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207話「縁の望む未来」
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私がお茶を飲みつつシャルティエラと話している間、ウィクトルは部屋から出ていた。彼なりの気遣いだったのか、偶々部屋の外に出る用事があったからか、そこのところは不明。ただ、おかげで私は自由に話すことができた。女子同士だからこそ話せることもあるわけで、シャルティエラとほぼ空気の侍女だけしかいない空間というのはある意味都合が良かった。
お茶を飲みつつ話したのは一時間ほど。
その中で、私はウィクトルとのことについて打ち明けた。
最初は「なぜその話を?」と困惑しているシャルティエラだったが、私とウィクトルが親しくなることを嫌がっている様子はなく、そっと背を押す言葉をかけてくれた。
そして、私は二人を玄関まで見送りに行く。
「楽しかったです。ありがとうございます」
彼女は皇帝の妻だったのだが、こうして関わる分にはただの女性でしかなかった。特別な人、という感じではない。ただ、一般人より品があることは確かだが。
「えぇ。こちらも良い時間を過ごせましたわ」
派手なおもてなしはできなかった。お茶を出すことくらいしかできなかったけれど、シャルティエラはそれを不快に思ってはいないようで。不満を抱くどころか、淑やかに微笑みかけてくれていた。
「ウタ。どうか幸せに」
侍女は一足先に家の敷地から出ていっている。
玄関にいるのは私とシャルティエラのみ。
「……ありがとう。嬉しいです」
「貴女なら幸せを掴めますわ」
「そうであってほしいですね」
苦笑すると、彼女は「ではこれで」と言って外へ出ていく。
歩く時、自然になびく髪——私はそれを、幻でも見たかのように見つめた。
その日の昼過ぎ。
遅めの昼食の際、私はウィクトルに告げる。
「私決めたわ。貴方と共に道を行くと」
直前までぱさついたパンを口に含んでいたせいで少し咳が出そう。
「なっ……。い、いきなりだな」
私が言葉を発した時、彼はちょうど牛乳を飲んでいるところだった。それゆえ噴き出しそうになっていたが、実際に牛乳が散ることはなかった。何とか噴かずに済んだようだ。
「心は決まったわ。もう迷わない」
「そ、そうか……。だがいきなり過ぎやしないか……?」
こちらを見ているウィクトルは、目をぱちぱちさせている。
「えぇ。そうかもしれないわね。でも、いきなりかどうかなんて、どうでもいいことよ」
きっと心はとうに決まっていたのだろう。
ただ、彼と共に行くと誓う勇気だけが足りなかった。
「貴方と共に生きるわ。……なんて、今さらかもしれないけれど」
乾いた茶色いパンをちぎって口に入れる。こうしていると、穀物の香りが嗅覚を刺激する感覚さえ特別なものに思えてくる。それほどに、今の私は普段とは違う心境でいる。
ウィクトルと共に歩むこと。
それは、ずっと前から決めていたことだったはずだ。
けれども、実際彼の方から告げられると、一歩踏み出せなかった。人生を決めるような選択をすることは簡単ではなかった。でもそれは、形式に身構えていただけ。
「これからもいろんな話をしましょう。そして、色々なものを見るのよ」
今は彼を真っ直ぐに見つめられる。
そして、未来も——。
「そ、そうか! それはありがたい! では早速リベルテに言おう。君を妻として迎え入れることが正式に決定したと!」
一番に伝える人がリベルテなのね、なんて思って、なぜか笑ってしまう。
普通はすぐに伝えるべきは親なのだろう。でも、私も彼も親はいない。だとしたら、伝える人の一人目がリベルテでもおかしくはないのかもしれない。何だかんだで彼が一番私たち二人を見てくれていたわけだし。
「フーシェさんも忘れないで」
今思えば、彼女と共に過ごせた時間は決して長くなかった。でも、彼女と過ごした時間だって、大切だった時間の一つ。四六時中仲良しではいられなかったけれど、彼女もまた感謝する対象の一人だ。
「そ、そうだな! 生きてはいないが伝えねばなるまい!」
ご機嫌なウィクトルは大きく頷く。
「そうよ。彼女は私の命の恩人だもの」
「あぁ、そうか。では二人に! ということで、まずはリベルテだな!」
「その順番は変えないのね……」
その後、ウィクトルがリベルテに話がまとまったことを伝えると、リベルテは真後ろに倒れて気絶した。
それによって、家の中は大騒ぎになってしまう。
だが、その騒ぎは一時的なもので済んだ。というのも、気絶したリベルテが少し寝かしておいたら意識を取り戻したのである。命に別状はなかった。
「で、主はウタ様と結ばれると……?」
「そういうことだ」
ベッド上で意識を取り戻したリベルテとウィクトルが会話する。
私はそれを一歩引いたところから見守る。
「ついにその時が来たのでございますね!」
「祝福してくれるか」
「え、えぇ! それはもう、もう! もっちろんでございます!」
聞いた瞬間気を失うくらいだからよほどショックだったのかと心配していたが、悪い意味でショックを受けたわけではなかったようだ。
「あぁ……本当に、こんな時が……!」
リベルテはもだえている。
「しかしウタ様、結ばれる相手は主で良かったのでございますか?」
「え。どうして」
「主は……ウタ様のお母様を殺した人間なのでございますよ……?」
「今さらね。必要ないわ、そんな心配は」
私だってそう思っていた頃があった。母を殺めた者と親しくしていたら母が悲しむのではないかと不安になったこともあった。
