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episode.118 銀剣士
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私のすぐ前にトリスタン。彼と対峙するように立っているのは、ボスと、先ほど私に刃を突きつけていたロボットだ。ちなみにそのロボットは、全身に銀色を塗りたくった人間のような容姿である。
「お主が出てくるとはな。驚いたぞ」
ボスは低い声で述べる。
そこに優しさなんてものは微塵もない。
「今日こそくたばってもらうよ」
それに対しトリスタンは、白銀の剣を構えた体勢のままで返した。彼の深海のような青をした双眸は、ボスを鋭く睨んでいる。
「くたばってもらう、だと? 笑わせるな。お主ごときが我をくたばらせようなど、百年早いわ」
「僕一人、だったらね」
言いながら、トリスタンはニヤリと口角を持ち上げた。
ちょうどそのタイミングで、反対側から、長槍を持ったグレイブが姿を現す。若草色の地面をバックに緩やかになびく黒髪は、こんな時でも艶があって凄く綺麗である。
「覚悟してもらおう」
淡々と言い放つグレイブ。
彼女の漆黒の瞳は、夜の湖の水面のように澄んでいた。
「化け物め!」
そう叫ぶと同時に、彼女は片手を掲げる。すると、それを合図に、大量の光の弾が飛んできた。そのすべてが、ボスへと向かっていく。恐らく、付近に隠れている隊員たちが放ったものなのだろう。
だがボスは慌てない。
彼は、ロボットに何やら指示を出した後、「ふんっ!」と叫びながら全身に力を加えた。光弾をすべて弾き返す。
そんなボスの様子を見つめていると、ロボットがこちらへ向かってきた。
トリスタンがすかさず対応する。
「……やるね」
ロボットが勢いよく振り下ろした剣を咄嗟に止め、ぽそりと呟くトリスタン。その均整のとれた顔には、ほんの少し、焦りの色が見える。冷静さをなくしてはいないが、多少動揺していることは確かだ。
「トリスタン! 援護するわ!」
「マレイちゃんは下がっていて構わないよ」
「でも……!」
トリスタンとロボットは、剣と剣を交えた体勢のまま、動きを止めている。
両者の力は拮抗しているのだろう。それゆえ動くに動けない、という状態なのだと思われる。
……もっとも、あくまで私の想像だが。
「マレイちゃんは無理しなくていいよ」
トリスタンは一旦ロボットと距離をとり、剣を構え直す。
そんなトリスタンへ、さらに仕掛けてくるロボット。その動きは、立て直す暇を与える気はない、といった雰囲気である。
ロボットの鋭い剣撃。
トリスタンは咄嗟に白銀の剣で防ぐ。
「……この動き」
彼は小さく漏らしていた。何かに気がついたような顔つきだ。
援護しないと——そんな思いが、胸に広がる。
ここはまだ敵地だ。そこに立っていながら、私だけぼんやりしているなど、許されたことではない。たとえトリスタンが「いい」と言ったとしても、である。
私は腕時計に指先を当て、右腕をロボットへ向ける。
ここから光線を放てば、多少でもダメージを与えられるはず。そう信じ、赤い光線がロボットに命中するところをイメージしながら、意識を集中させていく。
この力を本格的に使うのは久々だが、いざやるとなると、案外できそうな気がする。不思議なものだ。
「行けっ!」
私はらしくなく叫んだ。
その声とともに、腕時計から赤い光が溢れる。光はいつしか線となり、ロボットに向かって真っ直ぐに進んでいった。
——そして、ロボットの銀色の腹部辺りを貫く。
「マレイちゃん……!?」
ロボットと戦っていたトリスタンは、こちらを見た。その青い瞳は、驚きの色に満ちている。予告もなしに攻撃したからびっくりさせてしまったのかもしれない。
「私も手伝うわ!」
「そんな。手伝いなんていいよ」
「いいえ! 仲間だもの!」
するとトリスタンは、少し呆れたようにくすっと笑う。
「……そっか。分かったよ」
その顔つきには、どこか柔らかさがあった。
戦場にあっても微笑むことのできる強さには、純粋に尊敬する以外何もできない。
赤い光線を腹部付近に食らったロボットだが、まだ動きが止まってはいなかった。ダメージを受けた部分からは白っぽい煙が噴き出しているものの、まだ剣を持って、戦おうとしている。
「よし、後は僕が」
