129 / 147
episode.128 一と一
しおりを挟む
腕時計から赤い光が溢れる。見覚えのある光景だ。
そう、確かあれは、ダリアでシブキガニと戦った時。初めて一対一で化け物を倒した、記念すべき日だったと思う。
あの日、私は、今と同じ光景を目にした。
私の意思に関係なく、腕時計から当然光が放たれるという光景を。
もしこれが、あの時と同じなのだとしたら、この赤い光がやがて剣となるはず。シブキガニと戦ったあの時以来、この現象が起きたことは一度もないけれど、可能性はゼロではない。
「……何だと?」
これにはさすがのボスも怪訝な顔をする。今までの光線とは違う、ということを、薄々感じているのだろう。
「お主、何をするつもりだ」
私に聞かれても。
それが本心だ。いや、もちろん、そんな返答はしなかったけれども。
「さぁね」
一応返しておく。
言ってから、かっこつけすぎたかもしれないと少し思ったりしたのは、秘密にしておこう。
そのうちに赤い光は、一ヶ所に集まっていく。そしてついに、剣の形へと変化していき始めた。
予想通りだ! と、嬉しい気持ちが込み上げてくる。だが今は、そう呑気に喜んでいる場合ではない。剣を取り、戦う。そしてボスを倒さなくては、何の意味もないのだから。
光が去り、剣は私の手元へ落ちてくる。私は落とさないよう、何とかキャッチした。
刃部分は細く、銅のような赤茶色。持ち手は赤で、華やかな装飾が施されている。どこの誰が作ったのかは知らないが、個人的には、結構綺麗な剣だと思う。
「ほう、剣か」
剣を手に取る私の姿を見て、ボスは低い声でそう述べた。
「光だけではないのだな。実に興味深い」
研究したい、みたいな目で見るのは止めていただきたいものだ。
そんなことを思っていると、ボスは唐突に話しかけてきた。
「マレイ・チャーム・カトレア」
先ほどまでとは打って変わって穏やかな表情になっている。非常に不気味だ。
「……何?」
「もう一度だけ問おう。我につく気はないか」
ボスの言葉に、私はただ唖然とすることしかできなかった。
何を今さら——。
そんな思いだけが、心を満たす。
「お断りよ。残念だけど、貴方につく気はないわ」
「我が研究に協力する気はないか。お主の力を研究すれば、新たな化け物を生み出すことができるやもしれぬ。そうすれば、お主も多くのものを手に入れられるぞ」
「いいえ。人を傷つけることしか頭にない貴方に、協力することはできない」
何と言われようが、それだけは譲れない。
私も、化け物狩り部隊のみんなも、そしてゼーレも、ボスに多くのものを奪われてきたのだ。それを忘れ、彼につくなんて、できるわけがない。
するとボスは、はぁ、と溜め息を漏らす。
「……そうか、残念だ」
言い終わるや否や、ボスは私へ手のひらを向けてくる。
波動のようなものを使った攻撃だろう。
「ふぅん!」
先ほどトリスタンがやられた時の光景を、忘れてはいない。私は咄嗟に足を動かし、その場から離れる。
赤いドレスは布が重くて走りにくい。
だが、早めに走り出したため、何とかかわすことができた。ギリギリセーフである。
「逃がさんぞ!」
ボスの鋭い声が飛んできた。
その声に怯みそうになりながらも、「しっかりしなくちゃ!」と自身を鼓舞し、走り続ける。
手には剣。そして腕時計。
私が使える武器はそれだけしかない。少し離れた場所にいるグレイブを呼びにいく暇もない。
「我に手を貸さぬなら! ここで消し炭にしてやろう!」
今やボスは、私さえ殺す気のようだった。思い通りにならない者を生かしておく価値はない、ということなのだろう。
けれど、そう易々とやられる気はない。
そのうちに、ボスは再び狙いを私へ定め、手のひらを向けてきた。
ここから力み、波動のようなものを出す、という流れだろう。波動のようなものの威力は結構なものだ、油断はできない。しかし、力んだ後しばらくはボスはその場に停止するので、その瞬間は逆に、攻撃を当てるチャンスとも捉えられる。
「ふぅん!」
ボスの手のひらから、波動のようなものが放たれた。
それを見て、私は駆け出す。ボスに向かって、一直線に。服装のせいであまり速度が出ないけれど、懸命に駆けた。
もちろんボスも馬鹿者ではない。すぐに視線を私へ向けてきた。ボスの肉食獣のような目つきには、思わずゾッとしてしまったほどだ。
