上 下
11 / 14

50~53

しおりを挟む
50.

 王子ラルフローレンの死によって、彼との婚約は破棄となった。

 それからは暫し聖なる乙女としての仕事に集中していた。

 でもそれでいいのだ。
 やるべきことをやるだけで。

 恋も、愛も、私には必要ない。

 叶わない夢はみたくない。

「聖女さま! 素晴らしいお方!」
「尊敬しています!」
「女神のようなお方! 敬愛を向けております! どこまでも素晴らしい、歓喜を絵に描いたようなお方!」

 人のために生きる。
 それを最優先事項としたい。


 ◆


 アイニーティアの二人目の婚約者は十九年上の男性であった。

 彼はお金持ち。
 しかし若干いたずらが多く厄介な人物だった。

 彼はアイニーティアに対してでも容赦なくいたずらしてくる。スカートをめくってパンツを見ようとしたり、急に下ネタを言い放ってきたり、カップの水をいきなりかけてきたり。

 だが、そんな彼も、長くは生きられなかった。

 彼はある夜突如倒れた。
 心臓発作みたいな状態に陥っていたのだった。

 そうして彼は死んだ。

 それによって彼との婚約も破棄となったのだった。

 今回は相手の死による婚約破棄パターンが多いなぁ、なんて思いつつ……今日も息をして、生きる。



51.

 三人目の婚約者は知人の紹介で巡り合った人だった……のだが。

「お前なんて嫌いなんだよッ」

 彼は初めて対面する日にいきなり香辛料を溶かした水をかけてきた。

「ぁ、え……」
「キモいんだよ聖女!」
「な、なぜ……こんな、どうして……」

 目がヒリヒリしてしまう。

「嫌いなんだよ! お前のことなんてどーっでもいい。てか、嫌い! ムリ!」
「ええと……婚約する気なのではなかったのですか……?」
「親の借金のせいだよ。それのせいでお前と婚約させられることになっちまったんだ。あー! あー! 最悪だー!」

 どうしてそんな……。
 あまりにも酷い……。

 事情があるのは分かった。でも、だからといって、こんな酷いことをする必要があるのか? 香辛料入り水をかけるなんて。そんなことをする必要はあった? 事情も、心情も、言葉で説明すれば良かったのではないの?

「分かりました、では、婚約はなかったことということで」
「……いいのか?」
「ええ。無理に、など、私は望みません」

 すると彼は。

「ぃよぉーっしゃああああッ!!」

 歓喜の叫びを発した。

「よぉーっしゃよっしゃ! よぉーっしゃよっしゃ! よぉーっしゃよぉーっしゃよっしゃしゃしゃっしゃっしゃっ! よぉーっしゃよっせ! よぉーっしゃよっせい! よっしゃしゃしゃっしゃっしゃっ! はい! よっしゃしゃしゃっしゃっしゃっ! ぉっ、はい!」

 それから三日ほどが経って、彼はうっかり毒きのこを食べてしまったために落命した。

 やりたいこと、未来への希望、たくさんあっただろうに……。

 でも、可哀想とは思わない。

 だって彼は心ない人だったから。 



52.

 アイニーティアは何度も繰り返す。
 婚約と婚約破棄を。
 それは一般的な視点から見ると明らかに不自然な流れであり、だがしかし事情が事情なので仕方がない部分もあって……それゆえその点を悪く言ってくる人はほとんどいなかった。

「惚れました! アイニーティア様!」

 そんな私にいきなり想いを告げてきたのは、そこそこ歴史ある家の子息で次男であるジレット。

「僕とお付き合いしてください!」
「え、ええっ……」
「僕は本気です。結婚を見据えています。貴女と共に生きてゆきたい、そう本気で考えています」
「あ、あの……その……ちょっと、いきなり過ぎて……」

 ジレットは押しの強い男性だった。

「どうかお願いします! 考えてください!」
「そう……ですね、少し考えさせてくださいますか」
「はいもちろん!」
「……ありがとう、助かります」

 その後私はジレットと交流を始めた。

 彼と過ごす時間は楽しかった。
 なんせ彼は話が面白い。
 だから一緒にいてまったく退屈しないのだ。

 だがしばらくして彼に婚約者がいたことが判明。

「ジレットはわたくしのもの! 離れて!」
「私は騙されていただけです」
「何ですって?」
「ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。ただ、私は、本当に貴女の存在を知らなかったのです」

 この際もうすべて明かしてしまおう。
 そう考えて、私は、真実を包み隠さずに話した。

「なんにやってんだあいつうううう……!!」

 婚約者の女性は私の話を信じてくれた。

「ま、分かったわ。貴女に非はないということね。あのバカ男が迷惑かけてごめんなさいね」
「いえ……」
「あいつは徹底的にしばいておくから、許してくださる?」
「もちろんです。そして……謝るのは私の方です。申し訳ありませんでした」

 その後彼女によって徹底的にしばかれたジレットは自由に出歩けない身体になってしまったようだった。



53.

