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189話「ウィクトルの脇道逸れ」
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うっかり元部下に見つかってしまい、ビタリーを倒すことを頼まれたウィクトル。彼は元部下の少年に連れられて、一度、反ビタリー派の者たちがいる場所へ行くこととなった。もちろんリベルテもそれに同行する。ウィクトルとリベルテ、二人の運命は、またしても奇妙な方向へと進んでいってしまう。
「えーっ! 本物っ!?」
引っ張っていかれて到着した、反ビタリー派の人間が溜まっている建物。
そこでウィクトルは、エレノアと出会う。
ウィクトルはエレノアのことを知らない。ウタとの会話の中で名は聞いたことがあるが、実際に直接関わったことはなかった。
「以前僕がお世話になっていた人なんだ」
元部下の少年がエレノアにそう説明すると、エレノアは瞳を輝かせる。
「ほぇーっ。すっごーい。本物なんだぁー!」
ウィクトルはエレノアにグイグイ近づかれ、顔面に困惑の色を濃く滲ませた。それでもエレノアは躊躇うことなく、一歩、一歩、着実にウィクトルに近づいてくる。
「初めまして! エレノアです!」
「……あ、あぁ。よろしく」
「わぁー! やっぱりウタさんが言ってた通りだぁ! 普通に優しい!」
一切躊躇せず次から次へと言葉を発するエレノアに圧倒され、ウィクトルは体を硬直させる。
やがて、エレノア自身がそのことに気づいた。
「……あれ? どうして黙ってるんですか?」
きょとんとした顔で尋ねるエレノアは、穢れを知らない少女のような雰囲気をまとっている。
「あ、いや。何でもない。気にするな」
「あ! もしかしてもしかして、ウタさんのこと考えてたとかですかー?」
エレノアには躊躇いというものが欠片ほども存在しない。それゆえ、彼女はどんなことでも言えてしまうのだ。相手がほぼ初対面の者であっても、である。
「駄目だよ、エレノア。あまりそんなことを言っちゃ」
「え? どうして?」
「迷惑だよ。出会ったばかりの人にそんなこと言われたら」
「そう? ま、そういうことなら止めとくけど」
ウィクトルとリベルテは、その日の晩、結局元部下が紹介してくれた施設に宿泊することとなった。予定は当初とかなり大きく変わってしまったが、ウィクトルは、案外そこまで気にしていなかった。むしろ、彼よりリベルテの方が、色々なことを心配していたぐらいだ。
そして、夜が明ける。
新しい一日が始まる。
人々に囲まれて迎える朝は久々で、これにはウィクトルは戸惑いを隠せなかった。
「おはようございます、ウィクトルさん! 頼もしく思っています!」
元部下の少年は意外にも積極的な性格で、朝から元気にウィクトルに話しかける。エレノアほど何の躊躇いもない関わり方ではないが、元々の部下とは思えぬ親しげな接し方をしていた。
「あ、あぁ……そうか。だがあまり期待しないでくれ」
ウィクトルは元部下の少年とはあまり関わったことがなかった。当時のウィクトルからすれば、数いる部下の一人でしかなかったから。もちろん顔を見たことはあるが、特別親しいということはなかったのだ。
「期待するな、なんて、それは無理ですよ。だってほら、皆、貴方のことは知っています」
「……私が? いつの間にそんなに有名に」
「昔からです! あ、でも、ここ最近、さらに有名になられましたよね」
朝食を口にしつつ、ウィクトルは元部下の少年と話す。
「何でも、イヴァン皇帝陛下を裏切られたとか」
「……っ!」
ウィクトルは一瞬顔を引きつらせた。そのことについて責められるかもしれない、と考えたのだろう。だが、元部下の少年は、イヴァンを裏切ったことを責めるつもりではなかったようで。話は川の水が流れるように進んでいく。
「こんなことを言っちゃダメかもしれませんけど……あの方は人遣いが荒いようでしたので、ウィクトルさんがお疲れになるのも分からないではないです」
