タナベ・バトラーズ レフィエリ編

四季

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14.宝玉の向こう、束の間の安らぎ

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 それはまだフィオーネが幼かった頃。
 基本的にはよく眠れるタイプのフィオーネだが、時折得たいの知れない何かが怖くなる夜があり、そんな夜には大抵レフィエリシナのところへ向かった。

 夜、レフィエリシナは、いつも自室で一人『蒼き宝玉』を見つめている。
 それゆえすぐに会えるのだ。

 もちろんこの日もその通りで。

「……あら、フィオーネ。どうしたの?」

 恐る恐る扉を開けたフィオーネをレフィエリシナは拒まない。

「眠れなくて……」
「そう。いらっしゃい、フィオーネ」

 招かれ、フィオーネはレフィエリシナが座っている椅子のところへ駆けてゆく。まだ不安に満ちた面持ちでいるフィオーネを、レフィエリシナはそっと抱いた。二本の腕で、その幼く柔らかな身を包む。

「何か怖かった?」
「……何かが」

 フィオーネははっきりとは答えられない。
 それでも怖かったことは事実だ。
 そう、得たいの知れない何か、が――まだ幼きフィオーネの胸をぬるりと舐めるように恐怖を与える。

「大丈夫よ、貴女は一人ではないわ」
「お母様……」
「それに、我々には剣がある……もしもこの地に災いがあったとしても――」

 レフィエリシナは両手の手のひらをフィオーネの頬に当てる。

「安心して、必ず、我々には勝利しかないわ」

 唐突に真剣な面持ちで告げられたフィオーネは、よく分からない、とでも言いたげに首を傾げる。が、少しして何か閃いたらしく、目をぱちぱちさせた。

「もしかして! 秘術、ですか!」

 フィオーネの口から明るい声が放たれる。

「先日聞きました! お母様は秘術を使えると!」

 急激に元気を取り戻すフィオーネ。

「そうです! それがあれば! きっと何もかも大丈夫! ですよね!」

 目をぱちぱちさせながら拳を握るフィオーネを見つめるレフィエリシナの表情はどこか暗さのあるものだった。
 微笑みでありながらも、明るくはない。
 ただ、その瞳には、フィオーネへの特別で唯一の感情が滲んでいる。

「……そうね」

 すっかり元気になったフィオーネ。彼女は恐怖から解き放たれた。恐怖から逃れたフィオーネは、先ほどまでとは別人になったかのような明るい顔つきで大袈裟に一礼してから、自分の寝室へ戻るべく走り去った。

 夜の闇に扉の閉まる低い音が響くと、レフィエリシナは片手を握る。

「フィオーネ……」

 ――話せない、真実は、まだ。

 レフィエリシナはこれまで何度も思った。もうすべてを話してしまおうかと。すべてを明かし、そのうえで皆で明るい未来を作る形もあるのではないかと、考えたこともあった。

 けれどもそれは叶わない。
 明かして崩れるのが恐ろしくて。

 無垢に笑うフィオーネを見るたび胸が痛む、本当のことを話せない、と――それでも彼女は、レフィエリシナは、今はまだ真実は己の胸だけに置いておくことを選んでいる。

 本当は。
 フィオーネが、人々が、信じる秘術はもうここにはない。

 ――剣は、貴女よ。

 レフィエリシナは誰にも明かさない。
 いつかフィオーネにすべてを告げる日まで。


 ◆


 暗闇で『蒼き宝玉』越しに外の世界を見つめるレフィエリシナ。
 今夜もいつもと変わらないありふれた夜だ。
 レフィエリの夜は美しい。暗幕を張ったような空には数多の星が輝く。神殿の外へ出れば夜に鳴く鳥の声が響くところはどこかミステリアスでもあるが、崖に近づけば波の音も耳に入る。遥か彼方、遠き宇宙を想わせるような夜空を眺めながら聞く波の音も――とても幻想的。

 だが、それに慣れているレフィエリシナからすれば、レフィエリの外の世界の方が興味深いものであって。

 だから毎晩宝玉を通して遠い世界を覗いては心をどこかへ旅立たせる。

 それは本を読むようなもの。本を読む時、文字を、文章を通して、人々は目にすることの叶わないものへ目を向ける。そして、その場所で起こる様々な現象や出来事に思いを馳せる。

 ある種の現実逃避。
 レフィエリシナの行為も、形は違えど、それに似ている。

 彼女は大きなものを抱えている。
 痛みも、苦しみも、絶望も――けれどもそれは誰にも明かせないもの、誰かと共有することはできないもの。

 だからこそ、遠く離れた地を想い、束の間の安らぎを得ているのである。
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