戦いは終わって、愛する人と結ばれたなら、あとは穏やかに生きてゆくだけだと思っていた――。 (白薔薇のナスカ関連作品)

四季

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1話

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 戦争は終わって、前線から退いて、愛する人と結ばれたなら、あとは穏やかに生きてゆくだけ――そう思っていた、のに。

「ナスカ!」

 その日私はエアハルトがいる基地へ行った。本当に些細な用事で。そこはかつて一日のうちの多くの時間を過ごしていた場所、けれどももう懐かしさを感じる。かつてそこにいた私はいつの間にか遠い過去のものとなってしまっていて。でもそれもまた幸せなのだと思う。大切な人ができて、愛する人と結ばれたからこそ、あの赤黒く染まった日々が遠ざかっているのだから。

 だが、私は今、急速に過去へと引き戻されているかのような感覚に陥っている。

 なぜなら不審な男に背後から襲われ動けないよう身体を固定されてしまっているからである。

 しかも拘束されただけではなく銃口まで向けられている。

 生命を搾り取るような無機質さ。
 その口が耳の傍に突きつけられているという事実。

 そして、こちらへ視線を向けてきているエアハルトの瞳は、不安の色で揺れていた。

「エアハルト……」

 心配させてしまい罪悪感。
 一応自分も被害者ではあるのだが何だか自分がやらかしたような気にもなる。

「離せ!」
「そりゃ無理だ」
「彼女は非戦闘員だ! 手を出すな!」

 エアハルトは男を睨むが男はへらへらするばかり。

「おっと、お馬鹿さん。動くなよ? そこから少しでも動いてみろ、この女、即座に撃ち抜いて殺してやる!」
「っ……」
「だが選ばせてやろう」
「……何を」

 怪訝な顔をするエアハルトに、男は選択肢を与える。

「この女だけを連れてゆくか、お前も一緒に来るか、選べ」

 男はそう言ってにやりと片側の口角を持ち上げる。エアハルトは即座に「なら僕も行く」と答えたが、私は咄嗟に「駄目よ!」と叫んでしまった。するとその行動が男を苛立たせてしまったようで、左腕を捻られた。かなり強い力だったので一瞬腕が折れるかと思って焦る、するとそれを目にしたエアハルトは「やめろ!」と鋭く叫んだ。

「はっはっはぁ~ん、面白ぉ~い、面白いなぁ、お前この女のことめちゃ好きなんだなぁ~」

 刹那、首か頭か辺りの側面を殴られ――私はそのまま気を失った。


 ◆


 目が覚めると知らない場所にいた。
 薄暗く埃臭い。
 地面に横たわっているのだろう、背中にはひんやりとした感触があった。

「ナスカ……!」

 目を開いてから一分ほども経たず、私の名を呼ぶ声がした。

 聞き慣れた声。
 よく知っている人の声。

「エア、ハルト……」

 やがて視界に彼の顔が入る。

 私が世界で一番愛している男性。
 我が夫である人物。

 声の主は外の誰でもない――エアハルト・アードラー、その人であった。

「良かった、気がついて」
「私……どうして……」

 ぼんやりしたままで呟くと、彼は悔しげに返す。

「捕らえられたんだよ、敵に」

 ――敵に?

 何を言っているのか、彼は。だって今はもうそんな時代ではない。敵とか、味方とか、そんなことを言うような時代ではないはず。戦争は終わったのだから。それに、捕らえられた、とはどういうことなのか。そんな物騒な状況は過去のものとなったはずなのに。

 暫し思考が巡り、思い出す。

 そうだ、私は。
 基地に行っていて不審な男に拘束されたのだ。

 徐々に記憶がよみがえってくる。

「もしかして、エアハルトは私のために――!?」

 思わず口を開いてしまえば。

「君を一人になんてできないからね」

 彼は頷いて短くそっと返した。

 た、大変だ……。

 こんなことになるなんて。
 しかも私のせいで。

 まさか彼を巻き込んでしまうなんて……。

 とはいえ、落ち込んでもいられない。こういうことには慣れないが、だからといって何もせず泣いているわけにもいかないのだ。思考を巡らせなければ。そしてどう動くかを考えなくては。たとえ混乱しているとしても、だ。

 ――と、その時、重苦しい扉が開いた。

 冷えた空間に入ってきたのは男。短髪かつ厳つい顔立ちが印象的な五十代くらいの人物だ。リボソの軍服を着ている。

「よぉ、捕らえられた今の気分はどうだ?」

 男が口もとに黒い笑みを滲ませると、エアハルトは表情を固くする。

「彼女だけでも解放しろ」
「はぁ? 何を偉そうに。お前、自分の立場ちっとも分かってねーんだな」
「そういう話じゃない。彼女はもう一般人だ。怨みか復讐か何か知らないが、一般人を巻き込むな」

 エアハルトは落ち着きを保ちつつ説得しようとするが、男は応じる気は一切なかったようで――彼は流れるような足取りでエアハルトに近づくといきなりその片頬を張った。

「馬鹿な男だな!!」

 男は荒々しく叫ぶ。
 そしてエアハルトを蹴り地面へと倒した。

「やめて!」
「女は黙ってろ!」

 倒されたことで仰向けに地面に寝るような体勢になったエアハルトの上に乗った男はポケットから小型のナイフを取り出しその刃をエアハルトの喉もとにあてがう。

「ここには味方はいねぇ。二人だけ、だ。なんだから、抵抗せず大人しくしてろよ? じゃねーと、二人して痛い目に遭うことになるぜ?」

 押さえ込まれているエアハルトは言葉を返すことはしなかった。
 言いたいことを呑み込んだような顔をしただけだった。

 今すぐ男を殴りたい。殴って、倒して、エアハルトを助けたいのだ。でも……冷静に考えれば考えるほど、無理だ、と思ってしまう。それに、もし彼を一旦助けられても、ここから脱出できなければ結局状況はさほど好転しない。何ならもっと痛い目に遭わされることとなりかねない。そうなれば状況は悪化するばかり。

「……分かった」

 やがて、エアハルトがそう言った。

「抵抗はしない。その代わり彼女には危害を加えないと約束してくれ」

 エアハルトが静かに述べると、男はその顔面をエアハルトの顔に極端に近づけ「ああ、約束してやってもいいぞ?」と上唇を突き不気味な笑みをこぼす。表情を崩さないエアハルトを目にした男はさらに笑みを濃くしながら「ただし、お前が素直に言うことを聞いていれば、だがな!」と続けた。

「よし、いいだろう。では早速。立て、エアハルト・アードラー」

 男はにやにやしながらエアハルトから身を離し命令。
 するとエアハルトは無言で指示に従い立ち上がる。

「エアハルト……!」

 命じられるがままに歩き出そうとしたエアハルトの背に向けて名を呼ぶと。

「大丈夫だよナスカ、心配しないで」
「でもっ……」

 エアハルトは何か言葉を返そうとしたようだったが、男が間に入ってきたことにより妨害されてしまった。そのままエアハルトは部屋から出ていかされてしまう。結局十分には言葉を交わせないままだった。

 幸せの絶頂にあったはずなのに、こんなことになってしまうなんて――。

 去りゆく彼の背は何とも言えない色をしていた。
 まるで明日への不安を映し出しているかのように。
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