あなたの剣になりたい

四季

文字の大きさ
上 下
179 / 207

episode.177 貯金回収

しおりを挟む
 戦いが一旦幕を下ろしても、シャッフェンに刃物でつけられた傷はまだ痛んでいた。激痛とまではいかないけれど、じんじんというか、ひりひりというか、そんな感覚があったのだ。受傷したばかりではないにもかかわらず。

 ただ、グラネイトが毒消し薬を飲ませてくれたおかげか、毒らしき症状が出ることはなかった。

 戦いが終わって一時間くらい経過した頃、偶々、グラネイトの様子を確認しに医者が屋敷へやって来て。
 そこで私は手当てを受けた。

 医者は、傷口の状態を診て、それから慣れた手つきで手当てしてくれたのだった。

 今回の交戦による人への被害は少なかった。

 私が腕を少し怪我したのと、ウェスタが一発打撃を食らっていたくらいで、重傷者はなし。動けなくなる者や戦えそうになくなってしまった者もいない。
 また、屋敷の方も、窓が数枚割れたり、扉や床が多少凹んだりという被害はあったが、人外に攻められたにしては小さめの被害だろう。取り敢えず、屋敷が住めない状態になることは免れた。


 翌朝。
 事前連絡なしで、私の部屋にウェスタがやって来た。

「ウェスタさん?」

 銀の髪は艶やかで、三つ編みも既に編み上がっている。だが、そんな洗練された印象のヘアスタイルとは裏腹に、疲労が蓄積していることを感じさせるような顔をしていた。目の下には、隈まである。

「今日は一度小屋へ戻ろうと思うのだが、ついてきてもらえないだろうか」

 ウェスタに頼られるのは、わりと嬉しい。
 簡単には他人に頼りそうにない人物から頼られるというのは、稀少価値がある。

 もちろん頼られるつもりだ。早速「小屋?」と尋ね、話を進める。するとウェスタは、小さな声で「……我々がこの前まで住んでいた小屋のこと」と簡単に説明してくれた。

「それね! えぇと、それで?そこへ行くの?」
「そう。色々物が残っているかもしれない……回収してこようかと」
「良いわね!」

 こんなことを言っている場合ではないが——宝物探しのようで少し楽しそうだ。

「三十分くらいだけ待ってもらっていい?」
「構わない」
「ありがとう! じゃあ早速用意するわ! ……あ、ここで待つ?」

 その方が合流に手間取らずに済むと思い提案したが、ウェスタは首を左右に動かした。

「廊下で待つ」
「え! ……廊下?」
「ブラックスターの人間に気遣いは不要」
「えっと、よく分からないわ」
「ブラックスターは気遣いを重視しない風潮だから」

 そんなことを言いながら、ウェスタは廊下の床に座り込む。そうして若干壁にもたれ、見上げてきた。

「ここにいる」
「そ、そう……分かったわ」

 彼女の発言の意味は理解しきれなかった。だが、わざわざ反対意見を述べる気はない。彼女が望むような形で待っていてくれたなら、それが一番ありがたいから。

 その後、私は一旦、自室内へ戻った。

 肩甲骨より下まで伸びている直線的な髪を櫛で整え、よく着る黒いワンピースを身にまとう。それから一度背伸びをして、剣とペンダントを持つ。

 それから改めて扉を開けた。

「お待たせ!」
「……さほど待っていない」

 長い睫毛がミステリアスな目を軽く伏せつつ、ウェスタはその場で立ち上がる。重力に従いさらりと流れる髪が幻想的で美しかった。

「では」

 ウェスタは手を差し出してくる。
 私はその手を握る。

 ——瞬間、視界が無になった。


 気づけば小屋の前にいた。

 板を張り合わせて造ったような、まさに小屋、という感じの建物である。

 ウェスタは一切躊躇いなく小屋に入ってゆく。特に何も言われなかったが、入ってはならないということはないだろうから、私も続く。
 中は、ワインレッドの絨毯が敷かれていて、少しだけ高級感があった。

「へぇー。意外と綺麗な感じね」
「……そう?」
「えぇ」

 ベッドの上にはくちゃくちゃになった掛け布団。椅子は引かれたまま、テーブルには空になったカップ。
 生活感たっぷりだ。

「グラネイトさんと二人で暮らしていたのよね?」
「そう」
「何だか良いわね。新婚さんみたいで素敵!」
「……勘弁して」

 ウェスタは体を小さく縮めてベッドの下の隙間に潜り込もうとしている。とても人間が入れそうな幅の隙間ではないが、懸命に肩辺りまで押し込んでいた。

 何をしているのだろう、と思っていると……。

「よし、あった」

 彼女はそんなことを言いながら、布製の袋を取り出してきた。
 球を軽く押し潰したような全体的に丸みを帯びたフォルムの袋で、色は赤茶。小さな白い柄がプリントされている生地のようだが、白はさほど目立っておらず気にならない。

