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17話 わけが分からない
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いきなりの接吻に、私はただ戸惑う外なかった。
普通なら、急にするにしても、一言断りを入れるだろう。
もちろん、もっと親密な男女関係にある二人なら話は別だが、私とルカ王子はそんな関係ではない。
「フェリスさん。僕の気持ち、分かってくれた?」
ルカ王子は何事もなかったかのような笑顔で尋ねてきた。
あんなことがあった直後で、なぜこうも普段通りに接することができるのだろう。なぜ気まずそうにすることもなく、笑顔なのだろう。
私には、それが不思議で仕方がなかった。
「……分かりませんよ」
「え?」
「こんなことされても……わけが分かりません」
私が発した言葉に、きょとんとした顔をするルカ王子。彼は今の状況を理解しきれていないようだ。
「そんな、どうして。聡明なフェリスさんなら、こんなことくらい……」
「そういう問題じゃありません!」
今以上親しくなってはいけない。一戦を越えてはならない。そう分かっていながら、目の前のルカ王子に惹かれてしまっている自分に腹が立ち、私は思わず口調を強めてしまった。
「こんな弄ぶような真似! もう止めて下さい!」
私が苛立っているのは私自身に対してだ。なのに、ルカ王子にきついことを言ってしまった。いけないことだと分かっているのに。
「ご、ごめん……」
ルカ王子は弱々しい声で謝る。
「失礼します!」
これ以上話を続けたら、ルカ王子をもっと傷つけてしまう。そう判断した私は、彼の自室から出ていくことにした。それが、今私が唯一できるルカ王子のためになることだと、そう思ったから。
ルカ王子の自室を出て、廊下を歩く。
彼が「待って!」と叫ぶのが聞こえたが、私は振り向かなかった。ここで振り向けば、彼を可哀想に思って戻ってしまいそうな気がしたからである。
脳内がルカ王子のことでいっぱいになるのを無理矢理掻き消し、ただひたすらに、歩き続ける。当てなどない。だが今は、ルカ王子のもとから離れられるなら何でもいいのだ。
城を出て、中庭に出る。
黒い絵の具で塗り潰したような重苦しい空から、数多の雨粒が降り注いでいた。
「そういえば……雨だったわね」
一人そっと呟きながら、私は、雨で濡れたベンチに腰掛ける。
すると、尻から太ももにかけて、ズボンが湿った。水分は生地に染み渡り、ついには肌にまで湿気をもたらす。
日頃なら、濡れないように、屋根のある場所へ移動したことだろう。
しかし今は、「そんなことはどうでもいい」という気分だ。雨に濡れたって、何も感じない。心地よいわけではないが、不快だとも思わなかった。
激しく降り続く雨は、私の全身を濡らしていく。
金の髪も、顔も、服も、まるでシャワーを浴びたかのような状態だ。
それでも私は、一人、そこに佇んでいた。
こうしているのが、一番気楽だったからである。
——そんな時だった。
「おぉ? お嬢ちゃん、こんなところで何してんだ?」
見知らぬ男が声をかけてきた。
あまり品の良くない雰囲気の男だ。高級そうではない茶色い服を着ており、体の要所要所に鉄製と思われる防具を身につけている。
「……何でしょうか」
見た感じ高い身分の人間とは思えないが、念のため丁寧な言葉遣いで接しておく。私が無礼な行いをしたことでルカ王子の評価が下がるようなことがあっては、大問題だからだ。
「こんな夜に外にいると、危ないやつが寄ってくるぜ」
「……貴方のような、ですか?」
「ちょ、ひでぇな。俺はべつに、危ないやつなんかじゃねぇよ」
ニヤニヤ笑ってそう言いながら、俺は私の片腕を掴む。
「俺は親切なやつだぜ」
いや、どう見ても危ないやつだ。
そうとしか思えない。
しかし厄介な者に絡まれてしまったわね……さて、どうしようかしら。
「濡れた服を乾かさにゃならんだろ? 俺の部屋、貸してやるよ」
「結構です」
「あぁん? 俺の善意にそんなこと言うとは、お嬢ちゃん。ちょっぴり甘やかされすぎみたいだな?」
思い通りにいかなかったことに腹を立てたらしく、男は、眉間にしわをよせて凄む。いよいよ本性が露わになってきた。
「いいぜ。なら無理矢理でも連れていってやる」
「……その手、離していただけますか」
「何寝惚けたこと言ってんだ。離すわけねぇだろ」
言葉だけで平和的に済まそうと思ったのだが、どうやら、そう簡単に諦めてはくれないようだ。
なら、仕方がない。