それでも走り続け、あと数メートルというところまで接近した時、ボスが私の方へと体を向けた。
完全な戦闘体勢をとられてしまっていては、私に勝ち目はない。いや、私が勝つ可能性もゼロではないだろうが、かなり低くなってしまうことは確かだ。
とにかく崩さなくては。
しかし、必要な時にパッと名案を思いつくような賢い頭脳を持ってはいない。なので取り敢えず、ボスの顔面に向けて光線を発射してみる。
ボスはもちろん避けた。
だが、その眩しさに目を閉じてしまっている。
チャンス! と思った私は、剣を手に、ボスに向かって跳んだ。
前へ突き出した剣の先が、ボスの胸元に突き刺さる。
まるで、厚いステーキにフォークを突き刺したかのよう。
まさか、という光景だった。
「な、に……!?」
ボスの目が見開かれる。
彼は驚いた顔をしているが、本当に驚いたのは私の方だ。やみくもに行った一撃が胸に命中したのだから、驚かないわけがない。
「ぐ……ふんっ!」
ボスは動揺を隠せぬ顔をしながらも、私を振り払った。
私の体はぽぉんと飛んで、ぽとんと地面へ落下する。地面で尾てい骨を打った。正直、痛い。
「ふぅぅんっ!」
——そこへ、波動のようなものが飛んでくる。
避けなくちゃ、と思ったけれど、間に合わず。結局そのまま、まともに受けてしまった。
「……あっ」
全身に激痛が走る。引っ掻かれるような痛みと、骨を砕かれるような痛みが、同時に襲ってくる。
こればかりは「もう駄目かもしれない」と思ってしまった。
こんなに激しい痛みを体験するのは、生まれて初めてだ。これまでも怪我はしてきた私だが、脳裏に死がよぎるほどの苦痛は、これが初めてな気がする。
「マレイ・チャーム・カトレア……道連れにしてやろう」
そう、確かあれは、ダリアでシブキガニと戦った時。初めて一対一で化け物を倒した、記念すべき日だったと思う。
あの日、私は、今と同じ光景を目にした。
私の意思に関係なく、腕時計から当然光が放たれるという光景を。
もしこれが、あの時と同じなのだとしたら、この赤い光がやがて剣となるはず。シブキガニと戦ったあの時以来、この現象が起きたことは一度もないけれど、可能性はゼロではない。
「……何だと?」
これにはさすがのボスも怪訝な顔をする。今までの光線とは違う、ということを、薄々感じているのだろう。
「お主、何をするつもりだ」
私に聞かれても。
それが本心だ。いや、もちろん、そんな返答はしなかったけれども。
「さぁね」
一応返しておく。
言ってから、かっこつけすぎたかもしれないと少し思ったりしたのは、秘密にしておこう。
そのうちに赤い光は、一ヶ所に集まっていく。そしてついに、剣の形へと変化していき始めた。
予想通りだ! と、嬉しい気持ちが込み上げてくる。だが今は、そう呑気に喜んでいる場合ではない。剣を取り、戦う。そしてボスを倒さなくては、何の意味もないのだから。
光が去り、剣は私の手元へ落ちてくる。私は落とさないよう、何とかキャッチした。
刃部分は細く、銅のような赤茶色。持ち手は赤で、華やかな装飾が施されている。どこの誰が作ったのかは知らないが、個人的には、結構綺麗な剣だと思う。
「ほう、剣か」
剣を手に取る私の姿を見て、ボスは低い声でそう述べた。
「光だけではないのだな。実に興味深い」
研究したい、みたいな目で見るのは止めていただきたいものだ。
そんなことを思っていると、ボスは唐突に話しかけてきた。
「マレイ・チャーム・カトレア」
先ほどまでとは打って変わって穏やかな表情になっている。非常に不気味だ。
「……何?」
「もう一度だけ問おう。我につく気はないか」
ボスの言葉に、私はただ唖然とすることしかできなかった。
何を今さら——。
そんな思いだけが、心を満たす。
「お断りよ。残念だけど、貴方につく気はないわ」
「我が研究に協力する気はないか。お主の力を研究すれば、新たな化け物を生み出すことができるやもしれぬ。そうすれば、お主も多くのものを手に入れられるぞ」
「いいえ。人を傷つけることしか頭にない貴方に、協力することはできない」
何と言われようが、それだけは譲れない。
私も、化け物狩り部隊のみんなも、そしてゼーレも、ボスに多くのものを奪われてきたのだ。それを忘れ、彼につくなんて、できるわけがない。
