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101話「アンヌの道」
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子どもたちのところへ遊びに行くようになって数日が経った、ある朝。
アンヌが神妙な面持ちで訪ねてきた。
「ウタ殿。お伝えしたいことが」
部屋に招き入れるや否やそんなことを言われ、戸惑う。どんな大事を伝えられるのか、と不安になりつつ、彼女の話を聞く姿勢を取る。
「都へ行きます」
やがて、アンヌはゆっくりと口を開いた。
「軍勢のぶつかり合いで街にも被害が出ているようでして、昨夜『医師看護師は可能であらば帝都へ集まるように』との連絡がありました。フィルデラを捨て置くようで申し訳ないとは思うのですが、行って参ります」
アンヌの顔に冗談の色はない。それに、そもそも真面目そうな彼女のことだから、こんな笑えない冗談を言ったりはしないだろう。とすれば、彼女の言っていることは事実。
また置いていかれるのか、私は。
また一人で残されなければならないのか。
そんなのは嫌だ。もうこれ以上、寂しい別れを経験したくはない。
「私も行きますっ……!」
思考が感情に追いつかず、半ば無意識のうちに発していた。
「え。ウタ殿、一体何を」
「私も一緒に連れていって下さい!」
ウィクトルともリベルテとも会えない。そんな中で何とか手にしたアンヌという存在。彼女がいてくれたからこそ、ここまで暮らすことができた。それなのに、彼女とまで別れなくてはならないなんて、絶対に耐えられない。
「私は医師でも看護師でもないですけど、でも、少しくらいお手伝いはできるはずです……!」
「お、お言葉は嬉しいです。しかし、ウィクトル殿が心配なさるのでは」
「それは私も理解しているつもりです。でも、それでも、私はもう一人で暮らすのには耐えられません。私、アンヌさんと共に行きます」
アンヌは動揺しているようだった。だがそれも無理はない。いきなり「一緒に行く」なんて言われたら誰だって反応に困るだろう。私だって一応分かってはいるのだ、迷惑だと。
「……駄目、ですか?」
問うと、アンヌは眉をハの字にする。
「駄目ではありませんが……しかし、危険が伴います。安全を確保することは、私にはできません。もし、それでもと仰るなら、共に行くでも構いませんが……」
少し間を空けて、私は首を縦に振る。
「危険でも構いません。行かせて下さい」
ウィクトルもリベルテも、そしてアンヌも、危険のあるその場所へ行くのだ。私だけが安全なところでぬくぬくしている意味などない。どうせ誰もが危険なところへ行くのなら、私もそれに同行しよう。専門的な知識があるわけではないけれど、素人の私でも少しくらいは何かできるはずだ。
「そう……ですか。分かりました。それでは、共に参りましょう」
「ありがとうございます! アンヌさん!」
その日のうちに私はフィルデラを出ることになった。住ませてくれていたリベルテの父親に事情を説明し、暫しの別れを告げ、アンヌと共に自動運転車に乗り込む。荷物は最低限のものだけ、それはアンヌも同じだった。こうして、私とアンヌは帝都へと出発する。
「もし良ければ、これを」
車に乗って移動している最中、アンヌは紙を一枚渡してきた。
一体何だろう、と思いつつ受け取ると、そこには文字。地球の文字とキエルの文字が共に並んでいる。
「これは?」
「キエルの言葉と地球の言葉を並べたものです。その辺りの言葉さえ話すことができれば、スムーズに仕事に入っていただけるかと」
どうやら、これからの活動に備えて、ということらしい。
確かに、多くの者が忙しく働いている場所で言語が理解できないとなれば迷惑でしかない。自動翻訳機を皆が所持しているわけではないだろうし。