主の裏切りに突っ込まれかけドキリとしたような顔をしていたリベルテは、数秒後、さりげなく胸を撫で下ろしていた。
「でも、こうしてまた会えて良かったです」
「来るべきではなかったかもしれない」
「え!?まさかいきなり後悔してるんですか!? ……で、でも、そうですよね。無理に頼んでしまいましたし……その、迷惑おかけしてすみません」
元部下の少年が落ち込むのを見て多少罪悪感を抱いたのか、ウィクトルは「そういうことではない。私自身の問題だ」と付け加える。それを聞いた少年は、目を皿のように丸くした。ウィクトルの発言の意味が理解できなかったらしい。
「もうしばらく戦いはしていない。以前より実力が落ちている可能性はある」
「大丈夫ですよ! ビタリーさん自身はそんなに強くなさそうですし!」
話に参加させてもらえないリベルテは、退屈なのか、メモ帳を取り出してその白いページに何かを書き出した。たまにペン回しもしている。
「もしウィクトルさんの実力が落ちていたとしても、勝てます!」
「……何を根拠に」
「印象です! 僕から見れば、ビタリーさんよりウィクトルさんの方が強そうですから!」
そこに、リベルテが口を挟む。
「彼は甘く見てはいけない者ですよ。ひ弱に見えても実力者です」
リベルテの発言、その相手は、ウィクトルではなく元部下の少年。彼がビタリーを無条件に弱いだろうと想定していることに対する忠告だった。
「そ、そうなんですか!?」
それまでメモ帳に何かを記入していたリベルテがいきなり話に入ってきたこと。ビタリーへの評価において注意されたこと。その両方に驚いたらしく、元部下の少年はまばたきを繰り返している。
「どんな敵だろうが、甘く見るべきではないのです」
「た、確かにそうです……」
少年の心は美しかった。それゆえ、少年はリベルテの言葉を真剣に受け止めていた。唐突に注意されると反発したくなりそうなものだが、少年は無駄な反発はせず、リベルテの言葉をそのまま捉えている。
「とはいえ、主がかなりお強いことは事実ですが」
「リベルテ、ハードルを上げないでくれ」
「なぜ? 主が強いことは事実でしょう。リベルテは知っております」
「……もう昔の私とは違う」
「えーっ! 本物っ!?」
引っ張っていかれて到着した、反ビタリー派の人間が溜まっている建物。
そこでウィクトルは、エレノアと出会う。
ウィクトルはエレノアのことを知らない。ウタとの会話の中で名は聞いたことがあるが、実際に直接関わったことはなかった。
「以前僕がお世話になっていた人なんだ」
元部下の少年がエレノアにそう説明すると、エレノアは瞳を輝かせる。
「ほぇーっ。すっごーい。本物なんだぁー!」
ウィクトルはエレノアにグイグイ近づかれ、顔面に困惑の色を濃く滲ませた。それでもエレノアは躊躇うことなく、一歩、一歩、着実にウィクトルに近づいてくる。
「初めまして! エレノアです!」
「……あ、あぁ。よろしく」
「わぁー! やっぱりウタさんが言ってた通りだぁ! 普通に優しい!」
一切躊躇せず次から次へと言葉を発するエレノアに圧倒され、ウィクトルは体を硬直させる。
やがて、エレノア自身がそのことに気づいた。
「……あれ? どうして黙ってるんですか?」
きょとんとした顔で尋ねるエレノアは、穢れを知らない少女のような雰囲気をまとっている。
「あ、いや。何でもない。気にするな」
「あ! もしかしてもしかして、ウタさんのこと考えてたとかですかー?」
エレノアには躊躇いというものが欠片ほども存在しない。それゆえ、彼女はどんなことでも言えてしまうのだ。相手がほぼ初対面の者であっても、である。
「駄目だよ、エレノア。あまりそんなことを言っちゃ」
「え? どうして?」
「迷惑だよ。出会ったばかりの人にそんなこと言われたら」
「そう? ま、そういうことなら止めとくけど」