トリスタンは視線を私へ向けたままそう言って微笑んだ。
そして、白銀の剣を手にロボットへ近づいていく。
一撃目、彼の大きな振りが、ロボットの右腕に命中。その肘より先を綺麗に斬った。続けて左腕にも深刻なダメージを与える。ロボットも一応抵抗しようとはするのだが、鋭く切れ味も最高な白銀の剣の前には無力だ。
今のトリスタンの戦い方は美しかった。
強いだとか、かっこいいだとか、そんな類のものではない。もはや芸術、といったレベルの動きである。
素早くもどことなく優雅さを感じさせる立ち回り。まるで舞っているかのように自由自在に剣を操る技術。そのすべてに華があり、彼の戦いは、舞踊を眺めているかのような気分にさせてくれる。
それと同時に、繊細さと大胆さを兼ね備えているところも印象的だ。
細やかな位置取りをしつつも、斬る時には剣を一気に振り抜く。その時には一切躊躇しない。そんな落差も独特である。
「終わらせてあげるよ」
トリスタンは呟く。そして、ロボットの銀色の体を、縦に真っ二つにしてしまった。
ロボットはついに沈黙した。
結構タフなロボットではあるが、体を真っ二つにされては、さすがにもう動けないようだ。
「やったわね、トリスタン」
私は勝利が嬉しくて声をかける。
もっとも、本命のボスはまだ倒せていないのだが、それでも今は、目の前のロボットを倒せたことが嬉しい。
「うん。サポートありがとう」
「どういたしまして」
……なんて和んでいる場合ではないのだけれどね。本当は。
「じゃあ次は本命だね」
「ボス?」
「うん。そうだよ」
しばらく見ていなかったボスの方へ視線を向けてみる。すると、ボスと戦う数名の隊員が見えた。
その中にはグレイブとシンもいる。
シンもいることが少々驚きだったのは、言うまでもない。彼はあくまで審判役なのだと、何となく思い込んでしまっていたのである。だが、よく考えてみれば、彼とて化け物狩り部隊の一員だ。戦えたっておかしくはない。
「なかなか苦戦してるみたいだね」
「そうね……ボスの力は圧倒的だもの」
「行ってくるよ」
トリスタンの意識は既にボスへと向いていた。
今はグレイブらが何とか倒そうと頑張ってくれている。が、このまま続けていればいつか力尽きて負けてしまいそうな雰囲気だ。
その状況を見て彼は、自分も早く参戦した方がいい、と判断したのだろう。
「お主が出てくるとはな。驚いたぞ」
ボスは低い声で述べる。
そこに優しさなんてものは微塵もない。
「今日こそくたばってもらうよ」
それに対しトリスタンは、白銀の剣を構えた体勢のままで返した。彼の深海のような青をした双眸は、ボスを鋭く睨んでいる。
「くたばってもらう、だと? 笑わせるな。お主ごときが我をくたばらせようなど、百年早いわ」
「僕一人、だったらね」
言いながら、トリスタンはニヤリと口角を持ち上げた。
ちょうどそのタイミングで、反対側から、長槍を持ったグレイブが姿を現す。若草色の地面をバックに緩やかになびく黒髪は、こんな時でも艶があって凄く綺麗である。
「覚悟してもらおう」
淡々と言い放つグレイブ。
彼女の漆黒の瞳は、夜の湖の水面のように澄んでいた。
「化け物め!」
そう叫ぶと同時に、彼女は片手を掲げる。すると、それを合図に、大量の光の弾が飛んできた。そのすべてが、ボスへと向かっていく。恐らく、付近に隠れている隊員たちが放ったものなのだろう。
だがボスは慌てない。
彼は、ロボットに何やら指示を出した後、「ふんっ!」と叫びながら全身に力を加えた。光弾をすべて弾き返す。
そんなボスの様子を見つめていると、ロボットがこちらへ向かってきた。
トリスタンがすかさず対応する。
「……やるね」
ロボットが勢いよく振り下ろした剣を咄嗟に止め、ぽそりと呟くトリスタン。その均整のとれた顔には、ほんの少し、焦りの色が見える。冷静さをなくしてはいないが、多少動揺していることは確かだ。
「トリスタン! 援護するわ!」
「マレイちゃんは下がっていて構わないよ」
「でも……!」
トリスタンとロボットは、剣と剣を交えた体勢のまま、動きを止めている。
両者の力は拮抗しているのだろう。それゆえ動くに動けない、という状態なのだと思われる。
……もっとも、あくまで私の想像だが。
「マレイちゃんは無理しなくていいよ」
トリスタンは一旦ロボットと距離をとり、剣を構え直す。
