タナベ・バトラーズ レフィエリ編

四季

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エピローグ

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 フィオーネの女王就任、侵攻による国の危機、それらを越え。

 数年。
 早いものであれからかなりの時が過ぎた。

 復興もある程度進み、一歩ずつではあるが着実に、かつてのレフィエリが戻りつつある。


 ◆


 その日、お昼前に、フィオーネはレフィエリシナの部屋へ顔を出した。
 彼女が訪ねた時レフィエリシナは青く煌めく宝玉を通して何かを見ていたところだったけれどフィオーネの訪問を嫌そうな顔はしなかった。

「お母様、今、少し良いですか?」
「フィオーネ」

 訪問に気づいたレフィエリシナは宝玉から離れ彼女の方へ視線を向ける。

「どうかしたかしら」
「書類についてです!」
「……書類?」
「魔法使い育成事業に関する件で」
「ええ」

 魔法使い育成事業、というのは、魔法使い志望の者を集めて指導するという近年始まったばかりの企画だ。
 これまでレフィエリでは魔法はあまり興味を持たれていなかった。が、レフィエリ防衛戦時のリベルの活躍などによって、ここへ来て魔法というものが注目され始めて。魔法を習いたい、という者が増えてきたため、こういった活動が企画された。

「今年の分です、この内容で間違いないか確認していただいても?」
「間違ってなんかいないと思うわよ?」
「念のためお願いします」
「そうね。分かったわ、では見てみるわ。すぐ返すわね」

 フィオーネは天井をぼーっと眺めながら思う。
 リベルがここに留まってくれて良かった、と。
 せっかく巡り会えたのだ、別れが来てしまうのは寂しい。

「――オーネ、フィオーネ!」
「あ、は、はい!」
「考え事?」
「お母様……いえ、でも、すみません」

 思考に意識を持っていかれてしまっていたフィオーネは数回軽く頭を下げた。

「それで、問題なかったでしょうか?」
「ええなかったわよ」
「良かった……! ありがとうございました!」

 フィオーネは書類を胸の前で大事そうに抱きながらレフィエリシナの部屋を出ていく。その足取りは軽やかで、まるで心を映し出す鏡であるかのようであった。
 そんな背中を見つめ、レフィエリシナは小さく微笑んでいた。
 ああ、もうこんなに大きくなって――立派に育った娘を想うように、レフィエリシナは懸命に働くフィオーネの背を見ていたのだ。


 レフィエリシナの部屋を出て廊下を歩いていたフィオーネは、まだ少しぎこちなさの残る歩き方をしている銀髪の女児を連れたリベルに遭遇。

「師匠! 散歩ですか?」
「うんまぁそんな感じかなー」

 女児はフィオーネを目にすると少しばかり恥ずかしそうにリベルの後ろに隠れた。

「あ、その子って……」
「そうそうー、引き取った子だよー」
「元気そうですね!」
「そうだね、健康状態に問題はないよ」

 戦いの混乱の中生まれ、両親を亡くし、リベルらに引き取られた女児。
 彼女は実の親のことは知らない。
 けれどもそれでも真っ直ぐに育っている。

「こんにちは!」

 フィオーネは女児の前にしゃがみ込んで挨拶する。
 すると女児は「こんにちは……ふぃおおね、さん」と控えめに返した。

「可愛いぃぃぃぃぃぃ」

 フィオーネはもだえる。

「そういえば師匠、仕事の方は順調ですか?」
「うん、賑やかにやってるねー」
「それは良かったです! 魔法がもっと普及すると良いですよね! ……でも、うう……師匠が皆の師匠になってしまうのがちょっと寂しいです」
「あはは、変なのー」
「だってだって! 寂しくないですか!? 特別が特別じゃなくなる!? て!」
「そうかなぁ。べつにそんなことないでしょ」