あまりこういうことはしたくなかったのだが——叩きのめして、帰ってもらうことにしよう。
普通なら、急にするにしても、一言断りを入れるだろう。
もちろん、もっと親密な男女関係にある二人なら話は別だが、私とルカ王子はそんな関係ではない。
「フェリスさん。僕の気持ち、分かってくれた?」
ルカ王子は何事もなかったかのような笑顔で尋ねてきた。
あんなことがあった直後で、なぜこうも普段通りに接することができるのだろう。なぜ気まずそうにすることもなく、笑顔なのだろう。
私には、それが不思議で仕方がなかった。
「……分かりませんよ」
「え?」
「こんなことされても……わけが分かりません」
私が発した言葉に、きょとんとした顔をするルカ王子。彼は今の状況を理解しきれていないようだ。
「そんな、どうして。聡明なフェリスさんなら、こんなことくらい……」
「そういう問題じゃありません!」
今以上親しくなってはいけない。一戦を越えてはならない。そう分かっていながら、目の前のルカ王子に惹かれてしまっている自分に腹が立ち、私は思わず口調を強めてしまった。
「こんな弄ぶような真似! もう止めて下さい!」
私が苛立っているのは私自身に対してだ。なのに、ルカ王子にきついことを言ってしまった。いけないことだと分かっているのに。
「ご、ごめん……」
ルカ王子は弱々しい声で謝る。
「失礼します!」
これ以上話を続けたら、ルカ王子をもっと傷つけてしまう。そう判断した私は、彼の自室から出ていくことにした。それが、今私が唯一できるルカ王子のためになることだと、そう思ったから。
ルカ王子の自室を出て、廊下を歩く。
彼が「待って!」と叫ぶのが聞こえたが、私は振り向かなかった。ここで振り向けば、彼を可哀想に思って戻ってしまいそうな気がしたからである。
脳内がルカ王子のことでいっぱいになるのを無理矢理掻き消し、ただひたすらに、歩き続ける。当てなどない。だが今は、ルカ王子のもとから離れられるなら何でもいいのだ。
城を出て、中庭に出る。
黒い絵の具で塗り潰したような重苦しい空から、数多の雨粒が降り注いでいた。
「そういえば……雨だったわね」
一人そっと呟きながら、私は、雨で濡れたベンチに腰掛ける。
すると、尻から太ももにかけて、ズボンが湿った。水分は生地に染み渡り、ついには肌にまで湿気をもたらす。
日頃なら、濡れないように、屋根のある場所へ移動したことだろう。
しかし今は、「そんなことはどうでもいい」という気分だ。雨に濡れたって、何も感じない。心地よいわけではないが、不快だとも思わなかった。
激しく降り続く雨は、私の全身を濡らしていく。
金の髪も、顔も、服も、まるでシャワーを浴びたかのような状態だ。
それでも私は、一人、そこに佇んでいた。
こうしているのが、一番気楽だったからである。
——そんな時だった。
「おぉ? お嬢ちゃん、こんなところで何してんだ?」
見知らぬ男が声をかけてきた。
あまり品の良くない雰囲気の男だ。高級そうではない茶色い服を着ており、体の要所要所に鉄製と思われる防具を身につけている。
「……何でしょうか」
見た感じ高い身分の人間とは思えないが、念のため丁寧な言葉遣いで接しておく。私が無礼な行いをしたことでルカ王子の評価が下がるようなことがあっては、大問題だからだ。
「こんな夜に外にいると、危ないやつが寄ってくるぜ」
「……貴方のような、ですか?」
「ちょ、ひでぇな。俺はべつに、危ないやつなんかじゃねぇよ」
ニヤニヤ笑ってそう言いながら、俺は私の片腕を掴む。
「俺は親切なやつだぜ」
いや、どう見ても危ないやつだ。
そうとしか思えない。
しかし厄介な者に絡まれてしまったわね……さて、どうしようかしら。
「濡れた服を乾かさにゃならんだろ? 俺の部屋、貸してやるよ」
「結構です」
「あぁん? 俺の善意にそんなこと言うとは、お嬢ちゃん。ちょっぴり甘やかされすぎみたいだな?」
思い通りにいかなかったことに腹を立てたらしく、男は、眉間にしわをよせて凄む。いよいよ本性が露わになってきた。
「いいぜ。なら無理矢理でも連れていってやる」
「……その手、離していただけますか」
「何寝惚けたこと言ってんだ。離すわけねぇだろ」
言葉だけで平和的に済まそうと思ったのだが、どうやら、そう簡単に諦めてはくれないようだ。
なら、仕方がない。
あまりこういうことはしたくなかったのだが——叩きのめして、帰ってもらうことにしよう。
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