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170話「リベルテの能力発揮」
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「初めまして……じゃなかったですね。確か前に一度会った気が」
その日、ミソカニに紹介されて会ったのは、一人の青年。それも、以前一度だけ顔を合わせたことのある、眠そうな目つきの男性だった。
「あ。確か、キエルの救護所の洗い場で……!」
顔を合わせた瞬間は、既に出会っていた人だとは気づかなかった。茶色い髪の毛に意外と艶があるというところに感心するだけで。けれども、彼の方から前に会ったことがあると言ってもらったことによって、私は無事思い出すことができた。
「思い出してもらえたようで安心しました。きっと綺麗さっぱり忘れられてるだろうなと思っていたので」
青年は、右のもみあげの辺りを一本の指で掻くような動作をしながら、落ち着いた調子でそんなことを言った。
それが嫌みだったのか否かは、よく分からない。
「ちなみに、今日はキエルの言葉で話さなくて大丈夫です。ぼく、翻訳機を使っているので」
「ありがとうございます。助かります」
いくつかの言葉は覚えた。とはいえ、キエルの言語を使いこなすには至っていない。周囲が翻訳機を使うなどしてこちらに合わせてくれるため、キエルの言語を使う能力がいまいち伸びないのだ。
「彼がネ、朗読してくれる役になったノ!」
「そうなんですか!?」
青年はおっとりした印象を受ける人物。それゆえ、朗読が得意だとは思えない。彼のことはほとんど知らない状態なので、あくまでイメージだが。
「ぼくのことはフリュイと呼んで下さい。本名は長くて面倒臭くて馬鹿らしいので、ここでは言わないでおきます」
ミソカニが紹介してくれた朗読役——フリュイは、淡々とした調子で喋る。
その言葉の端々には、微かに毒が添えられているように思えて仕方がない。とはいえ、以前洗い物の係を代わってくれたことを思えば、心ない人間ではないのだろう。時折ちらりと毒素が感じられるのは、当人も意識しないところなのかもしれない。
「フリュイさん、ですね。よろしくお願いします。ウタと申します」
「名前はさすがに知ってます」
「そ、そうですか……」
向こうは名前を知っている。それ自体は喜ばしいことのはずなのに、今は喜ぶ気分にはなれない。
さらりと返ってくる言葉に毒が含まれているのを感じると、どう接すれば良いのか分からなくなってしまって。苦笑してごまかしながら場を繋ぐことしかできない。
「フリュイさんはどうしてこの国に?」
「ぼくはべつに帝国に執着しているわけではないので。あっちの国がややこしくなってきたので、避難してきただけです」
今回ミソカニが創る作品、その核を担うと言っても過言ではない朗読役。
それが決まり、作品制作はさらに進んでゆく。
練習のための広間には、たまにフリュイも顔を出す。が、彼は特に何も練習していなかった。彼はいつも、ミソカニと共に試行錯誤している私を見ているだけ。
やがて、作品は仕上がりが近くなり、初回の公演の場所や日時も決定。
初回の会場として決まったのは、ホーションの郊外にある六十年の歴史を持つ小劇場だった。
初めての公演の二週間前。
ミソカニが借りている広い部屋に関係者が集まる。
今日は、いつも付き添ってくれているウィクトルだけでなく、リベルテも一緒に来てくれている。
「リベルテさん! 衣装作りを手伝ってくれるって、本当なノ!?」
「はい。協力致します」
「助かるワ! 衣装をどうしようかって困ってたのヨ!」
「裁縫は得意でございますから、お任せ下さい」
リベルテとミソカニはほんの数分で意気投合した。
愛想がいいリベルテだからこそ為せる業だろう、これは。
「ウタ様の衣装を作れば良いのでございますよね?」
「そうヨ! ……実はネ、大まかなデザインは考えてあるノ」
