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episode.103 絡まれる彼
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グレイブとの話を終え、私は真っ直ぐに自室へ帰ることにした。夕食の時間まで、まだしばらくあるからである。一旦帰り少し休憩してから、また食堂へ行けばいい。そう思ったのだ。自室までは少々距離があるが、それでも、そんなに長い時間はかからない。だから、ゆっくりと自室へ戻る道を歩いた。
歩くことしばらく。
ゼーレの姿を見かけた。黒いマントに、顔全体の半分くらいしかない仮面。間違いなく彼だ。
しかし、珍しく一人でない。彼の周囲には数名の女性がまとわりついている。
彼のことだから言い寄られているということはないだろうが……何だろう。疑問に思った私は、そちらへ近づいていく。
——そして、気づいた。
彼にまとわりついている女性が、前に私に絡んできた品の良くない三人組だと。
また絡まれては困る。そんな思いが、私を物陰に隠れさせた。
「貴方って、マレイさんとはどういう関係なの?」
「……答える必要はありません」
「もしかして、公共の場では言えないような関係なのかしら?」
「……鬱陶しいので離れて下さい」
私は物陰から様子を窺う。
どうやら、今度はゼーレがあの三人組に絡まれているようだ。茶髪の女性から私との関係について執拗に聞かれていることが、見ているだけで十分に分かる。
「言える関係なんなら言えよー」
つけ睫毛が本来の睫毛のラインからずれている女性も元気なようだ。
「黙っていたら、悪い噂が広まるわよ。マレイさんがふしだらな女性だと有名になっていいのかしら?」
「そんな噂……誰も真に受けたりはしないと思いますがねぇ」
「今の状態でならそうかもしれないわね。でも、あくまでそれは、今の状態でなら、のことよ。噂が広がってくれば、信じる者も出てくるはずだわ」
ぱさついた茶髪の女性は、にやりと笑う。性格の悪さが凄まじく滲み出た笑い方だ。こんな笑い方をできる女性というのは、かなり稀だろう。ある意味、凄い女性かもしれない。
「そんなことになれば、マレイさんに居場所はなくなるわよ。それでも良いのかしら」
「黙って下さい。不愉快です」
ゼーレはそっけなく返しながら、三人組を振り払うように前進していく。しかし、数歩進んだところで、ついに茶髪の女性に腕を掴まれてしまった。反応が遅れたゼーレは、茶髪の女性に身を引き寄せられる。
「ほんの少しお付き合いいただければ、マレイさんの悪い噂を流すのは止めて差し上げるわよ」
「……何を企んでいるのです」
いきなり体を引き寄せられたゼーレは、警戒心を剥き出しにしている。目つきは鋭く、全体的に固い表情だ。
「ちょっと協力してほしいの。本当に数分だけだから——」
ぱさついた茶髪の女性が無い色気を懸命に押し出しながら言いかけた、その瞬間。ゼーレが女性を突き飛ばし、叫ぶ。
「いい加減になさい!」
それまで淡々としていたゼーレが突如発した叫びには、茶髪の女性もさすがに怯んだようだ。さりげなく、一二歩退いていた。
ようやく大人しくなった茶髪の女性を、ゼーレは凄まじい形相で睨みつける。
「もう二度と関わらないで下さい」
静かながらも熱いものを感じさせる低い声。それには、さすがの女性三人組も圧倒されていた。
今のゼーレは、この世を怨む鬼のような睨み方とあいまって、尋常でない威圧感を漂わせている。
「私にも……カトレアにも」
この世のあらゆる闇を集めたかのようなゼーレの目つきに、ぱさついた茶髪の女性とつけ睫毛がずれた女性は言葉を詰まらせた。そんな二人の後ろに立っているあまり目立たない女性は、肉食獣に狙われた小動物のように、その手足を震わせている。
「……では、失礼します」
