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28~35
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28.
「フィリーナさん、愛しています」
何人目かの婚約者である男性リットウェンクは本屋に勤めていて本と読書をこよなく愛する真面目な人物であった。
「恥ずかしいですが……言いますよ、好きだと、愛していると。なぜなら、想いとは言わなければ伝わらないものだからです。フィリーナさんのことが大好きです」
彼はいつも誠実で。
迷うことなく私だけを見つめてくれていた。
◆
婚約から数ヶ月。
彼の職場に現れた女ミミに惚れてしまったリットウェンクは、段々私に対して冷ややかな態度を取るようになっていって。
そして……。
「ごめん、僕、ミミさんと結婚するから」
「え」
「だからフィリーナとの婚約は破棄とするよ」
「ほ、本気!?」
「もちろん。嘘はつかない。僕は本当のことしか言わないよ。……そんなジョーク、面白くないしね?」
やがて訪れてしまう、別れの時。
「じゃあね、フィリーナ。さよなら。今までありがとう」
こうして私はまた捨てられる。
◆
あれから少ししてリットウェンクは亡くなった。
ミミをデートに誘い、待ち合わせ場所で想いを伝えようと花束を抱えてそこへ向かっていたそうなのだが、その途中の道で馬車にはねられてしまったのであった。
現場には、散った無数の花が落ちていたそうだ。
29.
「俺さ! いつか勇者になるんだ!」
たびたびそんな夢を話していた彼フィートは私の数人目の婚約者。
彼は少々夢みがちなところがあって。それゆえたびたび大きな夢を語っていた。英雄になる、とか、勇者になる、とか。彼はいつもそんなことばかり言っていた。冒険者とか兵士とかの仕事に就いていたことは一度もないのに、である。つまりそれらの夢は完全な夢。現実的な要素は一切ない夢を、彼はいつもまるで実現可能であるかのように語るのだ。
そんな彼のことを私は内心大丈夫かなぁと思っていたのだが……。
「わり! 婚約、破棄するわ!」
ある日突然そんなことを言われて。
「えっ……どうしたの? 急過ぎない?」
さすがに困惑してしまう。
あまりにも唐突で。
「いや、だって俺、夢のために生きたいからさ。婚約とか結婚とかどうでもよくなってきたんだ。俺は夢の実現を第一にしたいと思ってるからさ」
「勇者になる、とかいうやつ?」
「そ!」
「……本気で言っているの?」
「ああ! あったりまえだろ! そんな嘘とかつかねーって」
こうして私たち二人の関係は終わった。
それから少しして、フィートの訃報が耳に飛び込んでくる。
彼はある夜古い木刀一本だけを手に防具もつけないまま洞窟へ殴り込みに行き、魔物に倒されてしまったそうだ。
で、そのまま死亡してしまったようである。
戦闘の経験もないのに一人で危険な場所へ突っ込んでいくなんて……言葉が出ないほど、凄く愚かなことだ。
30.
「お前との婚約なんかもうどうでもいい……よって、婚約は破棄とする!!」
婚約者ミドラーは突然婚約の破棄を告げてきた。
ちょうど友人エリザベスと一緒にいる時に彼は現れた。
そして関係の終わりを告げてきたのだった。
「どうして……そんな、急な……」
「フィリーナさ、だってダサいだろ? ぱっとしねぇし、奉仕の心もねぇし……面白くねぇんだよな一緒にいて」
「それが……婚約破棄の理由ですか?」
「ああそうだよ。ダサくても奉仕の心があればまだいいんだけどな、それすらねぇとなったらもう利用価値皆無なんだよな。一緒にいる意味がないっていうか何というか、って感じなんだよな」
刹那、エリザベスが口を開く。
「あのさぁ! アンタ、フィリーナのこと何だと思ってんの?」
「……え」
「フィリーナは奴隷じゃないんだよ? なのに奉仕の心とか何とか、アンタ間違ってるよ!」
「う、う……うるさいな!! 何だよ急にッ!!」
反抗的な態度を取るミドラーを見たエリザベスは右手を素早く前へ突き出す。
「アポラ・アポクラテス・リリハラリアル・ミゼラ・ニタス・ニホカストラス・リアルレストレス・アポ!!」
彼女が冷たくも力強い声で唱えると、その真正面に立っているミドラーに雷が落ちた。
彼は一瞬にしてこの世を去ることとなってしまった。
31.
