奇跡の歌姫

四季

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49話「パパピタの何しに来たのか分からない訪れ」

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 歩み寄ろうという気持ちを微塵も持ってくれていないフーシェとは、いまだに上手く親しくなれない。積極的な交流はしない、というのが彼女の生き方なのだとしたら、仕方のないことなのかもしれないけれど。でも、少し寂しくは思う。

 二人しかいない、宿舎の三階の一室。
 今は妙に広く感じる。

 フーシェは今日も斧を磨いていた。女性の皮膚のような柔らかそうな布で、武器の手入れを黙々と行っている。
 話しかけないで、と突き放されているかのようだ。

 本当は、こちらからもっと話しかけていくべきだったのかもしれない。親しくなりたいのなら、相手の歩み寄りに期待するのではなく、自らが勇気を持って進んでいかねばならなかったという可能性もゼロではない。ただ、今の私には、まだそこまでの勇気はなくて。それゆえ、邪魔にならないよう大人しくしておくことしかできなかった。

 そんな状態で迎えた昼前頃、宿舎にまたしても訪問者が現れる。
 多くの時間を過ごしている三階の部屋から歩いて数分で着く広間にて、私はその訪問者と顔を合わせた。

「ハァーイ! こちらでは初めまして、ですわネー?」
「は、はぁ……」
「ウタさんのことは存じ上げていマース! 歌姫祭でお会いしましたからネー!」

 いきなり妙なハイテンションで話してくる女性の登場に、私は戸惑いを隠せない。しかし、この時戸惑いの波に襲われていたのは私だけではなかった。もし何かあったらいけないから、と、念のため付き添ってくれていたフーシェも、私とほとんど同じ表情。

「アタチの名はパパピタ・ポポポ! 覚えていらっしゃらないかもしれまセンケレドー、あの歌姫祭では優秀賞でしタノ!」

 鳩のように張った胸と頭二個分は軽くありそうな金色のかつらが個性的だ。

 そして、それに加えて驚くべきは、その化粧。

 肌は灰色に見えるほど白く塗り潰されており、瞼にはマットな青紫のシャドウ。元々大きそうな目ではあるが、目を取り囲むように引かれた黒のラインは、幅が一センチほどありそうで、それによって目が本来の二倍ほどの大きさに見える。
 そして、睫毛の本数も尋常でない。
 普通の睫毛なら、大抵、毛と毛の間に隙間があったりするものだ。しかし、彼女の場合はそれがなかった。黒いフエルトを長方形に切り、それを目の上下のラインに貼りつけたかのような睫毛。どう考えても不自然である。

「……何しに来たの」

 突如、口を開くフーシェ。
 彼女の面は警戒の色に満ちていた。

「アァーラ! 怖い怖い! そんな物騒な目で見ないでほしいデース!」
「……用件を言って」
「ンモォウ! ノリが悪いですネー!」

 パパピタはおちょけたように頬を軽く膨らます。
 痛々しいほど濃く桃色に塗られた頬が膨らむと、彼女の顔はまるでサクランボ。

「実はですネ! ウタさんに用がアーッテデスネ!」

 歌うような楽しげな声で述べ、その場でくるりと一回転。目が痛くなるような赤の豪奢なドレスの裾が、体の回転に合わせて揺れた。

「ウタさんと二人でお話がしたいデース!」
「……残念だけど、それは無理よ」

 フーシェが即答した。

「エエーエェーッ! どうしてデスゥー!?」
「……ウタを他人と二人きりにしないようにと命ぜられているもの」

 そんな風に言われていたのか、と、その時初めて知った。

 ウィクトルも段々不審者を警戒し始めているようだ。

 いや、不審者ではなかったか。
 正しくは、訪問者。

「モウモォーウ! どうしてそんな酷いことを言うのですカー!?」
「……用があるなら、ここで言えばいいだけのこと。二人でないと言えないようなことを言うつもりなら……止めておいた方がいいわ」

 フーシェはパパピタを警戒している。それは、彼女の顔つきを見れば容易く分かること。基本的に表情の出が薄い質の彼女だが、今は、警戒心を剥き出しにしている。

「ウゥゥー……まぁそれでは仕方ないですネー。分かりましタ! 帰りマースー」
「……そうね」

 結局、パパピタは本題に入らぬまま帰ってしまった。

 追い返す、なんてことは、リベルテではできなかったはずだ。帰ってもらう、というのは、無情になれるフーシェだからこそ為せる技。そう言っても過言ではないだろう。
 もちろん、常に温かいところがリベルテの良さなので、それを批判する気はないが。

「良かったのかしら? 帰ってもらってしまって」

 パパピタが去ってから、私は思わずそんなことを言ってしまった。

「……仕方ないわ、命令だもの」
「そ、そうね! そうよね!」
「……まったく、面倒な輩」

 少女のような容姿のフーシェだが、その口から発される言葉は可愛らしくはない。
 リベルテが可憐な花であるなら、フーシェは観葉植物と言えるだろう。


 その後は特に何もなく、ただ時間だけが過ぎていった。フーシェは相変わらず無愛想で、だから、喋りが盛り上がることはないままだった。

 そして、夜が迫る頃。
 ウィクトルたちは自動運転車に乗って帰ってくる。

「まったく! イヴァン様は何なのでございましょうか!」

 リベルテはいつになく憤慨していた。帰ってくるなりそんなことを言い出したから、私とフーシェは話についていけなくて。しかし、少しして事情を聞くと、リベルテが怒っている意味が少しは分かった。
 何でも、ウィクトルは「シャルティエラのお願いを断るなど地球人にどんな教育をしているのか」などと叱られたらしい。シャルティエラがイヴァンに、「ちょっとしたお願いを丁寧にしたのに断られた」と、嘘の報告をしたようだ。

「それは理不尽ね」
「本当でございますよ!」
「えっと……私のせい、よね? 何というか……悪い気がしてきたわ。ごめんなさい」

 私のせいだと言われているわけではない。ただ、私の行動によってウィクトルが叱責を受けたのだとしたら、申し訳ない。

「あっ。い、いえ! そういう意味ではございませんよ! 当たり前でございますが、ウタ様を責めているわけではございません!」

 リベルテは凄まじい勢いで言葉を放ち出した。

「落ち着け」
「はっ。……はい、申し訳ございません」

 当事者でありながら冷静さを保っているウィクトルは、やや混乱気味なリベルテに、落ち着かせるための言葉を投げかける。リベルテはそれで正気を取り戻したらしく、目をぱちぱちさせながら軽く頭を下げた。

「何も気にすることはない、ウタくん」
「ありがとう。あ……でも今日また訪問者の頼みを断ってしまったわ。大丈夫かしら」

 また同じことが起こるのではないだろうか、と、不安が泉のように湧いてくる。村一つが一夜で飲み込まれてしまいそうなほどの湧き上がり方だ。
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