません。私が他人を虐めると、本当に、貴方はそう思われるのですか?」
「だがネッタは虐められたと言っているんだ!」
「勘違い、あるいは人違い、でしょう。それか私を貶めるための嘘です」
「嘘だと? ふざけるな! きみはどこまでネッタを侮辱するんだ! エリーゼ、きみ、最低すぎるぞ!」
何を言っても無駄なのか、と、諦め始めた頃。
「もういい! エリーゼ、きみとはここでおしまいだ。きみとの婚約は……本日をもって破棄とする!」
関係の解消を宣言されてしまった。
でもきっとこれは定めだったのだろう。
私が何を返していても結局はここへ至ったはずだ。
だって彼はネッタのことしか信じていないから。
「出ていけ、クソ女!」
◆
私との関係を解消した後、アリフレッドはネッタと婚約した。
しかしその頃から謎の不幸がやたらと発生するようになる――主に王家王族に、である。
ある王族は視察中に突然倒れ気を失ったそのままで亡くなった。
また別の王族は自室で暮らしていたところ突如吐き気を訴え医師を呼んだが呼ばれた医師が駆けつけた時には全身の穴から出血して動けない状態になっていった。
などなど、謎の不幸現象が続くようになった。
そしてやがてそれはアリフレッドらの身にも降りかかることとなる。
アリフレッドはネッタと王城近くの庭園を散歩していた時に突然倒れ呼吸をすることが難しくなってしまい搬送、死は免れたものの意識はほとんど戻らず、そのまま寝たきりになってしまう。
またその一件によってネッタは城内で「あの女は呪われている」と言われるようになり、それによって徐々に心を病んで、次第に自室にこもって出られないようになっていった。
そしてやがてネッタは魔女として王の側近の一派に捕らえられ、火にかけられて処刑されることとなる。
……でももう遅い。
今になってネッタを殺めたところで失ったものはもう戻ってはこない。もはや手遅れだ。彼女が落命したとしてもすべてが元通りになるわけではない。
ただ少し憂さ晴らしになる程度でしかないのだ。
◆
あれから数年、私は今、愛する人と共に田舎町でのんびりと暮らしている。
便利さが低い、近所の人との関わりが多い、などの手間は多少あるけれど、でもそれなりに上手くやって穏やかに暮らせている。
夫と支え合いながらなので楽しさのある日常である。
王城でなくても、金銀財宝はなくても、幸せは掴める――そう確信している。
◆終わり◆
「お前なんて要らねぇ! 俺にはエリナだけいればいい! 婚約は破棄だ!」
婚約者アザルトは私を愛さなかった。
そして私の妹であるエリナを愛し選んだのだ。
婚約者に捨てられしかも彼は妹に惚れていた。そして実際妹と共に生きることを選ばれて。私は要らない人間だと、そこまで言われて。妹を取るために捨てられた。
そんな私がどんなに惨めな思いをしているかなんて……きっと誰にも分からないだろう。
婚約破棄されるだけなら。
愛されないだけなら。
まだしも救いはあったかもしれない。
それが運命だったのだ。
そう思えたなら、少しはましだった。
でも私はそう思うことすら叶わない。
だって妹のせいで捨てられたことは明らかなのだから。
◆
実家へ帰ってからは泣いてばかりだった。
でも良いことも少しはあって。
それは両親が私の味方でいてくれたということだ。
「泣かないで。貴女は最も愛おしい娘よ。エリナも娘ではあるけれど、でも、今はもう娘だとは思えない。姉の婚約者を奪うような娘はもう娘ではないわ」
「そうだぞ。お前は悪いことはしていない、それは確かだ。だからその生き方を誇っていい。お前には非は一切ないのだから。きっと未来で良いことがある、そう信じて生きるんだ。そうしていればきっと幸せになれる」
母も、父も、私の味方でいてくれた。
また、エリナに怒りを持っていた両親は、彼女を家に入れないようにもしてくれた。おかげで実家で彼女と顔を合わせなくてはならないという悲劇は避けられた。また、エリナが帰る場所を失ったという事実も、小さなことながら私に勇気をもたらしてくれた。酷いことをしたら何かを失うのだ、と、そう思えたから。
「ありがとう、父さん母さん。私、少しずつでも前を向くわ。頑張ってみる」
良い両親のもとに生まれることができて良かった。
エリナの味方をするような親でなくて、本当に、本当に……助かった。
◆
アザルトとエリナは婚約していた。だが結婚直前にアザルトの父が多額の借金をしていたことが判明、それによって二人の関係は悪化してしまう。些細なことから喧嘩が多発するようになってしまったようだ。で、そんな中、アザルトは借金返済の代わりとしてエリナを借金取りへ差し出すという暴挙に。
エリナは闇社会の金貸し業者に身を渡されることとなってしまい、その後行方不明になった。
彼女の身に何が起きたのか、それは分からない。けれども相手が相手だ、真っ当な環境で生かしてもらえるということにはなっていないだろう。おもちゃになったか、殺められたか、そこは知らないが。何にせよ彼女は良い人生を歩むことはできなかったに違いない。
