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episode.102 囮だって何だって
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その日の襲撃は、さほど大事にならず終了した。
敵の数からしても、恐らく、小手調べのようなものだったのだろう。
しかしながら、襲撃してきた化け物が私とゼーレを狙っていたことは確かだ。そんな中で、ターゲットである私とゼーレが危険な目に遭わずに済んだのは、偏に、トリスタンとフランシスカが戦ってくれたおかげだと思う。二人には、本当に感謝しかない。
それから数日が過ぎた、ある昼下がり。私はグレイブに呼び出された。唐突に呼び出すということは、きっと何かしら重要な話があるのだろう。そう思い、一人で彼女のもとへと急行する。場所は、彼女の自室のすぐ近くにある部屋だ。
二三回軽くノックしてから、静かに扉を開け、中へと入る。
五人が限界、というくらいの広さしかない室内には、グレイブとシンの姿があった。
「来てくれたか、マレイ」
「ふぅわぁぁぁー! 待っていましたよぉぉぉーっ!!」
「シン、黙っていてくれ」
グレイブはシンともはやお馴染みのやり取りを済ませた後、私へと視線を移す。
漆黒の瞳から放たれる槍のような視線に、私は一瞬、身を貫かれたかのような感覚を覚えた。それほどに、彼女の視線は鋭いものだったのである。
「急に呼び出してすまない」
「いえ。気になさらないで下さい。……それで、私に何か用事でしたか?」
狭い空間の中でグレイブといるというのは、妙な圧迫感を覚えてしまう。理由はよく分からないが、彼女の放つただ者でないオーラに圧倒されるからかもしれない。
「あぁ。実はだな、あのボスとやらを倒すべく、作戦を立てているんだ」
「作戦を……?」
「そうだ。奴らにはこれまで好き放題されてきた。だが、それもそろそろ終わりにせねばと思ってな」
グレイブの言葉を聞いた時、心が一気に軽くなった。
彼女は、この永遠に続く夜を終わらせるため、動き出している。その事実が嬉しかったのだ。
もちろん、終わらせることは簡単ではない。それを承知の上で、グレイブは作戦を立ててくれているのだろう。私としては、こんなに嬉しいことはない。
「そこで、マレイに協力してほしいんだ。嫌だと言うなら強制はしないが……どうだろうか」
協力すれば、険しい道が待っているかもしれない。戦いが、そしてそれが生む闇が、この身を苦しめるかもしれない。だが、長らく夜の闇に覆われ続けてきたこの国に、暁が訪れる日が来るのならば——それは、私の願いが叶うということだ。
「協力させて下さい。私にできることがあるのなら」
少し考えてから、はっきりとそう答えた。
一瞬は迷いもしたが、今さら逃げる気になんてなれなかったからである。
それに、もし仮にここで逃げても、どのみち私は狙われる。私が私である限り、ボスの魔の手からは逃れられはしない。いつまでも追われ襲われ続けるだけだろう。それならいっそ、正面きって戦う方がいい。
こそこそ隠れて生きるなんて、絶対にごめんだ。
「よろしくお願いします」
すると、グレイブの表情がほんの僅かに柔らかくなる。
「そう言ってくれると信じていた。感謝する」
「さすがですぅぅぅーっ!」
「いいから、シンは黙れ。いちいち騒ぐな」
「は、はいぃぃぃ……」
静かに叱られたシンは、しゅんとして肩を落としながら、四方八方にはねた髪の毛の先を指でいじっていた。
そんな彼を無視し、話を進めていくグレイブ。
「念のため確認しておくが、危険な役目を負うことになっても構わないか」
「危険な役目……具体的には、どのような役目ですか?」
一応確認しておく。自分が一体どんなところへ向かっているのか、把握しておく必要性があると思ったからである。
——数秒の静寂。
その後、グレイブは紅の唇を開く。
「囮だ」
