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8話 二人だけのお茶会
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それから私とルカ王子は、参加者二人という極めて小規模なお茶会を楽しんだ。
色鮮やかな庭は、綺麗で、本当に素晴らしい。心からそう思う。
だが、侍女すらおらず二人きりというのが、どうも落ち着かない。変な噂を立てられたらどうするのだろう、と、密かに思ったりした。
ルカ王子はこんなだが、それでも、この国の未来を担う第一王子であることに変わりはない。護衛の女と必要以上に親しくしている、などと言われれば、彼の評価は下がるかもしれない。
それでもいい、と言うつもりだろうか?
……いや、彼のことだから気づいていないだけか。
「フェリスさん、お茶飲むの早いね」
「あ。すみません」
ティーカップはいつの間にか空になってしまっていた。考え事をしながら、半ば無意識に飲んでいたものと思われる。
私としたことが、もったいないことをしてしまった。高級なものだったかもしれないのに。
「いいよいいよ。気に入ってくれたなら嬉しいなー」
言いながら、ルカ王子は、私のティーカップにお茶を注いでくれる。
そして、見事にこぼした。
ポットからお茶が滝のように流れ落ちていく。
私は思わず立ち上がり、ポットを無理矢理、縦向きに押し戻した。なぜって、そうしないとせっかくのお茶がすべて無駄になってしまうから。
「気をつけて下さいよ!」
「あ、あ、ごめん……」
「ぼんやりしてると火傷しますよ。気をつけて下さい」
「う、うん。ありがとう」
素直に「ありがとう」と言える綺麗な心は良いと思う。だが、第一王子たるもの、もう少ししっかりしてもらわなくては困る。
「じゃあ改めて、入れるね」
ルカ王子はまたしてもポットを手に取る。そして、私のティーカップへとお茶を注ぐ。今度は成功しそうな感じなので、私は内心ほっとした。
ティーカップへ注がれたお茶からは湯気が立ち上る。そして、良い香りがする。甘くも爽やかな、心安らぐ芳香だ。前の一杯とは、香りが違う。
「今度のは良い匂いですね。何というお茶ですか?」
「気に入ってくれたんだね。ラビンディアティーだよー」
「へぇ。ラビンディアですか」
ラビンディア、なんて聞いたことがない。
なんせ、戦いばかりの私には、お茶を嗜む機会なんてなかったのだ。
「甘い香りがしますね」
ティーカップを持ち、口元へ近づけると、香りはより一層強まった。上手く言葉にできないが、嗅ぐだけで幸せな気分になってくる。
「うん。僕のお気に入りのお茶なんだ。けど、高級品なんだって。だから、あまり使わせてもらえないんだ」
「そうなんですね。でも……どうしてお気に入りのものを私に?」
高級品で、しかもお気に入りなのなら、大切にとっておけばいいのに。
「私にはもっと普通のお茶で良くないですか」
するとルカ王子は、目じりを下げて優しく微笑む。
紅の瞳も柔らかな色を湛えている。
「いやいや、それはおかしいよー? 大切な人とは、好きを共有したいものだと思うけど」
「そうなのですか」
「うん! そうそう、その通り!」
……よく分からない。
高級品なら量も限られていることだろう。それをわざわざ護衛に飲ませるルカ王子の心理は、よく分からない。少なくとも今の私には、彼の意図が掴めない。
「とにかく飲んでよー。美味しいよ」
「分かりました……ありがとうございます」
ルカ王子がせっかく飲むように言ってくれているのに、それを断るというのも申し訳ない。そう思い、私は、お茶を飲むことにした。
立ち上る湯気の心温まる香りに癒やされつつ、再び、ティーカップを口元へ近づける。そして、心を決め、一気に口腔内へ注ぎ込んだ。
「……美味しい!」
今回のお茶は非常に良い香りだが、味も香りに負けていなかった。
深みがあり、しかしすっきりとした、絶妙な味。かなりさらりと喉を通るのだが、薄味ということは決してなく、脳にしっかりと記憶される味だ。印象的だがくどくはないという、一番嬉しいバランスの味わいである。
「気に入ってくれたみたいだね」
陽だまりのように微笑むルカ王子の顔は、戦場で生きてきた私にとっては、驚くほど眩しかった。
戦場においては、敵に刃を向けられることはあっても、男性に微笑んでもらうことなど皆無である。それゆえ、こういった経験はほとんどない。だから、嬉しくは思うのだが、素直に「嬉しい」とは言えなかった。そんなことを言うのは私らしくない——そう思ってしまうからである。
それからも私とルカ王子は、向かいの席に座り、二人だけのお茶会を楽しんだ。
お茶会なんて、と始めこそ思っていたが、慣れてくれば案外楽しめるものだ。
お菓子や紅茶を飲み食いしつつ、美しい庭園を眺める。贅沢な時間だが、嫌な気はしない。それに、彼と二人きりなので、周囲へ変に気を遣わなくていいところも、魅力的である。
色鮮やかな庭は、綺麗で、本当に素晴らしい。心からそう思う。
だが、侍女すらおらず二人きりというのが、どうも落ち着かない。変な噂を立てられたらどうするのだろう、と、密かに思ったりした。
ルカ王子はこんなだが、それでも、この国の未来を担う第一王子であることに変わりはない。護衛の女と必要以上に親しくしている、などと言われれば、彼の評価は下がるかもしれない。
それでもいい、と言うつもりだろうか?
