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episode.99 滑ってくるやつ、要注意
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トリスタンは白銀の剣を、フランシスカは二つのドーナツ型武器を、それぞれ持ち、戦う準備は完全に整っている。この状態ならば、敵が来たとしても十分応戦できることだろう。
もしかしたら、二人がいてくれることがこんなにも頼もしいと思ったのは、初めてかもしれない。
もちろん、助けてもらったことはこれまでにもたくさんあった。だが、今は、過去に助けてもらった時とは異なる感覚を覚えている。
その時、フランシスカが叫んだ。
「来たっ! トリスタン!」
彼女の声に反応して、遠く離れた廊下の向こうへ視線を向ける。すると、何かがこちらへ進んできているのが見えた。恐らく、それらが敵なのだろう。
トリスタンは威嚇するように白銀の剣を構えたまま、二三歩前へと進み出る。
「フラン。ここからは援護、頼むよ」
「うん! トリスタン、無理しちゃ駄目だからねっ」
短く言葉を交わすフランシスカとトリスタン。日頃は何もかもがすれ違っている二人だが、戦闘となれば一応協力はするようである。護ってもらう立場の私が言うのも何だが、トリスタンがフランシスカの存在を多少は考慮しているようで安心した。
床を滑るようにして迫ってきたのは、アザラシ。
いや、アザラシ型化け物、と言うのが正しいだろうか。昔何かの本で見かけたアザラシという生き物に、とにかくそっくりである。
「先手必勝!」
トリスタンよりほんの少し後ろの位置にいるフランシスカが、勇ましく叫ぶ。
「行くよーっ!!」
そして、持っているドーナツ型武器を二つ同時に投げた。
二つのドーナツ型武器は、宙に大きな弧を描きながら、アザラシ型化け物へと飛んでいく。
凄まじい勢いだ。
私だったら絶対にかわせない、と確信を持てるほどの速さである。
——直後。
二つのドーナツ型武器がアザラシ型化け物の体を切り裂く。
彼女は一瞬にして、迫ってきていたアザラシ型たちを一掃した。さすがは化け物狩り部隊の隊員、といったところか。
「はーいっ! 命中っ!」
フランシスカは、顔に笑顔の花を咲かせながら、可愛らしい声を出す。彼女は時に、周囲の空気を明るく変えてしまうから、不思議だ。はつらつとした表情や発声が、非常に印象的である。
「どう? トリスタン。フラン、強いでしょーっ」
胸を張り、自身に満ち溢れた顔つきで言う、フランシスカ。その表情からは、「これでも弱いと言える?」というような、挑戦的な雰囲気が漂っている。
「いや、べつに」
「ええっ。何その言い方ーっ! これでもフランが弱いって言えるの!?」
「弱い、なんて言うつもりはないよ」
「じゃあ強いって言ってよっ!」
「今回の戦闘の中で、もっともっと活躍したらね」
「もう! 何それっ!」
敵に向かう二人は、続く第二波に備えつつ、そんな会話をしていた。
認められたいフランシスカと、認めたくないトリスタン——二人は、なんとなく似ているような気がしないこともない。……いや、気のせいかもしれないが。
そんな中で、独り言のように呟くゼーレ。
「……元気な二人ですねぇ」
彼はすっかり呆れ顔。
多分フランシスカとトリスタンの会話を聞いていてのことだろう。
そこへ、さらに敵がやって来る。またしてもアザラシ型化け物だ。
ただ、先ほどのそれとは、外見が少しばかり違っていた。先ほどのアザラシ型化け物たちは白や灰色といった自然な色合いだったが、今来ているのはやや赤みを帯びている。女性に人気がありそうな、淡く可愛らしい色味だ。
しかし、そんな柔らかな体色とは裏腹に、獰猛そうな顔つきをしている。
大きく見開かれた血走っている目。獲物を殺す気に満ちているかのような激しい動作。そして、涎がだらだらと垂れている口。
淡く可愛らしい体色とは対照的な、狂気を感じさせる様子である。
「ええっ!? 今度のは可愛くないっ!!」