赤い唇から放たれた言葉が耳に入った途端、全身の血液が熱くなるのを感じた。
心臓の鳴りも、みるみるうちに大きくなる。
「おと……り?」
話についていけぬまま、オウム返しをしてしまった。
「その通り。ボスはマレイを欲しがっているだろう? そこを利用する」
「なるほど」
混乱する脳を懸命に落ち着かせようとしつつ、グレイブの話をしっかりと聞く。大事なことだ、聞き漏らすわけにはいかない。
「この作戦において、マレイには、暫しボスと共に過ごしてもらわねばならん」
「えぇっ!?」
「数時間ほどな」
「あ、何日もではないんですね。良かった」
数時間で良かった、と安堵する。
何をしてくるか分からないボスと一緒に何日も過ごすなど、怖すぎて失神しそうだ。それに、数日となれば、生きていられるものかどうか不明である。
「それも踏まえて……どうだろうか」
「やります」
ここで「やっぱり止める」なんて言ったら、囮役に怖気づいたかのようではないか。
「囮役だって、何だってやります!」
一度やると決めたなら、最後まで絶対にやりきる。今はその覚悟がある。今後挫けかけることもあるかもしれないが、それでも、何度だって立ち上がってやる。
そのくらいの心意気でいよう。
そうでなくては、こんな試練は乗り越えられない。
「二言はありません」
するとグレイブが、ふふっ、と笑みをこぼした。彼女の頬が緩むなんて、珍しい光景だ。なかなか見れるものではない。
「結構な決意じゃないか。これは楽しみになってきた」
「楽しみぃぃぃーっ!」
突如叫んだシンを、グレイブはパシンと叩いて黙らせた。もはや注意する気にもならなかったようだ。
「ではマレイ、協力してくれるということで話を進めるからな」
「はい!」
私が返事をすると、彼女はパンと手を合わせた。
「では、これにて終了とする」
グレイブの話したいことはこれだけだったようだ。
そんなこんなで、私はグレイブの作戦に参加することとなった。
囮役なんて重要な役が私に務まるのかは不明だが、この国のために戦えるのなら、それは何より嬉しいこと。だから、後悔はしていない。
敵の数からしても、恐らく、小手調べのようなものだったのだろう。
しかしながら、襲撃してきた化け物が私とゼーレを狙っていたことは確かだ。そんな中で、ターゲットである私とゼーレが危険な目に遭わずに済んだのは、偏に、トリスタンとフランシスカが戦ってくれたおかげだと思う。二人には、本当に感謝しかない。
それから数日が過ぎた、ある昼下がり。私はグレイブに呼び出された。唐突に呼び出すということは、きっと何かしら重要な話があるのだろう。そう思い、一人で彼女のもとへと急行する。場所は、彼女の自室のすぐ近くにある部屋だ。
二三回軽くノックしてから、静かに扉を開け、中へと入る。
五人が限界、というくらいの広さしかない室内には、グレイブとシンの姿があった。
「来てくれたか、マレイ」
「ふぅわぁぁぁー! 待っていましたよぉぉぉーっ!!」
「シン、黙っていてくれ」
グレイブはシンともはやお馴染みのやり取りを済ませた後、私へと視線を移す。
漆黒の瞳から放たれる槍のような視線に、私は一瞬、身を貫かれたかのような感覚を覚えた。それほどに、彼女の視線は鋭いものだったのである。
「急に呼び出してすまない」
「いえ。気になさらないで下さい。……それで、私に何か用事でしたか?」
狭い空間の中でグレイブといるというのは、妙な圧迫感を覚えてしまう。理由はよく分からないが、彼女の放つただ者でないオーラに圧倒されるからかもしれない。
「あぁ。実はだな、あのボスとやらを倒すべく、作戦を立てているんだ」
「作戦を……?」
「そうだ。奴らにはこれまで好き放題されてきた。だが、それもそろそろ終わりにせねばと思ってな」
グレイブの言葉を聞いた時、心が一気に軽くなった。
彼女は、この永遠に続く夜を終わらせるため、動き出している。その事実が嬉しかったのだ。