そうして借金返済からは逃れたアザルトだったが、彼はそれから少しして突如謎の腹痛に襲われ倒れた。そしてそのまま気を失い。病院に運び込まれたが、時既に遅し。彼はそのままこの世を去ることとなってしまったのであった。
アザルトとエリナに明るい未来はなかった。
空は晴れて澄んでいても。
二人がその空を見上げる日は永遠に訪れないのだ。
◆
「おっはよー! 今日は久々の休み! だからさ、のーんびりしよう!」
「そうね」
「やっほーい!」
「ちょ……落ち着いて落ち着いて。さすがにテンション上がりすぎよ……」
「あ、ごめん」
アザルトとの件ではたくさん傷ついたけれど、私は今とても幸せだ。
なぜって、良き人と巡り会えたから。そして、その人と結婚することができたから。愛する人、大切な人、そんな彼と夫婦になり歩めている。こんなに幸せなことはない。
「取り敢えず朝食とりましょ」
「うん! そうだね」
「ちょっと手伝ってくれる? テーブルの準備とか」
「あ、うん! もちろん! 行く行く!」
「ありがとう」
◆終わり◆
『突然婚約破棄されました。しかし家への帰り道に溺れていた一人の男性を助け、そこから人生は大きく変わってゆくこととなったのでした。』
「お前なんてなぁ! いいとこねぇんだよ! てことで、婚約は破棄だ! ……二度と俺の前に現れるな、その顔を見せるなよ」
共に未来へと歩めると信じていた婚約者オーディアスからある日突然そんなことを言われて婚約破棄されてしまった。
言いたいことはたくさんあった。言い返してやりたいことは山盛りで。けれども彼からの圧は凄まじいものだったので、どうしても、その場で言い返すことはできなかった。
こちらに非があるわけではないので本当は言い返してやったって良かったのだろう。
でもその時の私にはそこまでの勇気はなくて。
「そうですか、分かりました」
反撃はせずに去る――ただそれだけしかできなかった。
だがその帰り道に事件は起きた。
実家へ戻る道を歩いていたところ、池にはまって溺れそうになっている男性を発見したのだ。
「大丈夫ですか!?」
「た、たたた、助けてぇぇぇぇぇ!」
この辺では見かけない顔だ。
でもどこかで見たことがあるような……?
だが今は呑気にそんなことを考えている場合ではない。
それよりも早く彼を救助しなくては。
「待っていてください! 今浮き輪に使えそうなものを投げますから! それにつかまってください!」
――何とか救助には成功。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「う、ううっ……死ぬかと思った……。ありがとう、助けてくれて」
やはりどこかで見たことがある気がする。
……でも、どこで?
「助けてくださってありがとうございました。ラッセルと申します。お忍びで街をうろうろするのが趣味なのですが、うっかり池に落ちてしまいまして。いろんないみで危ないところでした」
ラッセル、って……まさか。
「王家のラッセルさんですか!?」
「あ、ああはい。そうです。こんな情けない人間ではありますが、これでも一応、王子という位にある人間です」
「やっぱり!」
だとしたら、見たことがある気がするのも間違いではないだろう。
王子という人はたびたび民に顔を晒すものだ。
仕事とか新聞でとか形式は色々だけれど。
国の頂点に近い人、特別な存在、だからこそ民らに顔を知られているというのはいたって普通のことである。
「それで見たことがある気がしたのですね」
納得して、思わず口から出してしまう。
「あ、そうでしたか」
ラッセルは濡れた服の裾を絞りながら穏やかな表情を見せる。
きっとこれが彼の本来の表情であり姿なのだろう。
どこまでも穏やかなある種の神のような雰囲気をまとった人だ。
「はい。実は少し気になっていたのです。どこかでお見かけしたことがあるような、と」
そう言えば。
「はは、それはそれは。覚えていてくださってありがとうございます」
彼は軽やかに笑った。
それから少しして、彼は真剣な表情になる。
「この恩、近く、必ず返させてください」
その声は真っ直ぐで堂々としたものであった。
「え、いいですよそんなの。困っている方がいれば助ける、それは当たり前のことですし」
ラッセルはどこまでも真っ直ぐさを感じさせてくれる人だ。
きっと彼は誠実なのだろう。
だからこそここまで真っ直ぐな生き方を見せられるのだろう。
「ですが……何もお返し無しというのは、少々気になってしまいます」
「殿下にお返しさせるなんて申し訳ないです」
「いえ! 僕とて一人の人間ですから! 申し訳ない、なんて仰らないでください」
「でも……」
「分かりました。では、お返しではなく自身からの想いとして、お礼をさせていただくこととします。それならば少しは気にならないのではないですか? あくまで普通のやり取りですし」