ミソカニは鞄からスケッチブックを取り出すと、少々恥ずかしそうな顔をしながら、その内容をリベルテに見せる。
「何と! これは素晴らしい!」
私は数メートル離れたところにいたので、細かいところまですべてを視認することはできなかった。ただ、スケッチブックには着飾った人の絵が描かれているようだということは分かった。離れたところからでも、ぼんやりとは見えるのだ。
「どうかしラ。再現できそうかしラ」
「そうでございますね。こちらの地味めな方は数日で可能かと」
「本当ニ!?」
「はい。布を買い、ワンピースを作り、飾りつけをすれば完成するはずでございますよ」
リベルテとミソカニはすっかり馴染んでいる。その様子ときたら、まるで遥か昔から友達だったかのようだ。スケッチブックに描かれた絵を見ながら楽しそうに話している。近くにいたウィクトルに思わず「二人、仲良しね」と言ってしまったほど、リベルテとミソカニは仲良さげだ。
「ウタさん! ちょーっといいかしラ!」
「は、はい」
突如話がこちらに飛んできた。
それまではずっと、私は蚊帳の外だったのに。
「サイズを測らなくちゃなノ! 協力してもらって良いかしラ?」
ここで断ったらどうなるのだろう、なんて考えつつ。
「衣装のためですか?」
「そう! その通りなのヨ!」
「分かりました。もちろん協力します」
「助かるワ!」
服を作るとなると、着る者の体のサイズが必要になってくる。ということで、腹回りやら胴の長さやらを計測することになった。
計測を行うのはリベルテ。
器用な彼は、計測にも慣れている。おかげですんなり完了した。
「大体こんなところでございますね」
計測した数値をメモ帳に書き込み、リベルテは言った。
「もう終わったの?」
これまたかなりの時間がかかるのだろうなと思っていただけに、短時間での採寸終了は予想外だった。
「はい!」
「早かったわね。もっとかかるものと思っていたわ」
「ウタ様の協力があってこそでございますよ!」
「……今日も謙虚ね」
協力、と彼は言うけれど、私は何もしていない。測っている間、ただじっとしていただけだ。つまり、妨害はしなかった、というだけのことなのである。
その日、ミソカニに紹介されて会ったのは、一人の青年。それも、以前一度だけ顔を合わせたことのある、眠そうな目つきの男性だった。
「あ。確か、キエルの救護所の洗い場で……!」
顔を合わせた瞬間は、既に出会っていた人だとは気づかなかった。茶色い髪の毛に意外と艶があるというところに感心するだけで。けれども、彼の方から前に会ったことがあると言ってもらったことによって、私は無事思い出すことができた。
「思い出してもらえたようで安心しました。きっと綺麗さっぱり忘れられてるだろうなと思っていたので」
青年は、右のもみあげの辺りを一本の指で掻くような動作をしながら、落ち着いた調子でそんなことを言った。
それが嫌みだったのか否かは、よく分からない。
「ちなみに、今日はキエルの言葉で話さなくて大丈夫です。ぼく、翻訳機を使っているので」
「ありがとうございます。助かります」
いくつかの言葉は覚えた。とはいえ、キエルの言語を使いこなすには至っていない。周囲が翻訳機を使うなどしてこちらに合わせてくれるため、キエルの言語を使う能力がいまいち伸びないのだ。
「彼がネ、朗読してくれる役になったノ!」
「そうなんですか!?」
青年はおっとりした印象を受ける人物。それゆえ、朗読が得意だとは思えない。彼のことはほとんど知らない状態なので、あくまでイメージだが。
「ぼくのことはフリュイと呼んで下さい。本名は長くて面倒臭くて馬鹿らしいので、ここでは言わないでおきます」
ミソカニが紹介してくれた朗読役——フリュイは、淡々とした調子で喋る。
その言葉の端々には、微かに毒が添えられているように思えて仕方がない。とはいえ、以前洗い物の係を代わってくれたことを思えば、心ない人間ではないのだろう。時折ちらりと毒素が感じられるのは、当人も意識しないところなのかもしれない。
