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183話「エレノアの明るく軽やかなアドバイス」
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私がエレノアと連絡を取れるようにするため、リベルテは尽力してくれた。
リベルテの良いところはこういうところだと改めて思う。
彼はいつだって、他人である私のような人間のためにでも懸命に働いてくれる。文句は言わず、見返りも求めず、協力してくれるのだ。
とはいえ、双方向の連絡はできない状態から可能な状態へともってゆくのは、容易なことではなかった。直接会うなら簡単だろうが、機械で交流をとなると色々な機械を操作しなくてはならなくなってくる。こればかりは、いくら器用なリベルテでもささっと済ますことはできないようだった。
けれど、苦労の先には良い結果が待っていて。
私はついにエレノアと通信することができた。
『ウタさーん! ひっさしぶりーっ!』
板状の機械、その四角い画面に映し出されたのは、エレノアの懐かしい顔。
あどけない少女のようで、しかしながらどことなく大人の女性にような要素も含んでいる——そんな彼女の顔を見るのは、いつ以来だろう。
「久しぶり。ウタよ」
『知ってるよ! っていうか、何でいきなり名乗り!? 面白いね!』
特に深く考えず念のため名乗っておいたのだが、それがエレノアの笑いのツボを刺激してしまったらしく、エレノアは大きな声で笑い出す。軽やかな笑いの息遣いまで聞こえてきた。
『ウタさん、元気? 体調崩してないっ?』
「えぇ。帝国から離れても、それなりに生活できているわ」
『ほえーっ。それは凄い! さすがウタさんーって感じ?』
エレノアの話し方は物凄く軽やか。そして、この世の闇なんてすべて消し去ってくれそうな明るさをはらんでいる。エレノアを言動も含めて例えるなら、太陽の下で咲き誇る向日葵が相応しいだろう。
『ウタさんはいつか帝国に帰ってくるの?』
「……今はまだ分からないわ」
『ふぅーん、そうなんだね。じゃ、いつ会えるかは未定かな』
「えぇ。でも、いつかきっと、また会いましょう」
キエル帝国へ戻る機会があるだろうか?
また、仮に戻れたとしても、エレノアと会って楽しく呑気に過ごす余裕があるだろうか?
それを考えると、断言はできない。不確定要素が多すぎる。
『うん! 絶対会おっ!』
「そうね」
絶対を誓う。それはとても難しいことだ。
けれども、今ここでいつか会う希望を捨て去ってしまったら、その希望が形になる確率は大きく下がってしまうだろう。
だから、私は敢えて頷いた。
誓えないが、夢をみて想像することはできる。
『ところで、最近の暮らしはどう? 充実してる?』
「そうね……舞台に出たりしているわ」
シンプルな問いにシンプルに答える。
するとエレノアは豪快に驚きを露わにした。
『えーっ! 舞台? 何それ、すごーい!』
お湯で溶いたはちみつにミントの香りをつけたような感じ。それがエレノアの声だ。甘くて愛らしいけれど、くどくはない。
『舞台って確か、演劇みたいなもの? 聞いたことはあるけどっ。でもでも、どうしてウタさんが?』
エレノアは興味津々。次から次へと問いを放ってくる。なので私は、これまでの流れについて彼女に話すことにした。ミソカニとの出会い、私の人生に似た物語、そして主演として舞台に立つこと——そういったことを、できる限り簡単に説明してみたのだ。
『そうなんだ! じゃあ、ウタさんの物語なんだね!』
「まぁ、ノンフィクションなわけではないけれど」
『それはちょっと脚色とかはしてるってこと? そうだったんだ。でも! それでもかなり凄いよ! 物語の主人公になるなんてっ』
友と言葉を交わせる喜びを噛み締めながら、話を続ける。
「あのね、エレノアさん。一つ聞いてほしいことがあるの」
すべてを話し終えた後、私は今抱えている一つの悩みを聞いてもらうことに決めた。
誰かに相談できるとしたら今しかない。そう思って。