強制的に会話を終わらせ、ゼーレは進行方向を向く。そして、女性三人組のことなど微塵も気にせず、歩き出す。
「まっ、まだ話は終わっていないわよっ!?」
「おい! 逃げてんじゃねーよ!」
だいぶしてから、ぱさついた茶髪の女性とつけ睫毛がずれた女性が、ほぼ同時に言い放った。とうに歩き出しているゼーレの背に向かって、である。だが、もちろんゼーレは無視していた。
「……おや」
ゼーレと女性三人組の一部始終を物陰に潜んで見ていた私は、突然声をかけられ、びくっと身を震わせてしまう。どうしよう、何と言おう、と少々焦る。誰かが私に声をかけてくる可能性など、すっかり忘れてしまっていたから、なおさら焦ってしまった。
だが、その声の主に気づいた瞬間、焦りは消えた。
「カトレアではないですか」
「あ。ゼーレ」
私に声をかけてきたのがゼーレだと分かったからだ。
「そんな物陰で……一体何を」
「女の人に絡まれていたでしょう。大丈夫だったの?」
「……見ていたのですか」
見ていた、なんて言われると、覗いていたかのようで何とも言えない気分だ。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。責められているわけでもないのだし、気にするだけ無駄である。
「えぇ。偶然あの人たちと話すゼーレを見つけて、気になって少し見ていたの。覗き見たみたいになってごめんなさい」
一応謝っておくが、それに対してゼーレは、首を左右に動かした。先ほどまでとは一変、穏やかな表情に戻っている。
「いえ、それは構いませんが……ここにもあのように品の良くない者がいるのですねぇ」
「あの人たちは、ああいう人らしいわよ」
「ほう。そうでしたか」
それからしばらく、しん、としてしまった。話題がなくなったため、話し続けることができないという悲劇的状況である。ゼーレはもちろん、私も何も言い出せなかった。
ただ、その途中で、ふと思ったことがある。今日は蜘蛛型化け物に乗っていないなぁ、ということだ。負傷してからというもの、彼はずっと蜘蛛型化け物の上に乗って行動していた。それだけに、彼が自分の足で歩いているという光景には、不思議な感じがしたのだ。
いつまでもこのまま沈黙というのも問題なので、私は、そのことについて話を振ってみることにした。
歩くことしばらく。
ゼーレの姿を見かけた。黒いマントに、顔全体の半分くらいしかない仮面。間違いなく彼だ。
しかし、珍しく一人でない。彼の周囲には数名の女性がまとわりついている。
彼のことだから言い寄られているということはないだろうが……何だろう。疑問に思った私は、そちらへ近づいていく。
——そして、気づいた。
彼にまとわりついている女性が、前に私に絡んできた品の良くない三人組だと。
また絡まれては困る。そんな思いが、私を物陰に隠れさせた。
「貴方って、マレイさんとはどういう関係なの?」
「……答える必要はありません」
「もしかして、公共の場では言えないような関係なのかしら?」
「……鬱陶しいので離れて下さい」
私は物陰から様子を窺う。
どうやら、今度はゼーレがあの三人組に絡まれているようだ。茶髪の女性から私との関係について執拗に聞かれていることが、見ているだけで十分に分かる。
「言える関係なんなら言えよー」
つけ睫毛が本来の睫毛のラインからずれている女性も元気なようだ。
「黙っていたら、悪い噂が広まるわよ。マレイさんがふしだらな女性だと有名になっていいのかしら?」
「そんな噂……誰も真に受けたりはしないと思いますがねぇ」
「今の状態でならそうかもしれないわね。でも、あくまでそれは、今の状態でなら、のことよ。噂が広がってくれば、信じる者も出てくるはずだわ」
ぱさついた茶髪の女性は、にやりと笑う。性格の悪さが凄まじく滲み出た笑い方だ。こんな笑い方をできる女性というのは、かなり稀だろう。ある意味、凄い女性かもしれない。
「そんなことになれば、マレイさんに居場所はなくなるわよ。それでも良いのかしら」