いつも通っている近所のアクセサリー店で店員をしている男性ロックウェルから想いを告げられ、婚約することとなった。
「貴女と共に生きてゆきたいです」
「……分かりました。ありがとうございます、ロックウェルさん、どうかこれからよろしくお願いいたします」
どのみち明るい未来なんてないだろう。
分かりきっていることだから期待なんてしない。
でも、それでも、いつも少しは思ってしまうのだ……ここが終着点かもしれない、なんて。
そんな都合の良いことが起こるわけがないのに。
そんな喜ばしい時が訪れるはずがないのに。
でも、それでも、夢をみる。
いつの日か誰かと結ばれて幸せに暮らしてゆくことを。
◆
「ロックウェルさん……浮気、なさっていたのですね」
婚約から数ヶ月、彼の浮気が判明した。
さすがに黙ってはいられず、意見を言わせてもらったのだが、すると彼は豹変した。
「ああそうだよ。でもそれが何? 浮気くらい誰だってしてる。男の性、みたいなもんだろ?」
これまでの優しく誠実さを感じさせてくれるような言動はどこかへ消え去ってしまった。
「いやいや……そんなことで誤魔化せないと思いますけど……」
「うるさいなぁ、何だよそんな小さいことでごちゃごちゃ言って。馬鹿じゃねえのか?」
「婚約者がいる身で浮気はどうかと思いますが」
「あーあーあー! そうかよ! ならもういいわ! お前なんか要らん、婚約は破棄だ!!」
こうしてまた、私は切り捨てられた。
◆
婚約破棄から一週間ほどが経った。
ロックウェルは浮気相手であった女性と婚約するも、それから五日も経たないうちに散歩中崖から転落し全身を打って亡くなったそうだ。
転落死、なんて、悲しいことだ。
でもそれは罪なき人であった場合のみ。
ロックウェルに関しては可哀想なんてちっとも思わない。
32.
あれからまた別の人と婚約することとなったのだが、その人は四六時中タバコを吸うことしか考えていないような人物で、素行もあまり良いとは言えないような男性であった。
そんな彼は私といる時でも全力でタバコを吸う。
しかも敢えて煙が私の方へ流れてくるように考えて吸うので非常に厄介である。
タバコを吸うことそのものを否定するつもりはない。好みは人それぞれだから。タバコがあるから毎日生きられている、なんて人もいるかもしれないから、全否定しようとは思わない。
でも周りに迷惑をかけてまでやりたいことをやるというのはどうなのだろう。
少しは配慮すべきではないのか?
少しは気遣いというものが必要なのではないか?
申し訳ないが、彼の行動を良いものであると言って差し上げることはできない。
「お願いします。煙を敢えてこちらへ流さないでください。もくもくしていて不快です」
「は?」
「吸うなとは言いませんが、ご配慮お願いします」
「あーうぜーなぁ」
私たちの考えは明確に違っていた。
だから手を取り合うことなんてできるはずもない。
「もういーわ。婚約は破棄する。だりぃもん。お前なんて言うほど美人でもねーだろ、お願いなんて聞いてやるわけねぇだろーが」
自分勝手な彼との婚約はもちろん破棄となってしまったわけだが。
婚約破棄後、二週間も経たないうちに、彼はこの世を去ることとなってしまったのだった。というのも、タバコにつけようとした火が自身に宿ってしまったのである。本来なら一刻も早く消火するべきだったのだが、彼には消火の知識がなくて。そのため彼は燃えることとなってしまったのであった。
そう、彼は最期、自身がタバコとなったのである。
33.
「今日いい天気だね」
「うん」
「フィリーナ、最近調子はどう?」
「まぁ……普通、かな。婚約したり婚約破棄されたりしてる感じ」
「まだやってんのかー」
私はエリザベスと定期的に会って遊んでいる。
とにかくドライな彼女と過ごす時間はいろんな意味で気が楽なので好きだ。
……それに、彼女との未来には婚約破棄も待っていないし、ね。
「今は? 婚約者いるの?」
「うん、いる」
「へー。どんな人? ちょっと聞いていーかな」
「普通の人。隣町に住んでいて、一応仕事もしてるみたいだし、まぁあまり知らない人なんだけど……」
「ふーん、大丈夫そ?」
「うん今のところ。特に何も起こってはない感じ」
そんな風にして自宅でエリザベスと遊んでいた時、だ。
「おい! 開けろ! 開けろや! はよ! おせぇ! さっさと開けろ! 開けろ! 開けろ開けろ開けろ開けろ開けろや!」
玄関の方から叫び声が聞こえた。
何かと思ってそちらへ足を進めると、そこには婚約者の姿が。
「……どうされました?」
扉を開けた、刹那。
「お前ええええ! 何してんだああああ! 自宅で女と遊んでるとは愚かなああああ! 婚約者を放置するなどおおぉぉぉ! お前はくずかああぁぁぁぁ!」
殴りかかってくる。
……だが。
「アポラ・アポクラテス・リリハラリアル・ミゼラ・ニタス・ニホカストラス・リアルレストレス・アポ!!」
後ろから追ってきてくれていたエリザベスが唱えた。
すると殴りかかろうとしてきていた婚約者の彼は突如泡を吹いて倒れる。
「ふー」
「エリザベス!」
彼女の術はさすがの効果だ。
いつも私を救ってくれる。
「大丈夫だった? フィリーナ」
「うん、ありがとう」
「軽い気持ちで開けちゃ駄目だよ」
「……ごめん」
「ま、分かればいい! それに! とにかく無事で良かった良かった!」
婚約者は亡くなった。
そのため婚約は自動的に破棄となった。
34.
