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72話「婚約発表の後に」
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ビタリーに続いて入室してきたのは、シャルティエラだった。
薄めのシーグリーンの長い髪、心なしか気の強そうな顔つき。それらは、間違いなく彼女本人であった。
「彼女……!」
私は思わず発してしまう。
リベルテやウィクトル、そしてフーシェも、画面を凝視している。
画面に映し出されているシャルティエラは、以前会った時とは違う、上品な格好をしていた。いや、もちろん、前に会った際の服装が下品だったというわけではないけれど。ただ、今日の服装の方が慎ましさが感じられる。
淡い桜色の上下。
トップスは、鎖骨がすれすれ見えるか見えないかくらいの高さで横向きの襟ぐりで、首もとの露出は少ない。袖は肘の辺りまで、ウエストには生地と同色の細いリボンが一本巻かれている。
スカートは、ぎりぎり膝が隠れるくらいの丈。こちらはタイトなスカートで、右足の外側に十センチほどのスリットが入っているところ以外には、特筆すべき点がない。
素朴ながら上品な衣類を身にまとっているビタリーとシャルティエラは、穏やかな足取りで移動し、最終的に席についた。二人が横に並ぶ形になる。
『本日は多くの方々にお集まりいただき、嬉しく思います』
事前に用意されていた座席に座り、ひと呼吸おいてから、ビタリーが口を開く。
『この度、僕、ビタリー・キエルリアは、隣の彼女——シャルティエラ・ローザパラストと、婚約することになりました』
落ち着いた口調で述べるビタリーは、いつもの彼とは違う雰囲気だ。恐らく、話し方が普段と違うせいだろう。いつも彼は自信家という雰囲気だが、今は丁寧な両家の坊ちゃんといった感じ。よくここまで化けられるな、なんて思ってしまった。
……と、そこで話し手がシャルティエラに移る。
『我がローザパラスト家は、長きにわたり、微力ながら皇帝陛下の力となって参りました。その家の者として、これから、ビタリー様をお助けしていきたいと考えております』
これまた、彼女らしくないシャルティエラだ。
高飛車で気の強いシャルティエラと同一人物とは思えないくらい、今は慎ましい女を演じている。
控えめに俯き気味の視線。小さくしか開かない口。指を揃え丁寧に重ねた手。そのすべてが、将来皇帝の妻となる者に相応しい品格を醸し出している。個人的にはもう少し自然に振る舞っても良いような気がするけれど、でも、これが国民の望む皇帝の妻の姿であるならば、今のままが良いのかもしれない。
その後、ビタリーとシャルティエラは、馴れ初めについて簡単にだけ説明。
婚約発表は三十分ほどで終了したのだった。
「彼女がビタリー様の妻となられるとは、意外でございましたね」
婚約発表の放送を見終えた後、四人の中で一番初めに口を開いたのはリベルテだった。
「そうね。仲が良いことをほのめかすようなことは言っていたけれど……本当に結婚しちゃうのね」
「衝撃でございます」
シャルティエラは美人だし、それなりにスタイルも良い。それゆえ、ビタリーが気に入るのも無理はないと言えよう。家柄も悪くはないのだろうし、そういう意味では、次期皇帝に相応しい女性なのだろう。
「ウタくん、君は本当に受けるのか? もし嫌ならば、今からでも、君だけでも断って……」
「大丈夫よウィクトル。私、強くはないから護衛にはなれないけど、お嫁さんの傍にいることくらいはできるわ」
もちろん、不安がないわけではない。急だし、なぜに私たちがそのような重要な役目を与えられるのかしっくりこないし、疑問点は色々ある。シャルティエラが「次会う時は敵同士かもしれない」と言っていたことも、気になりはする。
でも、今は受けようと思う。
華やかな場所に出ることをせっかく許してもらえたのだから。
それから一週間が過ぎた朝、私とウィクトルはイヴァンが住む建物へ呼び出された。
街はどことなく浮かれた空気。なぜだろうと不思議に思っていたのだが、その理由は、道端で話している人の話によって分かった。何でも、皇帝の成婚パレードの日は祝日になるらしい。