もちろん、終わらせることは簡単ではない。それを承知の上で、グレイブは作戦を立ててくれているのだろう。私としては、こんなに嬉しいことはない。
「そこで、マレイに協力してほしいんだ。嫌だと言うなら強制はしないが……どうだろうか」
協力すれば、険しい道が待っているかもしれない。戦いが、そしてそれが生む闇が、この身を苦しめるかもしれない。だが、長らく夜の闇に覆われ続けてきたこの国に、暁が訪れる日が来るのならば——それは、私の願いが叶うということだ。
「協力させて下さい。私にできることがあるのなら」
少し考えてから、はっきりとそう答えた。
一瞬は迷いもしたが、今さら逃げる気になんてなれなかったからである。
それに、もし仮にここで逃げても、どのみち私は狙われる。私が私である限り、ボスの魔の手からは逃れられはしない。いつまでも追われ襲われ続けるだけだろう。それならいっそ、正面きって戦う方がいい。
こそこそ隠れて生きるなんて、絶対にごめんだ。
「よろしくお願いします」
すると、グレイブの表情がほんの僅かに柔らかくなる。
「そう言ってくれると信じていた。感謝する」
「さすがですぅぅぅーっ!」
「いいから、シンは黙れ。いちいち騒ぐな」
「は、はいぃぃぃ……」
静かに叱られたシンは、しゅんとして肩を落としながら、四方八方にはねた髪の毛の先を指でいじっていた。
そんな彼を無視し、話を進めていくグレイブ。
「念のため確認しておくが、危険な役目を負うことになっても構わないか」
「危険な役目……具体的には、どのような役目ですか?」
一応確認しておく。自分が一体どんなところへ向かっているのか、把握しておく必要性があると思ったからである。
——数秒の静寂。
その後、グレイブは紅の唇を開く。
「囮だ」
赤い唇から放たれた言葉が耳に入った途端、全身の血液が熱くなるのを感じた。
心臓の鳴りも、みるみるうちに大きくなる。
「おと……り?」
話についていけぬまま、オウム返しをしてしまった。
「その通り。ボスはマレイを欲しがっているだろう? そこを利用する」
「なるほど」
混乱する脳を懸命に落ち着かせようとしつつ、グレイブの話をしっかりと聞く。大事なことだ、聞き漏らすわけにはいかない。
「この作戦において、マレイには、暫しボスと共に過ごしてもらわねばならん」
「えぇっ!?」
「数時間ほどな」
「あ、何日もではないんですね。良かった」
数時間で良かった、と安堵する。
何をしてくるか分からないボスと一緒に何日も過ごすなど、怖すぎて失神しそうだ。それに、数日となれば、生きていられるものかどうか不明である。
「それも踏まえて……どうだろうか」
「やります」
ここで「やっぱり止める」なんて言ったら、囮役に怖気づいたかのようではないか。
「囮役だって、何だってやります!」
一度やると決めたなら、最後まで絶対にやりきる。今はその覚悟がある。今後挫けかけることもあるかもしれないが、それでも、何度だって立ち上がってやる。
そのくらいの心意気でいよう。
そうでなくては、こんな試練は乗り越えられない。
「二言はありません」
するとグレイブが、ふふっ、と笑みをこぼした。彼女の頬が緩むなんて、珍しい光景だ。なかなか見れるものではない。
「結構な決意じゃないか。これは楽しみになってきた」
「楽しみぃぃぃーっ!」
突如叫んだシンを、グレイブはパシンと叩いて黙らせた。もはや注意する気にもならなかったようだ。
「ではマレイ、協力してくれるということで話を進めるからな」
「はい!」
私が返事をすると、彼女はパンと手を合わせた。
「では、これにて終了とする」
グレイブの話したいことはこれだけだったようだ。
そんなこんなで、私はグレイブの作戦に参加することとなった。
囮役なんて重要な役が私に務まるのかは不明だが、この国のために戦えるのなら、それは何より嬉しいこと。だから、後悔はしていない。
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