奇跡の歌姫

四季

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128話「ウィクトルのかじりつき」

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「ところで、帝都の現状は? どうなっている?」

 ウィクトルはリベルテにそんなことを尋ねた。
 正直なところを言うなら、意外だった——ウィクトルが帝国に関することを聞くというのは。
 なんせ彼は帝国を捨てた身。もう戻りはしないのだから、本来、国の現状などどうでもいいことのはず。敢えて尋ねるほどのことではないから、尋ねはしないだろうと私は考えていた。

「あの後、一旦ビタリー派は下がりました。が、衝突はまだ収まってはいないのでございます。そろそろ本格的に決戦が近づいてくるのではないかと……。リベルテは、『ウィクトルを連れ戻す』と言って、一時的に帝都から抜けてきた次第でございます」

 あれからしばらく離れていたが、リベルテは何も変わっていなかった。彼は今も、以前の彼と大差ない優しげな雰囲気をまとっている。それが分かり、私は安堵した。別人のようになっていたら、という心配もまったくないわけではなかったから。

「それで、私を連れ戻す気なのか?」
「いえ。あくまでそう言って出てきただけでございます」
「なら良かった。連れ戻す気なら……リベルテの命を絶たねばならないところだったからな。私とて、そのようなことは望んでいない」

 リベルテは今でもウィクトルを慕っている。皇帝の下から離れたウィクトルにでも、彼ならついてきてくれるだろう。

 いろんな意味で器用なリベルテが仲間に加わってくれれば頼もしい。
 ウィクトルと私だけではできないこともあるから。

「主。リベルテは常に貴方と共にあります。ですから、もう二度と、あのようなことはなさらないで下さいね」

 唐突に険しい顔をするリベルテ。
 ウィクトルは気まずそうに目を逸らす。

「……すまなかった」
「分かっていただければ十分でございます」
「そうだな。次はあんなことはしない」
「そのお言葉を——リベルテは信じます。どうか、いつまでも信じさせて下さいませ」


 三人になり、暮らしが少し楽しくなった。

 食べられる物には限りがあるし、風呂は男女別なので二人と一緒には浸かれないし。そういう意味では、これまでの暮らしと大差ない。

 けれども、雰囲気を明るくしてくれる存在がいることは非常にありがたいことだ。
 その価値はかなりのものである。

 穴は元よりそれほど広くない。そして、ワラを敷いたタイプの寝床も、私とウィクトルが寝るのでぎりぎりといった程度の広さだ。それゆえ、リベルテもそこで寝るとなると、かなり狭くなってしまう。

 三人で密着して寝るのは、さすがにきつい。

 私は、リベルテと合流した日、そこをどうしようと心配していた。だが、それは結局要らない心配だった。というのも、リベルテは自ら別のところで寝ることを選択してくれたのである。

 湿った冷たさのある地面に華奢なリベルテを寝かせるのは申し訳ない気もしたけれど。

 でも、彼が「気にしないで下さいね」と言ってくれて、それで心が少し軽くなった。


 リベルテと合流した、三日後。
 アナシエアがまたもや唐突にやって来た。

「ウタ。少しよろしいですか」
「あ、はい」

 彼女は干した草で編んだカゴを持っている。そして、そのカゴの中には、あまり目にしたことのない草のようなものが色々入っていた。野菜だろうか。葉っぱのようなもの、実のようなもの、種類は様々。

「相談の結果、果物以外の食べ物も提供することに決まりました。ですから、食用と思われる植物をいくつか持ってきたのです。どうぞ」

 私はアナシエアからカゴを受け取る。

「野菜でございますね!」
「……そうなの?」
「はい! これらは食用の物でございますよ」

 カゴを受け取ったばかりの私に、リベルテはそんな風に声をかけてくれた。

「遅くなってごめんなさいね、ウタ」
「あ……いえ」
「良かった。それでは、失礼しますね」
「ありがとうございました」

 アナシエアは去っていく。
 残ったのは、色々な野菜が入ったカゴのみ。

「野菜が手に入りましたね!」
「そうね……。でも、野菜を野菜のまま貰って……どうしようかしら」

 果物以外の食料が手に入ったのは大きいが、野菜をそのまま貰っても困ってしまう部分はある。この状況下では、そのままかじりつくくらいしか食べ方がない。新鮮な野菜ならそのまま食べても不味くはないだろうが、そのまま食べるというのは少々色気ない。

「確かに、それは困りますね。これで何か作れれば良いのでございますが」
「水はあるけど、火はないし……困ったわね」

 そんな風にリベルテと喋っていると、ウィクトルが首を伸ばして間に入ってくる。

「野菜か」

 私とリベルテはほぼ同時にウィクトルの方へと視線を向け、重なるように発する。

「そうよ」
「その通りでございます」

 発言が妙に揃ったのは驚きだった。
 前もって準備していたわけではないのに、まるで練習していたかのような揃い方。

「甘いものに飽きてきていたところだ。ちょうどいい」
「ウィクトルは辛そうだったものね」
「あぁ。果物も嫌いではないが、そればかりだと口の中がベタベタしてきて不快だ」

 その時、リベルテが閃いたように目を大きく開けた。

「思いつきました!」

 私が「何を?」と尋ねるのと、ウィクトルが驚いた顔でリベルテを見るのは、ほぼ同時だった。先ほどはリベルテと揃ったが、今度はウィクトルと揃った。

「ここに火がないのなら、火を使わせてもらえば良いのでございます!」
「そんなことが可能か……?」
「リベルテが頼んでみます! きっと上手くいくはずでございます」


 リベルテは野菜の入ったカゴを持って穴から出ていった。私は久々にウィクトルと二人きりになる。ウィクトルは、さりげなくカゴから取った丸くて赤い野菜をかじっている。

「ウィクトル、どさくさに紛れて野菜食べてるのね」
「あぁ。つい取ってしまった」

 じゅるりと汁を吸う音がする。
 水分がたくさんあるということは、それなりに新鮮な野菜なのだろう。

「ウタくんの分も取っておいた方が良かったか」
「いいえ。私はいいわ」

 そのままの野菜にかじりつく勇気はない。

「私は料理を待つわ」
「そうか、分かった。それも一つの選択だろうな」

 ウィクトルの野菜への食い付きは恐ろしいくらいのものだった。
 彼は、汁を吸い、実を皮ごと食す。

「美味しそうに食べるのね、ウィクトル」
「すまん」
「いや、べつに、責めるつもりはなかったの。ただ、皮ごと食べるなんて凄いなって」
「味の良い野菜だった」
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