ちなみに、今の祝日は、現在の皇帝——イヴァンの成婚パレードの日だそうだ。
ビタリーが成婚パレードを行う日も、いつかは祝日になるのだろう。無論、まだ先の話だが。
目的地である建物に到着すると、私とウィクトルは受付へ向かった。そして、そこで事情を説明する。すると、係の人が、向かうべき場所まで案内してくれることとなった。おかげで、目指すべき部屋へすぐにたどり着くことができた。
その部屋には二つの人影——それは、ビタリーとシャルティエラのもの。
「やぁ、会いたかったよ」
私とウィクトルが入室したことに先に気づいたのはビタリー。
彼はすぐに椅子から立ち上がり、私たちがいる方に向かって歩いてくる。
「ウタと……フリントの野蛮人」
ビタリーの口から出たのは棘のある言葉。
ウィクトルは一瞬敵を見るような目をしたが、数秒して、真顔に戻る。
「いや、失礼。うっかり冗談が滑り出てしまった」
「それで。今日は何の用か」
ウィクトルは、ビタリーの刺々しい発言に反応せず、話を継続することを選んだ。
「今度のパレードに関する打ち合わせをしたくてね。付き合ってくれるかな」
「何を話す?」
「待て待て、気が早すぎる。話し合いは今からだよ、ゆっくり進めよう」
男二人がそんなことを話していた時、シャルティエラが遅れて寄ってきた。
「お久しぶりですわね」
シャルティエラが話しかけたのは、ウィクトルではなく私。
彼女が悪人だと思っているわけではないけれど、直接話しかけられると、どうも少し緊張してしまう。敵対しているわけではないが、親しみを覚えつつ話すというのは簡単なことではない。
「お久しぶりです、シャルティエラさん」
「シャロと呼んで構いませんわよ」
「あ、そうでした。ではシャロさん、またお会いできて嬉しいです」
普通にシャルティエラのままの方が言いやすいような気がするが、慣れていないせいだろうか?
「そう言っていただけると光栄ですわ」
シャルティエラは右手を腰に当てつつ胸を張る。
「敵同士でなくて良かったです」
刹那、彼女はぎょっとした顔をする。
「……今、何と?」
「以前お会いした時、次は敵かもしれないって……そう仰っていましたよね。でも敵ではなかった。またこうして味方として会うことができて、安心しました」
薄めのシーグリーンの長い髪、心なしか気の強そうな顔つき。それらは、間違いなく彼女本人であった。
「彼女……!」
私は思わず発してしまう。
リベルテやウィクトル、そしてフーシェも、画面を凝視している。
画面に映し出されているシャルティエラは、以前会った時とは違う、上品な格好をしていた。いや、もちろん、前に会った際の服装が下品だったというわけではないけれど。ただ、今日の服装の方が慎ましさが感じられる。
淡い桜色の上下。
トップスは、鎖骨がすれすれ見えるか見えないかくらいの高さで横向きの襟ぐりで、首もとの露出は少ない。袖は肘の辺りまで、ウエストには生地と同色の細いリボンが一本巻かれている。
スカートは、ぎりぎり膝が隠れるくらいの丈。こちらはタイトなスカートで、右足の外側に十センチほどのスリットが入っているところ以外には、特筆すべき点がない。
素朴ながら上品な衣類を身にまとっているビタリーとシャルティエラは、穏やかな足取りで移動し、最終的に席についた。二人が横に並ぶ形になる。
『本日は多くの方々にお集まりいただき、嬉しく思います』
事前に用意されていた座席に座り、ひと呼吸おいてから、ビタリーが口を開く。
『この度、僕、ビタリー・キエルリアは、隣の彼女——シャルティエラ・ローザパラストと、婚約することになりました』
落ち着いた口調で述べるビタリーは、いつもの彼とは違う雰囲気だ。恐らく、話し方が普段と違うせいだろう。いつも彼は自信家という雰囲気だが、今は丁寧な両家の坊ちゃんといった感じ。よくここまで化けられるな、なんて思ってしまった。
……と、そこで話し手がシャルティエラに移る。
『我がローザパラスト家は、長きにわたり、微力ながら皇帝陛下の力となって参りました。その家の者として、これから、ビタリー様をお助けしていきたいと考えております』
これまた、彼女らしくないシャルティエラだ。