「これは僕の出番かな」
剣の柄を握る手に力を加えるトリスタン。
彼の本気の戦闘を見るのは久々な気がする。
個人的には、痛めていた足首は本当にもう大丈夫なのか、ということが気になる。ただ、トリスタンならきっとやってくれることだろう。
そう自分を納得させつつも、腕時計に指先を当て、いつでも援護できるように準備する。何事も、備えておくに越したことはない。
「やってやる」
一言とともに、トリスタンの顔から柔らかさが消えた。
深みのある青色の両眼から放たれる視線は、まるで念入りに研いだ刃のよう。向かってくるものなら、一切の躊躇いなく切り裂きそうな、そんな目つきをしている。
そんな彼へ、接近していくアザラシ型化け物。
両者ともただならぬ雰囲気を持っていて、私なんかは入り込めない空気だ。
「はぁっ!」
気迫の声とともに剣を振り抜くトリスタン。
その剣先は、アザラシ型化け物の一体をしっかりと捉えた。見事に斬られた一体は、一瞬にして塵と化す。
だが、トリスタンへと迫るアザラシ型は一体ではない。何体もが同時に進んできている。複数で一斉に襲いかかり数で優位に立つ、という作戦に違いない。
確かに、一斉に襲いかかられれば、いくら腕の立つトリスタンと言えどもすべてを捌くことは難しいだろう。
数で押して勝とうという考えも、あながち間違ってはいないのだ。
——もっとも、この場にもう一人の戦士がいなければの話だが。
「させないよっ」
フランシスカはちゃんと見ていた。
そして、アザラシ型化け物の狙いをしっかりと読み取っていた。
「数で勝とうなんて、卑怯すぎ!」
彼女が投げたドーナツ型武器が、アザラシ型化け物の戦闘能力を徐々に削っていく。
最初に現れたアザラシ型とは違い、一撃で消滅させることはできないようだ。しかし、ダメージを与えることはできる。だから彼女は、回数当ててじわじわ削る戦法に切り替えたのだろう。
「トリスタンに怪我なんてさせないんだからっ」
懸命に援護するフランシスカを見て、私は、「彼女もまた、一人の立派な戦士なのだな」と思った。そして、それと同時に、彼女に尊敬の念を抱いた。
これぞ、フランシスカ・カレッタ。
そんな彼女の真髄を垣間見ることができたと思った瞬間であった。
もしかしたら、二人がいてくれることがこんなにも頼もしいと思ったのは、初めてかもしれない。
もちろん、助けてもらったことはこれまでにもたくさんあった。だが、今は、過去に助けてもらった時とは異なる感覚を覚えている。
その時、フランシスカが叫んだ。
「来たっ! トリスタン!」
彼女の声に反応して、遠く離れた廊下の向こうへ視線を向ける。すると、何かがこちらへ進んできているのが見えた。恐らく、それらが敵なのだろう。
トリスタンは威嚇するように白銀の剣を構えたまま、二三歩前へと進み出る。
「フラン。ここからは援護、頼むよ」
「うん! トリスタン、無理しちゃ駄目だからねっ」
短く言葉を交わすフランシスカとトリスタン。日頃は何もかもがすれ違っている二人だが、戦闘となれば一応協力はするようである。護ってもらう立場の私が言うのも何だが、トリスタンがフランシスカの存在を多少は考慮しているようで安心した。
床を滑るようにして迫ってきたのは、アザラシ。
いや、アザラシ型化け物、と言うのが正しいだろうか。昔何かの本で見かけたアザラシという生き物に、とにかくそっくりである。
「先手必勝!」
トリスタンよりほんの少し後ろの位置にいるフランシスカが、勇ましく叫ぶ。
「行くよーっ!!」
そして、持っているドーナツ型武器を二つ同時に投げた。
二つのドーナツ型武器は、宙に大きな弧を描きながら、アザラシ型化け物へと飛んでいく。
凄まじい勢いだ。
私だったら絶対にかわせない、と確信を持てるほどの速さである。
——直後。
二つのドーナツ型武器がアザラシ型化け物の体を切り裂く。
彼女は一瞬にして、迫ってきていたアザラシ型たちを一掃した。さすがは化け物狩り部隊の隊員、といったところか。
「はーいっ! 命中っ!」