「フリュイさん、ですね。よろしくお願いします。ウタと申します」
「名前はさすがに知ってます」
「そ、そうですか……」
向こうは名前を知っている。それ自体は喜ばしいことのはずなのに、今は喜ぶ気分にはなれない。
さらりと返ってくる言葉に毒が含まれているのを感じると、どう接すれば良いのか分からなくなってしまって。苦笑してごまかしながら場を繋ぐことしかできない。
「フリュイさんはどうしてこの国に?」
「ぼくはべつに帝国に執着しているわけではないので。あっちの国がややこしくなってきたので、避難してきただけです」
今回ミソカニが創る作品、その核を担うと言っても過言ではない朗読役。
それが決まり、作品制作はさらに進んでゆく。
練習のための広間には、たまにフリュイも顔を出す。が、彼は特に何も練習していなかった。彼はいつも、ミソカニと共に試行錯誤している私を見ているだけ。
やがて、作品は仕上がりが近くなり、初回の公演の場所や日時も決定。
初回の会場として決まったのは、ホーションの郊外にある六十年の歴史を持つ小劇場だった。
初めての公演の二週間前。
ミソカニが借りている広い部屋に関係者が集まる。
今日は、いつも付き添ってくれているウィクトルだけでなく、リベルテも一緒に来てくれている。
「リベルテさん! 衣装作りを手伝ってくれるって、本当なノ!?」
「はい。協力致します」
「助かるワ! 衣装をどうしようかって困ってたのヨ!」
「裁縫は得意でございますから、お任せ下さい」
リベルテとミソカニはほんの数分で意気投合した。
愛想がいいリベルテだからこそ為せる業だろう、これは。
「ウタ様の衣装を作れば良いのでございますよね?」
「そうヨ! ……実はネ、大まかなデザインは考えてあるノ」
ミソカニは鞄からスケッチブックを取り出すと、少々恥ずかしそうな顔をしながら、その内容をリベルテに見せる。
「何と! これは素晴らしい!」
私は数メートル離れたところにいたので、細かいところまですべてを視認することはできなかった。ただ、スケッチブックには着飾った人の絵が描かれているようだということは分かった。離れたところからでも、ぼんやりとは見えるのだ。
「どうかしラ。再現できそうかしラ」
「そうでございますね。こちらの地味めな方は数日で可能かと」
「本当ニ!?」
「はい。布を買い、ワンピースを作り、飾りつけをすれば完成するはずでございますよ」
リベルテとミソカニはすっかり馴染んでいる。その様子ときたら、まるで遥か昔から友達だったかのようだ。スケッチブックに描かれた絵を見ながら楽しそうに話している。近くにいたウィクトルに思わず「二人、仲良しね」と言ってしまったほど、リベルテとミソカニは仲良さげだ。
「ウタさん! ちょーっといいかしラ!」
「は、はい」
突如話がこちらに飛んできた。
それまではずっと、私は蚊帳の外だったのに。
「サイズを測らなくちゃなノ! 協力してもらって良いかしラ?」
ここで断ったらどうなるのだろう、なんて考えつつ。
「衣装のためですか?」
「そう! その通りなのヨ!」
「分かりました。もちろん協力します」
「助かるワ!」
服を作るとなると、着る者の体のサイズが必要になってくる。ということで、腹回りやら胴の長さやらを計測することになった。
計測を行うのはリベルテ。
器用な彼は、計測にも慣れている。おかげですんなり完了した。
「大体こんなところでございますね」
計測した数値をメモ帳に書き込み、リベルテは言った。
「もう終わったの?」
これまたかなりの時間がかかるのだろうなと思っていただけに、短時間での採寸終了は予想外だった。
「はい!」
「早かったわね。もっとかかるものと思っていたわ」
「ウタ様の協力があってこそでございますよ!」
「……今日も謙虚ね」
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