「今は魚屋をしている人と婚約しているの」
フィリーナの婚約回数が凄まじいことになりつつある。そしてそれは婚約破棄回数の増加とも同義。もはやフィリーナはとんでもない女になってきている。いろんな意味で常識はずれである。
でもこれは私の運命……。
だから決して逃れられはしない……。
「へー、あのやばいのの次の人か!」
「そうなの」
「てかさ、フィリーナの婚約と婚約破棄の回数記録すごない?」
「うん……。増えて増えてで、いつの間にか、とんでもないことに……」
「あはは! でもそれでこそフィリーナって感じもする!」
何度関係が終わっても、それでも私は普通に生きてゆくしかない。
だってどんなことがあっても明日はやって来るんだもの。
「でもね、彼、私のことあまり好きじゃないみたいで」
「うっそ!」
「魚が好きなんだって」
「え!? ちょ、そっち!? あはははは! なるほど、そっちかぁ!!」
エリザベスは今もこんな私と一緒にいてくれる。
だから彼女は大切な存在だ。
夏の日射しのようにカラッとした性格の彼女は一番の宝物。
「心配しないで! 何回婚約破棄されても、フィリーナのことずっと好きだよ!」
◆
あの後、魚屋を営む彼からは、やはり婚約破棄を告げられてしまった。
理由は魚でないからというものであった。
「ごめん、人を愛せなくて」
「いえ……大丈夫です、お気遣いなく……」
その後彼は漁に出ている最中にぎっくり腰になりその衝撃で船から海へと転落しそのまま落命してしまったそうだ。
そんな彼の最期の言葉は「魚よ、永久に……」だったそうな。
35.
フィリーナは亡くなった。
しかしその人生はそれほど悪いものではなかった。
なぜって、どんな時もエリザベスが傍にいてくれていたからである。
爽やかで、軽やかで、明るい。そんな彼女と共にあった、だからこそ、私は何度婚約破棄されようとも落ち込むことなく生きることができたのだ。そしてそれは長く続いた。私の最期の時ですら、エリザベスはその傍にいた。彼女はフィリーナという人間をいつまでも見守り支え続けたのである。
二人は同性だし恋愛関係にあったわけでもない。
共に暮らしていたわけでもない。
けれども二人は特別にして唯一の二人であった。
◆
そしてまた新しい人生が始まる。
「あらあら、とっても可愛い子ねぇ」
母親と思われる人の声。
甘いそれで目を覚ます。
その時私はフィリーナではなくなっていた。
鏡に映る姿を見れば分かる。
私は赤子だ。
ついこの前まで生きていた姿ではない。
「リタ、元気に育つのよぉ」
母は愛おしそうに赤子である私を抱いた。
リタ。
それが今回の私の名前か。
そうしているうちに眠りの世界へと落ちてゆく……。
そう、私はまだ赤子なのだ。
だから長いこと起きてはいられない。
すぐに眠ってしまうのである。
◆
それなりの年になった私リタは親が勝手に決めた男性と婚約することとなった。
ほぼ強制の婚約。
けれども嫌だとは思わなかった。
だって婚約破棄されることを知っているから。
どうせすぐ終わる、ならば相手選びを慎重に行う必要などない。
……そして、その時はすぐにやってきた。
「わり! もっといーやつ見つけたから、終わりな!」
あっさりと婚約破棄された。
だがその彼もその数日後にあっさりこの世を去ることとなる。
何でも、出社中に落石事故に巻き込まれたらしい。
「フィリーナさん、愛しています」
何人目かの婚約者である男性リットウェンクは本屋に勤めていて本と読書をこよなく愛する真面目な人物であった。
「恥ずかしいですが……言いますよ、好きだと、愛していると。なぜなら、想いとは言わなければ伝わらないものだからです。フィリーナさんのことが大好きです」
彼はいつも誠実で。
迷うことなく私だけを見つめてくれていた。
◆
婚約から数ヶ月。
彼の職場に現れた女ミミに惚れてしまったリットウェンクは、段々私に対して冷ややかな態度を取るようになっていって。
そして……。
「ごめん、僕、ミミさんと結婚するから」
「え」
「だからフィリーナとの婚約は破棄とするよ」
「ほ、本気!?」
「もちろん。嘘はつかない。僕は本当のことしか言わないよ。……そんなジョーク、面白くないしね?」
やがて訪れてしまう、別れの時。
「じゃあね、フィリーナ。さよなら。今までありがとう」
こうして私はまた捨てられる。
◆
あれから少ししてリットウェンクは亡くなった。
ミミをデートに誘い、待ち合わせ場所で想いを伝えようと花束を抱えてそこへ向かっていたそうなのだが、その途中の道で馬車にはねられてしまったのであった。
現場には、散った無数の花が落ちていたそうだ。
29.