「それは何?」
「貯金」
「どうしてそんなところに!?」
「分けて置いている」

 彼女は立ち上がり、今度はテーブルの方へ歩き出す。

「そっちにもあるの?」
「……そう、椅子の背に」
「椅子の背!?」

 驚かされることの連続だった。


 小屋に鍵をかけて、エトーリアの屋敷へ戻る。
 その時まだ外は明るかった。一面青い空が私たちを見下ろしていた。

 ……それにしても。

 ウェスタの術があれば、移動にさほど時間がかからない。かなり便利だ。この術があれば、中距離の移動くらい楽々である。


 屋敷へ戻ると、ウェスタはグラネイトのところへ向かう。
 特に意味はないが、私もそれについていった。

「ウェスタ!」

 部屋に入ってきたウェスタの姿を視認するや否や、グラネイトは声をあげた。目を大きめに開き、どことなく嬉しそうな顔つきで。
 そんな彼に、ウェスタは貯金が入った袋を差し出す。

「これ、取ってきた」

 ウェスタが唇を微かに開くと、グラネイトは驚いたように目をぱちぱちさせる。

「なっ! 家へ戻ったのか!?」

 三人だけの空間に、彼の驚きに満ちた声が響いた。

「……そういうこと」
「危ないぞ!」

 それまでは床に座って話していたグラネイトだったが、急に腰を上げ、あっという間にウェスタに接近する。
 彼は足が長いため、他人より一歩が大きく、それゆえ歩きによる移動を速く行うことができるようだ。

「危険だろう!」
「うるさい。……ただこれを取りに行っただけ」
「それはありがたいが! だからといってウェスタを危険に晒すのは嫌だ!」

 激しく言うグラネイトに、ウェスタは呆れ顔。

「一人で行ったわけではない」
「だとしてもリスクが高い!」

 グラネイトは心配し過ぎではないだろうか。

 ウェスタは女性。それゆえ、出歩かせるのが不安というのは、分からないでもない。それに、共に同じ時間を過ごしてきた親しい仲間の身を案じるのは、おかしなことではない。

 ただ、心配『し過ぎ』なところが問題なのだ。

 ウェスタは刺客を務めていたほどの人物。そこらの娘とは一線を画する存在なのだから、少し出歩いたくらいで大騒ぎすることはないと、私はそう思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

夫を捨てる事にしました

東稔 雨紗霧
恋愛
今日は息子ダリルの誕生日だが夫のライネスは帰って来なかった。 息子が生まれて5年、そろそろ愛想も尽きたので捨てようと思います。

婚約者が、私の妹と愛の文通をしていることを知ったので、懲らしめてやろうと思います。

冬吹せいら
恋愛
令嬢のジュベリア・マーセルは、令息のアイロ・マスカーレと婚約していた。 しかしある日、婚約者のアイロと、妹のカミーナが、ひっそりと文通していることを知る。 ジュベリアは、それに気が付かないフリをして、カミーナの手紙をこっそり自分の書いたものと入れ替えることで、アイロを懲らしめてやることに決めた。

今度こそ君に返信を~愛妻の置手紙は離縁状~

cyaru
恋愛
辺鄙な田舎にある食堂と宿屋で働くサンドラ。 そこに子爵一家がお客様としてやって来た。 「パンジーじゃないか!?」叫ぶ子爵一家。 彼らはサンドラ、もといパンジーの両親であり、実妹(カトレア)であり、元婚約者(アラン)だった。 婚約者であるアランをカトレアに奪われたパンジー。婚約者を入れ替えれば良いと安易な案を出す父のルド子爵。それぞれの家の体面と存続を考えて最善の策と家を出る事に決めたパンジーだったが、何故がカトレアの婚約者だったクレマンの家、ユゴース侯爵家はパンジーで良いと言う。 ユゴース家のクレマンは、カトレアに一目惚れをして婚約を申し込んできた男。どうなんだろうと思いつつも当主同士の署名があれば成立する結婚。 結婚はしたものの、肝心の夫であるクレマンが戦地から戻らない。本人だけでなく手紙の返事も届かない。そして戦が終わったと王都が歓喜に溢れる中、パンジーはキレた。 名前を捨て、テーブルに【離縁状】そして短文の置手紙を残し、ユゴース侯爵家を出て行ってしまったのだった。 遅きに失した感は否めないクレマンは軍の職を辞してパンジーを探す旅に出た。 そして再会する2人だったが・・・パンジーは一言「あなた、誰?」 そう。サンドラもといパンジーは記憶喪失?いやいや・・・そもそもクレマンに会った事がない?? そこから関係の再構築を試みるクレマン。果たして夫婦として元鞘になるのか?! ★例の如く恐ろしく省略しております。 ★タイトルに◆マークは過去です。 ★話の内容が合わない場合は【ブラウザバック】若しくは【そっ閉じ】お願いします。 ★10月13日投稿開始、完結は10月15日です。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションでご都合主義な異世界を舞台にした創作話です。登場人物、場所全て架空であり、時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

処理中です...