あなたの剣になりたい

四季

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episode.47 止めさせて

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 トランの命令に、魔法をかけられたデスタンはゆっくりと頷く。

 彼が無表情なのは元々。
 しかし、いつもの彼の表情のなさと今の彼の表情のなさは、明らかに違っている。

 いつもの彼は、無表情な時であっても、どことなく引き締まった雰囲気を漂わせている。また、髪で隠れていない右目には、鋭い光が宿っている。余計なことを言ったら攻撃されそう、と恐怖を感じるくらいの鋭さが、彼にはあるのだ。

 今の彼にはそれがない。

 目の前にいるデスタンは、中身を抜き取られたような顔つきをしていて、まるで空っぽの人形のよう。

 ただ、それでも、デスタンの容貌であることに変わりはなく。それゆえ、リゴールはかなり動揺しているようだった。

「行っけー!」

 トランが楽しげに放つ。
 すると、魔法をかけられたデスタンは駆け出す。

「来るわよ!」

 視線をリゴールへ移し、叫ぶ。しかしリゴールは「一体なぜ……」などと漏らしているだけ。顔面を硬直させ、動けなくなってしまっている。

 デスタンは、そんな彼に向かって、一直線に進んでくる。

 その手には斧。
 抵抗しないのは危険だ。

 床を蹴り、リゴールに飛びかかるように接近するデスタン。斧を大きく振りかぶっている。

「危ない!」

 私は咄嗟に、動けないリゴールと斧を振りかぶるデスタンの間に入った。
 反射的に前へ出したホウキの柄を、斧がへし折る。

「……っ!」

 柄を握る両手に伝わる衝撃は、これまでの人生で一度も経験したことがないような、凄まじいもので。

「リゴール! しっかりして!」

 二度目は防げない。そう判断し、背後のリゴールに向けて叫ぶ。
 すると、硬直していたリゴールの顔面が少しばかり動いた。

「……エアリ」
「デスタンさんを止めるのよ!」
「は、はい!」

 リゴールはようやく正気を取り戻したようだ。

 右手に持った小さな本を素早く開くと、左手をデスタンの方へかざした。黄金の光が帯のようになり、デスタンに向かっていく。しかし、デスタンはそれを、斧で防いだ。

「ここからはわたくしが!」

 溢れ出す光が薄暗い空間を黄金に染めてゆく。

「大丈夫なの!?」
「はい! お任せ下さい!」

 ホウキが使い物にならなくなってしまったため、私は少し後ろへ下がった。
 今度はリゴールがデスタンと対峙する形になる。

「止めて下さい! デスタン!」
「…………」

 デスタンに攻撃するということには抵抗があるのか、リゴールは魔法を放たず、説得するような言葉をかけている。しかし、リゴールの言葉はデスタンにはまったく届いていないようで。デスタンは、眉一つ動かさず、改めて斧を構えている。

「止めなさいデスタン! 貴方はこんなことをするような人ではないでしょう!」

 その時デスタンの瞳は、リゴールをじっと捉えていた。

「いい加減、目を覚まして下さい!」

 言葉を放つことはしても魔法を放つことはしないリゴールに向かって、デスタンの斧が振り下ろされる。

「……くっ」

 リゴールは咄嗟に膜を張り、デスタンの斧を防いだ。

 が、デスタンは止まらなかった。

 一発目は膜に防がれたものの、それで怯むことはなく、その流れのままもう一度大きく振ったのである。
 その二発目が、黄金の膜を砕いた。

「リゴール!」

 私は思わず叫ぶ。
 その声に反応し、リゴールは振り返る。

 ——刹那。

 彼の背中に、デスタンの斧が命中した。

 少女のように華奢なリゴールの体は、派手に吹き飛び、床に叩きつけられる。持っていた本は、彼の手を離れ、遠くに落ちる。

 俯せに倒れ込んだリゴールの背中は、赤いもので濡れていた。

「デス……タン……」

 リゴールは顔面に動揺の色を濃く浮かべながら、震える瞳でデスタンを見つめる。

「リゴール!」

 私はすぐに彼に駆け寄った。
 倒れているリゴールの近くにしゃがみ込む。

「エアリ……すみません」
「謝る必要はないわ」
「しか……し……せっかくのチャンスを……」

 意識を失ってはいない。しかし、青白い顔をしている。即死でなかったことは救いだが、辛そうであることに変わりはない。

 青白い顔をしたリゴールを見ていると、胸が締めつけらた。

「エアリ、その……本、を……戦わ、なければ……」

 まだ戦う気でいるというのか。こればかりは理解できない。出血がある状態で戦うなんて、無理に決まっている。そんなものは、ただ命を縮めるだけの行為だ。

「駄目よリゴール。その傷で動いたら危険だわ」
「しか、し……次は……エア、リが……」
「でもっ……!」

 その直後、斧を持ったデスタンの姿が視界の端に入った。

 トランによって操られているデスタンには、躊躇いなんてものはない。だから、リゴールが負傷していることなど、少しも気にならないのだろう。倒せ、と命じられれば、倒すまで攻撃する——それが今のデスタンだ。

 デスタンは迫ってくる。
 リゴールのことは心配だが、取り敢えず彼をどうにかしなくては、状況は改善しない。

「……逃げて、下さい」
「え」
「わたくしは……放って、おいて……エア、リは……」
「嫌よ、そんなの!」

 逃げ出したくない、ということはない。私だって、このどうしようもない危機から逃れられるのなら、そうしたい。でも、リゴールを放って自分だけ逃げるというのはどうしても納得できなくて。

「私がどうにかする。デスタンさんを止めるわ」

 だから私はそう言った。

「……で、ですが……」
「リゴールは怪我しているでしょう。だから動かないで」
「し……しかし……エアリ……」
「大丈夫。負けないわ」

 不安げな眼差しを向けてくるリゴールにきっぱりと告げ、立ち上がる。そして、視線をデスタンへ向ける。

「リゴールになんてことしてくれるの!」
「…………」
「目を覚ましなさいよ!」

 そう叫び、駆け出す。
 デスタンに向かって。

 そのまま彼の体に体当たり。滅茶苦茶だが、私にはもはやこれしかなかった。

 さすがのデスタンも体当たりは想定していなかったらしく、よろけて数歩後ろへ下がる。転倒には至らなかったが、確かにバランスを崩していた。

 その時、離れたところから私たちの様子を眺めていたトランが、唐突に口を開く。

「ふふふ。なかなか面白いことをするねー」

 こんなことを、軽やかな調子で楽しげに言われると、腹を立てずにはいられない。

「トラン! いい加減止めてちょうだい!」
「ん?」
「デスタンさんにかけた魔法を解いて!」

 暴れているのはデスタンだが、デスタンを暴れさせているのはトラン。つまり、元凶はトランなのだ。彼が魔法を解いてくれさえすれば、こんな戦いを続けなくて済む。

「こんな戦い、もう止めさせて!」

 するとトランは、にっこり笑って頷く。

「うん。いいよー」
「……え」

 私は耳を疑った。
 こんなにすんなりと頷いてもらえるとは、少しも考えてみなかったから。
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