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1部
7.彼はあまり怒らない
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「今日はここまで!」
「はい!」
晴れわたる空の下、今日も剣の指導の時間が終わる。
橙色の髪を後頭部で一つに束ねたフィオーネの剣の師匠である女性エディカは、指導を受け終えて去ろうとするフィオーネに声をかけた。
「フィオーネ、ちょっといいか」
エディカは男勝りな人物だ。
幼い頃はそうでもなかったのだが、いつからか、男性的な面も抱えるようになった。
「何でしょう?」
「あの男、どうだ」
いきなりの問いにフィオーネは首を傾げる。
「門番さんですか?」
「違う!」
「ええと……リベルさん?」
「ああ、そいつそいつ。魔法習ってるんだろ?」
エディカの喋り方はあまり女性的でない。
「はい!」
「変なことされてないか?」
「師匠は強いですよ! それにトマトも出せます!」
嬉しそうなフィオーネの顔を見て、エディカは眉間にしわを寄せる。
これにはさすがに違和感を覚えたようで。
「……エディカさん、あの、何か気になることでも?」
フィオーネは尋ねた。
「あいつがフィオーネを指導するに相応しいやつか知りたくてな」
「大丈夫です、お母様が連れてきたのですから」
「それは思うよ。ただな、どうしても信じられないっていうか……怪しいんだよな、まとってる空気が嫌な感じで」
エディカが苦々しそうな顔をするのを見たフィオーネは「これから師匠のところへ行きますから、一緒に行きますか?」と問いを放つ。対するエディカは、暫し考え込むような顔をしたが、やがて「そうする」と答えて頭を縦に振った。
そうして二人でリベルのところへ行くこととなった。
これまでにはなかったことだ。
◆
「わ! どうしたのー、他の人と来るなんて」
待ち合わせ場所に来たのがフィオーネだけでなかったことに驚くリベル。
しかしさほど動じてはおらず笑みは保たれている。
彼はいつも通りベンチに片膝を立てて座ったまま言葉を発していた。
「君はー……ええと、誰だっけー」
「エディカ」
「そっか、よろしくー」
エディカは顔をしかめて舌打ち。
「ったく、調子に乗ったやつだな」
「ごめんねー」
「アンタ、本当に強いのか?」
「……少なくとも君には負けないかなー」
リベルの微笑んだままの勝ち気な発言に煽られ、エディカは荒々しい声を発する。
「随分自信家なんだな。なら! アタシを倒せ!」
ええー……、というような顔をするリベル。
しかし彼に拒否権はなく。
敵ではなく、敵意もないが、リベルはエディカとぶつかることになる。
◆
神殿の中庭、向かい合う二人。
周囲には人だかりができ、誰もが、背筋を伸ばすようにして今まさに始まる戦いを目に焼きつけようとしている。
そんな人の群れの圧に押されつつ、フィオーネは当事者二人の近くに座っていた。
彼女はいつになく不安げな顔をしている。
「じゃ、いく! 手加減しないからな!」
「いいよー」
剣を手にしたエディカは迷いなくリベルへ突っ込んでゆく。リベルは最初の立ち位置から特に動かない。にこにこ、というような笑みを浮かべたまま、じっとしている。やがて、接近したエディカの剣が届きそうなところにまで近づくと、リベルは右手を前に出した。瞬間、彼の手のひらから青い光の玉が飛び、それがエディカの手と剣を引き離す。エディカの剣は回転しながら遠くへ飛んでいき、草が生えている地面に刺さった。
「そん、な」
まさかの展開に愕然とするエディカ。
動きを止めてしまった彼女に向けてリベルは言葉を放つ。
「これでいいかなー」
彼は一貫して笑顔だ。
ありとあらゆる面から安定している様子と余裕が窺える。
「く……」
「まだ続ける?」
エディカは暫し決心できずにいたようだが、やがて、諦めたように「今日はアタシの負けだ、認める」と口を動かした。
◆
その後、人がはけてから。
「悪かった。実力を疑ったことは……謝る」
「いいよーいいよー」
エディカは真面目に謝罪した。
「こっちこそ、剣折っちゃってごめんねー?」
先ほどリベルの術によって飛ばされた剣は、エディカが地面から引き抜いて回収しようとしたところ、軽やかにぽきと折れてしまったのだ。
一瞬で、一撃で、かなりの衝撃を受けていたようなのだ。
「それは気にしなくていい」
「良かったー」
「だけど! まだ信じきったわけじゃないからな!」
「ええー」
がっかりしたような演技をしてみせるリベル。
ただし八割以上冗談である。
「フィオーネに何かしたらその時は許さないからな!」
「しないしない」
「それと! レフィエリに害を与えるようなそぶりがあったら! その時は仕留めるから!」
凄まじい勢いで言い放たれ、リベルは苦笑する。
「ここの人たちは血の気多いなぁ」
「じゃ、これで」
「また恥ずかしい思いしたくなったらいつでも来てねー」
「おいっ」
こうして戻る平穏。
エディカが立ち去ったことで急に静けさが戻った。
「何というか……すみません師匠、こんなのばかりで……」
静かになったその場所で、フィオーネは、機嫌を窺うような雰囲気でリベルへ目をやる。それに対してリベルは、軽く頭部を傾け、改めて控えめな笑みを浮かべる。
「楽しいよー?」
男性にしては高めの中性的な声、その響きは軽やかだ。
「本気で言っているようには見えません……」
「大丈夫大丈夫」
エディカの無礼とも取れる行動に対してリベルが怒らなかったことに安堵する一方で、彼が怒った場面をほとんど見たことがないことにどことなく不気味さも感じるフィオーネであった。
