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31.静寂を吹き抜ける風
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その日、アウディーとエディカは墓参りに行っていた。
アウディーの妻でありエディカの母でもあったその女性は、かつて襲撃事件によって命を落とした。
家族の穏やかな時間が戻ることはない。
ただ、それでもと考えられて生まれたのが、この墓参りの時間だ。
アウディーがレフィエリに戻ってきて以降二人はそこへ通っている――丘にある、今は亡くともかつて確かに存在した愛する人の墓へ。
「フィオーネが女王になったよ、きっとこれからまた色々変わってくんだろうなって思ってる。が、大丈夫だ。このレフィエリは俺らが護っていく」
アウディーは墓の前にしゃがみ込んで祈るような表情で言葉を紡ぐ。
「エディカも、レフィエリシナ様も、絶対死なせねぇから……ごめんな、あんただけ死なせちまって」
その時、二人の背後から一人の男性が現れた。
数色の緑の服に身を包んだ平凡という言葉が似合うような男性――アウピロスだ。
彼の手には花がたくさん乗ったかご。
「……あんた」
「あ、こ、こんにちは。アウディーさん、でしたよね」
アウピロスは控えめに言葉を放つ。
どことなく気まずさを抱えている様子だ。
「おい、何見てんだ。覗きか? 趣味わりぃな。あ、リベルからの命令で探ってんのか?」
アウディーは警戒心を隠そうとしない。
それどころか、やや好戦的な雰囲気を発している。
「ち、違います!」
アウピロスは必死に訴えた。
敵ではない、と、懸命に示そうとしている。
「おじさんは定期的にいろんなお墓に花を備えているのです! ただそれだけです! 遭遇したのはたまたまです!」
言いきってから一応数歩下がるアウピロス。
「……すみません、もう去りますので、何もしないでください。ではこれで、おじさんは失礼しま――ひっ」
アウピロスが引きつったような高い声を漏らしたのは、アウディーに手首を掴まれたからだ。
だがアウディーに悪意はなかった。
むしろ彼の心には前向きな感情があった。
「花備えてんのか!?」
「え……」
「知らないやつの墓に!?」
「勝手なことをすみません! ちょっとした思いつきで! 勝手なことをすみませ――」
アウピロスが狼狽えていると――。
「一輪くれ」
――アウディーは好意的な意味合いをはらんだ言葉を発した。
想定外の言葉をかけられ思わずきょとんとした顔になってしまうアウピロス。
「花だよ、俺の妻の墓にも欲しい」
「あ……は、はい! もちろん! どうぞ!」
アウピロスが持つかごから一輪の黄色い花を受け取ったアウディーは、少しだけ表情を緩めて「ありがとな」と礼を述べた後、それを亡き妻の墓の前に置く。そこには既にアウディーらが持ってきた多数の花が山のように積まれてれていたが、アウピロスから貰った一輪はその山の上に置かれる形となった。
一連の流れを腕組みしながら黙って見ていたエディカがアウピロスへ視線を向ける。
「いいやつじゃん」
「……人はいつ死ぬか分かりませんから」
アウピロスは静かに目を伏せる。
「誰もが今日明日死ぬ可能性があります」
「ちょ、なんてこと言い出すんだおっさん」
「あくまで可能性の話です。不快にしてしまったらすみません。あ、では、おじさんはこれで!失礼します」
一礼しアウピロスは去っていく。
アウディーが気づいた時には緑の彼はもういなくなっていた。
「あれ? あのおっさんは?」
「もう去っていった」
「なっ、早過ぎだろ!? ……ま、いいや。礼は後日言うことにしよう」
アウディーとエディカは顔を見合わせて。
「「不思議なやつ」」
重なるように同じ言葉を発した。
静寂を吹き抜ける風が墓前の花の山を揺らしていた。
アウディーの妻でありエディカの母でもあったその女性は、かつて襲撃事件によって命を落とした。
家族の穏やかな時間が戻ることはない。
ただ、それでもと考えられて生まれたのが、この墓参りの時間だ。
アウディーがレフィエリに戻ってきて以降二人はそこへ通っている――丘にある、今は亡くともかつて確かに存在した愛する人の墓へ。
「フィオーネが女王になったよ、きっとこれからまた色々変わってくんだろうなって思ってる。が、大丈夫だ。このレフィエリは俺らが護っていく」
アウディーは墓の前にしゃがみ込んで祈るような表情で言葉を紡ぐ。
「エディカも、レフィエリシナ様も、絶対死なせねぇから……ごめんな、あんただけ死なせちまって」
その時、二人の背後から一人の男性が現れた。
数色の緑の服に身を包んだ平凡という言葉が似合うような男性――アウピロスだ。
彼の手には花がたくさん乗ったかご。
「……あんた」
「あ、こ、こんにちは。アウディーさん、でしたよね」
アウピロスは控えめに言葉を放つ。
どことなく気まずさを抱えている様子だ。
「おい、何見てんだ。覗きか? 趣味わりぃな。あ、リベルからの命令で探ってんのか?」
アウディーは警戒心を隠そうとしない。
それどころか、やや好戦的な雰囲気を発している。
「ち、違います!」
アウピロスは必死に訴えた。
敵ではない、と、懸命に示そうとしている。
「おじさんは定期的にいろんなお墓に花を備えているのです! ただそれだけです! 遭遇したのはたまたまです!」
言いきってから一応数歩下がるアウピロス。
「……すみません、もう去りますので、何もしないでください。ではこれで、おじさんは失礼しま――ひっ」
アウピロスが引きつったような高い声を漏らしたのは、アウディーに手首を掴まれたからだ。
だがアウディーに悪意はなかった。
むしろ彼の心には前向きな感情があった。
「花備えてんのか!?」
「え……」
「知らないやつの墓に!?」
「勝手なことをすみません! ちょっとした思いつきで! 勝手なことをすみませ――」
アウピロスが狼狽えていると――。
「一輪くれ」
――アウディーは好意的な意味合いをはらんだ言葉を発した。
想定外の言葉をかけられ思わずきょとんとした顔になってしまうアウピロス。
「花だよ、俺の妻の墓にも欲しい」
「あ……は、はい! もちろん! どうぞ!」
アウピロスが持つかごから一輪の黄色い花を受け取ったアウディーは、少しだけ表情を緩めて「ありがとな」と礼を述べた後、それを亡き妻の墓の前に置く。そこには既にアウディーらが持ってきた多数の花が山のように積まれてれていたが、アウピロスから貰った一輪はその山の上に置かれる形となった。
一連の流れを腕組みしながら黙って見ていたエディカがアウピロスへ視線を向ける。
「いいやつじゃん」
「……人はいつ死ぬか分かりませんから」
アウピロスは静かに目を伏せる。
「誰もが今日明日死ぬ可能性があります」
「ちょ、なんてこと言い出すんだおっさん」
「あくまで可能性の話です。不快にしてしまったらすみません。あ、では、おじさんはこれで!失礼します」
一礼しアウピロスは去っていく。
アウディーが気づいた時には緑の彼はもういなくなっていた。
「あれ? あのおっさんは?」
「もう去っていった」
「なっ、早過ぎだろ!? ……ま、いいや。礼は後日言うことにしよう」
アウディーとエディカは顔を見合わせて。
「「不思議なやつ」」
重なるように同じ言葉を発した。
静寂を吹き抜ける風が墓前の花の山を揺らしていた。
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