「これを覚えたら良いですか?」
「はい。もちろん可能な範囲で問題ありません」
せっかくアンヌがこうして準備してくれたのだ、その気遣いを無下にするわけにはいかない。ということで、私はその紙を見つめて学習することにした。数時間ではそれほど記憶できないかもしれないが、それでも、まったく何もしないよりかは良いだろう。はいといいえのようなものだけでも覚えられれば、学んだ価値があるというものである。
帝都まであと三十分、というくらいのタイミングで、私たちの乗った自動運転車は停車を余儀なくされた。
何でも、ここから先は乗り物が入れないようになっているそうだ。
不審な者が一斉に帝都入りするのを防ぐ対策だとか。
アンヌは見張りの者に丁寧に事情を説明してくれたが、車での通過は認められず。徒歩でなら良い、と言われた。結果、ここからは徒歩、ということになる。
「すみません、ウタ殿。いきなり徒歩になってしまって」
「大丈夫です」
自動運転車での通行は認められていないが、街が破壊されているということはない。都に行けば多少変化はあるかもしれないが、この辺りだとまだ影響が少ないみたいだ。
舗装された道を、私は、アンヌと共に歩く。乾いた風が吹いていた。
歩き続けること一時間弱、いよいよ帝都が近づいてきた。
建ち並ぶ背の高い建物は以前と変わらず並んでいる。しかし人通りは疎ら。彷徨いているのは、防具を身につけた兵士のような男性が多い。一般人もいないことはないようだが、前に見た時と比べるとその人数は少なめである。
アンヌの背を追うように進み続け、やがてたどり着いたのは三階建てくらいの建物。
以前見た病院に似た外観の建造物だ。
入り口は自動ドア。アンヌはそこを何事もなかったかのように通過する。私もそれに続き、建物の中へと足を進める。
直後、女性の声が耳に飛び込んできた。
「アンヌ! 久しぶり!」
私は声がした方へ視線を向ける。
するとそこには、一人の少女が立っていた。
「あ。久しぶりですね、エレノア」
「アンヌも来てたんだ!?」
エレノアと呼ばれているその少女は、黒と白のワンピースを身にまとっている。アンヌとより私との方が年が近そうだ。赤茶のショートヘアに額につけたミカンのピンが、どことなく子どものような雰囲気を漂わせていた。
「はい。今、来たところです」
「良かったー! 来るか来ないかって、みんなで話してたんだ!」
「そうだったのですね」
数秒後、アンヌが私の方へ視線を向けてくる。
「紹介します、ウタ殿。彼女はエレノア。友人です」
アンヌは私に少女を紹介してくれた。
私がエレノアに目をやると、エレノアは少し恥ずかしそうに目を細める。
「初めまして、エレノアですー」
エレノアはわりと気さくな質のようで、初めて会った私へも警戒心を向けてはこない。彼女の胸は、広い世界に向けて開かれているようだ。
「エレノア、彼女はウタ殿です」
今度は私のことを紹介してくれる。アンヌは仕事が早い。
「ウタさんていうの?」
「はい。彼女は地球出身の方なのですよ。ウィクトル殿の関係者です」
「へー! ……って、ウィクトルって誰だっけ?」
エレノアは、ぴんとのばした人差し指を口もとに添えて、可愛らしく首を傾げる。
異性の前でこの仕草をすれば『ぶりっこ』の異名を勝ち取ったことだろう。
「地球へ遠征していた、黒い髪の」
「あ! はいはい! 不倫とか呼ばれてた!」
「……それはもうなかったことにしましょう」
アンヌは片手を額に当てて呆れ顔。
「うん! で、ウタさんはあの人の知り合いなの?」
「はい。彼を経由して知り合いました」
「へぇー、そうだったんだー」
無邪気なエレノアは笑顔で私へ視線を注いでくる。
「エレノアです! よろしくお願いしまーす!」
彼女は満面の笑みで挨拶してくれた。が、私が驚いたのは挨拶をしてくれたところではない。地球の言語で話してくれているところだ。彼女もまた、アンヌのように地球の言語を話せるのだろうか。