「今度帝国で公演をするかもしれないことになったの。そのミソカニって人が、帝国でもやってみたいって言っていて。……でも、私の心が固まりきっていないの。今はそれで話が止まってしまっているところで」
半分愚痴みたいなことを聞かされたら、エレノアもさすがにうんざりするだろうか。幻滅されやしないだろうか。
「……どうしたら良いと思う?」
そう尋ねると、エレノアはすぐに言葉を返してくる。
『ウタさんの心に従うのが一番良いんじゃない?』
エレノアの発言は、複雑なものでも曖昧なものでもなかった。
己の心に従う。
彼女はそれを推奨してくれた。
『他人の意見を聞くことは大切なことなんだけど、でも、結局決めるのは自分。だったら、自分が一番良いと思える道を選ぶのが、一番良いかなって』
通話が意外と長時間化してしまっている。
費用が掛かり過ぎたりしないか、少々不安だ。
「私の心に……」
『うん! そうそう! シンプルに考えるのが一番だよっ』
私はずっと迷っていた。心の奥底には確かなものがあるのに、それに従うことを選びきれず、宙ぶらりんになってしまっていたのだ。でも、エレノアに「自分で決める」ことを推奨されたら、一歩踏み出せそうな気がようやくしてきた。
「アドバイス、ありがとう。おかげで踏み出せそうだわ」
『どういたしましてっ』
「感謝しているわ。……本当に」
『えー? 大袈裟ー! あ、でもでも、もし帝国で公演するなら呼んでねっ』
こうしてエレノアとの通話は終わった。
その時、この胸の内は、既に晴れきっていた。
「お疲れ様でした、ウタ様」
「話させてくれてありがとう!」
板状の機械を持ち主であるリベルテに返しつつ、礼を言う。
その後、私はウィクトルに「参加しようと思う」という趣旨のことを伝えた。それを聞いた彼は、暫し黙って考えた後、「それが君の選ぶ道なのだな」と冷静に返してくる。彼は怒りも慌てもしなかった。落ち着いて、少しずつ、私の決定を受け入れようとしてくれていた。
「ただ……私が帝国内へ戻るべきか否かがはっきりしないな」
「その辺りはおいおい考えていけばいいんじゃないかしら」
「……それもそうか。確かに、な。直前までに何とか良い案を考えよう」
リベルテの良いところはこういうところだと改めて思う。
彼はいつだって、他人である私のような人間のためにでも懸命に働いてくれる。文句は言わず、見返りも求めず、協力してくれるのだ。
とはいえ、双方向の連絡はできない状態から可能な状態へともってゆくのは、容易なことではなかった。直接会うなら簡単だろうが、機械で交流をとなると色々な機械を操作しなくてはならなくなってくる。こればかりは、いくら器用なリベルテでもささっと済ますことはできないようだった。
けれど、苦労の先には良い結果が待っていて。
私はついにエレノアと通信することができた。
『ウタさーん! ひっさしぶりーっ!』
板状の機械、その四角い画面に映し出されたのは、エレノアの懐かしい顔。
あどけない少女のようで、しかしながらどことなく大人の女性にような要素も含んでいる——そんな彼女の顔を見るのは、いつ以来だろう。
「久しぶり。ウタよ」
『知ってるよ! っていうか、何でいきなり名乗り!? 面白いね!』
特に深く考えず念のため名乗っておいたのだが、それがエレノアの笑いのツボを刺激してしまったらしく、エレノアは大きな声で笑い出す。軽やかな笑いの息遣いまで聞こえてきた。
『ウタさん、元気? 体調崩してないっ?』
「えぇ。帝国から離れても、それなりに生活できているわ」
『ほえーっ。それは凄い! さすがウタさんーって感じ?』
エレノアの話し方は物凄く軽やか。そして、この世の闇なんてすべて消し去ってくれそうな明るさをはらんでいる。エレノアを言動も含めて例えるなら、太陽の下で咲き誇る向日葵が相応しいだろう。
『ウタさんはいつか帝国に帰ってくるの?』
「……今はまだ分からないわ」
『ふぅーん、そうなんだね。じゃ、いつ会えるかは未定かな』
「えぇ。でも、いつかきっと、また会いましょう」
キエル帝国へ戻る機会があるだろうか?
