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episode.16 戦闘
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グラネイトの体がいきなり妙な方向へ飛んだ——そのことに驚き、私は床にへたり込んでしまった。
そんな私の目の前に立っていたのは、デスタン。
「な、何が……」
驚きと戸惑いに満ちた心のまま、半ば無意識に漏らしていた。
それに反応してか否かは分からないが、デスタンは振り向き、私の方へと視線を向ける。鋭さのある黄色い瞳が、私を捉えた。
「助けて……くれたの?」
「いえ、違います」
デスタンは、きっぱりと否定してから、剣を放り投げてきた。リゴールのペンダントが変化した、あの剣を。
「え……」
剣は椅子に立て掛けておいたはず。それを彼が渡してきたということは、彼は、先ほどのいざこざの間にそれを手に取っていたということなのだろうが……だとしたら凄まじい早業だ。
「使って下さい」
「え、あの」
「話によれば、貴女はそれを使えるのでしょう?」
デスタンは口調こそ丁寧だが、目つきは悪い。物凄く睨まれている、と感じてしまうような目つきで、私を見ている。
「ただ女に興味はありませんが、その剣を抜けた貴女には少しばかり興味があります」
「……私、素人よ」
「だとしても。その剣が貴女を選んだ、それは真実でしょう」
デスタンが放つ声は冷たい。けれど、私に敵意を向けているような冷たさではない。多分、これが彼の普通なのだろう。
その頃になって、壁に激突しベッドの上に倒れていたグラネイトが、むくりと起き上がってきた。
「このグラネイト様に何をする! 危ないだろう!」
グラネイトは起き上がるなり叫んだ。
「怒ったぞ!」
そう続け、指をパチンと鳴らす。すると、これまでにも何回か見かけた小柄な敵が、ぞろぞろと、ガラスの割れた窓から入ってきた。
「ゆけ、したーっぱ!」
グラネイトが叫ぶと、その叫びを合図にしたように、敵が一斉に襲いかかってくる。
「また出た!」
私は思わず叫んでしまう。
そのせいか否かは分からないが、デスタンに睨まれた。
「戦って下さい」
「む、無理よ! こんな暗闇で戦うなんて!」
「王子のためです」
デスタンはそんな風に言いながら、敵の第一波を次から次へと蹴り飛ばした。
素晴らしい身のこなしだと思いはするが、彼が物理攻撃をするというのは少しばかり意外だ。個人的には、彼は魔法を得意としているようなイメージだった。
「貴方は魔法は使わないの?」
そう問うと、彼は冷たい視線を向けてくる。
「そんなことはどうでもいいので、貴女も戦って下さい」
「リゴールは魔法を使っていたわ。凄い威力だった。貴方もあれを使えば、もっと効率的に敵を倒せるはずよ」
わざわざ素手でぷちぷち倒さずとも、魔法が使えるならそれを使った方が遥かに早い。湖の畔で襲われた時にリゴールがやったように——いや、あれは少しやりすぎかもしれないけれど。いずれにせよ、一撃で数体ずつ倒せる方が、スマートに戦えるはずだ。
「助言を求めてなどいません!」
しかし、私の言葉が聞き入れられるはずもなく、鋭く言い返されてしまった。
「ごめんなさい。でも、ホワイトスターの人は魔法が使えるのでしょう? 私はただ、それならば、と思って……」
剣を握りつつ述べる。が、デスタンは最後まで聞いてはくれない。
「分かりました。もう結構です」
きっぱりとそう言った後、彼はもう振り返らなかった。
彼は前だけを見ている。
迫り来る敵だけを。
睨まれなくなったことに、冷ややかな言葉をかけられなくなったことに、私は安堵する。だが、それとは裏腹に、どことなく寂しさも感じた。
ちょうどそのタイミングで、リゴールが駆けてくる。
「エアリ! 無事ですか!?」
「リゴールこそ」
「ありがとうございます。わたくしは大丈夫です」
こんな時だからこそ、リゴールの言動は安らぎを与えてくれる。彼といると、妙に和む。
「エアリ。貴女は無理して戦わなくて大丈夫ですよ」
リゴールはそう言って、微笑みかけてくれる。
「デスタンがいますし、わたくしも戦えますから。無理はなさらないで下さい」
彼の手には、本。
既に開かれている。
「極力部屋を壊さぬよう、心掛けますので」
リゴールは私の部屋にまで気を遣ってくれていた。この状況で気遣いなんて、誰でもできるものではない。ありがたいことだ。
……もっとも、デスタンが暴れ回っているせいで、室内は既に破壊されているのだが。
リゴールの手に乗っている開かれた本から、金色の光が溢れ出す。
「……王子!」
その光によってリゴールが魔法を使おうとしていることに気がついたらしく、敵を蹴散らし続けていたデスタンが振り返る。
「王子はそこにいて下さい!」
デスタンは向かってくる敵を殴り飛ばしつつ言い放った。
リゴールはすぐに返す。
