上 下
20 / 30

16話「明ける」(1)

しおりを挟む

 その日の晩はアカリの傍で朝を待つことにした。物騒な事件の後だからか不安が大きく、一人で夜を過ごすことはできそうになかったからだ。眠れなくてもいい、恐怖の荒波に呑まれさえしなければそれでいい、そのくらいの気持ちで過ごした。

 けれども、事件は案外睡眠に関係なくて。
 私は気づかぬうちに眠ってしまったようで、気づいた時には外は明るくなっていた。

 どうやら私は、アカリが敷いてくれた小さめの布団に入って寝ていたようだ。すぐ近くにある紙製仕切りの向こうは白い光に満ちていた。

 目覚めてからしばらく、私は布団から出ずにいた。まだ体が重い気がしたからだ。ただし、この重さは多分、風邪や体調不良によるものではない。単なる寝起きのだるさだろう。肉体より意識の方が覚醒が早かったことによる動けなさ、とも言えるかもしれない。なんにせよ、動きたくない気分だったのだ。

 そんなわけで天井を見ながらぼんやりしていると、仕切りの横からアカリが顔を覗かせてきた。

「もう起きてたのかい……!」

 アカリは私が目覚めていることに気がついていなかったようで、目を開けている私を見て驚いていた。

「さっき気がつきました」
「昨夜は大変だったけど、何とか眠れたみたいだねぇ」

 アカリの世話焼きそうな声を耳にすると落ち着く。荒れていた心の中の海が静かになるよう。上手く説明できないけれど、彼女の声は今の私にとってはとても心地よいものなのだ。

「あの後……どうなりましたか?」
「トウロウなら無事だよ。命は落とさずに済んだみたいだった。だからもう心配しなくていいよ」
「本当ですか!」

 私は思わず普段よりも大きめな声を発してしまった。
 それに対し、アカリはニヤリと笑みを浮かべる。

「おやぁ? 随分心配していたんだねぇ?」

 その時のアカリは、恥じらう友達をからかう女子高生のようだった。
 ちなみに、恥じらう友達の役が私。

「……刺されたんですよ。心配じゃないわけがありません」

 そんな風にして会話していると、段々重苦しさが緩和されてきた。脳の覚醒に肉体がようやく追いついてきたのだろう。ここに来てようやく心身の状態が一致した、という解釈で大きく間違ってはいないはず。

「そういうものかねぇ」
「はい」
「随分はっきり言うねぇ」
「事実ですから……」

 私はゆっくりと上半身を起こしていく。
 こんなに慎重になる必要はなかったのかもしれない。べつに私が刺されたわけではないのだから。ただ、それまで動かなかった肉体を急に素早く動かすことには抵抗があって。それで、ゆっくり動くことを選択したのだ。

 柔らかな掛け布団からは、少しばかり甘い香りがする。
 かじりつきたくなるような芳香だ。
 それに、よく肌で感じてみると、とても気持ちの良い布団だ。掛け布団はもちろん、敷き布団もとても良質である。かなり寝た後だというのにまだふかふかしているし、肌触りが非常に良い。汗を吸ったような湿り気は一切ない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...