「ウタです。よろしくお願いします」
「仲良くして下さいね!」
アンヌが神妙な面持ちで訪ねてきた。
「ウタ殿。お伝えしたいことが」
部屋に招き入れるや否やそんなことを言われ、戸惑う。どんな大事を伝えられるのか、と不安になりつつ、彼女の話を聞く姿勢を取る。
「都へ行きます」
やがて、アンヌはゆっくりと口を開いた。
「軍勢のぶつかり合いで街にも被害が出ているようでして、昨夜『医師看護師は可能であらば帝都へ集まるように』との連絡がありました。フィルデラを捨て置くようで申し訳ないとは思うのですが、行って参ります」
アンヌの顔に冗談の色はない。それに、そもそも真面目そうな彼女のことだから、こんな笑えない冗談を言ったりはしないだろう。とすれば、彼女の言っていることは事実。
また置いていかれるのか、私は。
また一人で残されなければならないのか。
そんなのは嫌だ。もうこれ以上、寂しい別れを経験したくはない。
「私も行きますっ……!」
思考が感情に追いつかず、半ば無意識のうちに発していた。
「え。ウタ殿、一体何を」
「私も一緒に連れていって下さい!」
ウィクトルともリベルテとも会えない。そんな中で何とか手にしたアンヌという存在。彼女がいてくれたからこそ、ここまで暮らすことができた。それなのに、彼女とまで別れなくてはならないなんて、絶対に耐えられない。
「私は医師でも看護師でもないですけど、でも、少しくらいお手伝いはできるはずです……!」
「お、お言葉は嬉しいです。しかし、ウィクトル殿が心配なさるのでは」
「それは私も理解しているつもりです。でも、それでも、私はもう一人で暮らすのには耐えられません。私、アンヌさんと共に行きます」
アンヌは動揺しているようだった。だがそれも無理はない。いきなり「一緒に行く」なんて言われたら誰だって反応に困るだろう。私だって一応分かってはいるのだ、迷惑だと。
「……駄目、ですか?」
問うと、アンヌは眉をハの字にする。
「駄目ではありませんが……しかし、危険が伴います。安全を確保することは、私にはできません。もし、それでもと仰るなら、共に行くでも構いませんが……」
少し間を空けて、私は首を縦に振る。
「危険でも構いません。行かせて下さい」
ウィクトルもリベルテも、そしてアンヌも、危険のあるその場所へ行くのだ。私だけが安全なところでぬくぬくしている意味などない。どうせ誰もが危険なところへ行くのなら、私もそれに同行しよう。専門的な知識があるわけではないけれど、素人の私でも少しくらいは何かできるはずだ。
「そう……ですか。分かりました。それでは、共に参りましょう」
「ありがとうございます! アンヌさん!」
その日のうちに私はフィルデラを出ることになった。住ませてくれていたリベルテの父親に事情を説明し、暫しの別れを告げ、アンヌと共に自動運転車に乗り込む。荷物は最低限のものだけ、それはアンヌも同じだった。こうして、私とアンヌは帝都へと出発する。
「もし良ければ、これを」
車に乗って移動している最中、アンヌは紙を一枚渡してきた。
一体何だろう、と思いつつ受け取ると、そこには文字。地球の文字とキエルの文字が共に並んでいる。
「これは?」
「キエルの言葉と地球の言葉を並べたものです。その辺りの言葉さえ話すことができれば、スムーズに仕事に入っていただけるかと」
どうやら、これからの活動に備えて、ということらしい。
確かに、多くの者が忙しく働いている場所で言語が理解できないとなれば迷惑でしかない。自動翻訳機を皆が所持しているわけではないだろうし。
「これを覚えたら良いですか?」
「はい。もちろん可能な範囲で問題ありません」