「援護くらいは!」
「その必要はありません、王子。私一人で十分です」
「いえ! そういうわけにはいきません!」
この時ばかりは、リゴールも険しい顔。
基本穏やかな彼とて、敵が襲ってきている時までヘラヘラしているわけではない。
「参りま——」
リゴールが開いた本を手に言いかけた、その時。
「エアリお嬢様っ!」
背後にある扉が、勢いよく開いた。
そして、開いた扉から室内へ駆け込んできたのは——バッサ。
「バッサ!?」
駆け込んできたバッサと目が合う。
彼女の瞳は、動揺を濃く映し出していた。
動揺するのも無理はない。夜中に私の部屋に入ってみたら、そこが戦場と化していたのだから、動揺しない方が不自然と言えよう。
「……な、何の騒ぎですか? これは一体?」
「ち、違うの! これは、その……」
言い訳しようとするけれど、相応しい言葉が上手く出てこない。
「夜中に剣を手に大騒ぎしていると、お父様に怒られますよ。それと、確か、その方はもう帰られたのではなかったのですか」
バッサのことは嫌いではない。でも、今は少し、彼女の存在が煩わしいと感じてしまう。こんな時に来るなんてタイミングが悪すぎる、と思わざるを得ない。
「今は無理なの! バッサも巻き込まれるから、外に出てて!」
「……お嬢様?」
「いいから! お願い!」
不思議な生物を見てしまったかのような顔をしつつも、バッサは「分かりました」と発する。その後、「どうかお気をつけて」とだけ述べ、彼女は部屋から出ていった。
「……分かっていただけたのですか?」
「えぇ。バッサは私の良き理解者だもの」
その頃には、グラネイトが繰り出してきた敵は、ほぼ全滅していた。デスタンの働きのおかげである。
繰り出した手下たちを全滅させられたグラネイトは、眉間にしわを寄せながら、体を震わせている。
「おのれ……したーっぱを一掃するとは……」
「去れ」
デスタンに冷ややかに言われたグラネイトは、しばらく、ギリギリと歯軋りしていた。それから十秒ほど経過して、今度は叫ぶ。
「ふざけるな! 長髪!」
「警告しておく。王子を狙う者には容赦しない」
「かっこつけ! 陰気モドキ! ダサい! 前髪まで伸ばしやがって!」
グラネイトの発言は、もはやおかしなところしかないくらい、支離滅裂だ。
まるで子どもの口喧嘩である。
「…………」
「何だ! 精神的なダメージで、もう何も言い返せないのか!?」
「……いや」
「ならば何か言え!」
グラネイトは荒々しく叫ぶ。
「……前髪を伸ばしているのは私の趣味ではない」
いや、そこ?
内心そう思ったけれど、口から出すことはしなかった。
そんな私の目の前に立っていたのは、デスタン。
「な、何が……」
驚きと戸惑いに満ちた心のまま、半ば無意識に漏らしていた。
それに反応してか否かは分からないが、デスタンは振り向き、私の方へと視線を向ける。鋭さのある黄色い瞳が、私を捉えた。
「助けて……くれたの?」
「いえ、違います」
デスタンは、きっぱりと否定してから、剣を放り投げてきた。リゴールのペンダントが変化した、あの剣を。
「え……」
剣は椅子に立て掛けておいたはず。それを彼が渡してきたということは、彼は、先ほどのいざこざの間にそれを手に取っていたということなのだろうが……だとしたら凄まじい早業だ。
「使って下さい」
「え、あの」
「話によれば、貴女はそれを使えるのでしょう?」
デスタンは口調こそ丁寧だが、目つきは悪い。物凄く睨まれている、と感じてしまうような目つきで、私を見ている。
「ただ女に興味はありませんが、その剣を抜けた貴女には少しばかり興味があります」
「……私、素人よ」
「だとしても。その剣が貴女を選んだ、それは真実でしょう」
デスタンが放つ声は冷たい。けれど、私に敵意を向けているような冷たさではない。多分、これが彼の普通なのだろう。
その頃になって、壁に激突しベッドの上に倒れていたグラネイトが、むくりと起き上がってきた。
「このグラネイト様に何をする! 危ないだろう!」
グラネイトは起き上がるなり叫んだ。
「怒ったぞ!」
そう続け、指をパチンと鳴らす。すると、これまでにも何回か見かけた小柄な敵が、ぞろぞろと、ガラスの割れた窓から入ってきた。
「ゆけ、したーっぱ!」
グラネイトが叫ぶと、その叫びを合図にしたように、敵が一斉に襲いかかってくる。
「また出た!」
私は思わず叫んでしまう。
そのせいか否かは分からないが、デスタンに睨まれた。
「戦って下さい」
「む、無理よ! こんな暗闇で戦うなんて!」
「王子のためです」
デスタンはそんな風に言いながら、敵の第一波を次から次へと蹴り飛ばした。
素晴らしい身のこなしだと思いはするが、彼が物理攻撃をするというのは少しばかり意外だ。個人的には、彼は魔法を得意としているようなイメージだった。
「貴方は魔法は使わないの?」
そう問うと、彼は冷たい視線を向けてくる。