フランシスカは、顔に笑顔の花を咲かせながら、可愛らしい声を出す。彼女は時に、周囲の空気を明るく変えてしまうから、不思議だ。はつらつとした表情や発声が、非常に印象的である。
「どう? トリスタン。フラン、強いでしょーっ」
胸を張り、自身に満ち溢れた顔つきで言う、フランシスカ。その表情からは、「これでも弱いと言える?」というような、挑戦的な雰囲気が漂っている。
「いや、べつに」
「ええっ。何その言い方ーっ! これでもフランが弱いって言えるの!?」
「弱い、なんて言うつもりはないよ」
「じゃあ強いって言ってよっ!」
「今回の戦闘の中で、もっともっと活躍したらね」
「もう! 何それっ!」
敵に向かう二人は、続く第二波に備えつつ、そんな会話をしていた。
認められたいフランシスカと、認めたくないトリスタン——二人は、なんとなく似ているような気がしないこともない。……いや、気のせいかもしれないが。
そんな中で、独り言のように呟くゼーレ。
「……元気な二人ですねぇ」
彼はすっかり呆れ顔。
多分フランシスカとトリスタンの会話を聞いていてのことだろう。
そこへ、さらに敵がやって来る。またしてもアザラシ型化け物だ。
ただ、先ほどのそれとは、外見が少しばかり違っていた。先ほどのアザラシ型化け物たちは白や灰色といった自然な色合いだったが、今来ているのはやや赤みを帯びている。女性に人気がありそうな、淡く可愛らしい色味だ。
しかし、そんな柔らかな体色とは裏腹に、獰猛そうな顔つきをしている。
大きく見開かれた血走っている目。獲物を殺す気に満ちているかのような激しい動作。そして、涎がだらだらと垂れている口。
淡く可愛らしい体色とは対照的な、狂気を感じさせる様子である。
「ええっ!? 今度のは可愛くないっ!!」
「これは僕の出番かな」
剣の柄を握る手に力を加えるトリスタン。
彼の本気の戦闘を見るのは久々な気がする。
個人的には、痛めていた足首は本当にもう大丈夫なのか、ということが気になる。ただ、トリスタンならきっとやってくれることだろう。
そう自分を納得させつつも、腕時計に指先を当て、いつでも援護できるように準備する。何事も、備えておくに越したことはない。
「やってやる」
一言とともに、トリスタンの顔から柔らかさが消えた。
深みのある青色の両眼から放たれる視線は、まるで念入りに研いだ刃のよう。向かってくるものなら、一切の躊躇いなく切り裂きそうな、そんな目つきをしている。
そんな彼へ、接近していくアザラシ型化け物。
両者ともただならぬ雰囲気を持っていて、私なんかは入り込めない空気だ。
「はぁっ!」
気迫の声とともに剣を振り抜くトリスタン。
その剣先は、アザラシ型化け物の一体をしっかりと捉えた。見事に斬られた一体は、一瞬にして塵と化す。
だが、トリスタンへと迫るアザラシ型は一体ではない。何体もが同時に進んできている。複数で一斉に襲いかかり数で優位に立つ、という作戦に違いない。
確かに、一斉に襲いかかられれば、いくら腕の立つトリスタンと言えどもすべてを捌くことは難しいだろう。
数で押して勝とうという考えも、あながち間違ってはいないのだ。
——もっとも、この場にもう一人の戦士がいなければの話だが。
「させないよっ」
フランシスカはちゃんと見ていた。
そして、アザラシ型化け物の狙いをしっかりと読み取っていた。
「数で勝とうなんて、卑怯すぎ!」
彼女が投げたドーナツ型武器が、アザラシ型化け物の戦闘能力を徐々に削っていく。
最初に現れたアザラシ型とは違い、一撃で消滅させることはできないようだ。しかし、ダメージを与えることはできる。だから彼女は、回数当ててじわじわ削る戦法に切り替えたのだろう。
「トリスタンに怪我なんてさせないんだからっ」
懸命に援護するフランシスカを見て、私は、「彼女もまた、一人の立派な戦士なのだな」と思った。そして、それと同時に、彼女に尊敬の念を抱いた。
これぞ、フランシスカ・カレッタ。
そんな彼女の真髄を垣間見ることができたと思った瞬間であった。
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