「俺さ! いつか勇者になるんだ!」
たびたびそんな夢を話していた彼フィートは私の数人目の婚約者。
彼は少々夢みがちなところがあって。それゆえたびたび大きな夢を語っていた。英雄になる、とか、勇者になる、とか。彼はいつもそんなことばかり言っていた。冒険者とか兵士とかの仕事に就いていたことは一度もないのに、である。つまりそれらの夢は完全な夢。現実的な要素は一切ない夢を、彼はいつもまるで実現可能であるかのように語るのだ。
そんな彼のことを私は内心大丈夫かなぁと思っていたのだが……。
「わり! 婚約、破棄するわ!」
ある日突然そんなことを言われて。
「えっ……どうしたの? 急過ぎない?」
さすがに困惑してしまう。
あまりにも唐突で。
「いや、だって俺、夢のために生きたいからさ。婚約とか結婚とかどうでもよくなってきたんだ。俺は夢の実現を第一にしたいと思ってるからさ」
「勇者になる、とかいうやつ?」
「そ!」
「……本気で言っているの?」
「ああ! あったりまえだろ! そんな嘘とかつかねーって」
こうして私たち二人の関係は終わった。
それから少しして、フィートの訃報が耳に飛び込んでくる。
彼はある夜古い木刀一本だけを手に防具もつけないまま洞窟へ殴り込みに行き、魔物に倒されてしまったそうだ。
で、そのまま死亡してしまったようである。
戦闘の経験もないのに一人で危険な場所へ突っ込んでいくなんて……言葉が出ないほど、凄く愚かなことだ。
30.
「お前との婚約なんかもうどうでもいい……よって、婚約は破棄とする!!」
婚約者ミドラーは突然婚約の破棄を告げてきた。
ちょうど友人エリザベスと一緒にいる時に彼は現れた。
そして関係の終わりを告げてきたのだった。
「どうして……そんな、急な……」
「フィリーナさ、だってダサいだろ? ぱっとしねぇし、奉仕の心もねぇし……面白くねぇんだよな一緒にいて」
「それが……婚約破棄の理由ですか?」
「ああそうだよ。ダサくても奉仕の心があればまだいいんだけどな、それすらねぇとなったらもう利用価値皆無なんだよな。一緒にいる意味がないっていうか何というか、って感じなんだよな」
刹那、エリザベスが口を開く。
「あのさぁ! アンタ、フィリーナのこと何だと思ってんの?」
「……え」
「フィリーナは奴隷じゃないんだよ? なのに奉仕の心とか何とか、アンタ間違ってるよ!」
「う、う……うるさいな!! 何だよ急にッ!!」
反抗的な態度を取るミドラーを見たエリザベスは右手を素早く前へ突き出す。
「アポラ・アポクラテス・リリハラリアル・ミゼラ・ニタス・ニホカストラス・リアルレストレス・アポ!!」
彼女が冷たくも力強い声で唱えると、その真正面に立っているミドラーに雷が落ちた。
彼は一瞬にしてこの世を去ることとなってしまった。
31.