そんなトリスタンへ、さらに仕掛けてくるロボット。その動きは、立て直す暇を与える気はない、といった雰囲気である。
ロボットの鋭い剣撃。
トリスタンは咄嗟に白銀の剣で防ぐ。
「……この動き」
彼は小さく漏らしていた。何かに気がついたような顔つきだ。
援護しないと——そんな思いが、胸に広がる。
ここはまだ敵地だ。そこに立っていながら、私だけぼんやりしているなど、許されたことではない。たとえトリスタンが「いい」と言ったとしても、である。
私は腕時計に指先を当て、右腕をロボットへ向ける。
ここから光線を放てば、多少でもダメージを与えられるはず。そう信じ、赤い光線がロボットに命中するところをイメージしながら、意識を集中させていく。
この力を本格的に使うのは久々だが、いざやるとなると、案外できそうな気がする。不思議なものだ。
「行けっ!」
私はらしくなく叫んだ。
その声とともに、腕時計から赤い光が溢れる。光はいつしか線となり、ロボットに向かって真っ直ぐに進んでいった。
——そして、ロボットの銀色の腹部辺りを貫く。
「マレイちゃん……!?」
ロボットと戦っていたトリスタンは、こちらを見た。その青い瞳は、驚きの色に満ちている。予告もなしに攻撃したからびっくりさせてしまったのかもしれない。
「私も手伝うわ!」
「そんな。手伝いなんていいよ」
「いいえ! 仲間だもの!」
するとトリスタンは、少し呆れたようにくすっと笑う。
「……そっか。分かったよ」
その顔つきには、どこか柔らかさがあった。
戦場にあっても微笑むことのできる強さには、純粋に尊敬する以外何もできない。
赤い光線を腹部付近に食らったロボットだが、まだ動きが止まってはいなかった。ダメージを受けた部分からは白っぽい煙が噴き出しているものの、まだ剣を持って、戦おうとしている。
「よし、後は僕が」
トリスタンは視線を私へ向けたままそう言って微笑んだ。
そして、白銀の剣を手にロボットへ近づいていく。
一撃目、彼の大きな振りが、ロボットの右腕に命中。その肘より先を綺麗に斬った。続けて左腕にも深刻なダメージを与える。ロボットも一応抵抗しようとはするのだが、鋭く切れ味も最高な白銀の剣の前には無力だ。
今のトリスタンの戦い方は美しかった。
強いだとか、かっこいいだとか、そんな類のものではない。もはや芸術、といったレベルの動きである。
素早くもどことなく優雅さを感じさせる立ち回り。まるで舞っているかのように自由自在に剣を操る技術。そのすべてに華があり、彼の戦いは、舞踊を眺めているかのような気分にさせてくれる。
それと同時に、繊細さと大胆さを兼ね備えているところも印象的だ。
細やかな位置取りをしつつも、斬る時には剣を一気に振り抜く。その時には一切躊躇しない。そんな落差も独特である。
「終わらせてあげるよ」
トリスタンは呟く。そして、ロボットの銀色の体を、縦に真っ二つにしてしまった。
ロボットはついに沈黙した。
結構タフなロボットではあるが、体を真っ二つにされては、さすがにもう動けないようだ。
「やったわね、トリスタン」
私は勝利が嬉しくて声をかける。
もっとも、本命のボスはまだ倒せていないのだが、それでも今は、目の前のロボットを倒せたことが嬉しい。
「うん。サポートありがとう」
「どういたしまして」
……なんて和んでいる場合ではないのだけれどね。本当は。
「じゃあ次は本命だね」
「ボス?」
「うん。そうだよ」
しばらく見ていなかったボスの方へ視線を向けてみる。すると、ボスと戦う数名の隊員が見えた。
その中にはグレイブとシンもいる。
シンもいることが少々驚きだったのは、言うまでもない。彼はあくまで審判役なのだと、何となく思い込んでしまっていたのである。だが、よく考えてみれば、彼とて化け物狩り部隊の一員だ。戦えたっておかしくはない。
「なかなか苦戦してるみたいだね」
「そうね……ボスの力は圧倒的だもの」
「行ってくるよ」
トリスタンの意識は既にボスへと向いていた。
今はグレイブらが何とか倒そうと頑張ってくれている。が、このまま続けていればいつか力尽きて負けてしまいそうな雰囲気だ。
その状況を見て彼は、自分も早く参戦した方がいい、と判断したのだろう。
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