奇跡の歌姫

四季

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82話「ビタリーの面倒な戯れ」

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 洋館の客室に軟禁されてしまった。……否、そのような言い方は良くないかもしれない。でも、こうも自由がないと、感覚的にはもはや監禁に近いものがある。一人部屋に閉じ込められていたら、「一生ここから出られないのでは」なんて思えてきて、今はただ胸が苦しい。

 どこで間違えたのだろう。
 成婚パレードに参加しなければ良かったのだろうか。

 シャルティエラとのお茶会をしたあの時に抱いた不気味さ、あれを見過ごさなければ、こんな目に遭わずに済んだ……?

 ラインが私の歌のファンだと言ってくれたことは嬉しかったけれど、その言葉は、私の胸を満たす孤独と後悔を掻き消してくれるほどのものではない。

 刺されたウィクトル、捕らわれたであろうフーシェ、そして、仲間を心配しているであろうリベルテ。本当は全員無事でいてほしいけれど、それは贅沢な願いかもしれない。だが、それでも、どうか生きていてほしい。多くは望まないから、どうか、命だけでも。


 どのくらい時が経っただろう、何の前触れもなく唐突に扉が開く音がした。
 ベッド上に座っていた私は、ゆっくりと面を持ち上げる。

「やぁ、プリンセス」

 右手を軽く掲げながら部屋に入ってきたのはビタリー。

 何がプリンセスよ、と心の中で毒づく。心のこもっていない言葉は、どんなものであっても、正直あまり嬉しくはない。たとえ良い意味合いを持つ言葉であったとしても、だ。

「……ビタリーさん」

 私を見下ろすビタリーの顔には、優越感という名の色が滲んでいた。

「どうかな、この部屋は。実に美しいところだろう?」
「そう思います。……閉じ込められるのは嬉しくないですけど」

 身体の拘束がないだけまだ良いのかもしれないが、だからといって、ビタリーに感謝するわけではない。彼に対して、私は、良い感情を抱いてはいないのだ。

「ふん。実に素直でないね」
「私は貴方の奴隷ではありません」
「ま、そうだね」

 下がった? と不思議に思っていると、直後、ビタリーは大股で迫ってきた。
 歩幅がいつもの二倍くらいだからか、接近してくる速度もかなり速い気がする。

「でも、もうウィクトルの娘ではない。これから君は僕のために生きるといい」

 ビタリーは粘り気のある笑みを唇に浮かべながら、膝を曲げ尻をついてベッドの上に座っていた私の右手首を掴んだ。反射的に、掴んだ手を振り払おうとしてしまう。だが、彼はさりげなくかなりの握力があり、私の手ではふり払えなかった。遠心力を加えていても逃れられない。

「嫌です! ……それに、妻のいる身で私に構うなど問題だと思いますが」
「シャルティエラのことを気にしてくれているのかい? 優しいね。でも、君は、そんなこと気にしなくていいんだ」
「気にします!」

 この際、手を振り払うことは諦めて、拒む心を持っていることをはっきり伝えるようにしよう。
 私はそう決めた。

「私になんて構っていないで、シャロさんと一緒に過ごして差し上げればどうですか」
「そんな気分じゃないね。成婚パレードも終わって、僕は疲れているんだ」

 疲れているのは私も同じだ。
 それに。
 本当は、体を流したいし服も着替えたい。でもできない。閉じ込められているせいで。

「なら一人で休めばどうです」

 シャルティエラと過ごすことも辛いほど疲れているなら、わざわざ私に会いにくる必要なんてありはしないはずだ。私は妻ではないし、愛人ですらないのだから。

「……なぜ、そこまで僕を嫌う?」
「貴方には遊び半分で触られたくありません」
「僕が女好きだって、そう言いたいのかい? いいじゃないか、ゆくゆくこの国を統べるのだから」

 ビタリーは分かっていない。国を、土地を、統べるという意味を。そして、統治者にはそこに在るすべてのものを守り抜く覚悟が必要だということも、彼の頭にはきっとないのだろう。

 当然「私はすべて理解している」と豪語する気はない。
 でも、普通は少し考えれば分かることではないのか。

 国を統べる者だからいろんな女に手を出して良いかといえばそうではないはずだ。いや、もしかしたら、この国ではありなことなのかもしれないけれど。でも、少なくとも、私はそこに加わるのは嫌だ。無責任な者に関わりたくない。

「そうだ。あの斧の女、どうなったか知りたくないかい」

 ビタリーは突如声を低くしてそう述べた。

「……フーシェさんのこと?」

 私は片手首を掴まれたまま、彼へ視線を注ぐ。

「確かそんな名前だったかな。そう、恐らくその女だ」
「あの場で拘束されたのでしょう」
「ふふ、そう。そして、彼女もまた、この建物の中へ連れられてきているよ」

 フーシェがこの洋館にいる!?

 私は思わず目を大きく開いてしまった。非常に驚いていると察されたかもしれない。


 ◆


 ウタがビタリーと話していた、ちょうどその頃。
 代々皇帝が住むキエルの中心地から一キロほど離れた場所に位置する病院に、ウィクトルとリベルテはいた。

 ウィクトルは背をナイフで刺されはしていたものの、幸いそれが致命傷となることはなく、無事生還。しばらくは治療が必要であると判断されたが、問題なく意識を保っている状態だ。ただ、激しい動きを制限されてはいるけれど。

「良かった……本当に、この程度で済んで良かったです……」

 一旦病室へ移動したウィクトル。彼を誰よりも待っていたのは、同行しているリベルテだった。

「すまなかった。想定していながらも結局騒ぎを起こしてしまって」
「構いません構いません! 生きてさえいれば!」

 リベルテはウィクトルに密かに命じられ、成婚パレード中、歩道でメインであるバスを追っていた。万が一何か事件が発生した時にすぐ対応できるように、だ。そして、実際に事は起こった。

「確か、この病院には、リベルテの知人がいたのだったな」
「はい」
「聞いた話によれば、おかげで治療してもらうことができたとか。助かった」
「いえいえ! リベルテは何もしておりません」

 感謝の意を述べられたリベルテは、両手を胸の前に出しつつ、首を激しく左右に振る。瞼は両方閉じている。

「刺されるとは意外だった……」
「それはもう、皆だと思いますよ」
「しかも、ビタリーに」

 ウィクトルの口からその言葉が出た時、リベルテは目を丸くした。

「え……?」

 病室の空気が凍り付く。

「不審な男に刺されたのでは……なかったのでございますか」
「私を刺したのはビタリーだ」

 ウィクトルは、少しだけ間を空けて、話を継続する。
 彼が話したのは、ビタリーに刺されたという話。彼の述べる話によれば、不審な男とビタリーに挟まれ揉み合いになっていた時、後ろから刺されたのだとか。

「し、しかし……あのナイフは至って普通のナイフでございました。あの方が持っているナイフがあのようなものだったとは、とても思えず……」

 想定していなかった話を聞かされ、リベルテは戸惑いを露わにしてしまっている。

「私が嘘をついていると?」
「い、いえ! そのようなことは一切考えてございません!」

 慌てて首を横に振るリベルテ。

「なら助かるが。……ビタリーが普通のナイフを持っていない証拠は、どこにもないだろう」
「それはそれでございます。しかし、わざわざ人前で主の命を奪おうとするでしょうか……たとえ、少し良く思っていないとしても」
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