いつも通っている近所のアクセサリー店で店員をしている男性ロックウェルから想いを告げられ、婚約することとなった。
「貴女と共に生きてゆきたいです」
「……分かりました。ありがとうございます、ロックウェルさん、どうかこれからよろしくお願いいたします」
どのみち明るい未来なんてないだろう。
分かりきっていることだから期待なんてしない。
でも、それでも、いつも少しは思ってしまうのだ……ここが終着点かもしれない、なんて。
そんな都合の良いことが起こるわけがないのに。
そんな喜ばしい時が訪れるはずがないのに。
でも、それでも、夢をみる。
いつの日か誰かと結ばれて幸せに暮らしてゆくことを。
◆
「ロックウェルさん……浮気、なさっていたのですね」
婚約から数ヶ月、彼の浮気が判明した。
さすがに黙ってはいられず、意見を言わせてもらったのだが、すると彼は豹変した。
「ああそうだよ。でもそれが何? 浮気くらい誰だってしてる。男の性、みたいなもんだろ?」
これまでの優しく誠実さを感じさせてくれるような言動はどこかへ消え去ってしまった。
「いやいや……そんなことで誤魔化せないと思いますけど……」
「うるさいなぁ、何だよそんな小さいことでごちゃごちゃ言って。馬鹿じゃねえのか?」
「婚約者がいる身で浮気はどうかと思いますが」
「あーあーあー! そうかよ! ならもういいわ! お前なんか要らん、婚約は破棄だ!!」
こうしてまた、私は切り捨てられた。
◆
婚約破棄から一週間ほどが経った。
ロックウェルは浮気相手であった女性と婚約するも、それから五日も経たないうちに散歩中崖から転落し全身を打って亡くなったそうだ。
転落死、なんて、悲しいことだ。
でもそれは罪なき人であった場合のみ。
ロックウェルに関しては可哀想なんてちっとも思わない。
32.
あれからまた別の人と婚約することとなったのだが、その人は四六時中タバコを吸うことしか考えていないような人物で、素行もあまり良いとは言えないような男性であった。
そんな彼は私といる時でも全力でタバコを吸う。
しかも敢えて煙が私の方へ流れてくるように考えて吸うので非常に厄介である。
タバコを吸うことそのものを否定するつもりはない。好みは人それぞれだから。タバコがあるから毎日生きられている、なんて人もいるかもしれないから、全否定しようとは思わない。
でも周りに迷惑をかけてまでやりたいことをやるというのはどうなのだろう。
少しは配慮すべきではないのか?
少しは気遣いというものが必要なのではないか?
申し訳ないが、彼の行動を良いものであると言って差し上げることはできない。
「お願いします。煙を敢えてこちらへ流さないでください。もくもくしていて不快です」
「は?」
「吸うなとは言いませんが、ご配慮お願いします」
「あーうぜーなぁ」
私たちの考えは明確に違っていた。
だから手を取り合うことなんてできるはずもない。
「もういーわ。婚約は破棄する。だりぃもん。お前なんて言うほど美人でもねーだろ、お願いなんて聞いてやるわけねぇだろーが」
自分勝手な彼との婚約はもちろん破棄となってしまったわけだが。
婚約破棄後、二週間も経たないうちに、彼はこの世を去ることとなってしまったのだった。というのも、タバコにつけようとした火が自身に宿ってしまったのである。本来なら一刻も早く消火するべきだったのだが、彼には消火の知識がなくて。そのため彼は燃えることとなってしまったのであった。
そう、彼は最期、自身がタバコとなったのである。
33.
「今日いい天気だね」
「うん」
「フィリーナ、最近調子はどう?」
「まぁ……普通、かな。婚約したり婚約破棄されたりしてる感じ」
「まだやってんのかー」
私はエリザベスと定期的に会って遊んでいる。
とにかくドライな彼女と過ごす時間はいろんな意味で気が楽なので好きだ。
……それに、彼女との未来には婚約破棄も待っていないし、ね。
「今は? 婚約者いるの?」
「うん、いる」
「へー。どんな人? ちょっと聞いていーかな」
「普通の人。隣町に住んでいて、一応仕事もしてるみたいだし、まぁあまり知らない人なんだけど……」
「ふーん、大丈夫そ?」
「うん今のところ。特に何も起こってはない感じ」
そんな風にして自宅でエリザベスと遊んでいた時、だ。
「おい! 開けろ! 開けろや! はよ! おせぇ! さっさと開けろ! 開けろ! 開けろ開けろ開けろ開けろ開けろや!」
玄関の方から叫び声が聞こえた。
何かと思ってそちらへ足を進めると、そこには婚約者の姿が。
「……どうされました?」
扉を開けた、刹那。
「お前ええええ! 何してんだああああ! 自宅で女と遊んでるとは愚かなああああ! 婚約者を放置するなどおおぉぉぉ! お前はくずかああぁぁぁぁ!」
殴りかかってくる。
……だが。
「アポラ・アポクラテス・リリハラリアル・ミゼラ・ニタス・ニホカストラス・リアルレストレス・アポ!!」
後ろから追ってきてくれていたエリザベスが唱えた。
すると殴りかかろうとしてきていた婚約者の彼は突如泡を吹いて倒れる。
「ふー」
「エリザベス!」
彼女の術はさすがの効果だ。
いつも私を救ってくれる。
「大丈夫だった? フィリーナ」
「うん、ありがとう」
「軽い気持ちで開けちゃ駄目だよ」
「……ごめん」
「ま、分かればいい! それに! とにかく無事で良かった良かった!」
婚約者は亡くなった。
そのため婚約は自動的に破棄となった。
34.