「はい!」
晴れわたる空の下、今日も剣の指導の時間が終わる。
橙色の髪を後頭部で一つに束ねたフィオーネの剣の師匠である女性エディカは、指導を受け終えて去ろうとするフィオーネに声をかけた。
「フィオーネ、ちょっといいか」
エディカは男勝りな人物だ。
幼い頃はそうでもなかったのだが、いつからか、男性的な面も抱えるようになった。
「何でしょう?」
「あの男、どうだ」
いきなりの問いにフィオーネは首を傾げる。
「門番さんですか?」
「違う!」
「ええと……リベルさん?」
「ああ、そいつそいつ。魔法習ってるんだろ?」
エディカの喋り方はあまり女性的でない。
「はい!」
「変なことされてないか?」
「師匠は強いですよ! それにトマトも出せます!」
嬉しそうなフィオーネの顔を見て、エディカは眉間にしわを寄せる。
これにはさすがに違和感を覚えたようで。
「……エディカさん、あの、何か気になることでも?」
フィオーネは尋ねた。
「あいつがフィオーネを指導するに相応しいやつか知りたくてな」
「大丈夫です、お母様が連れてきたのですから」
「それは思うよ。ただな、どうしても信じられないっていうか……怪しいんだよな、まとってる空気が嫌な感じで」
エディカが苦々しそうな顔をするのを見たフィオーネは「これから師匠のところへ行きますから、一緒に行きますか?」と問いを放つ。対するエディカは、暫し考え込むような顔をしたが、やがて「そうする」と答えて頭を縦に振った。
そうして二人でリベルのところへ行くこととなった。
これまでにはなかったことだ。
◆
「わ! どうしたのー、他の人と来るなんて」
待ち合わせ場所に来たのがフィオーネだけでなかったことに驚くリベル。
しかしさほど動じてはおらず笑みは保たれている。
彼はいつも通りベンチに片膝を立てて座ったまま言葉を発していた。
「君はー……ええと、誰だっけー」
「エディカ」
「そっか、よろしくー」
エディカは顔をしかめて舌打ち。
「ったく、調子に乗ったやつだな」
「ごめんねー」
「アンタ、本当に強いのか?」
「……少なくとも君には負けないかなー」
リベルの微笑んだままの勝ち気な発言に煽られ、エディカは荒々しい声を発する。
「随分自信家なんだな。なら! アタシを倒せ!」
ええー……、というような顔をするリベル。
しかし彼に拒否権はなく。
敵ではなく、敵意もないが、リベルはエディカとぶつかることになる。
◆
神殿の中庭、向かい合う二人。
周囲には人だかりができ、誰もが、背筋を伸ばすようにして今まさに始まる戦いを目に焼きつけようとしている。
そんな人の群れの圧に押されつつ、フィオーネは当事者二人の近くに座っていた。
彼女はいつになく不安げな顔をしている。
「じゃ、いく! 手加減しないからな!」
「いいよー」
剣を手にしたエディカは迷いなくリベルへ突っ込んでゆく。リベルは最初の立ち位置から特に動かない。にこにこ、というような笑みを浮かべたまま、じっとしている。やがて、接近したエディカの剣が届きそうなところにまで近づくと、リベルは右手を前に出した。瞬間、彼の手のひらから青い光の玉が飛び、それがエディカの手と剣を引き離す。エディカの剣は回転しながら遠くへ飛んでいき、草が生えている地面に刺さった。
「そん、な」
まさかの展開に愕然とするエディカ。
動きを止めてしまった彼女に向けてリベルは言葉を放つ。
「これでいいかなー」
彼は一貫して笑顔だ。
ありとあらゆる面から安定している様子と余裕が窺える。
「く……」
「まだ続ける?」
エディカは暫し決心できずにいたようだが、やがて、諦めたように「今日はアタシの負けだ、認める」と口を動かした。
◆
その後、人がはけてから。
「悪かった。実力を疑ったことは……謝る」
「いいよーいいよー」
エディカは真面目に謝罪した。
「こっちこそ、剣折っちゃってごめんねー?」
先ほどリベルの術によって飛ばされた剣は、エディカが地面から引き抜いて回収しようとしたところ、軽やかにぽきと折れてしまったのだ。
一瞬で、一撃で、かなりの衝撃を受けていたようなのだ。
「それは気にしなくていい」
「良かったー」
「だけど! まだ信じきったわけじゃないからな!」
「ええー」
がっかりしたような演技をしてみせるリベル。
ただし八割以上冗談である。
「フィオーネに何かしたらその時は許さないからな!」
「しないしない」
「それと! レフィエリに害を与えるようなそぶりがあったら! その時は仕留めるから!」
凄まじい勢いで言い放たれ、リベルは苦笑する。
「ここの人たちは血の気多いなぁ」
「じゃ、これで」
「また恥ずかしい思いしたくなったらいつでも来てねー」
「おいっ」
こうして戻る平穏。
エディカが立ち去ったことで急に静けさが戻った。
「何というか……すみません師匠、こんなのばかりで……」
静かになったその場所で、フィオーネは、機嫌を窺うような雰囲気でリベルへ目をやる。それに対してリベルは、軽く頭部を傾け、改めて控えめな笑みを浮かべる。
「楽しいよー?」
男性にしては高めの中性的な声、その響きは軽やかだ。
「本気で言っているようには見えません……」
「大丈夫大丈夫」
エディカの無礼とも取れる行動に対してリベルが怒らなかったことに安堵する一方で、彼が怒った場面をほとんど見たことがないことにどことなく不気味さも感じるフィオーネであった。
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