……いや、彼のことだから気づいていないだけか。
「フェリスさん、お茶飲むの早いね」
「あ。すみません」
ティーカップはいつの間にか空になってしまっていた。考え事をしながら、半ば無意識に飲んでいたものと思われる。
私としたことが、もったいないことをしてしまった。高級なものだったかもしれないのに。
「いいよいいよ。気に入ってくれたなら嬉しいなー」
言いながら、ルカ王子は、私のティーカップにお茶を注いでくれる。
そして、見事にこぼした。
ポットからお茶が滝のように流れ落ちていく。
私は思わず立ち上がり、ポットを無理矢理、縦向きに押し戻した。なぜって、そうしないとせっかくのお茶がすべて無駄になってしまうから。
「気をつけて下さいよ!」
「あ、あ、ごめん……」
「ぼんやりしてると火傷しますよ。気をつけて下さい」
「う、うん。ありがとう」
素直に「ありがとう」と言える綺麗な心は良いと思う。だが、第一王子たるもの、もう少ししっかりしてもらわなくては困る。
「じゃあ改めて、入れるね」
ルカ王子はまたしてもポットを手に取る。そして、私のティーカップへとお茶を注ぐ。今度は成功しそうな感じなので、私は内心ほっとした。
ティーカップへ注がれたお茶からは湯気が立ち上る。そして、良い香りがする。甘くも爽やかな、心安らぐ芳香だ。前の一杯とは、香りが違う。
「今度のは良い匂いですね。何というお茶ですか?」
「気に入ってくれたんだね。ラビンディアティーだよー」
「へぇ。ラビンディアですか」
ラビンディア、なんて聞いたことがない。
なんせ、戦いばかりの私には、お茶を嗜む機会なんてなかったのだ。
「甘い香りがしますね」
ティーカップを持ち、口元へ近づけると、香りはより一層強まった。上手く言葉にできないが、嗅ぐだけで幸せな気分になってくる。
「うん。僕のお気に入りのお茶なんだ。けど、高級品なんだって。だから、あまり使わせてもらえないんだ」
「そうなんですね。でも……どうしてお気に入りのものを私に?」
高級品で、しかもお気に入りなのなら、大切にとっておけばいいのに。
「私にはもっと普通のお茶で良くないですか」
するとルカ王子は、目じりを下げて優しく微笑む。
紅の瞳も柔らかな色を湛えている。
「いやいや、それはおかしいよー? 大切な人とは、好きを共有したいものだと思うけど」
「そうなのですか」
「うん! そうそう、その通り!」
……よく分からない。
高級品なら量も限られていることだろう。それをわざわざ護衛に飲ませるルカ王子の心理は、よく分からない。少なくとも今の私には、彼の意図が掴めない。
「とにかく飲んでよー。美味しいよ」
「分かりました……ありがとうございます」
ルカ王子がせっかく飲むように言ってくれているのに、それを断るというのも申し訳ない。そう思い、私は、お茶を飲むことにした。
立ち上る湯気の心温まる香りに癒やされつつ、再び、ティーカップを口元へ近づける。そして、心を決め、一気に口腔内へ注ぎ込んだ。
「……美味しい!」
今回のお茶は非常に良い香りだが、味も香りに負けていなかった。
深みがあり、しかしすっきりとした、絶妙な味。かなりさらりと喉を通るのだが、薄味ということは決してなく、脳にしっかりと記憶される味だ。印象的だがくどくはないという、一番嬉しいバランスの味わいである。
「気に入ってくれたみたいだね」
陽だまりのように微笑むルカ王子の顔は、戦場で生きてきた私にとっては、驚くほど眩しかった。
戦場においては、敵に刃を向けられることはあっても、男性に微笑んでもらうことなど皆無である。それゆえ、こういった経験はほとんどない。だから、嬉しくは思うのだが、素直に「嬉しい」とは言えなかった。そんなことを言うのは私らしくない——そう思ってしまうからである。
それからも私とルカ王子は、向かいの席に座り、二人だけのお茶会を楽しんだ。
お茶会なんて、と始めこそ思っていたが、慣れてくれば案外楽しめるものだ。
お菓子や紅茶を飲み食いしつつ、美しい庭園を眺める。贅沢な時間だが、嫌な気はしない。それに、彼と二人きりなので、周囲へ変に気を遣わなくていいところも、魅力的である。
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