「今は魚屋をしている人と婚約しているの」
フィリーナの婚約回数が凄まじいことになりつつある。そしてそれは婚約破棄回数の増加とも同義。もはやフィリーナはとんでもない女になってきている。いろんな意味で常識はずれである。
でもこれは私の運命……。
だから決して逃れられはしない……。
「へー、あのやばいのの次の人か!」
「そうなの」
「てかさ、フィリーナの婚約と婚約破棄の回数記録すごない?」
「うん……。増えて増えてで、いつの間にか、とんでもないことに……」
「あはは! でもそれでこそフィリーナって感じもする!」
何度関係が終わっても、それでも私は普通に生きてゆくしかない。
だってどんなことがあっても明日はやって来るんだもの。
「でもね、彼、私のことあまり好きじゃないみたいで」
「うっそ!」
「魚が好きなんだって」
「え!? ちょ、そっち!? あはははは! なるほど、そっちかぁ!!」
エリザベスは今もこんな私と一緒にいてくれる。
だから彼女は大切な存在だ。
夏の日射しのようにカラッとした性格の彼女は一番の宝物。
「心配しないで! 何回婚約破棄されても、フィリーナのことずっと好きだよ!」
◆
あの後、魚屋を営む彼からは、やはり婚約破棄を告げられてしまった。
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「いえ……大丈夫です、お気遣いなく……」
その後彼は漁に出ている最中にぎっくり腰になりその衝撃で船から海へと転落しそのまま落命してしまったそうだ。
そんな彼の最期の言葉は「魚よ、永久に……」だったそうな。
35.
フィリーナは亡くなった。
しかしその人生はそれほど悪いものではなかった。
なぜって、どんな時もエリザベスが傍にいてくれていたからである。
爽やかで、軽やかで、明るい。そんな彼女と共にあった、だからこそ、私は何度婚約破棄されようとも落ち込むことなく生きることができたのだ。そしてそれは長く続いた。私の最期の時ですら、エリザベスはその傍にいた。彼女はフィリーナという人間をいつまでも見守り支え続けたのである。
二人は同性だし恋愛関係にあったわけでもない。
共に暮らしていたわけでもない。
けれども二人は特別にして唯一の二人であった。
◆
そしてまた新しい人生が始まる。
「あらあら、とっても可愛い子ねぇ」
母親と思われる人の声。
甘いそれで目を覚ます。
その時私はフィリーナではなくなっていた。
鏡に映る姿を見れば分かる。
私は赤子だ。
ついこの前まで生きていた姿ではない。
「リタ、元気に育つのよぉ」
母は愛おしそうに赤子である私を抱いた。
リタ。
それが今回の私の名前か。
そうしているうちに眠りの世界へと落ちてゆく……。
そう、私はまだ赤子なのだ。
だから長いこと起きてはいられない。
すぐに眠ってしまうのである。
◆
それなりの年になった私リタは親が勝手に決めた男性と婚約することとなった。
ほぼ強制の婚約。
けれども嫌だとは思わなかった。
だって婚約破棄されることを知っているから。
どうせすぐ終わる、ならば相手選びを慎重に行う必要などない。
……そして、その時はすぐにやってきた。
「わり! もっといーやつ見つけたから、終わりな!」
あっさりと婚約破棄された。
だがその彼もその数日後にあっさりこの世を去ることとなる。
何でも、出社中に落石事故に巻き込まれたらしい。
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【2023/7/31 24h. 9,201 pt (188位)】達成
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