また、仮に戻れたとしても、エレノアと会って楽しく呑気に過ごす余裕があるだろうか?
それを考えると、断言はできない。不確定要素が多すぎる。
『うん! 絶対会おっ!』
「そうね」
絶対を誓う。それはとても難しいことだ。
けれども、今ここでいつか会う希望を捨て去ってしまったら、その希望が形になる確率は大きく下がってしまうだろう。
だから、私は敢えて頷いた。
誓えないが、夢をみて想像することはできる。
『ところで、最近の暮らしはどう? 充実してる?』
「そうね……舞台に出たりしているわ」
シンプルな問いにシンプルに答える。
するとエレノアは豪快に驚きを露わにした。
『えーっ! 舞台? 何それ、すごーい!』
お湯で溶いたはちみつにミントの香りをつけたような感じ。それがエレノアの声だ。甘くて愛らしいけれど、くどくはない。
『舞台って確か、演劇みたいなもの? 聞いたことはあるけどっ。でもでも、どうしてウタさんが?』
エレノアは興味津々。次から次へと問いを放ってくる。なので私は、これまでの流れについて彼女に話すことにした。ミソカニとの出会い、私の人生に似た物語、そして主演として舞台に立つこと——そういったことを、できる限り簡単に説明してみたのだ。
『そうなんだ! じゃあ、ウタさんの物語なんだね!』
「まぁ、ノンフィクションなわけではないけれど」
『それはちょっと脚色とかはしてるってこと? そうだったんだ。でも! それでもかなり凄いよ! 物語の主人公になるなんてっ』
友と言葉を交わせる喜びを噛み締めながら、話を続ける。
「あのね、エレノアさん。一つ聞いてほしいことがあるの」
すべてを話し終えた後、私は今抱えている一つの悩みを聞いてもらうことに決めた。
誰かに相談できるとしたら今しかない。そう思って。
「今度帝国で公演をするかもしれないことになったの。そのミソカニって人が、帝国でもやってみたいって言っていて。……でも、私の心が固まりきっていないの。今はそれで話が止まってしまっているところで」
半分愚痴みたいなことを聞かされたら、エレノアもさすがにうんざりするだろうか。幻滅されやしないだろうか。
「……どうしたら良いと思う?」
そう尋ねると、エレノアはすぐに言葉を返してくる。
『ウタさんの心に従うのが一番良いんじゃない?』
エレノアの発言は、複雑なものでも曖昧なものでもなかった。
己の心に従う。
彼女はそれを推奨してくれた。
『他人の意見を聞くことは大切なことなんだけど、でも、結局決めるのは自分。だったら、自分が一番良いと思える道を選ぶのが、一番良いかなって』
通話が意外と長時間化してしまっている。
費用が掛かり過ぎたりしないか、少々不安だ。
「私の心に……」
『うん! そうそう! シンプルに考えるのが一番だよっ』
私はずっと迷っていた。心の奥底には確かなものがあるのに、それに従うことを選びきれず、宙ぶらりんになってしまっていたのだ。でも、エレノアに「自分で決める」ことを推奨されたら、一歩踏み出せそうな気がようやくしてきた。
「アドバイス、ありがとう。おかげで踏み出せそうだわ」
『どういたしましてっ』
「感謝しているわ。……本当に」
『えー? 大袈裟ー! あ、でもでも、もし帝国で公演するなら呼んでねっ』
こうしてエレノアとの通話は終わった。
その時、この胸の内は、既に晴れきっていた。
「お疲れ様でした、ウタ様」
「話させてくれてありがとう!」
板状の機械を持ち主であるリベルテに返しつつ、礼を言う。
その後、私はウィクトルに「参加しようと思う」という趣旨のことを伝えた。それを聞いた彼は、暫し黙って考えた後、「それが君の選ぶ道なのだな」と冷静に返してくる。彼は怒りも慌てもしなかった。落ち着いて、少しずつ、私の決定を受け入れようとしてくれていた。
「ただ……私が帝国内へ戻るべきか否かがはっきりしないな」
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