「黙って下さい。不愉快です」
ゼーレはそっけなく返しながら、三人組を振り払うように前進していく。しかし、数歩進んだところで、ついに茶髪の女性に腕を掴まれてしまった。反応が遅れたゼーレは、茶髪の女性に身を引き寄せられる。
「ほんの少しお付き合いいただければ、マレイさんの悪い噂を流すのは止めて差し上げるわよ」
「……何を企んでいるのです」
いきなり体を引き寄せられたゼーレは、警戒心を剥き出しにしている。目つきは鋭く、全体的に固い表情だ。
「ちょっと協力してほしいの。本当に数分だけだから——」
ぱさついた茶髪の女性が無い色気を懸命に押し出しながら言いかけた、その瞬間。ゼーレが女性を突き飛ばし、叫ぶ。
「いい加減になさい!」
それまで淡々としていたゼーレが突如発した叫びには、茶髪の女性もさすがに怯んだようだ。さりげなく、一二歩退いていた。
ようやく大人しくなった茶髪の女性を、ゼーレは凄まじい形相で睨みつける。
「もう二度と関わらないで下さい」
静かながらも熱いものを感じさせる低い声。それには、さすがの女性三人組も圧倒されていた。
今のゼーレは、この世を怨む鬼のような睨み方とあいまって、尋常でない威圧感を漂わせている。
「私にも……カトレアにも」
この世のあらゆる闇を集めたかのようなゼーレの目つきに、ぱさついた茶髪の女性とつけ睫毛がずれた女性は言葉を詰まらせた。そんな二人の後ろに立っているあまり目立たない女性は、肉食獣に狙われた小動物のように、その手足を震わせている。
「……では、失礼します」
強制的に会話を終わらせ、ゼーレは進行方向を向く。そして、女性三人組のことなど微塵も気にせず、歩き出す。
「まっ、まだ話は終わっていないわよっ!?」
「おい! 逃げてんじゃねーよ!」
だいぶしてから、ぱさついた茶髪の女性とつけ睫毛がずれた女性が、ほぼ同時に言い放った。とうに歩き出しているゼーレの背に向かって、である。だが、もちろんゼーレは無視していた。
「……おや」
ゼーレと女性三人組の一部始終を物陰に潜んで見ていた私は、突然声をかけられ、びくっと身を震わせてしまう。どうしよう、何と言おう、と少々焦る。誰かが私に声をかけてくる可能性など、すっかり忘れてしまっていたから、なおさら焦ってしまった。
だが、その声の主に気づいた瞬間、焦りは消えた。
「カトレアではないですか」
「あ。ゼーレ」
私に声をかけてきたのがゼーレだと分かったからだ。
「そんな物陰で……一体何を」
「女の人に絡まれていたでしょう。大丈夫だったの?」
「……見ていたのですか」
見ていた、なんて言われると、覗いていたかのようで何とも言えない気分だ。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。責められているわけでもないのだし、気にするだけ無駄である。
「えぇ。偶然あの人たちと話すゼーレを見つけて、気になって少し見ていたの。覗き見たみたいになってごめんなさい」
一応謝っておくが、それに対してゼーレは、首を左右に動かした。先ほどまでとは一変、穏やかな表情に戻っている。
「いえ、それは構いませんが……ここにもあのように品の良くない者がいるのですねぇ」
「あの人たちは、ああいう人らしいわよ」
「ほう。そうでしたか」
それからしばらく、しん、としてしまった。話題がなくなったため、話し続けることができないという悲劇的状況である。ゼーレはもちろん、私も何も言い出せなかった。
ただ、その途中で、ふと思ったことがある。今日は蜘蛛型化け物に乗っていないなぁ、ということだ。負傷してからというもの、彼はずっと蜘蛛型化け物の上に乗って行動していた。それだけに、彼が自分の足で歩いているという光景には、不思議な感じがしたのだ。
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