「彼が根っからの悪人じゃないってことは、母もきっと分かってくれるわ」
この後ウィクトルから「根っからの悪人でない、ということは、悪人ではあるということなのか?」などと突っ込まれたりした。が、私たちは順調に、二人で生きる道へと進んでいく。
二人を繋ぐ縁が導く終着点、未来は、もうすぐ——。
お茶を飲みつつ話したのは一時間ほど。
その中で、私はウィクトルとのことについて打ち明けた。
最初は「なぜその話を?」と困惑しているシャルティエラだったが、私とウィクトルが親しくなることを嫌がっている様子はなく、そっと背を押す言葉をかけてくれた。
そして、私は二人を玄関まで見送りに行く。
「楽しかったです。ありがとうございます」
彼女は皇帝の妻だったのだが、こうして関わる分にはただの女性でしかなかった。特別な人、という感じではない。ただ、一般人より品があることは確かだが。
「えぇ。こちらも良い時間を過ごせましたわ」
派手なおもてなしはできなかった。お茶を出すことくらいしかできなかったけれど、シャルティエラはそれを不快に思ってはいないようで。不満を抱くどころか、淑やかに微笑みかけてくれていた。
「ウタ。どうか幸せに」
侍女は一足先に家の敷地から出ていっている。
玄関にいるのは私とシャルティエラのみ。
「……ありがとう。嬉しいです」
「貴女なら幸せを掴めますわ」
「そうであってほしいですね」
苦笑すると、彼女は「ではこれで」と言って外へ出ていく。
歩く時、自然になびく髪——私はそれを、幻でも見たかのように見つめた。
その日の昼過ぎ。
遅めの昼食の際、私はウィクトルに告げる。
「私決めたわ。貴方と共に道を行くと」
直前までぱさついたパンを口に含んでいたせいで少し咳が出そう。
「なっ……。い、いきなりだな」
私が言葉を発した時、彼はちょうど牛乳を飲んでいるところだった。それゆえ噴き出しそうになっていたが、実際に牛乳が散ることはなかった。何とか噴かずに済んだようだ。
「心は決まったわ。もう迷わない」
「そ、そうか……。だがいきなり過ぎやしないか……?」
こちらを見ているウィクトルは、目をぱちぱちさせている。
「えぇ。そうかもしれないわね。でも、いきなりかどうかなんて、どうでもいいことよ」
きっと心はとうに決まっていたのだろう。
ただ、彼と共に行くと誓う勇気だけが足りなかった。
「貴方と共に生きるわ。……なんて、今さらかもしれないけれど」
乾いた茶色いパンをちぎって口に入れる。こうしていると、穀物の香りが嗅覚を刺激する感覚さえ特別なものに思えてくる。それほどに、今の私は普段とは違う心境でいる。
ウィクトルと共に歩むこと。
それは、ずっと前から決めていたことだったはずだ。
けれども、実際彼の方から告げられると、一歩踏み出せなかった。人生を決めるような選択をすることは簡単ではなかった。でもそれは、形式に身構えていただけ。
「これからもいろんな話をしましょう。そして、色々なものを見るのよ」
今は彼を真っ直ぐに見つめられる。
そして、未来も——。
「そ、そうか! それはありがたい! では早速リベルテに言おう。君を妻として迎え入れることが正式に決定したと!」
一番に伝える人がリベルテなのね、なんて思って、なぜか笑ってしまう。
普通はすぐに伝えるべきは親なのだろう。でも、私も彼も親はいない。だとしたら、伝える人の一人目がリベルテでもおかしくはないのかもしれない。何だかんだで彼が一番私たち二人を見てくれていたわけだし。
「フーシェさんも忘れないで」
今思えば、彼女と共に過ごせた時間は決して長くなかった。でも、彼女と過ごした時間だって、大切だった時間の一つ。四六時中仲良しではいられなかったけれど、彼女もまた感謝する対象の一人だ。
「そ、そうだな! 生きてはいないが伝えねばなるまい!」
ご機嫌なウィクトルは大きく頷く。
「そうよ。彼女は私の命の恩人だもの」
「あぁ、そうか。では二人に! ということで、まずはリベルテだな!」
「その順番は変えないのね……」
その後、ウィクトルがリベルテに話がまとまったことを伝えると、リベルテは真後ろに倒れて気絶した。
それによって、家の中は大騒ぎになってしまう。
だが、その騒ぎは一時的なもので済んだ。というのも、気絶したリベルテが少し寝かしておいたら意識を取り戻したのである。命に別状はなかった。
「で、主はウタ様と結ばれると……?」
「そういうことだ」
ベッド上で意識を取り戻したリベルテとウィクトルが会話する。
私はそれを一歩引いたところから見守る。
「ついにその時が来たのでございますね!」
「祝福してくれるか」
「え、えぇ! それはもう、もう! もっちろんでございます!」
聞いた瞬間気を失うくらいだからよほどショックだったのかと心配していたが、悪い意味でショックを受けたわけではなかったようだ。
「あぁ……本当に、こんな時が……!」
リベルテはもだえている。
「しかしウタ様、結ばれる相手は主で良かったのでございますか?」
「え。どうして」
「主は……ウタ様のお母様を殺した人間なのでございますよ……?」
「今さらね。必要ないわ、そんな心配は」
私だってそう思っていた頃があった。母を殺めた者と親しくしていたら母が悲しむのではないかと不安になったこともあった。
「彼が根っからの悪人じゃないってことは、母もきっと分かってくれるわ」
この後ウィクトルから「根っからの悪人でない、ということは、悪人ではあるということなのか?」などと突っ込まれたりした。が、私たちは順調に、二人で生きる道へと進んでいく。
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