タナベ・バトラーズ レフィエリ編

四季

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2部

43.変わりゆく世界

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 オヴァヴァ鋼国軍は南下、国境に近いレフィエリの北の森へと進む。

 街とは離れているためいきなり人々が巻き込まれることはない。
 が、それでも明るくない噂は流れ、一般市民たちの心をざわめかせる。

 自宅にこもる者、店を閉める者、泣く子を励ます者、すべてに絶望してやけくそになり死のうとして拘束される者――淡々といつもと変わらない日々を生きる人もいるが、そうでない人たちも存在していた。

 現在オヴァヴァ鋼国とレフィエリはほとんど交流がない。
 そのため相手の意思を汲み取ることも難しいような状況。

「本当にこんなことになってしまいましたね……お母様」

 先ほどまで、フィオーネはレフィエリシナと共に現状について聞いていた。敵国がレフィエリに含まれている地域へ踏み込んだ、ということを。当たり前にあった平和は壊され始めている、その事実を、フィオーネは今深く重く捉えている。

「何とか止めたいけれど……」
「オヴァヴァ鋼国、でしたっけ? そこの偉い方と話をしてレフィエリに攻め込まないよう考え直してもらうというのは」
「無理よ!!」

 急に大きく鋭く発するレフィエリシナ。
 フィオーネはびくっと身を震わせた。

「……あ、いえ、ごめんなさい。つい大きな声を……悪いわねフィオーネ」
「い、いえ、大丈夫です」

 少しばかり気まずくなる二人。
 お互い上手く言葉を言い出せず、沈黙が訪れてしまう。

 ただの静寂であれば、母娘のような関係の二人にとってはどうということはない。それはあくまで静かなだけだから。たまにはそういうこともあろう、程度の認識でしかない。が、今は、そこに気まずさという要素が入れ込まれている。そのせいでただの静寂とは受け取れず。喉に物が引っかかっているような、何とも言えぬ地味な気持ち悪さがある。

「……あの、お母様」
「何かしら」
「備えておいた方が……良いでしょうか」

 勇気を出して口を開くフィオーネだが。

「そうね」
「……そう、ですよね」

 どこまでも悲しい返答に、また口をつぐんでしまう。

 それから、数えられないくらい時が流れて。

「けれど、日はまだあるわ」

 レフィエリシナが瞳を暗く煌めかせる。

「すぐに街まで敵軍が迫るわけではないわ。それに、森までで何とか食い止められたなら、民に迷惑は掛からない」

 その言葉は自分に言い聞かせている独り言のようでもあった。

「……そうですね! お母様。落ち込んでいても何も解決しませんよね」


 レフィエリシナと別れてから、フィオーネは一人半分屋外である神殿近くの道を歩いていた。
 すると地面に寝転がってのんびり昼寝をしているリベルに出会う。

「師匠何してるんですか!?」

 思わず大きめに声をかけてしまうフィオーネ。
 リベルは一言で彼女に気づき顔を上げた。

「やぁ! 調子はどうー?」

 聞き慣れた軽やかで呑気な声に少し心が和らぐ――気もしたが、そんなことをしている場合ではない、とすぐに気を引き締め直すフィオーネ。

「オヴァヴァ鋼国軍の南下について聞きました」
「あぁ、敵?」
「はい……こんなになってしまってすみません、巻き込んでしまって」

 申し訳なさそうな顔をされてもなお、リベルは笑顔だった。

「いやいやー、気にしないで! ここは快適だよー」

 意外な返答にフィオーネは戸惑う。

「そうでしょうか」
「うんうんそうだよー」
「でもこれからどうなるか……」
「敵はぶちのめすから任せてねー?」

 笑顔のリベルの口からはさらりと少し物騒な言葉も出る。
 けれども今は笑い話でもなく。
 実際その力に頼らねばならないかもしれないような状況であるから爽やかには笑えない。

「……心強いです」

 苦笑するのが限界だった。

 だが、そんなフィオーネを見てリベルは何かが気になったようだ。緋色のマントをまとったフィオーネにすたすたと歩み寄ると、彼は黒手袋をはめた右腕を伸ばす。そして、その手のひらで、弱り気味な顔をぺたぺたと触り始める。想定していなかった行動にフィオーネの顔には困惑の色しかなくなった。

「んー、顔色悪くない?」

 リベルは徐々に距離を詰めてくる。
 彼自身自覚はないようだが。
 赤と藍、二人の顔はいつの間にかかなり近づいていた。

「え、いえ、レフィエリの民はもともとこういう肌の色で……」

 二つの顔が至近距離にあれば、息すらもかかりそうで。
 相手の呼吸の音までも耳に入るほど近い。

「そうじゃなくてさ、元気なさそうじゃない?」
「何が言いたいのでしょうか……」
「働き過ぎてるんじゃないかなぁ」
「そんなことないです。女王にしては何もできていないくらいで」

 昔のフィオーネなら心の中でがっつり赤面していたことだろう。けれども今ではもうほとんど気にならなくなった。特にリベルに関しては、これまでも妙に近づかれたことがあるのでこうして接近されてもほぼ気にならない。

「真面目なのもいいけどさ、あまり無理しないようにねー?」

 リベルは一歩下がる。
 二人の間に距離が生まれた。

「あ、はい。お気遣いありがとうございます」
「フィオーネってちょっと真面目過ぎるとこあるよねー」
「え? 変でしょうか? すみません……」
「ふふ、そういうとこそういうとこ」

 フィオーネには彼の言うことがよく分からなかった。
 だから上手く返せなかった。

「あまり心配し過ぎなくていいよー? 僕も協力するしー」

 リベルはそう言って笑って、歩いていってしまう。
 フィオーネは何か言おうとした。
 でも言えないまま彼と別れることになってしまった。

 ――やっぱり駄目、秘密って言われてることを相談するなんて。

 そう、フィオーネは、一瞬彼に相談しようとしたのだ――レフィエリシナだけが覚えている、過去のレフィエリの悲劇について。

 明かしてしまえば心が軽くなる、そう思って、言いたくなった。
 たとえ解決策なんてないとしても、それでも、少しでも誰かと共有したくなったのだ。

 けれども彼女の中の真面目さはそれを許さなくて。

 結局フィオーネはレフィエリシナから言われている通り『誰にも言わない』ことを選んだ。
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