ウィクトルとリベルテは、その日の晩、結局元部下が紹介してくれた施設に宿泊することとなった。予定は当初とかなり大きく変わってしまったが、ウィクトルは、案外そこまで気にしていなかった。むしろ、彼よりリベルテの方が、色々なことを心配していたぐらいだ。
そして、夜が明ける。
新しい一日が始まる。
人々に囲まれて迎える朝は久々で、これにはウィクトルは戸惑いを隠せなかった。
「おはようございます、ウィクトルさん! 頼もしく思っています!」
元部下の少年は意外にも積極的な性格で、朝から元気にウィクトルに話しかける。エレノアほど何の躊躇いもない関わり方ではないが、元々の部下とは思えぬ親しげな接し方をしていた。
「あ、あぁ……そうか。だがあまり期待しないでくれ」
ウィクトルは元部下の少年とはあまり関わったことがなかった。当時のウィクトルからすれば、数いる部下の一人でしかなかったから。もちろん顔を見たことはあるが、特別親しいということはなかったのだ。
「期待するな、なんて、それは無理ですよ。だってほら、皆、貴方のことは知っています」
「……私が? いつの間にそんなに有名に」
「昔からです! あ、でも、ここ最近、さらに有名になられましたよね」
朝食を口にしつつ、ウィクトルは元部下の少年と話す。
「何でも、イヴァン皇帝陛下を裏切られたとか」
「……っ!」
ウィクトルは一瞬顔を引きつらせた。そのことについて責められるかもしれない、と考えたのだろう。だが、元部下の少年は、イヴァンを裏切ったことを責めるつもりではなかったようで。話は川の水が流れるように進んでいく。
「こんなことを言っちゃダメかもしれませんけど……あの方は人遣いが荒いようでしたので、ウィクトルさんがお疲れになるのも分からないではないです」
主の裏切りに突っ込まれかけドキリとしたような顔をしていたリベルテは、数秒後、さりげなく胸を撫で下ろしていた。
「でも、こうしてまた会えて良かったです」
「来るべきではなかったかもしれない」
「え!?まさかいきなり後悔してるんですか!? ……で、でも、そうですよね。無理に頼んでしまいましたし……その、迷惑おかけしてすみません」
元部下の少年が落ち込むのを見て多少罪悪感を抱いたのか、ウィクトルは「そういうことではない。私自身の問題だ」と付け加える。それを聞いた少年は、目を皿のように丸くした。ウィクトルの発言の意味が理解できなかったらしい。
「もうしばらく戦いはしていない。以前より実力が落ちている可能性はある」
「大丈夫ですよ! ビタリーさん自身はそんなに強くなさそうですし!」
話に参加させてもらえないリベルテは、退屈なのか、メモ帳を取り出してその白いページに何かを書き出した。たまにペン回しもしている。
「もしウィクトルさんの実力が落ちていたとしても、勝てます!」
「……何を根拠に」
「印象です! 僕から見れば、ビタリーさんよりウィクトルさんの方が強そうですから!」
そこに、リベルテが口を挟む。
「彼は甘く見てはいけない者ですよ。ひ弱に見えても実力者です」
リベルテの発言、その相手は、ウィクトルではなく元部下の少年。彼がビタリーを無条件に弱いだろうと想定していることに対する忠告だった。
「そ、そうなんですか!?」
それまでメモ帳に何かを記入していたリベルテがいきなり話に入ってきたこと。ビタリーへの評価において注意されたこと。その両方に驚いたらしく、元部下の少年はまばたきを繰り返している。
「どんな敵だろうが、甘く見るべきではないのです」
「た、確かにそうです……」
少年の心は美しかった。それゆえ、少年はリベルテの言葉を真剣に受け止めていた。唐突に注意されると反発したくなりそうなものだが、少年は無駄な反発はせず、リベルテの言葉をそのまま捉えている。
「とはいえ、主がかなりお強いことは事実ですが」
「リベルテ、ハードルを上げないでくれ」
「なぜ? 主が強いことは事実でしょう。リベルテは知っております」
「……もう昔の私とは違う」
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