暁のカトレア

四季

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episode.98 足手まとい?

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「はーっ! 美味しかった!」

 パンケーキを完食したフランシスカは、満足そうな顔で、気持ち良さそうな大きな背伸びをした。向日葵のような笑顔が花開く。
 彼女を見ていると、いつの間にかパンケーキを食べたくなってきた。不思議なものである。

 そんなことを考えていた時、ゼーレがフランシスカに向けてこう言い放った。

「……よくそんな甘いものを食べられますねぇ」

 フランシスカはゼーレをキッと睨む。

「悪いっ?」

 睨んでいても可愛らしい顔だ。
 丸みのある輪郭と、柔らかそうな肌。それらは、見る者に、無垢な少女のような初々しさを感じさせる。

 しかしゼーレは、そんな可愛らしい彼女に対してでも、まったく遠慮しない。

「いえ、べつに」

 淡白な声色でゼーレは述べた。
 これ以上関わりたくない、という彼の心情が透けて見える。

「……もうっ」

 フランシスカは気を悪くしたらしく、頬をぷくっと膨らませていた。
 よく分からない態度をとられては、気を悪くするのも無理はない。怒りが爆発しなかっただけ幸運だったのだろうな、と私は思った。


 ——そんな時だ、突如警報音が鳴り響いたのは。

 けたたましい警報音は、鼓膜を貫きそうな大きな音。空気を激しく揺らす。

「襲撃っ!?」

 目を見開き、立ち上がるフランシスカ。その愛らしい顔には、驚きと焦りの混じった色が滲んでいる。

「まだ夜じゃない、けど……」

 動揺しているのはトリスタンも同じだった。
 何の前触れもなく突然警報音が鳴り出したのだ、動揺するのも無理はない。現に、私だって平静を保ててはいないのだから。

「例の作戦が決行されたということ?」

 私は落ち着いているように見えるように振る舞いつつ、トリスタンに質問する。
 すると彼はすぐに答えてくれる。

「分からない。でも大丈夫だよ、マレイちゃんは僕が護るから」

 言いながら、トリスタンは私の手を握る。意図が掴めず首を傾げていると、彼はそこから、流れるように抱き締める体勢へ移行する。

「ありがとう、頼りにしているわ」

 もちろん、ただ護られるだけの人間でいるつもりはない。でもできることがあるならば、それは進んでやる。彼の後ろに隠れ続けるような狡いことは、極力したくないから。

 だが、今の私には、腕と脇腹の傷がある。これが戦いにどのような影響を与えるかは分からない。それゆえ、一人で化け物と戦うというシチュエーションは、避けたいところだ。

「任せて」

 トリスタンはしっとりした声でそう言うと、ふふっ、と幸せそうな笑みをこぼす。

 その様子を凝視していたゼーレが、唐突に漏らす。

「……仲が良いですねぇ」

 何やら不満げな声色だ。
 もしかしたら、トリスタンと親しくしているのが気に食わないのかもしれない。もっとも、私が自意識過剰なだけ、という可能性も否定はできないが。

「ごめんなさい。気を悪くさせてしまった?」
「……いえ、べつに」
「ゼーレ、言いたいことは言っても良いのよ」
「気にしないで下さい。べつに……たいしたことではありませんから」

 そんな風に私とゼーレが話していると、フランシスカが急に、耳に着けた小型通信機を手で押さえた。

「はいっ! こちらフラン!」

 どうやら、誰かと通話しているようだ。

「はい。はいはい、そうですねっ、はい、……えっ」

 小型通信機を通して誰かと会話していたフランシスカの顔が急に強張った。両の眉頭は寄り、瞳は震えている。彼女の心が波立っていることは、聞かずとも明らかだ。

「はい……はい。分かりました。……では」

 フランシスカの声は、みるみるうちに弱々しくなっていく。
 そして、小型通信機を介した会話は終わった。

「何て?」

 トリスタンが怪訝な顔で問う。それに対しフランシスカは、固い表情のまま返す。

「何体かに入り込まれたって……」

 そんな馬鹿な。
 警備を強化していたにもかかわらず突破されたというのか。

「マレイかゼーレのところへ向かっていると思われる、って、グレイブさんが」
「なるほど。つまり、ここが狙われるってわけだ」
「これって、逃げた方がいいのかなっ……?」
「いや」

 弱気になっているフランシスカとは対照的に、トリスタンはやる気に満ちていた。彼の青い双眸は、刃のような鋭い光を宿している。まさに、戦士の目だ。

「ここで迎え撃つ」

 言いながら、トリスタンは立ち上がる。

「戦うの?」

 私はやる気満々な彼に尋ねてみた。すると彼は、一度、しっかりと頷く。迷いのない動きだ。

「ならトリスタン、私も一緒に戦うわ!」

 しかし、今度は首を左右に振られてしまう。

「戦うのは駄目だよ、マレイちゃん。負傷しているのに無理はさせられない」
「でもトリスタン……!」
「大丈夫。僕を信じて」

 トリスタンの両眼は、私一人だけをじっと捉えていた。
 その水晶玉のような瞳には、不安げな顔つきをした私の姿がくっきりと映っていて、少しばかり恥ずかしい。

「もちろん信じているわ。けれど、トリスタンに任せっきりは嫌。もう貴方に迷惑をかけたくないの」
「それはおかしいよ、マレイちゃん。もう、なんて言ったら、前にも迷惑をかけたみたいに聞こえる」

 本当は論争している暇なんてないのだが……。

「そうよ、前にも迷惑をかけたわ」
「迷惑をかけられた覚えなんて、僕にはないよ?」
「私を庇って、怪我したり、誘拐されたりしたじゃない!」
「そんなことが、君の言う迷惑なの?」

 逆に、迷惑でないとしたら何なのか。若干そう聞いてみたくなった。だって、怪我したり誘拐されたりすることが迷惑でない、なんてことを彼は言うのだから。

「ま、とにかく護るよ。侵入者の相手は僕がするから、心配は要らないよ」

 トリスタンは言いながら、こちらへ優しげな眼差しを向け、にこっと微笑む。水彩画のような柔らかな表情だ。

 彼は少ししてから、今度はフランシスカへと視線を向ける。彼の視線は一瞬にして、戦士のそれに戻った。

「やるよ。フラン」
「そ、そうだねっ。フランも頑張る!」

 フランシスカは素直に頷く。
 顔筋の強張りこそあるものの、弱々しさは徐々に薄れつつある。

「私は……何をすれば良いのですかねぇ」

 立ち上がったトリスタンとフランシスカを交互に見ながら、ゼーレが呟く。彼にも「何かしよう」という気持ちがあると判明し、地味に嬉しかった。

「何もしなくていいよ」

 ゼーレの呟きに応じたのはトリスタン。

「……ほう。足手まといだと?」
「違うよ。僕がやるから君は無理しなくていい、ってこと」
「やはり足手まといと……」

 執拗に言うゼーレに対し、トリスタンは調子を強める。

「そうじゃない」

 後ろ側で一つに束ねた絹糸のような金の髪は、こんな時でも美しい。この世のものとは思えぬ幻想的な雰囲気を醸し出している。

「マレイちゃんを護るついでに、君も護るってこと」

 その後、トリスタンは腕時計から白銀の剣を取り出し、敵の出現に備えていた。
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