エンジェリカの王女

四季

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33話 「ついにこの日が来た」

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 建国記念祭初日。
 ようやく訪れた建国記念祭の朝はよく晴れていた。私はいつもより少し早い時間に起き、身仕度を整える。挨拶まではまだ二時間くらいもある。

「おはようございます、王女」

 エリアスの出勤もいつもより早い。

「王女の挨拶、楽しみにしております」

 朝会うなり、彼は私に微笑みかけてそう言った。楽しみにしてもらえるのは嬉しいが……プレッシャーで胃が痛む。

 建国記念祭の日は私も特別な衣装だ。私が持っているいつものドレスではなく、式典用に用意された純白のドレスを着用する。

「おはよう、エリアス。今から着替えるところなの。エリアスはもうちょっと待っててね」
「はい。もちろん」

 そんな短い会話を交わして、私たちは別れた。

 その後、私は係員から建国記念祭用の衣装を渡された。滑らかで真っ白な生地に金糸で刺繍が施されているドレス。白いレースで作られたベールも一緒に手渡された。
 私は汚さないよう細心の注意を払いながらドレスを着る。それから、今日のために特別に雇われた髪結いが、私の頭髪をエンジェリカの伝統的な髪型にしてくれた。結構時間がかかる。続けて軽く化粧をしてもらい、最後に頭にベールを被る。これで挨拶の準備は万端だ。

 赤い宝石のブローチを忘れかけていたことに気づき、私は慌てて手に取る。そしてブローチをドレスの胸元に装着した。

「ねぇ、ヴァネッサ。その……おかしくはない?」

 少し不安に思って近くにいた彼女に尋ねてみる。

「問題ありません」

 彼女は他の者がいたからかそっけなく答えた。

 部屋を出ると、既にエリアスが待機していた。随分早い。もしかしてずっとここにいたのだろうか、と思いつつ手を振る。

「もう来てたのね。この衣装、どうかな?」
「とても似合っていますよ」

 エリアスは一言、微笑んで私を褒めた。


 私はヴァネッサ、そしてエリアスと共に、控え室へ向かう。今日は特別な衣装だから、廊下を歩くだけでも視線が集まる。緊張して少し疲れた。

 部屋へはすぐに到着した。普段はあまり入る機会のない個室に入る。中は思っていたよりも殺風景で、テーブルに椅子、それと鏡ぐらいしかなかった。私はドレスを汚さないよう気をつけながら椅子に腰掛け、詰まっていた息を吐き出す。

「アンナ王女、一人で大丈夫ですか? 外にいますね」
「えぇ」

 私が適当な返事をすると、ヴァネッサは出ていく。
 それにしても、視線を浴びるのはやはり疲れるものだ。注目されるのが好きな者もいるだろうが、少なくとも私はあまり得意でない。

「はーっ、疲れた」

 私はテーブルに突っ伏し、そんな独り言を漏らす。突っ伏すと胸元のブローチが体に食い込んで痛いことに気づき、一旦外すことにした。外したブローチを理由もなく眺める。いつ見ても綺麗な宝石だが、見つめていると不思議な感じがしてきた。

 その時、ふと視線を感じ、鏡の方を向く。
 鏡にはあの黒い女の顔が映っていた。まばたきしてもう一度見直しても変わらない。女の顔は確かにそこに映っている。

「……また貴女。今度は何?」

 だが私はもう彼女を無条件に恐れたりはしない。何か言いたいことがあるのだろう。

「その時が近づいてきている」

 彼女は静かな声で告げた。

「その時? 何よ、それ」

 私がそう返すと、彼女は無表情で言う。

「お前が見た未来」

 黒い瞳が私を凝視している。これほどひたすら見つめられると、こちらも目を逸らせなくなるというもの。

「正しくは、私がお前に見せた未来。あの場所に近づきつつある。そういうことだ」

 彼女が言っているのが、この前夢に出てきた場所だということは容易く理解できる。しかし何がどうなって、あのような状況になるものか。

「だがお前には大切な者を守る力がある。あの時お前が見たのは、最悪の未来だ」
「本当に貴女、何なの」

 今でも鮮明に覚えている。赤と黒だけの世界、いやに生々しい感覚。壊れ果てたエリアスに救いの手を差し伸べることすらできないという悔しさ。

「私に意味不明なことばかり言うのはもう止めて。そんなこと言われても、私には分からないし、どうしようもない」

 私は彼女を振り払うように椅子から立ち上がる。

「今日は建国記念祭なの。縁起の良い日に水をさすようなことは言わないで!」

 自分でも不思議。この時私は彼女に対して鋭く言い放った。
 ……本当は怖かったのだと思う。こんな大事な日に何かが起こるなんて、そんな風には思いたくない。

「アンナ王女。お時間です」

 ヴァネッサが細く扉を開けて知らせてくれた。

「分かった、すぐ行くわ」

 私は返事すると、鏡に映る黒い女の顔をまっすぐに見る。
 彼女はやはり無表情だった。だけど、どこか悲しそうにも感じられる。深い闇のような瞳がそう感じさせるだけかもしれないし、本当に何かが悲しいのかもしれない。いずれにせよ、私に彼女の心を知ることはできない。もし直接尋ねたとしても答えてはくれないだろう。

「……あんな未来は来ないわ」

 私は自身が意識下で抱いている不安を払うように言い、ブローチを握り締める。
 大丈夫。何も起こりはしない。

 そして私は部屋を出た。
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