 フィオーネの複雑な心境がリベルにはいまいち理解できないようであった。

「何も変わらないよ」

 リベルはそう言って笑う。

「魔法文化発展のため、これからもよろしくお願いします!」

 フィオーネは何とも言えぬ思いを抱えたままでも前を向いた。たとえどんな想いの欠片を抱いていても。もはや彼女を立ち止まらせるものなどない。彼女には道が見えている。そして、その道は、何があろうとも誰かが潰すなどということはできない道だ。

「リベルくん! こんなところにいたんですか!」

 ちょうどその時。
 道の向かいから緑色に身を包んだおじさんという言葉が似合うような人が現れる。

「うん、そだよー」
「探してたんですよ?」
「何か用事あった?」
「まさか忘れているんですか……!? なら言います! 今日! その子健康診断なんですよ!」

 リベルの口がぽかんと丸く空く。

「あ」

 こぼれる声は一音だけ。

「そうだった!!」

 少ししてリベルは心を言葉に変えた。

「ごめん! じゃあねフィオーネ!」
「は、はい」

 リベルは女児を片腕で抱え上げて走り出す。
 廊下にはアウピロスが呆れた調子で「もう! 忘れちゃ駄目です!」と言う声が響いていた。

 いきなり一人になったフィオーネ。
 仲良しな彼らに、そして女児を含む三人の関係性に和みながら、彼女は再び歩き出す。


 書類の提出後、フィオーネは急いで食堂へ向かう。

 今日はトマトパインパスタセットの日だ。
 この日は、この日だけは、フィオーネは絶対に食堂へ行く。

「お! フィオーネじゃん」
「やっぱり今日は来たな」

 フィオーネが食堂へ駆け込むと、そこにはたまたまエディカとアウディーがいた。

「エディカさんとアウディーおじさま!? どうして……もしかして! お二人もトマトパインパスタセットを食べるために!?」

 お昼時ということもあって受付の前にできた列は既にかなり長くなっている。そのため、素早く食べて食堂から去る、というのは難しそうな状況だ。順番抜かししないなら、ゆっくり気長に待つしかない。

「トマトパインパスタセットの日だから来るかなーと思ってな」
「そうだったのですか! えへへ、私、アウディーおじさまにはすべて読まれていますね」
「さすがに分かってんよ、そのくらい」
「ですよね……ちょっと恥ずかしいですけど」

 三人は仲良く列に並ぶ。

「そういやさ、今日はデザートいつもと違うらしいよ。新作だってさ」
「そうなんですか?」
「ま、それでもトマト系ではあるみたいだけど」
「へえ……エディカさんは情報通ですね」

 女王が食堂で神殿勤めの一般人らと一緒に列を築いている。
 それはこれまでには見られなかった光景だ。
 けれども最近というくくりで見れば滅多にないことではない。

 世界は常に変わりゆくもの。そして女王の像というのもその時々で変わりゆくものだ。世には不変もあり、しかし、すべてがそうというわけではない。

 たとえ同じ椅子を使っているのだとしても、座る者が違えば色々なところに違いが出る――それは自然なことだ。

「新しいデザート……気になります、美味しい、でしょうか……」
「トマト好きなら大丈夫なんじゃね?」
「そうですよね、ちょっと不安もありますけど……」

 今、フィオーネの胸の内では、変わったという噂のデザートへの不安と期待が入り混じっている。

「でも! 平和なら何でもよし!ですね!」

 フィオーネはそう言って、太陽のように笑った。


 ◆


 北に深き森を、南に広き海を、そして突き抜けるような空を――豊かな自然に恵まれた、レフィエリ。
 聖地と呼ばれ民から愛されるその国は、かつて、一人の魔術師と魚人族たちによって生み出された。
 それから数え切れぬほどの時を経て。
 世を照らす剣の乙女は、祖の残り香と手を携え、魚人族の末裔が暮らすその国をより確かなものとして磨き上げている。

 女王フィオーネの統治の下、穏やかに。

 人々の笑顔という無数の花をあの青い空へ描きながら、繁栄してゆくのである。


◆終わり◆
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みんなの感想(1件)

谷 亜里砂
2024.04.26 谷 亜里砂

好きな展開です!また見に来ますね!

2024.04.26 四季

ありがとうございます!

解除

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