護衛娘と気ままな王子

四季

文字の大きさ
上 下
12 / 32

12話 考えるものではなく

しおりを挟む
 鼻と鼻が触れるほどに接近した、私とルカ王子。
 お互いの顔もはっきり見えぬほどの近さに、私は戸惑いを隠せなかった。

 これまでも突然触れられることはよくあった。そのため、初期の頃よりかは、「あぁ、そういうやつね」と流せるようになってきつつある。慣れとは怖いものだと思うが、嫌悪感を抱くことはなくなったし、驚き慌てることもなくなった。

 ただ、それでも、ここまで近づくということは、珍しい。
 積極的に関わってくる質のルカ王子にしても、大胆すぎる行動だ。

「わ……分かりました。お話します」

 私は至近距離にあるルカ王子の顔から目を逸らしつつ言った。

 その瞬間、彼の表情は、ぱぁっと明るくなる。お菓子や欲しかったおもちゃを買ってもらえた子どものような、穢れなき喜びの表情だ。今は、高い身分であることなど、ほんの僅かも感じさせない。

「やった! ありがとう、フェリスさん!」
「ただ、もし失礼なことを言ってしまっても、怒らないで下さいね」
「もちろん! 打ち明けてくれるだけで十分だよ!」

 ルカ王子ははっきりと答えた。
 その声は迷いがない。それはもう、羨ましいほどに、真っ直ぐである。

 それから彼は、私の体から手を離す。
 話してくれるならば至近距離でなくとも構わない、ということなのかもしれない。

「実は、最近、ルカ王子と関わると胸の奥が不思議な感じになってしまって。もちろん、嫌いだとか不快だとかではないのですが……」

 彼はじっと聞き入っている。彼らしくない、真面目な顔つきだ。

「本当に不思議な感覚なので、上手く言い表せないのですが、きゅうっとなるというか……」

 いざ言葉にするとなると難しい。
 感覚を言葉に変えて他人へ伝えるというのは、何とも言えない難しさがあった。特に、これで伝わっているのか? という不安が生まれてくるところが、厄介である。

「体調不良は今までもありましたけど、こういう感覚は初めてで……理由がよく分かりません」

 すると、ルカ王子はすっぱりと述べた。

「その感覚、僕は知っているよ」

 えっ、そ、そうなの!?
 私でも知らないことを、何事にも疎いルカ王子が知っているというの!?

 そんな風に、妙に驚いてしまった。失礼な驚き方だとは思うが。

「教えていただいても構いませんか?」

 この謎の感覚の正体に心当たりがあるなら、ぜひとも聞いてみたいところだ。
 それにしても、医者でも分からなかったこの感覚の正体をルカ王子が知っていたなんて、良い意味で驚きである。

「うん。それはねー」

 愛らしく、にこっと笑うルカ王子。

「恋だよ!」

 ……はい?

 いきなり何を言い出すの、この人。
 突然「恋」なんて言い出すなんて、ロマンチストか何かですか?

「……フェリスさん、黙り込んでどうしたの? やっぱり体調が優れない?」

 ルカ王子は、きょとんとした顔でこちらを見つめてくる。

 純粋な彼のことだ、私が困惑の渦の中で言葉を失っていることを疑問に思ったのだろう。だが、私からすれば、いきなりこんなことを言われて平然としていられる人の方が不思議である。

「い、いえ。ですが、なぜ『恋』なのですか? まったく理解できません」
「うーん……なぜって聞かれたら難しいなぁ。でも、そういうのって、考えるものじゃなくて感じるものだと思うよ」

 なるほど、考えるものじゃなくて感じるもの、か。
 なかなかかっこいいことを言うではないか、ルカ王子。

 ただ、それでは私の問いの答えにはなっていない。

「ルカ王子は経験なさったことがあるのですか?」

 私はさらに尋ねてみる。
 すると彼は、両の口角を上げて、大きく頷いた。

「うん! あるよ!」

 予想外のはっきりとした言い方だった。
 また曖昧な返答が来ると思っていただけに、私は内心驚く。

 それにしても、子どものようなルカ王子が恋をしたことがあるなんて。こう言っては失礼かもしれないが、正直意外である。彼は友達以上の感情など抱かない人だと思っていた。

「詮索するようで申し訳ないのですが……それは最近ですか? そして、具体的にどのような感覚を覚えられましたか?」

 具体的な症例は一つでも多く知っておく方が良い。というのも、一つでも多く症例を頭に入れておけば、もしまた不思議な感覚があった時に、素早い対処ができる可能性が高まるからである。

 どんな病も、一番駄目なのは放置すること。そして、その病に対して無知であることだ。

「そうだね。せっかくの機会だし話すよ。実は僕も、そんなに昔のことじゃないんだけど……」

 言いながら、少々頬を赤らめるルカ王子。気恥ずかしそうな表情には、いつもの彼とは違う、大人の男性といった雰囲気が感じられる。

 しかし、そんなことより驚いたのは、私が「聞きたくない」と思っていたことだ。

 この奇妙な感覚の正体について知ろうと思っていたはずだった。なのに、私は今、ルカ王子の体験談をあまり聞きたくないと思っている。

 そして胸の奥には鈍痛。
 言葉では上手く表せない、沼に沈み込むような感覚だ。

「初めてフェリスさんに会った日だよ!」

 ……え?

 彼は一体何を言い出すのか。
 疑問符が頭の中を塗り潰していく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

処理中です...