高飛車で気の強いシャルティエラと同一人物とは思えないくらい、今は慎ましい女を演じている。
控えめに俯き気味の視線。小さくしか開かない口。指を揃え丁寧に重ねた手。そのすべてが、将来皇帝の妻となる者に相応しい品格を醸し出している。個人的にはもう少し自然に振る舞っても良いような気がするけれど、でも、これが国民の望む皇帝の妻の姿であるならば、今のままが良いのかもしれない。
その後、ビタリーとシャルティエラは、馴れ初めについて簡単にだけ説明。
婚約発表は三十分ほどで終了したのだった。
「彼女がビタリー様の妻となられるとは、意外でございましたね」
婚約発表の放送を見終えた後、四人の中で一番初めに口を開いたのはリベルテだった。
「そうね。仲が良いことをほのめかすようなことは言っていたけれど……本当に結婚しちゃうのね」
「衝撃でございます」
シャルティエラは美人だし、それなりにスタイルも良い。それゆえ、ビタリーが気に入るのも無理はないと言えよう。家柄も悪くはないのだろうし、そういう意味では、次期皇帝に相応しい女性なのだろう。
「ウタくん、君は本当に受けるのか? もし嫌ならば、今からでも、君だけでも断って……」
「大丈夫よウィクトル。私、強くはないから護衛にはなれないけど、お嫁さんの傍にいることくらいはできるわ」
もちろん、不安がないわけではない。急だし、なぜに私たちがそのような重要な役目を与えられるのかしっくりこないし、疑問点は色々ある。シャルティエラが「次会う時は敵同士かもしれない」と言っていたことも、気になりはする。
でも、今は受けようと思う。
華やかな場所に出ることをせっかく許してもらえたのだから。
それから一週間が過ぎた朝、私とウィクトルはイヴァンが住む建物へ呼び出された。
街はどことなく浮かれた空気。なぜだろうと不思議に思っていたのだが、その理由は、道端で話している人の話によって分かった。何でも、皇帝の成婚パレードの日は祝日になるらしい。
ちなみに、今の祝日は、現在の皇帝——イヴァンの成婚パレードの日だそうだ。
ビタリーが成婚パレードを行う日も、いつかは祝日になるのだろう。無論、まだ先の話だが。
目的地である建物に到着すると、私とウィクトルは受付へ向かった。そして、そこで事情を説明する。すると、係の人が、向かうべき場所まで案内してくれることとなった。おかげで、目指すべき部屋へすぐにたどり着くことができた。
その部屋には二つの人影——それは、ビタリーとシャルティエラのもの。
「やぁ、会いたかったよ」
私とウィクトルが入室したことに先に気づいたのはビタリー。
彼はすぐに椅子から立ち上がり、私たちがいる方に向かって歩いてくる。
「ウタと……フリントの野蛮人」
ビタリーの口から出たのは棘のある言葉。
ウィクトルは一瞬敵を見るような目をしたが、数秒して、真顔に戻る。
「いや、失礼。うっかり冗談が滑り出てしまった」
「それで。今日は何の用か」
ウィクトルは、ビタリーの刺々しい発言に反応せず、話を継続することを選んだ。
「今度のパレードに関する打ち合わせをしたくてね。付き合ってくれるかな」
「何を話す?」
「待て待て、気が早すぎる。話し合いは今からだよ、ゆっくり進めよう」
男二人がそんなことを話していた時、シャルティエラが遅れて寄ってきた。
「お久しぶりですわね」
シャルティエラが話しかけたのは、ウィクトルではなく私。
彼女が悪人だと思っているわけではないけれど、直接話しかけられると、どうも少し緊張してしまう。敵対しているわけではないが、親しみを覚えつつ話すというのは簡単なことではない。
「お久しぶりです、シャルティエラさん」
「シャロと呼んで構いませんわよ」
「あ、そうでした。ではシャロさん、またお会いできて嬉しいです」
普通にシャルティエラのままの方が言いやすいような気がするが、慣れていないせいだろうか?
「そう言っていただけると光栄ですわ」
シャルティエラは右手を腰に当てつつ胸を張る。
「敵同士でなくて良かったです」
刹那、彼女はぎょっとした顔をする。
「……今、何と?」
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