「そんなことはどうでもいいので、貴女も戦って下さい」
「リゴールは魔法を使っていたわ。凄い威力だった。貴方もあれを使えば、もっと効率的に敵を倒せるはずよ」
わざわざ素手でぷちぷち倒さずとも、魔法が使えるならそれを使った方が遥かに早い。湖の畔で襲われた時にリゴールがやったように——いや、あれは少しやりすぎかもしれないけれど。いずれにせよ、一撃で数体ずつ倒せる方が、スマートに戦えるはずだ。
「助言を求めてなどいません!」
しかし、私の言葉が聞き入れられるはずもなく、鋭く言い返されてしまった。
「ごめんなさい。でも、ホワイトスターの人は魔法が使えるのでしょう? 私はただ、それならば、と思って……」
剣を握りつつ述べる。が、デスタンは最後まで聞いてはくれない。
「分かりました。もう結構です」
きっぱりとそう言った後、彼はもう振り返らなかった。
彼は前だけを見ている。
迫り来る敵だけを。
睨まれなくなったことに、冷ややかな言葉をかけられなくなったことに、私は安堵する。だが、それとは裏腹に、どことなく寂しさも感じた。
ちょうどそのタイミングで、リゴールが駆けてくる。
「エアリ! 無事ですか!?」
「リゴールこそ」
「ありがとうございます。わたくしは大丈夫です」
こんな時だからこそ、リゴールの言動は安らぎを与えてくれる。彼といると、妙に和む。
「エアリ。貴女は無理して戦わなくて大丈夫ですよ」
リゴールはそう言って、微笑みかけてくれる。
「デスタンがいますし、わたくしも戦えますから。無理はなさらないで下さい」
彼の手には、本。
既に開かれている。
「極力部屋を壊さぬよう、心掛けますので」
リゴールは私の部屋にまで気を遣ってくれていた。この状況で気遣いなんて、誰でもできるものではない。ありがたいことだ。
……もっとも、デスタンが暴れ回っているせいで、室内は既に破壊されているのだが。
リゴールの手に乗っている開かれた本から、金色の光が溢れ出す。
「……王子!」
その光によってリゴールが魔法を使おうとしていることに気がついたらしく、敵を蹴散らし続けていたデスタンが振り返る。
「王子はそこにいて下さい!」
デスタンは向かってくる敵を殴り飛ばしつつ言い放った。
リゴールはすぐに返す。
「援護くらいは!」
「その必要はありません、王子。私一人で十分です」
「いえ! そういうわけにはいきません!」
この時ばかりは、リゴールも険しい顔。
基本穏やかな彼とて、敵が襲ってきている時までヘラヘラしているわけではない。
「参りま——」
リゴールが開いた本を手に言いかけた、その時。
「エアリお嬢様っ!」
背後にある扉が、勢いよく開いた。
そして、開いた扉から室内へ駆け込んできたのは——バッサ。
「バッサ!?」
駆け込んできたバッサと目が合う。
彼女の瞳は、動揺を濃く映し出していた。
動揺するのも無理はない。夜中に私の部屋に入ってみたら、そこが戦場と化していたのだから、動揺しない方が不自然と言えよう。
「……な、何の騒ぎですか? これは一体?」
「ち、違うの! これは、その……」
言い訳しようとするけれど、相応しい言葉が上手く出てこない。
「夜中に剣を手に大騒ぎしていると、お父様に怒られますよ。それと、確か、その方はもう帰られたのではなかったのですか」
バッサのことは嫌いではない。でも、今は少し、彼女の存在が煩わしいと感じてしまう。こんな時に来るなんてタイミングが悪すぎる、と思わざるを得ない。
「今は無理なの! バッサも巻き込まれるから、外に出てて!」
「……お嬢様?」
「いいから! お願い!」
不思議な生物を見てしまったかのような顔をしつつも、バッサは「分かりました」と発する。その後、「どうかお気をつけて」とだけ述べ、彼女は部屋から出ていった。
「……分かっていただけたのですか?」
「えぇ。バッサは私の良き理解者だもの」
その頃には、グラネイトが繰り出してきた敵は、ほぼ全滅していた。デスタンの働きのおかげである。
繰り出した手下たちを全滅させられたグラネイトは、眉間にしわを寄せながら、体を震わせている。
「おのれ……したーっぱを一掃するとは……」
「去れ」
デスタンに冷ややかに言われたグラネイトは、しばらく、ギリギリと歯軋りしていた。それから十秒ほど経過して、今度は叫ぶ。
「ふざけるな! 長髪!」
「警告しておく。王子を狙う者には容赦しない」
「かっこつけ! 陰気モドキ! ダサい! 前髪まで伸ばしやがって!」
グラネイトの発言は、もはやおかしなところしかないくらい、支離滅裂だ。
まるで子どもの口喧嘩である。
「…………」
「何だ! 精神的なダメージで、もう何も言い返せないのか!?」
「……いや」
「ならば何か言え!」
グラネイトは荒々しく叫ぶ。
「……前髪を伸ばしているのは私の趣味ではない」
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