 ジレットとの関係は壊れたが、その直後から、色々揉めていた頃にたまに話を聞いてくれていたジレットの兄で長男であるチョーゼットからアプローチを受けるようになる。

 そして。

「もう婚約書類作成して提出しておいたからな」
「ええっ!!」

 まさかの展開になっていく。

 こ、これは……完全に巻き込まれている……。

「俺は君を絶対に愛するからな」
「えええ……」
「ジレットよりましだろ?」
「それは……まぁ、そう、ですが……」

 チョーゼットはジレットとはまた別の意味でややこしい男性であった。

 だがその彼はある時急に意識を喪失しそのまま死へと至ってしまうこととなる。

「チョーゼットくん意識不明のまま亡くなったんですって」
「ええーっ、気持ち悪い」
「感染症? 持病? 理解不能ね……」
「そんなことってあるものかしら。聞いたことがないけれど。もしかして……何かの呪いとか……?」
「非現実的ねぇ」
「でも……確かにちょっと変だよね」
「それな」

 チョーゼットの死により、私と彼の婚約はほぼ自動的に破棄となった。

「あの兄弟呪われてるの?」
「代々悪いことしすぎじゃない?」
「それな! ありそ!」
「おかしなことってあるものねぇ」
「謎すぎる……」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】何でも奪っていく妹が、どこまで奪っていくのか実験してみた

東堂大稀(旧:To-do)
恋愛
 「リシェンヌとの婚約は破棄だ!」  その言葉が響いた瞬間、公爵令嬢リシェンヌと第三王子ヴィクトルとの十年続いた婚約が終わりを告げた。    「新たな婚約者は貴様の妹のロレッタだ!良いな!」  リシェンヌがめまいを覚える中、第三王子はさらに宣言する。  宣言する彼の横には、リシェンヌの二歳下の妹であるロレッタの嬉しそうな姿があった。  「お姉さま。私、ヴィクトル様のことが好きになってしまったの。ごめんなさいね」  まったく悪びれもしないロレッタの声がリシェンヌには呪いのように聞こえた。実の姉の婚約者を奪ったにもかかわらず、歪んだ喜びの表情を隠そうとしない。  その醜い笑みを、リシェンヌは呆然と見つめていた。  まただ……。  リシェンヌは絶望の中で思う。  彼女は妹が生まれた瞬間から、妹に奪われ続けてきたのだった……。 ※全八話 一週間ほどで完結します。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ちょっと、いとこ!? ……何をしてるのですか、私の婚約者と二人きりで。 ~そういうのを一般的に裏切りというのですよ?~

四季
恋愛
ちょっと、いとこ!? ……何をしてるのですか、私の婚約者と二人きりで。

死に戻るなら一時間前に

みねバイヤーン
恋愛
「ああ、これが走馬灯なのね」  階段から落ちていく一瞬で、ルルは十七年の人生を思い出した。侯爵家に生まれ、なに不自由なく育ち、幸せな日々だった。素敵な婚約者と出会い、これからが楽しみだった矢先に。 「神様、もし死に戻るなら、一時間前がいいです」  ダメ元で祈ってみる。もし、ルルが主人公特性を持っているなら、死に戻れるかもしれない。  ピカッと光って、一瞬目をつぶって、また目を開くと、目の前には笑顔の婚約者クラウス第三王子。 「クラウス様、聞いてください。私、一時間後に殺されます」 一時間前に死に戻ったルルは、クラウスと共に犯人を追い詰める──。

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

【短編】捨てられた公爵令嬢ですが今さら謝られても「もう遅い」

みねバイヤーン
恋愛
「すまなかった、ヤシュナ。この通りだ、どうか王都に戻って助けてくれないか」 ザイード第一王子が、婚約破棄して捨てた公爵家令嬢ヤシュナに深々と頭を垂れた。 「お断りします。あなた方が私に対して行った数々の仕打ち、決して許すことはありません。今さら謝ったところで、もう遅い。ばーーーーーか」 王家と四大公爵の子女は、王国を守る御神体を毎日清める義務がある。ところが聖女ベルが現れたときから、朝の清めはヤシュナと弟のカルルクのみが行なっている。務めを果たさず、自分を使い潰す気の王家にヤシュナは切れた。王家に対するざまぁの準備は着々と進んでいる。

処理中です...