こうして私とラッセルの関わりは始まったのだった。
◆
あれから数年、驚きかもしれないが私はラッセルと結婚した。
かつては平民と王子。
しかし今では国からも正式に認められた夫婦である。
王城での暮らしにもすっかり慣れた。
私は既にここで国のために生きると心を決めている。
だから何があっても迷わない。
良いことも悪いこともすべてひっくるめて人生と思って生きてゆく覚悟だ。
ちなみにオーディアスはというと、あの後良家の令嬢と結婚したそうだがその令嬢は非常に扱いにくい性格の持ち主だったようで今は当たり散らされこき使われる毎日だそうだ。
今やオーディアスに人権はない。
奴隷のように扱われても。
人として見てもらえなくても。
心など無視で罵倒されても。
それでも彼は彼女の言うことを聞いて生きるしかないというような状況なのだとか。
◆終わり◆
『幼馴染みの嘘を信じ私を責めたうえ切り捨てるのですね? 分かりました。でもそんなことをして後でどうなっても知りませんよ?』
始祖たる女神を宿しているとされる私エリーゼは生まれ育った国の王子アリフレッドと婚約することとなった。
「エリーゼ、お前は我が家の誇りだ」
「元気でね」
「ずっと愛しているわエリーゼ」
家を出る時は寂しかったし少々辛さもあった。
でもそれが家族皆のためになるのだと思えば苦しみだって乗り越えられた。
私が皆の力になるのだ、と。
そう思えること、そう信じられること、それが何よりもの救いであったのだ。
知らない場所へ行くのは怖い。そこには知り合いはほぼいないわけだし。王城へ行ってしまえば私は一人ぼっちだ。家族はもちろんのこと、知人も友人もいない。
でもそれでも前を向こうと思って頑張っていた、のだけど――。
「エリーゼ、きみ、ネッタを陰で虐めているそうじゃないか」
「え……」
ネッタというのは確か……アリフレッドの異性の幼馴染み、だったような気がする。
前に挨拶をするためとか何とか言って一度だけ会ったことがある。もっとも、その時は凄まじい睨み方をされてしまったのだけれど。それゆえ仲良くなれそうにはなかったのだが。
ただ、虐めた、なんて言われるのは納得できない。
「私、虐めてなどいません」
だから落ち着いて本当のことを言った。
「嘘つけ!」
でもアリフレッドは聞いてくれそうにない。
「待ってください。嘘ではありません。私が他人を虐めると、本当に、貴方はそう思われるのですか?」
「だがネッタは虐められたと言っているんだ!」
「勘違い、あるいは人違い、でしょう。それか私を貶めるための嘘です」
「嘘だと? ふざけるな! きみはどこまでネッタを侮辱するんだ! エリーゼ、きみ、最低すぎるぞ!」
何を言っても無駄なのか、と、諦め始めた頃。
「もういい! エリーゼ、きみとはここでおしまいだ。きみとの婚約は……本日をもって破棄とする!」
関係の解消を宣言されてしまった。
でもきっとこれは定めだったのだろう。
私が何を返していても結局はここへ至ったはずだ。
だって彼はネッタのことしか信じていないから。
「出ていけ、クソ女!」
◆
私との関係を解消した後、アリフレッドはネッタと婚約した。
しかしその頃から謎の不幸がやたらと発生するようになる――主に王家王族に、である。
ある王族は視察中に突然倒れ気を失ったそのままで亡くなった。
また別の王族は自室で暮らしていたところ突如吐き気を訴え医師を呼んだが呼ばれた医師が駆けつけた時には全身の穴から出血して動けない状態になっていった。
などなど、謎の不幸現象が続くようになった。
そしてやがてそれはアリフレッドらの身にも降りかかることとなる。
アリフレッドはネッタと王城近くの庭園を散歩していた時に突然倒れ呼吸をすることが難しくなってしまい搬送、死は免れたものの意識はほとんど戻らず、そのまま寝たきりになってしまう。
またその一件によってネッタは城内で「あの女は呪われている」と言われるようになり、それによって徐々に心を病んで、次第に自室にこもって出られないようになっていった。
そしてやがてネッタは魔女として王の側近の一派に捕らえられ、火にかけられて処刑されることとなる。
……でももう遅い。
今になってネッタを殺めたところで失ったものはもう戻ってはこない。もはや手遅れだ。彼女が落命したとしてもすべてが元通りになるわけではない。
ただ少し憂さ晴らしになる程度でしかないのだ。
◆
あれから数年、私は今、愛する人と共に田舎町でのんびりと暮らしている。
便利さが低い、近所の人との関わりが多い、などの手間は多少あるけれど、でもそれなりに上手くやって穏やかに暮らせている。
夫と支え合いながらなので楽しさのある日常である。
王城でなくても、金銀財宝はなくても、幸せは掴める――そう確信している。
◆終わり◆
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