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1話「王子と婚約していましたが」
しおりを挟む私、アイリーン・ルーベンは、そこそこ良い家の娘だった。
――と言っても特別何か良い待遇を受けて育ってきたわけではない。
しかし、一般市民に比べればやや良い環境ではあっただろう。忖度なんてそれほどなかったけれど、それでも、時に厳しくも温かく見守ってくれる両親や良き友人に囲まれて穏やかに生きてくることができた。
そんな私が年頃になって婚約したのは、この国の王子であるイリッシュ・アーボンだったのだが――。
「ウルリエは今日も可愛いなぁ、その素肌に触れたいよ」
「なぁにぃ? もうっ駄目よぉがっつきすぎだってばぁ」
「いいじゃないか、ちょっとくらい」
「でもぉ、婚約してるんでしょ? もう駄目よぉ、さすがに触れるのは駄目ぇ」
イリッシュは私を本当の意味で愛してはいなかった。
というのも彼には可愛がっている女がいたのだ――彼女の名はウルリエ、聞いた話によればイリッシュの昔からの友人だそうだ。
元々は異性同士ながら普通の友人のような関係だったようだが、彼が私と婚約して以降二人はなぜか急接近。そしてここしばらくは、こんな風に、いちゃいちゃを定期的に見せつけられている。
何がしたいのか……。
――そんなある日のこと。
「アイリーン! お前、ウルリエを虐めたそうだな!」
「え……」
イリッシュに珍しく呼び出されたと思ったらそんなことを言われる。
ちなみに、心当たりは一切ない。
彼の隣には涙を目に浮かべた金髪女性ウルリエの姿。
彼女は怯える小動物のような目でこちらを見てきている。
いや本当に、何なんだこれは……。
「ビンタしたそうじゃないか」
「心当たりがありません」
「そんなくだらないことを言って、逃げられると思うなよ!」
「逃げるつもりはないです」
「何だと!? 王子である俺に口ごたえするのか!?」
あまりにも一方的で呆れてしまう。
これは多分、ウルリエによる罠なのだろう。あくまで想像だが。私に消えてほしいと思っている彼女が嘘をついているに違いない。彼女は私をはめようとしているのだ。私をイリッシュの前から消し去るために。
「嘘じゃないんだろう? ウルリエ」
「ええ……もちろんよ。すれ違いざまに急に……ビンタしてきて……」
イリッシュは優しげに彼女をそっと抱き締める。
そしてそれから。
「アイリーン! 彼女がこう言っているんだ!」
「心当たりがありません」
「だとしてもお前がやったのだろう! 悪女め!」
「勘違いではないでしょうか」
「彼女は嘘などつかない! 馬鹿にするなよ、俺はそこまで馬鹿じゃない! 誰が正しいことを言っているかくらい分かる人間だ!」
既にまんまと騙されているじゃないの……、なんて言えるはずもなく。
「まさかお前がここまで酷いやつだったとはな。さすがに想定外だった。綺麗な顔をしていても中身は真っ黒だったということだな。ああ、しかし、嫉妬で我が友人を傷つけるなどどうしようもないやつだ。お前のようなやつと一時でも婚約していたという事実がどこまでも恥ずかしい」
イリッシュは長文を発して、その後に。
「アイリーン・ルーベン! お前との婚約は本日をもって破棄する!」
そう宣言した。
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