せっかくアンヌがこうして準備してくれたのだ、その気遣いを無下にするわけにはいかない。ということで、私はその紙を見つめて学習することにした。数時間ではそれほど記憶できないかもしれないが、それでも、まったく何もしないよりかは良いだろう。はいといいえのようなものだけでも覚えられれば、学んだ価値があるというものである。
帝都まであと三十分、というくらいのタイミングで、私たちの乗った自動運転車は停車を余儀なくされた。
何でも、ここから先は乗り物が入れないようになっているそうだ。
不審な者が一斉に帝都入りするのを防ぐ対策だとか。
アンヌは見張りの者に丁寧に事情を説明してくれたが、車での通過は認められず。徒歩でなら良い、と言われた。結果、ここからは徒歩、ということになる。
「すみません、ウタ殿。いきなり徒歩になってしまって」
「大丈夫です」
自動運転車での通行は認められていないが、街が破壊されているということはない。都に行けば多少変化はあるかもしれないが、この辺りだとまだ影響が少ないみたいだ。
舗装された道を、私は、アンヌと共に歩く。乾いた風が吹いていた。
歩き続けること一時間弱、いよいよ帝都が近づいてきた。
建ち並ぶ背の高い建物は以前と変わらず並んでいる。しかし人通りは疎ら。彷徨いているのは、防具を身につけた兵士のような男性が多い。一般人もいないことはないようだが、前に見た時と比べるとその人数は少なめである。
アンヌの背を追うように進み続け、やがてたどり着いたのは三階建てくらいの建物。
以前見た病院に似た外観の建造物だ。
入り口は自動ドア。アンヌはそこを何事もなかったかのように通過する。私もそれに続き、建物の中へと足を進める。
直後、女性の声が耳に飛び込んできた。
「アンヌ! 久しぶり!」
私は声がした方へ視線を向ける。
するとそこには、一人の少女が立っていた。
「あ。久しぶりですね、エレノア」
「アンヌも来てたんだ!?」
エレノアと呼ばれているその少女は、黒と白のワンピースを身にまとっている。アンヌとより私との方が年が近そうだ。赤茶のショートヘアに額につけたミカンのピンが、どことなく子どものような雰囲気を漂わせていた。
「はい。今、来たところです」
「良かったー! 来るか来ないかって、みんなで話してたんだ!」
「そうだったのですね」
数秒後、アンヌが私の方へ視線を向けてくる。
「紹介します、ウタ殿。彼女はエレノア。友人です」
アンヌは私に少女を紹介してくれた。
私がエレノアに目をやると、エレノアは少し恥ずかしそうに目を細める。
「初めまして、エレノアですー」
エレノアはわりと気さくな質のようで、初めて会った私へも警戒心を向けてはこない。彼女の胸は、広い世界に向けて開かれているようだ。
「エレノア、彼女はウタ殿です」
今度は私のことを紹介してくれる。アンヌは仕事が早い。
「ウタさんていうの?」
「はい。彼女は地球出身の方なのですよ。ウィクトル殿の関係者です」
「へー! ……って、ウィクトルって誰だっけ?」
エレノアは、ぴんとのばした人差し指を口もとに添えて、可愛らしく首を傾げる。
異性の前でこの仕草をすれば『ぶりっこ』の異名を勝ち取ったことだろう。
「地球へ遠征していた、黒い髪の」
「あ! はいはい! 不倫とか呼ばれてた!」
「……それはもうなかったことにしましょう」
アンヌは片手を額に当てて呆れ顔。
「うん! で、ウタさんはあの人の知り合いなの?」
「はい。彼を経由して知り合いました」
「へぇー、そうだったんだー」
無邪気なエレノアは笑顔で私へ視線を注いでくる。
「エレノアです! よろしくお願いしまーす!」
彼女は満面の笑みで挨拶してくれた。が、私が驚いたのは挨拶をしてくれたところではない。地球の言語で話してくれているところだ。彼女もまた、アンヌのように地球の言語を話せるのだろうか。
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