するとボスは、はぁ、と溜め息を漏らす。
「……そうか、残念だ」
言い終わるや否や、ボスは私へ手のひらを向けてくる。
波動のようなものを使った攻撃だろう。
「ふぅん!」
先ほどトリスタンがやられた時の光景を、忘れてはいない。私は咄嗟に足を動かし、その場から離れる。
赤いドレスは布が重くて走りにくい。
だが、早めに走り出したため、何とかかわすことができた。ギリギリセーフである。
「逃がさんぞ!」
ボスの鋭い声が飛んできた。
その声に怯みそうになりながらも、「しっかりしなくちゃ!」と自身を鼓舞し、走り続ける。
手には剣。そして腕時計。
私が使える武器はそれだけしかない。少し離れた場所にいるグレイブを呼びにいく暇もない。
「我に手を貸さぬなら! ここで消し炭にしてやろう!」
今やボスは、私さえ殺す気のようだった。思い通りにならない者を生かしておく価値はない、ということなのだろう。
けれど、そう易々とやられる気はない。
そのうちに、ボスは再び狙いを私へ定め、手のひらを向けてきた。
ここから力み、波動のようなものを出す、という流れだろう。波動のようなものの威力は結構なものだ、油断はできない。しかし、力んだ後しばらくはボスはその場に停止するので、その瞬間は逆に、攻撃を当てるチャンスとも捉えられる。
「ふぅん!」
ボスの手のひらから、波動のようなものが放たれた。
それを見て、私は駆け出す。ボスに向かって、一直線に。服装のせいであまり速度が出ないけれど、懸命に駆けた。
もちろんボスも馬鹿者ではない。すぐに視線を私へ向けてきた。ボスの肉食獣のような目つきには、思わずゾッとしてしまったほどだ。
それでも走り続け、あと数メートルというところまで接近した時、ボスが私の方へと体を向けた。
完全な戦闘体勢をとられてしまっていては、私に勝ち目はない。いや、私が勝つ可能性もゼロではないだろうが、かなり低くなってしまうことは確かだ。
とにかく崩さなくては。
しかし、必要な時にパッと名案を思いつくような賢い頭脳を持ってはいない。なので取り敢えず、ボスの顔面に向けて光線を発射してみる。
ボスはもちろん避けた。
だが、その眩しさに目を閉じてしまっている。
チャンス! と思った私は、剣を手に、ボスに向かって跳んだ。
前へ突き出した剣の先が、ボスの胸元に突き刺さる。
まるで、厚いステーキにフォークを突き刺したかのよう。
まさか、という光景だった。
「な、に……!?」
ボスの目が見開かれる。
彼は驚いた顔をしているが、本当に驚いたのは私の方だ。やみくもに行った一撃が胸に命中したのだから、驚かないわけがない。
「ぐ……ふんっ!」
ボスは動揺を隠せぬ顔をしながらも、私を振り払った。
私の体はぽぉんと飛んで、ぽとんと地面へ落下する。地面で尾てい骨を打った。正直、痛い。
「ふぅぅんっ!」
——そこへ、波動のようなものが飛んでくる。
避けなくちゃ、と思ったけれど、間に合わず。結局そのまま、まともに受けてしまった。
「……あっ」
全身に激痛が走る。引っ掻かれるような痛みと、骨を砕かれるような痛みが、同時に襲ってくる。
こればかりは「もう駄目かもしれない」と思ってしまった。
こんなに激しい痛みを体験するのは、生まれて初めてだ。これまでも怪我はしてきた私だが、脳裏に死がよぎるほどの苦痛は、これが初めてな気がする。
「マレイ・チャーム・カトレア……道連れにしてやろう」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
婚約者から突如心当たりのないことを言われ責められてしまい、さらには婚約破棄までされました。しかしその夜……。
四季
恋愛
婚約者から突如心当たりのないことを言われ責められてしまい、さらには婚約破棄までされました。
しかしその夜……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約者の様子がおかしい。明らかに不自然。そんな時、知り合いから、ある情報を得まして……?
四季
恋愛
婚約者の様子がおかしい。
明らかに不自然。
※展開上、一部汚い描写などがあります。ご了承ください。m(_ _)m
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる